第五話
「……なあ、シグ」
「なんじゃ、零夜」
「俺、やっぱりおかしいと思うのよ」
零夜は今、上裸状態で神社の社の中に寝かされている。
あの戦闘の後、周りの家から大歓声と共に降ってきたおひねりを受けながら、傷だらけの零夜はまるで荷物か何かの様に、民家から出てきた多数の屈強な男達によって手押し車の荷台に乗せられ、険しい山道を超えた先にあるこの神社に担ぎ込まれたのだ。
何でも祈祷によって大概の傷は無償で治してもらえるらしい。
不在だった巫女を動けるようになった紫苑が探している間、二人で大人しくしていろと言われ、今に至る。
「何がじゃ?……ひぃふぅみぃ……おい見ろ零夜、こんなに一杯貰えたぞ。今晩は良いもの食べに行こうぜ」
「口調どうなってんの?」
「いやー、テンションアゲアゲじゃのう。儂の今まで受け取った賽銭全額に匹敵する量じゃよ?何でこんなに?皆富豪か?こんなにもらって大丈夫?」
「貨幣価値が分かんないから何とも言えねえけど、俺の命で賭博してた奴いたから多少還元してもらってもバチは当たんねえさ」
「それもそうじゃの」
「あとお前の賽銭は基準にならねえよ。何せ神社が秘密基地レベルでひっそりしてたからな」
「参拝客、来なかったからの」
「まあな」
というか仮にも神様がテンションアゲアゲとか言うなよ。と零夜は続けた。
尚賭博されてたのが分かったのは運ばれる際、負ける方に賭けていたのか見るからに柄の悪そうな輩が零夜を一発殴って、
「今度は勝つ方に賭けるから負けんなよ」
と言ったからである。その後は黙々と車を引いてくれたが、彼としては命で賭博されるなんてたまったものじゃないと思った。
「で!!おかしいのはそう、今の俺の惨状だ!」
ちゃっかりおひねり全部を拾い、正座で数えるシグの方に寝返りを打って、彼は必死に訴える。
「異世界に来たっていうのに俺を呼び出した奴は来ねえし最強の転生特典も貰えねえし、どうやって帰ればいいのかもさっぱりじゃねえか」
「そうじゃの」
「加えて向こうでは最強だった癖に今は年下の女の子があっさり葬った獣にまるで魔王の幹部と戦った後みたいな傷を負い、というか戦闘にイキって参加した癖にこのありさまじゃねえか。口だけ感満載……あと泣くし。みっともなかったし」
「うむ、実にみっともなかったの」
「普通違うじゃん!異世界における最初の戦闘ってこんなんじゃないじゃん!もっと、こう『あんなに凶暴な怪物を一発で!?』みたいになんじゃん!?」
「夢を持ちすぎじゃ……ただな、正直儂も零夜があんなに苦戦するとは思わんかった。儂ら二人は史上最強だった筈なのにの」
おひねりを畳の上に置いて、霧払驟時雨は零夜と目を合わせた。
「だろ!!?って、っづあああ!!」
「あんま叫ぶな馬鹿、傷は癒せてないんじゃ。……先程も言ったが、ここの空気中の霊力濃度は異常で、その上神々が生活に深く根付いている。要は人間と神が共生しているんじゃ。儂らが最強だった所以は主に三つ、一つ目は儂が災厄神であること。二つ目が零夜の模倣神術の肉体強化とお前の抜刀術。三つ目が零夜と儂が組んでいること。これら全てがこの世界では当たり前の事なんじゃ」
「そうだけど……でも俺は」
「皆まで言うな、分かっとる。結局、二人で強くなれば良いんじゃ」
彼女は優しく笑みを浮かべて彼の頭を撫でた。
「……ああそうだな、俺は……お前の信者として恥じることの無い様に、強くなってやるさ」
「うむ、それで良い」
満足そうに言うと、手元に置いてあった饅頭の包み紙を剥いで零夜に食べさせる。
「……ところで、ここに転移したことについて色々考察したのじゃが───」
「零っ夜っくーん!!呼んで来たましたよー!!」
そのとき障子を蹴破るが如き勢いで飛び込んで来た紫苑によってシグの言葉が途切れる。
「紫苑さん本当に助かる。ありがとう」
「ほらほら蜉華ちゃん、怪我人ここです!!」
即座に布団をばさりとめくる。遅れて入ってきた深緑色の髪をみつ編みにしている気弱そうな少女は顔をしかめ、
「わっ、酷い……でも切り傷だけなので治せそうですね」
「お願いします……ああ、もう紫苑さんから聞いてるかもですが粗剃零夜と言います」
「あああ、丁寧にどうも……敬語はやめて下さい、緊張しちゃうので……わわ、私はこの矢禊殻神社の巫女をやっています、根羊蜉華です、よ、よろしくお願いします」
それを聞いた零夜は────
「……ジャパニーズMIKO、か」
彼女の纏う黒基調の一風変わった巫女服にまず興味を示した。
「おい零夜」
「は、はい、巫女です」
「………………巫女って、良いな」
「おい零夜マジでふざけんなよあの性悪に性癖歪められたのは知っとるが」
「そうですね、巫女は、やりがいのある良い仕事です!!」
「あの、巫女の求人ってあります?やってみたい」
「嘘じゃろそっち側志望!?」
「ごめんなさい……無いです……」
「そうか、だが人手が必要になったらいつでも力になるんで」
「えっと、はい、ありがとうございます?」
「駄目じゃ根羊とやら!騙されるな!!」
「……あの、治療しないんですかね、零夜君」
ずっとやり取りを傍観していた紫苑が見かねて突っ込んだ。
▲▼▲
「で、では治療しますので、部外者の方々は部屋から出てくださいね」
「おい、何故出る必要がある。貴様が万が一にでも弱った零夜を襲った場合誰も対応できんじゃろうが」
ようやく話が進展したかと思った矢先、シグが剣呑な目で無茶苦茶なクレームを入れたため、零夜は慌てて宥めに入る。
「おいシグ」
「なんじゃ」
「どうしたんだ藪から棒に。あんま巫女さんに迷惑をかけるんじゃねえぞ」
「零夜お前、巫女に対して甘すぎやしないか?巫女にどんな思い入れがあるんじゃ」
「誤解だし関係ないしお前が悪い」
「あ、あの……回復の為には私に神様を降ろさなくてはいけない……ので……雑念が入ると良くないって言うか……集中しないといけなくて……」
「……チッ」
彼女は零夜の言葉と蜉華の説明に一度舌打ちをしたが、
「余計な真似はするなよ」
と、冷たく言い捨ただけで彼女は出ていった。
「では私は驟時雨ちゃんと待ってますのでー!!」
「ああ。頼む、紫苑さん」
「はいはーい」
元気よくシグに紫苑が続いて出ていき、場は途端に静かになった。
「何か、ごめんなさい……いつもはあんな事言う奴じゃないんだけど、ちょっと神経質になってるのかも知れないです」
「いえいえ、お構いなく。それにしても、仲がとても良いんですね。羨ましいです」
「まあ、そうですね。懐いてくれるのは有り難いことだし」
「あはは。──それでは、始めますね」
彼女は脇に置いてあった漆塗りの黒い箱の中から翡翠の様な緑色の石で作られた数珠を……数珠、を……
「数珠?」
「はい、数珠ですが」
「神社で?寺じゃなくて?」
「寺?なんですそれ?」
「いえいえ何も」
どうやら仏教なんて存在しないらしい。
じゃあ何故数珠があるのか?
(まあ異世界だしな)
思考放棄の零夜だった。
そんな様子を不思議そうに眺めながらも数珠を手首に引っ掛けながら祈祷の準備を始める蜉華。
「では、目を瞑っていて下さい。光が出ます。見たら最後、眼球が潰れて何も見えなくなること請け合いです」
「そんなことを請け負われても困るんですけど!?」
そんな不穏な言葉に目を剥きつつ突っ込んだが黙殺。おっかなびっくり彼は目を閉じた。
数珠のジャラジャラと言う音、蜉華の何かを唱える音が聞いていると、不意にそれが途切れて黒かった視界が瞼越しに光を受けて真っ赤になる。
(なるほど、確かにこれは直視できねえな)
そのあまりの眩しさに彼がぼんやりとそう思っていると、急に全身の痛みが徐々に薄れていくのを感じた。
「……ふぅ。もう大丈夫ですよ、零夜さん」
ゆっくりと目を開けると、目の前には額の汗を拭う蜉華の姿が。
上半身を見ると、傷は全て綺麗に消えていて、数か所に薄い線が残っているだけとなっていた。
「うわ、凄いな……傷パワーパッドがもう要らなくなった」
「傷ぱわーぱっど?」
「何でも無いです。あ、あのありがとうございました、根羊さん」
「感謝なら神様に、です。あと下の名で呼んでくれて良いですよ?それはともかく、この治癒はあくまでここの温泉の効能を神様に大幅に増加させてもらってあなたに付与しているだけなので、これ以上の無理は禁物ですよ」
数珠を片付けながら、蜉華はそう言った。
「え?温泉?」
「はい。裏手に天然の温泉が湧いていて、それの効能が傷や病の治癒なんですよ。そもそもここに祀られているのは泉の概念神なので、彼?彼女?の加護でそんな温泉が湧きまして……零夜さんも、いつでも入りに来てくださいね。ここの神様は温泉に浸かって癒やされてる方を守って下さいます」
驚いた零夜が聞き返すと、蜉華がそう言って笑った。
「是非とも入らさせて貰いますよ。こう見えても、温泉とか結構好きなんで」
「それは良かったです!!」
「というか、さっきまでめっちゃ噛んでたのに今は普通に喋れてるのはなんでですか?」
「あ、ちょっと安心してるので。零夜さんは詰まっても怒らないでくれているから。優しいですね」
「まあ、その辺は昔の俺がそうだったんで……ではこれから、よろしくお願いします。蜉華さん」
「ええ、よろしくお願いします、零夜さん」
(それにしても、人と神々が共生する、そういう世界か……)
───儂は、ずっと独りじゃ。昔も、今も……これからも。
───だって、神は群れない。そして人は早く朽ちる。
───じゃあもう、独りになるしか、無いじゃろう?
───それとも何か?零夜、お前は、お前だけは。
───永劫、儂と一緒に生きてくれると言うのか?
不意に、過去のある言葉を思い出した。
──────
時は少し前に遡って、境内のベンチにて。
「根羊……」
「どうしたの?驟時雨ちゃん」
「確認しておくが、漢字は根っこの根、に羊なんじゃな?」
「蜉華ちゃんの名字のこと?そうですけど、どうしたんです?さっきといい、やけに蜉華ちゃんを気にしてないですか?」
「まあ、な。色々あってな」
「ふーん……まあいいや」
「紫苑、お前いささか考え方が楽観的過ぎないか?大体見ず知らずの零夜と儂に背中を預けるのも大概じゃろうが」
「そう?まあでも、彼、悪そうな人に見えなかったですし」
「根拠も無いのによく言うわ」
「うーん、そのときは確かに無かったですけど……でも……後付けでも良いなら根拠はあるかもですね」
「ほう。言ってみろ」
「ほら、颶虎と戦ってた時にさ、最後の方に零夜君が泣いたじゃないですか?」
「ああ、そうじゃの。あいつはさっきみっともなかったとか言っておったが」
「そんなこと無いですよ?私はあの時に、痛みと恐怖で泣ける人なら、この人はきっといい人なんだろうなって思ったんですよ」
「っ……そう来たか……。まあ、あやつは弱虫じゃからの」
そして向こうを向いて一言。
「儂も、零夜のそういうところが結構好きなんじゃが」
そう、小さく呟いた。
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