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異世界雨神様  作者: 獏儡霤夢
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第一話

「儂と共に戦え。貴様にはその才がある」

「お願いします、私の代わりに戦って下さい……先輩……ごめんなさい……」

「儂と仲良くなりたい、とは……なかなか阿呆じゃのう、貴様」

「先輩が私と仲良くなれるとでも?現実見ましょ?」

「零夜、その……あり、がとう。お前に助けられた」

「助かりましたよ。じゃあお礼にイイコトしてあげましょうか?」

「そんな真似されたら照れるじゃろうが……この大馬鹿者……」 

「……先輩は、気取らないんですね。そういうとこ、好きですよ」

「零夜」

「先輩」


「頑張れ」

「頑張ってくださいな」


 とても懐かしい、夢を見ている。


 ▲▼▲


「……や……いや。……零夜!!生きとるか!?」

「……おお、シグ。おはよう」

 零夜が目を覚ますと、泣きそうな顔の霧払驟時雨が必死で彼の肩を揺さぶっていた。

 目を覚ましたことに安堵したのか、感極まった様子で胸に飛び込んで来た彼女を座ったまま抱き止めて、彼は首を唸りつつ過去を思い出す。

「えーと、俺は、確か変な穴に落っこちたんだよな……どんくらい寝てた?」

「儂も後を追って飛び込んで、着地して真っ先に起こしたから時間はあまり経っとらんはずじゃ」

 言い終わるとシグは零夜の肩に顎を乗せて、鼻を少し啜った。

「……お前、泣いてんの?」

「泣いてなんかおらん。ちょーっと、ちょこーっとだけ不安だっただけじゃ。心配かけさせよって、全く。悪い信者じゃ」

 言葉の中身こそ気丈だが肝心の声は震えている。それを察した零夜は安心させるように頭を撫でた。

「あ、そう言えばあの穴は結局どうなった?」

「そうそう、その穴じゃが儂が着地した途端にここから消えたんじゃ。じゃから多分他の奴等が巻き込まれる心配は無い」

 と彼女は付近の壁を叩いて言った。家族を巻き込む心配が無いと聞き、ひとまずは安堵。

「てか俺何で気絶してたんだ?なんか、微妙に眩暈がするんだけど」

「それがの、あのワープホールの中には何故か大量の霊力が満ちとったんじゃ。きっとそれにやられたんだと思うぞ」

 ずっと座り込んでいるわけにも行かず、二人は立ち上がる。

「取り敢えず此処は何処か分かるか?」

「零夜の家からはだいぶ離れていると思う。……雨が降ってないのが気になるのじゃが、どこかの裏路地ではないか?」

 確かに、今日は全国的に小雨が降っているはずなのだが、空を見上げると雲一つない快晴だ。それに零夜は違和感を覚えたが、今はそれどころでは無い。

 パンパンと某大手洋服メーカーの白無地パーカーの裾を叩いて埃を払いながら彼は更に質問を重ねた。

「どう思う?」

「どういう意味じゃ?」

 辺りを見渡し、零夜は言葉を返す。

「これ、俺たちは喧嘩を売られたっていう解釈でいいのか?」

「うーむ、でもそうなら普通は売ってきた方が待ち構えとくもんじゃろ?」

「でも事実、今まで俺らに喧嘩売ってきた奴等に普通の考え方してたような奴が一人でも、一柱でもいなかったからその辺は何とも言えないよな」

 今までの対戦相手を一人ずつ思い浮かべながら零夜は言う。

「確かにそうじゃな、まあ神そのものじゃろうと神に関わった人間じゃろうと、どちらにせよ確実に思考回路が破綻しているのじゃから是非もない訳じゃな」

「んで、改めて喧嘩売ってきてんの誰だろうな?心当たりある?」

「正直なことを言ってしまうと遺恨関係ならば心当たりがありすぎるから絞りきれないんじゃよな」

 そう言って、彼女は首を傾げる。

「それと、もう一つ分かるかことといえば此処は確実に人間界ではない。神域ほどでは無いにしても空気中を漂っておる霊力量が多すぎるからの。こんなところに人間が踏み入れれば瞬時に廃人になるぞ」

「さっき言った通り眩暈するし頭もガンガンする……もうじき慣れるだろうけど」


 神域とは神の生息する、「この世でもあの世でもない次元と次元の狭間」のことである。そこでは神以外の物質は存在しない。


 先程零夜もワープホール(仮)の内部に満ちていた霊力にあてられて気絶していた通り、高濃度の霊力は通常の者にとっては毒である。

 霊力とは本来あらゆる物体に備わっている、精神を動かすエネルギーであり、感情を生み出す力と過去説明したが、神は動植物にも宿っている量とは比較にならない程に群を抜いて霊力を保有しており、この霊力量が多いほど同ランクの神々の中でもレベルが高いと認識される。

 しかし、その量があまりにも莫大すぎると、いかに神とはいえ存在の崩壊を招きかねない。そのため全ての神は普段から少量の霊力を体内から放出している。放出されたものは神域内に漂い、その中の少量が現世に漏れ出ている。


 そして、先程「本来」感情を動かす力、と前置きしたのはこのエネルギーは、例を挙げると霧払驟時雨が雨を発生させる時など、技術があれば霊力をエネルギーとして様々な現象を巻き起こすことが可能だからだ。この技術を主に神術と言う。基本的に神は一つの個体につき一つの神術しか扱えないが、災厄神だけは例外的に幾つもの神術を使用できる。この特権こそが霧払驟時雨が最強たる所以である。人間が扱えるのはそれを模して劣化した「模倣神術」のみだ。


 尚、零夜は日常的に莫大な霊力を纏う神と生活しているからこそ耐性がついているだけであり、そのおかげで不意に高濃度の霊力が充満する空間に飛ばされたとしても軽い眩暈程度で済んでいるが、一般的な人間がいきなりこんな空間に入ると、突然与えられた霊力が精神に大きな負担をかけるため即座に精神崩壊を招き、生ける屍状態となってしまう。


 簡単に言うと、今までの人生で積み重ねた経験から創り上げられた人間性を器、霊力を水と考えるならば、その水を一度に大量に注がれたことで器が耐えきれずに壊れてしまった状態である。

 もうそうなってしまえば考える力が全て無くなり、記憶、信念、感情が喪失して、結果他人の命令に簡単に従うだけの傀儡となってしまう。 


 厄介なのは理性崩壊に伴い、脳が無意識に設定している肉体へのストッパーも消えるということだ。

 

 極端に人を殺せとオーダーを出せば司令を出したものが止めるまで目に付いたものを手当たり次第に殴り殺す殺人機械になるし、単純にただ走れと命令しただけでもどこまでも肉体の限界を無視して疾走し続けてしまうのだ。最終的には車道に飛び出して轢殺されたり、段差を飛び降りて落下死したりするだろう。たとえ運良く障害物に引っ掛からなくとも最終的にはオーバーワークにより肉体が崩壊する。

 とにかくこうなった人間は厄介極まりない。この状態となった者を二人は廃人と呼称している。

「じゃあやっぱり今回も廃人案件なのかな」

「まあなんとも言えんがな。まあただの廃人にこんな真似ができるとは思えんし、十中八九バックに何かしらの神がおるじゃろうよ。が、やることは今までと変わらん。儂と零夜なら何が来ようがどうってことない」

 それからシグは彼の胸から離れつかつかと歩いていき、傍の壁に立て掛けていたテニスラケットケースを無造作に掴む。そしてファスナーを開けた。

 その中に入っていたのは勿論のことラケットなどでは無く、蒼色を基調としつつ、ところどころに眩い金色の装飾の付いた絢爛たる刀。その豪奢な柄を握り、シグはそれを零夜の方へ投げ渡した。

「あ、持ってきてたんだ」

「咄嗟にこれだけ引っ掴んで来たんじゃ。偉いじゃろ?じゃから存分に褒めるのじゃ」

「うん、偉い偉い」

 適当にあしらいつつ、零夜は強く柄を握って感触を確かめる。そして鞘についている金色の下緒に引っ掛けてあった黒くごついカラビナフックでジーンズの腰の左側に刀を掛けた。

「ずっと押入れに仕舞ったままだったし腕が鈍ってたらどうしようか」

「儂が創った刀を使っておいて腕前が鈍っとったら完全に猫に小判状態じゃのう。全国のサムライが号泣するわ」

「全国にサムライは果たしてどんくらい残ってるかな……一人もいないんじゃ無いか?」

「何を言う、ハチ公の銅像の前にはいつもサムライの心を持つ者が集まっとるぞ」

「それは侍の心を持った人じゃなくただ人を待ってるだけだ、てか流石にそのボケは分かりにくいわ……字に起こさないと到底伝わりはしねーぞ……」

「いやー、面白ければいいかなって」

「別に面白くもなんともなかったけど」

 緊張をほぐすように軽口を言い合いつつ、零夜とシグは一緒に大通りの方へ歩き出す。先行する零夜は油断なく右手を刀の柄に置いて構えながら、そっと建物の角からそっと顔を出して様子を確認して───

「─────えー……」

 絶句する。

「どうした?」

 ひょいと続いて覗き込んだシグも同じように絶句。


 二人は共に死線を幾度となく潜り抜けてきた、言うなれば歴戦の猛者である。加えて言うならば常勝無敗の究極の二人組である。


 だから、この場所の異常さから、なんらかの異常事態が発生していることは予測していた。


 だがしかし、その光景は二人の想定の範疇を軽く凌駕していたのである。


 彼らの視界に入り込んで来たのは────


「ひゃー、おいひいでひゅねえ」


 桜色の髪に茶色の目をした、明らかに現実の人間とは思えない風貌をした少女が三色団子を両手に二本ずつ持ってもっちゃもっちゃと幸せそうに貪っている光景だったのだ。

 なお、彼女が座っているベンチには赤いカーペットが敷かれており、隣には緑色の布が張っており、真ん中に大きな「団」の字が書かれている。


 つまるところ、そこは時代劇でよく見る団子屋なのだった。


「なあ、聞くまでもないが、あれって神?」

「……神があんな笑顔で団子を両手に持って貪っておる訳ないじゃろ」

「もっと聞くまでもないが、あれは廃人?」

「廃人があんな笑顔で団子を両手に持って貪っておる訳ないじゃろ」

「というか人が存在できないところに団子屋ってあるのか?」

「よく考えてみろ?ある訳ないじゃろ?」

「……これ、根本的に考えを改めるべきじゃないか?廃人案件でも何でも無いだろこれ。なんなら事故だろ」

「そうじゃのう……しかし少なくとも儂以上の力が無いと空間に穴を空けるなんてできないはずなんじゃが……」


 最早パニックとか、そういう次元の話どころでは無かった。二人はただただ現実と明らかに乖離した違和感に呆然とするのみだった。

「あれあれ?そこのちっちゃい女の子と白い服の男の子?戒厳令出てるのに危ないよー!?こっち来なよー?」

 そうやってもたついていたことで、先程の団子少女に気づかれてしまったらしい。彼女は二人に向かって右手を大きく振り、左手で隣をぽんぽんと叩いている。

「……どうする?零夜」

「いや、怖いんですけど。割とマジで。いや、え、どうすればいいのこれ……もうイレギュラー起きすぎて頭パンクしそうなんだが」

「……儂も、すっごく怖い。何が怖いって、皿に置いてある串の本数が怖い。あれ何本あるんじゃ?二十以上は確実にあるんじゃが?どんだけ食ってんの?」

「いや、絶対に今注目すべきはそこじゃないんだけどさ」

 彼女は明らかに論点が違った。

 とまあ、ここでもたもたしていても事態が好転するはずなどない訳で。

「もういいや、なるようになるって、きっと。うん、人間諦めも大事だろ、割り切っていこうぜ」

「あいあいさー……」

 結局、二人は腹を括って歩いて行った。

読んで下さり、ありがとうございます。感想・評価をして頂けると幸いです。

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