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異世界雨神様  作者: 獏儡霤夢
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第三話

 時は遡って、転移前の話になる。これはまだ僕がこちらの世界での最強になる前の話。


 それなりに大規模な都市、千ヶ峰市。その郊外に位置する、洋風の大豪邸。

 そこに設置された一見場違いに見える武闘場で、僕は竹刀を振るっていた。

「粗剃、零夜と言ったか。突然じゃが貴様、神に成りたくは無いか?」

 ───成りたいのであれば、儂に協力してくれんか。

 具体的に言うと、戦って欲しい。

 その言葉のまま、理性を失った廃人、ソレを作り上げた神に立ち向かうべく、刀を振るい続けた。

 それは僕が高校に上がって初めて熱中した行為であった。


「腰刀三尺三寸を以て九寸五分に勝つ事を目指してくださいね、先輩」

「いきなり入ってきてまた訳の分からないことを……」

 僕が汗を散らす中、一人の少女が入ってくるなりそう言う。

「神夢想林崎流抜刀術に伝わっている文言です。要は長い刀でも短い刀に勝てるようにしましょうと言いたいわけです」

 何が楽しいのか、彼女はスキップをするように跳ねながら僕のところに寄って来た。

「兄さんはとにかく懐に入るのが速すぎるんです。それで全国まで行ってるわけですし。はっきり言ってしまえば、多少練習した程度のミジンコ以下戦闘力のゴミ先輩ではそのまま真っ二つにされて死にます」

「言い切ったな。まあその通りなんだけど」

 散々な言い割れようだが、僕は動じることもなく苦笑する。

「ってか今更だけど入って来ないほうが良いと思うけど?結構汗かいたし、臭わないか?」

「汗をかいたと思ったから着替え持って来たんですよ。先輩根詰めすぎですし、ここいらでちょっと休憩しましょう」

 彼女は今年入学してきたキューティクルの輝く黒髪ロングの大人気モデルかつ学校一の美少女であり零夜の後輩にしてこの大豪邸の住人、宮坂愛雅(みやざかまなか)。彼女はグラスに入った水とお菓子が乗ったお盆と白いスポーツウェアを持ったまま備え付けのベンチに座る。

 なんと付喪神に取り憑かれた挙句、廃人となったのが、彼女の兄の宮坂明人(あきひと)。彼を止めるために僕はこうして愛雅の家で剣道まがいの練習をさせられているのだ。

 こんなのには剣道のような作法も礼儀も無いのだが。

 更に言ってしまうと正直なところ自分がこれから刀で戦うとか、もうその時点で実感が湧かないのだが。

「で、神夢想林崎流って言ったか……抜刀術って名前からして格好いいけど、果たして今から練習して使えるのだろうか」

「身体能力の問題なら大丈夫じゃろう、なんとかなる。あとは貴様がやる気があるのか否かという問題だけじゃ」

 端っこで寝転んでいる霧払が退屈そうに言うのを聞き流す。

 彼女は基本的に僕自身に興味がないので話をするだけ無駄だ。

 僕は先程彼女が持って来た服を受け取り、それに着替える。

「まあ練習するだけの価値はありそうだ。格好いいし」

「厨二病の零夜先輩なら絶対そうやって言うと思ってたので資料と動画を集めてきましたよ。帰ったら観といて損は無いと思いますから、是非目を通しておいてくださいね」

「宮坂お前気が利きすぎるだろ。エスパーか?恩に着る」

「そうですエスパーです。今先輩が私に劣情を抱いているのも分かってます」

「風評被害が過ぎるわ」

 そして僕は愛雅の隣に座った。ちょうど休みたいと思っていたので好都合。

「ってか恩に着る前にいい加減いつも言ってる通り愛雅って呼んでくださいよ」

 彼女は頬を膨らませる。行動自体はガキっぽいのに美人だからいちいち様になるのが癪だ。

「いやいや、お前の家に居ること自体マズイんだって、この前出てきたところをお前のファンに襲撃されたんだよ。それなのに更にファーストネーム呼びなんざ畏れ多くて出来ねえよ」

 僕は肩を竦めながらそう言った。

 彼女はモデルというだけでなく、美女で、頭が良く、器量も良い。加えて家はお金持ち。更には誰にでも分け隔てなく接する学校一の人気者のスーパーガールなのだ。そんな彼女の家に冴えない厨二病が来訪したという情報が前回何故か漏れていて、すると当然の如くストーカーやら詐欺師やらに誤解され、非公式のファンクラブの中の熱狂的な戦闘部隊に目を着けられ始めたのである。前回は5人程度に囲まれバールらしき何かで殴られそうになった。

 下手にそんな呼び方をして、さらにそれがバレれば最悪山に埋められる。

 畏れ多いという表現も何ら大げさじゃない。

「ということでそう呼ぶことは出来ません」

「やっだー先輩、被害妄想も大概にして下さいよ。先輩程度にそんな労力をかける人なんて私ぐらいですよーまあ私も兄のことがないとこんな真似しませんから勘違いしないで下さいね!」

「あ、はい……」

 最後、にこやかにしていた彼女の表情が若干恍惚としていた。

 ……こういうところでやっぱり性格って出る。


 ────コイツもしかして僕のこと好きなんじゃね?って思ってた時期が僕にもありました。


 コイツが実はかなり性根が腐ってるって知るまでは。


 学校の誰も知らない。コイツは本当は人を虐めることを何よりの幸福とする生粋のサディストだと言う事を。


 そして言えない、僕が後輩からの虐めの対象にされているなんてことを。


 現に今、僕は彼女の隣に座っている訳だが、実際は愛雅が真ん中を占領しており、僕は椅子の角にぎりぎり尻を乗せている状況なのである。角が食い込んで結構痛いのである。


 あと、この服。多分冷蔵庫に入ってたのだろう、すごく冷たい。最初は良かったが、今は汗が冷えてとにかく寒い。今すぐ脱ぎたい。


 だが、負ける訳にはいかない。苦悶した様子を見せれば彼女が悦ぶだけなのだから。

 非暴力非服従を心中で掲げていると、愛雅はお盆に山盛りに積まれた綺麗に包装されている半球状の菓子を一個持って、

「先輩、おやつタイムにしましょう!!今日はウイスキーボンボンですよ!はい、あーん!」

「毒とか入ってないよな?」

「私を何だと思ってるんです?」

 悪魔。とは流石に言えない。

 怪しすぎる行動に訝しむが、よくよく考えれば今まで未開封ならそんなことは出来なかったはずだと思い直し、食べることにした。

「はい、あーん」

「あ、あーん……ってうっわめっちゃ酒の味する!!これ大分濃くない……?未成年が食って良い奴?」

「気にしない気にしない!!はい、あーん!」

「なあ、お前……えっと、うーんと、俺を酔わせてどうする気ですかね?ね、ねえ?目測だと40個以上はあるよね?何その意味深な笑み?宮坂?宮坂さん?……愛雅さーん!!!??」

 すると最早何も隠し立てする必要はないと悟ったか、いきなり彼女は僕の口に一気にチョコレートを押し込んだ!

「先輩、大丈夫ですよ。うち、広いんで寝るとこなら困りません……先輩は一体どんな声で啼くんですかねえ?今から楽しみ……で、す。うふふ」

「何も大丈夫なんかじゃねえええ!!!助けて霧払!!」

「かっかっか。おやすみ粗剃」


 ────二ヶ月ちょっと前の、ちょっとだけ幸せだった僕の思い出。



 ▲▼▲



「……分かりました。確かに私一人で二体同時に相手どるのは厳しいですし、片方は任せます。無理だけはしないで下さいね」

 一瞬だけ黙考して、紫苑は完全にやる気な二人に告げる。

「勿論。痛いの嫌だしな」

 そんで、自分はどちらを担当した方が良いですか?と零夜が問おうとする前に、左側の獅子が猛烈な勢いで走り出した。

「えっ!?」

「っ!!」

 すると予想外の事態に硬直して動けずにいた零夜の眼前に一瞬で移動した紫苑が、納刀状態の宵桜で走ってきた獣の顎を引っ掛け、

「おおお!!!」

 一声叫んで、後ろへ勢いそのままに力強く投げ飛ばした。

「す、凄い……」

「零夜君はそっちを!!」

 紫苑は呆気に取られる零夜に向かって叫び、自分の投げた神獣と向かい合う。零夜もそれっきり意識を切り替えてもう一方の獣に意識を集中させる。パーカーのファスナーを下げて行動しやすいよう全開に。


 そして、対するシグは零夜の後ろに隠れるように後退し、神術を発動させるための詠唱をし始めた。


「───雨を司る災厄神、霧払驟時雨の名において、我が声の届く限りに在るあらゆる雨粒、その災厄に命ず」

 その詠唱が紡がれるのにつれて彼女の周りに何十個ものピンポン玉のような青い水の珠が浮き上がっては、彼女が中指と人差し指を揃え、直角に親指を立てる銃を模したポーズをして突き出した左手の先にどんどん集まり、一つの水球を創り上げていく。


「……行くぞ。雨御護闇切彌(アマミゴノクラキリヤ)

 対して零夜は腰の刀を抜刀、小乱の刃紋が艶かしく光る。両手で柄を握り、頂点よりやや西に傾いた日光を反射する刀身の切っ先を左後ろに向け、刀身が地面と平行になるように構えた。右足を軽く前に出し、迎撃体勢を取る。


 雨御護闇切彌。平安時代、神となり独りになって暇を持て余した霧払驟時雨が自らの霊力を結集させ、構想三十年と制作期間二十年の年月をかけて製造された高濃度霊力圧縮型模擬刀剣形状兵器、それを、零夜が扱えるように重量や刀身等を調節して創られた、屈指の名刀。大きく反った刃の部分は約八〇センチメートル、日本刀としては「太刀」と分類される。

 鍔には蔦の絡まったような複雑な紋様があしらわれており、芸術品としても相当の価値があると思われる。

 尚、ビームが出たりとかそんな仕組みは一切無いが、霊力で創られただけあって、錆つかず、劣化せず、刃こぼれするどころか幾星霜の時が経とうが全く折れることも無いというかなり稀有な特性を持っている。


「uuuu…………uuu,uuuuuuurrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」

 舗装されていない道路を土煙を上げつつ猛然と突っ込んでくる獣の放つ雄叫びで、鼓膜がびりびりと振動するのを感じながら、零夜は平静を保ち続ける。

 その瞬間、あっという間に猛獣は風を伴い零夜の目前に迫る。そして今にも追突しようかというときに、彼はようやく動いた。

 ただ一歩───。パーカーの裾を翻し、真横に跳び退く。

 フランスの闘牛士さながらに、ギリギリのタイミングで白い裾を掠めるように躱されたその巨駆は、突進の勢いを止めることができず、やむなく神獣はそのまま後方で構えていた霧払驟時雨に標準を定め直した。

 しかし。

「其の雫は泡沫の輝きを放つ水鞠、水界より響く泉声──迸れ、根源の波動───」

 ────白く、美しい指先に集合した水球は最早バスケットボール程の大きさ。

 白い風の如き轢殺の突撃も、霧払驟時雨の詠唱を妨げるには些か時間が足りなかった。零夜が避けたほぼ同時、彼が着地するその直前、


「神術:鉄砲水───疾く去ね、駄犬」


 彼女が静かに告げて詠唱を完了させた。刹那、蒼の巨大水球から凄まじい勢いで水が噴射され、迫る神獣の眉間のあたりに突き刺さると、水飛沫を散らし、轟音と共にその体を大きく吹き飛ばした。

 そしてその落下地点を即座に予測した零夜は、自らの両足が地面に着いた瞬間にロケットスタートを切り、音を立てずにその自分が見積もった場所に向かって全力疾走する。


 テニスでよく使われるスプリットステップと呼ばれる技術だ。一度跳んでから走ることで動きをリセットし、方向転換を楽に行い、また初速の勢いを増すことができる。


 スリッパは脱ぎ捨てているため裸足に砂利が突き刺さり激痛が走るが、それはそれ、今は考える必要は無い。着地しても尚前後不覚に陥って混乱し、隙を見せている神獣に一気に迫ると、その太い首を下から渾身の力で斬り上げる。鮮血が吹き出し、零夜の白いパーカーが赤く染まる。そして、納刀。

「……よし、完了」

「零夜、怪我しとらんか?」

「勿論よ。楽勝」

「零夜くーん!!こっちも終わりました!!」

 見ると頬に返り血を着けた紫苑が刀を振って刃に着いた血を落としていた。

 何故か震えている足元にはごろりと胴体と泣き別れとなった獣の頭。

「やべえあっちの武士感すげえ格好いい……」

「零夜もやれば良いのではないか?」

 言われて零夜は頭の中でその光景を思い浮かべる。

「……駄目だ、子供が泣いて逃げていく気がする。ヒーローとかそう言うのじゃないな。悪役だこれ」

「表情ををにこやかにするのはどうじゃ?」

「いやそれ圧倒的なサイコパスだろ」

 緊張感の欠片もない会話。そこに聞こえて来たのは。

「あ、ちょ、ちょっと零夜君!!」

 紫苑の焦ったような声。

「はい、なにか?」

「この神獣───颶虎(ぐこ)は、傷を体力と引き換えに直ぐに修復できるので一撃で即死させないと……」

 その先を聞いている暇はなかった。

 咄嗟にその場から反転しながら跳び退くのも僅かに遅く、零夜の右腕に三本の裂傷が深く刻まれる。

「あづっ……いってえ……」

「大丈夫でしゅか!?」

 だらだらと流れる血液を呆然と眺める。目の前で嘲るように短く獣、殺したはずの颶虎が吠えた。

「あ、ヤバい…………痛すぎる……今まで受けた中で一番痛い……」

「馬鹿じゃろ、当たり前じゃろ」

 そう言いつつも彼女も責任を感じているようだった。

「返す言葉も無いな、仕方ないな」

「開き直るな」

 話している内容はふざけているようだが、彼女の目にはひたすら殺意が宿っている。

「あの……零夜君、大丈夫です……?その、わらひ、ちょっと力加減間違えてしまって、全身痺れて……動けないんれしゅ……あと、体力も限界……ああ、舌ももつれる……」

 震えてたのはそれか。と零夜は納得する。

 彼は一度、深く溜息をついて、それから獣を睨み──

「もう一回か……しゃーない。殺すぞ」

 ────ただ一言、強い言霊を吐いて自らを鼓舞する。



 対神獣戦闘、正念場。

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