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TSUKUYOMI - Moon Phase -  作者: moge(regolith junction)
No.101 Fly me to the moon
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No.101-2-02 Moon Walk 02

< Log name = Haruka >


 いよいよ、バギーに乗り込む。バギーは六輪でサスペンションがむき出しのフォルムが印象的なシルバーの機体。ウルテマという素材で作られ、何よりも頑丈を第一に作られているとレンが言っていた。


 前方中央は運転用にハンドルと計器類が占めている。私たちの座るシートは中央を開けて一席ずつ左右にあり、それが二列の四席。その後ろには荷台がついている。後方のほとんどが荷台で占められているので観光用というよりは観測用の機体なのだろう。

 このバギーは乗り込むのが本当大変だった。何せタイヤがでかくその上にドアがあるから、戦車に乗り込むような気持ち。簡易階段が設置されて、それを登りバギーに乗り込む。さっきまではしゃいでいたが、宇宙スーツの動きの制限がもどかしい。ちょっと階段を上ってバギーに飛び移るだけでも息が切れる。これを着て作業をしている月の人たちは凄いな。


 全員がそれぞれのバギーに乗り込むと、詰所から宇宙スーツの人たちがぞろぞろと出てきた。運転手さんなのだろう。ザッ、ザッとテンポの良い歩調でバギーに向かい、ヒョイっと造作もなく乗り込む。やはりプロは違うなあ。


 エンジンスイッチを運転手さんが押し、バギーたちが一斉に動き始める。十三台のバギーが縦走しながら、さっき遠くに見えた坂道まで進む。

 つい先程まで、ずっとワクワクして浮かれていたのに、急に押し寄せる不安感。坂道の先の小さなハッチの先に行くのがすごく怖い。このスーツは密閉されているのだろうか。酸素は充分にあるのだろうか。このスーツで宇宙空間に耐えられるのだろうか。

 いや、自分らしくないな。何をネガティブになっているんだろうか。そうなったらそうなった。そうなったら、そうなってでいいじゃない。よし、楽しもう!

 バギーはゆっくりと力強い足取りで坂道を登り始めた。


 坂道の先端、そこから先は、ハッチで閉ざされており、バギーが中腹まで進むと、音を立てて開き、視界が開く。ハッチの先にはさらに部屋になっており、順々に入ったバギーは横並びに待機する。


 宇宙スーツの中で音声通信が届く。声の主は案内人の女性。

「これより月面へ向かいます。決してバギーから身を乗り出さないようにして下さい。大変危険です。そればかりか法律で禁止されていますのでご注意下さい」

 タカとナミとレンが一斉に私を見てくる。わかってるって! そんな危ないことしないから! ……多分。


 待機スペースにはシャッターがあり、そこから月面に出るのだろう。シャッターがゆっくりと上がっていく。次第に見えてくる白い地面。月の表面だ。完全にシャッターが上がりきったとき、額縁の一枚絵のような、黒と白のコントラストが正に芸術品のような光景が広がっていた。

 通信が歓声で交差している。私も両手を大きく上げ、何故かガッツポーズをしていた。

 運転手のオジサンから通信が入る。

「どうだ、いい景色だろ」

 私たちは全身全霊、思いっきり返事をした。

「うん!」


 バギーは月面を進む。無数に輝く星々を見上げながら、また月面の荒涼とした姿を眺めながら、私たちは揺られて進んでいた。でも……。


「思ったより遅い」


 正直に、遅い、バギーが。もっとスピーディなドライブを期待していたんだけど、その速度たるや早歩き程度。月面の重力だったら跳ねて進んだ方が早いんじゃないだろうか。


「仕方ないだろ。安全に配慮したらこんなもんじゃないか?」

「でもさ」

「でもさ、じゃない。こんな所で投げ出されてみろ。ケガじゃすまされないぞ」

「そうよ。運転手さんだって無理言われたら困っちゃうよ」

 なんか、タカとナミに凄く圧をかけられている。

「レン~」

「月には無数のクレバスが存在します。これ以上のスピードは発見を遅らせて、バギーが滑落する危険があるのです。つまり」

「わかった。もういいです」

「諦めたか?」

「私、降ります!」

「は!? 馬鹿言うな! 案内の人にきつく言われてるだろ! 許可なく下りたら犯罪だ。法律で決まっているんだ」

「でも、せっかく来たんだよ。足跡残したい!」

「やめろ! 月史上に残る重犯罪者になりたいのか」

 うるさいので立ち上がろうとすると、タカは本気で止めに入り、私の体をがっちりと羽交い絞めにした。

「どこ触ってるのよ! タカのバカ、エッチ、変態!」

「宇宙スーツの上からなのに、エッチもクソもあるか! いいから座れ!」

 ドスンと無理やり座らされた。そこへ運転手のオジサンが通信を入れてくる。


「お嬢ちゃん達、すまんな。このバギーじゃ、これが最高速度なんだ。そのちっこいのが言ったように、クレバスに落ちたらひとたまりもない。でも、速さじゃ味わえない体験が待ってるから、もうちょっと我慢しな」

 そうオジサンが言うと縦走していたバギーが横一列に並び停車する。


 何にもない月の地平線。後ろを見るとバギーのタイヤ痕。通信で入る声だけがこだまする不思議な空間。

 常夜の星空を見ているだけで心が落ち着く。確かに良い空間だ。それに吸い込まれそうな黒い海。こんなの地球じゃ見られない。

「良い空だよな」

 タカがポツリと言った。

「うん。」

「さあ、そろそろだぞ」

 オジサンがそう言ってカウントダウンを始めた。

「3……2……1」

 徐々に白い地平線の彼方から浮き上がってくる、青い円の切れ端。

 最初は何が起きているか全くわからなかった。でもすぐにそれが昨日までいた場所だとわかった。

「地球……」

「すごい、綺麗」

「うん」

 口々に感想を言うが、人間本当に綺麗なものに出会ったら言葉なんか出ないんだとわかった。

 月の地平線に浮かぶ地球は、青くて、丸くて、とても綺麗だ。とても数十億の人が住んで、諍い合ったり、愛し合ったりしているとは思えない。まるで誰もいない世界のように見えた。

「な、いいもんだろ」

 オジサンは私たちに言った。

「うん、来てよかった。ありがとう、オジサン」


 本当に、本当に見れてよかった。外界から長眺める私たちの世界。白と黒と青のコントラストをいつまでも見ていたかった。

 バギーは踵を返し、来た道を戻り始めた。去り行く地球に両手をファインダーに見立て小さな額を作る。この景色を記憶のカメラに留めよう。そう思って心のシャッターを押した。

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