あしたもおいしくなぁれ 〜猫はコーヒーより苦い〜
こちらは、2人朗読用となっております。
朗読用に作成したものですので、感覚を大きく空け、どちらがどちらを読むかわけております。
わかりにくい点もあるかもしれませんが、御容赦下さい。
僕のお気に入りの店は芳醇なコーヒーの香りに包まれている。窓際の席、濃い色の木のローテーブルは今日も変わらず猫の爪痕だらけだ。というのも、この店の看板猫であるミコちゃんがこの席をいつも独占しているからである。僕はココのコーヒーが好きで、週に1度は来るのだが、座る席は毎回この席と決めている。
席につくと音を立てることなく近寄ってくる彼女。ニャーンと鳴く声は、いらっしゃいとでも言われているみたいだ。
「あぁ、ミコちゃん今日も可愛いね」
白い毛並みと長いしっぽの先が黒い彼女は、薄緑色の瞳でこちらをじっと見つめている。本当になんて可愛いんだろう。
「おいで」
「ニャー」
僕のその一言がわかるのか、彼女は一声鳴いた。僕の横にくっつくと体をくるりと丸めて目を閉じる。ほわんと胸を暖かくしながら注文の為にメニューを開く。さて、今日はどのコーヒーを飲もうか。
今日もご主人がコーヒー豆を引いている音に耳を傾けながら、ふわぁっとあくびを1つ。私はここで、看板猫をしている。
名前はミコ、でも時々お客さんによってみーちゃんと言う人もいる。まぁ、名前なんてどんな呼ばれ方をしようとも私が私であるかぎり関係ないのだけれど。
そんなくだらない事を考えていたら、カランと扉から鈍いベルの音がしてお客さんが来た。
看板猫なので、一応それとなくお客さんを見てみる。
うん?このお客さん知ってるぞ。
コツコツ歩いて座る席、このお客さんはいつも私のお気に入りの席に座る人。
「おいで」
お客さんは優しい声でそう言った。
けれど、正直な話をしますと、何故私がそんな事を言われるのかさっぱりわからない。だってそこ、元々私の席だし、名前だって書いてるし。
「そこは私の席だから、どいて」の意味を込めニャーと鳴いてやる。それなのに穏やかに優しい目でこちらを見てくる。言ってる事がわからないらしい。けどここで逃げたら、猫の名に傷がつく。こうなったら持久戦である。
今日は何がなんでも負けやしない。
はぁ、温かい。
ジーパンの分厚い布越しからでも、体温の高い彼女の熱は伝わってくる。片足の1箇所だけがじんわりと温められていく。本当になんて、なんて可愛いんだろう。実家の猫と大違いだ。
ちらりと彼女を盗みみれば、耳をピクピクと動かすものの微動だにせず眠っている。さすがは看板猫だと、感心した。
「すみません、ブレンドコーヒーを1つお願いします」
無口なマスターが、こちらをみてニコリと微笑む。僕はもう常連なので、マスターの表情だけで注文が通った事を確認する。後はもうコーヒーが来るのを待つだけだ。
カバンから文庫本を出して、猫の栞をテーブルに置く。
パラッと乾いた音を出しながらページをめくり、黙読する。
どんな話かというと、これが恋愛小説でなかなか想いを伝えられない男性のもどかしさが描かれた作品である。ちなみに僕の趣味ではなく友人の趣味だ。勧められてというか、本を貸すと押し付けられ渋々読んでみているのだが、この部分が僕の何かにひっかかり読み続けている。
【星も月も君の事を見つめる事ができるのが羨ましい。君が彼らを眺めれば、目を合わせることができる。けれどいくら羨んだ所で僕は星にも、月にもなる事はできない。ならば僕は君の何になれば、君と見つめ合うことができるのだろうか。】
ご主人、この人全然私の事を微動だにしないんだけれどどうしたらいいですか。
グイグイと身体を押し付けて、あっち行けとアピールしてみるけれど心音がとくんとくんとゆっくりなるのが聴こえるだけだ。毎回毎回の事だがどうしてこの人はここに座るんだろうか。耳をピクピクしながら、悩む。そうこうしていたら注文が決まったらしく、ブレンドコーヒーを頼んだ。
今日の豆はモカとタンザニアとブラジルの3種類を混ぜたスッキリとした軽やかな1杯なんだよ、と私にご主人が説明していた。細かい割合だとか、豆の引き方が浅いだとか凄い説明してくれたんだけど私にはさっぱりわからず首を傾げていた。猫ですし、難しい話はわからない。
ご主人はお客さんとはあまり話さないが、私にはよく話してくれるのだ。なんでも、お客さんはお客さんの時間をゆっくり味わって欲しいから話さないようにしてるんだとか。そのせいで常連さんには無口なマスターなんて勘違いされている。ご主人が本当はとってもおしゃべりが好きなのは私の秘密だ。
パラッと乾いた音がして、ちろりと片目をあけ、お客さんを覗き見てみればたしかにご主人のもくろみどおりにお客さんが本を読んでいた。いつもこの席で本を読むこの人は、本に集中している時は私が何をしても気にならないらしい。なので今日はちょっとしたあてつけで、ジーパンに爪をあてバリバリとといでやる。
本に集中していたら、バリバリと足元から音がしてふと下をみてみる。ミコちゃんが僕のジーパンで爪とぎをしていた。なかなかの高速爪とぎのせいで、ジーパンにこれでもかというほどのダメージを与えている。猫は爪を研ぐ生き物なのだから仕方ない。そう諦めながら本に目を通せば、本に集中できないほどにバリバリとものすごい勢いで爪を研がれる。
「ミコちゃん、どうしたの?」
「んにゃ!」
僕の言葉に爪を研ぐのを止めて、じっと薄緑の瞳が僕をうつす。
猫の瞳って本当にどうしてこんなにも綺麗なんだろうなんて思いつつ、そっと首元に手を持っていき優しくかいてあげる。一瞬ビクッとしたものの、少ししたらなれたのか目を細めた。
その表情もまた可愛らしく、ついついフッと笑ってしまう。そうしたら、なんとミコちゃんが僕の膝の上に乗ってきてくれた。結構通っているけれど、これは初めての事で心が浮き足立つ。
調子にのって、頭もそっと撫でてあげるとふあふあした毛並みが逆に心をほっこりとさせてくれた。柔らかい毛並みを堪能しつつ、また本を読む。
爪とぎをして、嫌がらせをしていたら。
どうしたの?と言われてしまった。どうしたもこうしたもなくて、ここは私の場所なのだからどいてよと抗議する。じっと見つめてメンチを切ってみれば、なぜだか首元をこそばされる。
いきなりすぎて、ビクッとしたが首元をかかれるのは弱い。ダメだ、この人の手つき本当に優しい。ついつい目を細めてしまい、爪とぎをやめてお客さんをみつめる。フッと小さな笑う声がして、優しく首元をかかれる。
違う、私はそれを求めてたんじゃない。こうなってしまえばふて寝するしかない。そうだ、膝の上に乗って重くしてやろう。これならきっとどいてくれるはずだと名案を思いつく。少し硬めのジーンズ生地の上にひょいと乗ってやり、ふふんとすましてみた。
そしたら今度は頭をゆっくりと撫でられてしまう。同じ事をいうが、私が求めていたのはこれじゃない。
けれど悔しい事だが心地よい。そのせいで、ゆらゆらと尻尾を揺らしてしまう。
膝上が温かくてふあふあしていて、本当に幸せでしかない。今日はついてるななんて思いながら、本を読みつつミコちゃんを撫でる。柔らかい毛並みと温かい体温は、まるで湯たんぽのようで本当に心地いい。撫で続けていたら膝の側面にぺちぺちと当たる先の黒いしっぽ、どうやら彼女もご機嫌らしい。
また笑みを浮かべていたら、コトンという音がして置かれたコーヒーがいい香りを放つ。本を置き、コーヒーから視線をおいかけ、横を見れば目が合ったマスターがニコリと微笑む。その笑みに答えるように軽く会釈をし、ゆっくりとコーヒーを口に運んだ。鼻にコーヒーの独特の香りが抜ける。この瞬間が、コーヒー好きにとって至福といっても過言ではない。舌にゆっくりと味が広がる。青い果実のような、明るくそれでいてスッキリとした味わい。コクが軽いので、本当に飲みやすいなんて思いながらゆっくりと喉に通していく。コクリと音を静かにお腹に沈ませると後味が少し苦めで、そのおかげか味の余韻が広がる。
「美味しい」
思わずそう言ってしまい、キョロキョロとあたりをみまわしてみる。聞かれたら少し恥ずかしい気がしたからだ。
「にゃあ!」
だけど運悪く、膝の上の彼女には聴かれてしまったらしく少し恥ずかしい。その恥ずかしさを隠す為に彼女の耳の端を親指と人差し指で摘み優しい力加減で擦りながらそっと呟いた。
「今のは、内緒にしてね」
「んにゃ?」
彼女は不思議そうに首を傾けて、僕を見る。
その後、小さくにゃあっと鳴いてコロンと丸まった。
どうやら内緒にしてくれるみたいだと感じ、また笑みをこぼす。
今度またこの店を訪れる時は、彼女にマタタビをプレゼントしよう。
今日の口止め料として。
拙い文をここまで読んで下さりありがとうございます。
私はコーヒーより紅茶派なのですが、今回頑張って本当にコーヒーを飲みました。苦かったです。
皆様はコーヒー派でしょうか?紅茶派でしょうか?
どちらにしても、日常のホッとする瞬間にはかかせないものだと思います。そんな日常の一コマをお届けできていたなら幸いなのですが。
日々の生活には疲れる事が沢山あるので、少しでも癒されて下さると嬉しいです。
時にはゆっくりと飲みものを味わって心を休めてくれるきっかけになると、もう花丸です。
長くなりましたが、ここまでの閲覧本当にありがとうございました。