第十四話
「やあやあ、先輩。お久し振りですねえ?いつぶりでしたっけ?……睨まなくても良いじゃないですかぁ?そんな目をされると私、ドキドキしちゃいますよ?……なんちゃって。
「ん?私ですか?嫌だなあ、忘れちゃいましたか?先輩のことをいっぱい虐めてあげてた、プリティーでキュートな貴方の可愛い後輩ちゃん、宮坂愛雅じゃないですかぁ?先輩、酷ーい!可愛い女の子に何人か会ったら私のことはもう興味はナシ、ですか?
「全く、冗談ですよ。そんな必死に弁解しなくたって、私はちゃんと先輩がどんだけ私のことが好きなのか、ちゃんと分かってるんですから……先輩は私のこと裏切れないですもんね?ちゃーんと、知ってるんですから。ええ、本当ですよ?うふふ。
「私は愛しき先輩のことは何でも解ってますから。
「何をしに来たか……?なんでもかんでも他力本願なんですか?私に会えて嬉しいのは分かりますけど、人に頼ってばかりではなく少しは自分で考えて下さいな。
「うふふ、他力本願って言葉に弱いのは変わらないですねえ、可愛いですよ。
「嘘ですけどね。
「まあ私は小悪魔であっても鬼畜では無いですから教えてあげますと……そうですねえ、強いて言うなら、激励ですかね。
「元気かどうかなんて私に聞かれても困りますよ。だって私は所詮先輩の夢に登場してる幻に過ぎないんですから。先輩が知らないことを私が知ってるわけないでしょう?
「簡単に言うと先輩が今やってることって、私によぉーく似たお人形を使って一人二役のおままごとしてるようなものですから。
「もしかしたら本当の私は一人で柄にもなくしくしく泣いてるのかもしれませんし、先輩のことを恨んでるのかもしれないですね。
「やだなあ、さっきから散々言ってるでしょう?あくまで私は先輩の創造の産物なんですって。先輩が心の奥底で危惧してることをそのまま代弁してあげてるだけですよ。そんなに怒らなくてもいいでしょ?
「まぁ貴方の知ってる私はその程度で折れる女じゃないですよ。
「だから先輩は気に病んでるんですよね?分かりやすいなあ。私以外にはそんな表情見せませんからね、貴方は。見ていて面白いですよ。
「にしても、疲れた顔ですね……先輩、出会った頃はあんなに別世界に行きたいだの死にたいだの何だの言ってたのに、いざ異世界転移したらこのザマですか。まあよくありますよね。
「なんでも当てはまりますよ。
「期待していたものが、いざ実態を知ったらがっかり〜なんてこと。
「先輩は高校に入ってから嫌というほど体験したって言ってましたけど、異世界でもそうだなんて……実は先輩が安らげる場所なんてこの世に存在しないんじゃ無いですかね?
「夢って、叶えるものじゃなくって見るものですし。
「やめて下さいよ、そんなこと言って絆されるとでも?まあ若干照れてるのは否めないんですけど。愛しの先輩も色々あって口が達者になりましたね?後輩として誇らしい限りですよ。その調子で本当の私にも甘い言葉を囁いてあげて下さいな。
「いや、夢だから言えただけで現実では言えない可能性の方が高いか……つくづく悲しいですねぇ?
「とまあ、本題に入りましょうか。
「え?そうですよ?今までのは全部茶番ですよ?まさか私がただ先輩とお話したいだけだと思ってたんですか?まあそういう一面もなしきにもあらずって感じですけど。そんなわけないでしょう?
「実際はあなたが気づいるけど目を逸らしている事実を直視させるためだけに、あなたの本能が私というペルソナを使ってるだけですから。一つ分からないのは、どうして先輩がその配役に私をセットしたかってことですね。私にはこれっぽっちも身に覚えが無いですけど。
「じゃあすぱっと行きましょうか。
「あの飛燕?とかいう男は信用しないで下さい。
「そんな驚いた顔してどうしたんです?先輩がそう思ってるから私が警告してるんですよ?
「取り敢えず、彼側もなんか疑ってる気がします。もう少し距離を取るのが吉です。
「あと、あの二人も警戒しときましょう。蜉華と紫苑?でしたっけ?
「そこはまあグレーゾーンですけどね。最終的な判断は先輩にお任せしますよ。
「そう言えば、今日からお仕事ですね。
「是非とも頑張ってくださいね!!!
「ん?いえいえ礼には及びません。先輩のサポートをするのは後輩だけに許された特権ですから。
「ではでは、時間も無いですね。そんな顔しないで下さいよ。私は貴方の後輩では無いんです。もし私に会いたいなら私を助けてあげて下さい。いっぱい構ってくれますよ。
「行ってらっしゃい、先輩。
「また虐めてあげましょうか?
「……好きでは無いですけど。愛してますよ。先輩。
▲▼▲
起床。清々しい朝──
「背中痛すぎだわ!!」
……とは行かなかった。
彼が目覚めたのは、公園のベンチの上。
「うるさいのお……ちょっとは寝かせてくれ……」
「お前俺の腕の上でぐっすりだっただろうが」
「いやいや、お前うなされとったから」
「嘘つけ、うなされる内容の夢じゃなかったぞ」
あまりにも背中が痛すぎて覚醒。そのベンチは石で造られたものだったので、背中の負担が尋常では無かったのだ。背筋がセリフ通りバッキバキに凝っている。
「寝袋でも買おうか……寝袋って概念があればの話だが」
「賭けてもいいが絶対に無いと思うぞ」
「何賭けるのお前?」
「儂の処女」
「本当に馬鹿だなお前は!?」
石と彼女の頭で圧し潰されたせいで鬱血し、ビリビリと痺れる右腕を振り回す。
時計を確認すると朝の八時。ここの世界線の時間軸はちゃんと太陽暦に基づく、見慣れたものだった。それと金銭感覚、単位も元いた世界線と大体一緒だということも昨日に確認済みである。
「時間に余裕あるけど、朝飯食いたい?俺はあんまり腹減ってないんだけど」
「儂も別に。そもそも儂の食欲って娯楽的な物じゃし」
昨日は食事が終わった後、神社に戻って温泉をしっかりと堪能し、蜉華から寝間着として二人分の浴衣を買い、(これでもうお捻りは尽きた)それを着て公園で就寝した。
「しっかし……労働することになるとはなぁ……異世界お約束のダンジョンとかギルドとか、全然無いもんなあ……」
「の。儂もまさか橋を架けるってゴリゴリの土木工事だとは思わなんだ」
魔物の駆除やらダンジョンの踏破やらを依頼されるものだと思っていたら、普通に労働しろと言われた。
朝九時半からこの街の外れの運河に一本の橋を架ける公共事業に参加することになったのだ。以前、八割完成した辺りで大雨による氾濫により倒壊してしまったため丁度雨の女神のシグが抜擢されたとのこと。尚、零夜は半ばおまけ扱いである。
とはいえ絶望的に金欠な今の状況においてその話は渡りに船だった。おまけに給料は日給制なので零夜たちが食い扶持を繫ぐのに最適。どこにも断る理由はなかった。
「零夜。これから肉体労働の日々が始まるじゃろうが……大丈夫か?」
「大丈夫だって。筋肉と体力はそれなりにあるし」
そう言って浴衣の袖を捲り上げて力こぶを作る。零夜は戦闘時に模倣神術を使って非力を誤魔化しているが、そもそも刀が重いのと元ソフトテニス部に所属していた影響で一般人よりは筋肉があるし、それから戦術的に走ることが多かったため体力にも自信はある。
「正直学校に行く方が辛いわ。気持ちの問題でさ」
「……帰りたいとは思わないのか?」
「まあ両親と友達と……あの辺に会えねーのは若干しんどいかもだけど、それより高校行かなくて良いっていう方が大きいからなあ」
「それなら良いが」
大きく伸びをして眠気を飛ばす。そして縫い直してもらったパーカーを羽織る。
「さあ、異世界転移後初めての労働だ。気合入れて行こうぜ」
「狙えホームレス脱却」
「事実だけど改めて言われると気抜けるわ」
「そうそう儂は今のとこは不必要らしいから働いとる間はそこら辺ぶらぶらしとく。色々情報も集めたいしの」
「本当に気が抜けるな……」
▲▼▲
「親方ァ!!おはようございます!!!!!」
「「「「「「おはようございます!!!!!」」」」」」
一人が叫んだのを皮切りに一斉に叫びだす男たち。
誰だろうか、筋肉には自信があると言った馬鹿は。
目の前に立ち並ぶのは昨日死ぬほど痛い目に遭わされた仁王と同レベルでは無かろうかと思えるほどの筋肉を持つ屈強な男性たち。零夜ではまず比較にならない程の筋肉。
そして昨日飛燕の後ろに立っていた男性が親方らしい。ねじり鉢巻きをして腕を組んでいる姿は昨晩以上の威圧感を放っている。
「よぅーし、今日は飛燕殿の紹介を受け、新人が一人来ているっ!!若いが腕は立つそうだ!本人もとてもやる気に満ちている!皆も同じ仲間として迎えようではないかっ!!」
「「「「「「「「押ー忍!!!!」」」」」」」」
親方の背後に隠れている零夜は共に野太い声に威圧され、すっかり顔面蒼白になっていた。
完全に自業自得なのだが、実は彼は昨日の挨拶の時に役に立てると見栄を張ってしまっていたのだ。それさえしていなければまだやりようはあったが、あろうことかそれを真に受けた親方がプレッシャーを上げてしまったので状況は本当に最悪だ。ここの方々は基本的に土木工事専門の家系の方々で、例外なく一家代々筋力増強の加護を持つ神と契約しているらしい。そんな中の零夜である。足手まとい確定、間違いなく働き始めて数秒でゴミを見る目で見られる。最悪速攻でクビになる。
というかそんな大規模な公共事業を依頼できる飛燕はいよいよ何者なのだ。
「では、自己紹介してもらおうか」
そうある意味死刑宣告じみた言葉に促され、少しよろめきながらも背中から出る。
ここでじたばたしても仕方ないので、腹を括るべく深呼吸。
「今日からここでお世話になります、粗剃零夜17歳です!!至らぬ点もありますがご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します!!」
さっきまで観察してきた彼らのノリに便乗するように大声で叫んだ。
ご指導ご鞭撻とかつい一か月前まで死ぬまで使わないだろうと思っていたセリフを人生で初めて使った。噛まずに言えたのがもう既に奇跡に近い。
やはり17歳というのは肉体労働を行うにはいろいろと不利なので不審な顔で見られているが、これから気合と根性で一生懸命さだけ見せることができれば挽回可能と前向きに考える。力になれなくともせめて頑張りだけでも評価してもらおうという魂胆だ。
「コイツの気合はこの通り十分だ。色々教えてやってくれ!じゃあ、さっそく仕事に入ってくれ!」
「「「「「「「「押忍!!!!!!」」」」」」」」
零夜はやっぱりこのノリについていくのは相当厳しそうだと思った。
▲▼▲
「よし、そこの木材を一人一つずつ配置する!!そして余った角材も利用するから一か所に集めろ!!できた者から昼休憩!!最初に終わった者から三名は蜉華ちゃんのところに弁当を取りに行く!」
「「「「「「「「おおおおおおおおお!!」」」」」」」」」
「……押忍…………」
蜉華親衛隊の方々が盛大に沸き上がる中、零夜は黒い両腕をだらりと降ろしながら呟いた。
炎天下、労働のヘビーさ、空腹の三重苦にへばりそうになりながらなんとか他の人の三分の一程度の仕事をこなすこと4時間半、ようやく訪れた昼休憩。
手が黒いのは途中で生身ではどうしようもできないと判断して模倣神術を使ったからだ。それでも仕事量は一般人の三分の一。心身ともに大打撃を受けた。
ここの世界の人間は全員が全員化け物じゃないと生きていけないんじゃないかと目の前を両肩にそれぞれ三本づつ丸太を担いで悠々と歩いていく筋肉を見ながら思う。
筋肉がある人が丸太を運んでいるのか、それとも筋肉に人格のついた筋肉が丸太を運んでいるのかと訳の分からないことを考えていると、親方が、
「うし、早く蜉華ちゃんのとこに行くぞ」
「「押忍」」
意気揚々と二人を引き連れて弁当を取りに行く。弁当は賄のような感覚でもらえるらしく、金のない零夜にとって非常にありがたい。
零夜はえっちらおっちらと角材を指定された場所に運び、その場に座り込んだ。
「おっ、どうした新入り?もうへばったか?」
「休憩終わったら復活するので……」
「日陰に行かないとぶっ倒れるぞ」
「動けません……」
「おうおうそうか!!なら俺が運んでやろう!!」
肩にそのまま担ぎ上げられ、のっしのっしと皆が涼んでいる木陰まで運んでくれる男性達。ぶらりと脱力したままさながら干物のように運ばれる零夜を見て豪快に笑う働き手たち。
見た目はいかついが、とってもいい人たちである。
その気遣いに感謝していると弁当を買いに行った三人が山積みになった箱を持って帰ってくる。
ここはこの町の外れに位置するため、大分香楽庵とは距離が離れているはずなのだが、きっとどんなエナジードリンクよりも効果を発揮したであろう蜉華の力があればそんなものは関係なかったのだろう。
何度か他の人とも話して分かったことなのだが、この職場において弁当を作り日用品を作りプライスレスな笑顔でそれを販売する根羊蜉華は半ばアイドルと化しているのである。
「では休憩はこれから三十分、それまでにすべて食べきれ!」
「「「「「「「「頂きます!!」」」」」」」」」
「い、頂きます!!」
弁当の中身はとても美味しそうなうな重のようなものだったが、味を堪能している暇はなかった。
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