No.101-1-03 arrive 03
< Log name = Nami >
タカがケンカしそうになった二人を、丸くおさめてくれた(?)おかげで、ピリついた空気が緩んでいった。周りで事の顛末を伺っていた人たちも、拍手なんかしちゃったりして。タカなんかは周囲から「いいぞ兄ちゃん!」と声をかけられ、ご満悦に手を挙げて応えていた。私はこの二人の思ったことを行動に移す実行力が羨ましい。私は怖くて全然動けなかったから。
調子に乗っていたタカは、駆け付けたスタッフに何やら怒られていた。ここは私の出番かと思って、その場に行って頭を下げた。
私たちがアナウンスで入領審査室に呼ばれたのは、それから間もなくのことだった。別々の個室に通されて、身分の照会、荷物のチェック、ウイルスの有無などを調べられた。
審査が全て終了し、パスポートカードが交付される。地球のパスポートとは違い、月でしか使用できない端末で、GPSや管理アプリなど、月にいる時の情報を蓄積する。故に月での携帯は必須。携帯していないと罰せられてしまう。
さらに健康管理(月では法律で一日二時間の運動が義務付けされている)や、位置情報など様々な役割をもっている。位置情報については宇宙空間、月面で不測の事態が起こったら、これで見つけてもらえる反面、監視されているような感覚にもなる。
審査が完了して、やっと解放されると思ったけど、まだ終わっていなかった。
次は審査室の隣の部屋に通された。そこは大きな機器が、部屋を占領している無機質な部屋で、私は壁沿いの機器に乗るように促された。
円形の台に乗る。頭の上の方から、フラフープのような輪が光りながら降りてくる。私の体を測定しているのだろう。
測定が終了し、白衣を着たスタッフがデータを入力していた。その間、部屋にあるベンチで待っているように促された。
時間がかかるはずだ。審査と測定を四つのラインで行っているんだから。定期便も少ないから仕方がないんだとは思うけど。
ただ待っているのは暇なので、部屋の中を隈なく観察する。そんな趣味みたいなものがあるから、時間が空くこと自体は嫌ではない。
この部屋はだいたい二十畳くらいの広さで機器が二つ。一つが壁沿いにある測定器。もう一台は部屋の中央に陣取っているが、見たことがない最新の機器だ。今は打ち込んだデータを取り込んで何かを作り出している。3Dプリンタなのだろう。見慣れたロゴマークがある。メーカーは私の父の会社。
3Dプリンタの進化は月の開発を劇的に加速させたと近代史の授業で習ったのを思い出した。今や父の会社は3Dプリンタだけではなく、宇宙開発機器のシェア五位となっていた。今回、月に来ることができたのも、ライセンスの割り当てがあったから。本当は自分たちの力で来たかったんだけど……。あの悔しい思い出を思い返すのは、落ち込むから今はやめておこう。
「お待たせしました」
スタッフが声をかけてきて、出来上がった物を装着させてくれた。腰に巻かれたチューブ状のベルト。丸っこくて柔らかく独特の感触だった。でも……、重い。
先ほどロビーでタカが盛大に飛んだようなことがないようにするための装具だった。装着には月にいる全員に義務化されているもの。チューブのベルトにはアプリが組み込まれており、データはパスポートカードを通じて月にいる全員の健康を管理している管理局に適時送信され、地球に戻るときに筋力や体の状態に支障がないように配慮されている。動きを見られているのは気持ち悪いけど、体の為なので仕方がない。
月での携帯義務があるのが、先程貰ったパスポートカード、たった今装着したウエイトベルト、そして、これから貰うイヤリング。イヤリングは言語を同時通訳してくれる優れもの。便利なのはイヤリングくらいかな。これが月の三種の神器と言われている。あまりありがたくない代物だけど、と文句を言うハルカが目に浮かぶ。
この黒いチューブのウエイトベルト、一応だけどオシャレにも配慮されている。チューブの後部、座骨に当たるあたりにウエイトがあり、腰骨に当たるサイドにも二つウエイトがある。計三つの重しがあるけど、傍目には重しというよりサポーターのような形状で気になるものではない。全体的なフォルムもガンホルダーみたいな形状なので、男子が好きそうなデザインだ。うーん。もうちょっとかわいいデザインなら百点なんだけどなあ。
「フィット具合は大丈夫そうですね」
「はい」
「パスポートカード内のアプリで好きな色にチェンジできますので、後程ご自分で設定してください。返却は帰還する際に空港の出領審査室で回収致します。これがイヤリングです。こちらの回収も同様です。設定は日本語になっていますので、もし変更したい場合はパスポートカードのアプリで行ってください」
やった。色を変えれるんだ。ピンクかオレンジにしようっと。これで手続きは終了。やっと解放された。とにかく長かった。あまり体が強くない自分としてはちょっときつかったな。急にウエイトを付けられたのでふらつきそうになるが、堪えて部屋を出る。
ちょっと元気なくしてた自分だけど、部屋の外に出て、そんな気分は一変した。もうそこは別世界! エントランスラウンジは吹き抜けになっており、遠くに宇宙船が出入りするハッチを望むこともできた。更に、到着ロビーでは見ることが出来なかった、天井が大きなガラス張りになっており、そこから星空を眺めることができた。
地中に作ってあるにもかかわらず、丁寧に切り出した壁に、コンピュータでマッピングが投影され、白と黒を基調としたオシャレな壁になっていた。
吹き抜け中央にはホログラムでウェルカム・ザ・ムーンと文字が旋回している。簡単な文字列だけど、月に来たんだなあって実感できた。
どうやら四人の中では私が最初に出てきたみたいで、その後、ハルカとタカがほぼ同時に部屋から出てきた。二人して肩を落とし、空気がどんよりとしている。ああ、多分たっぷり怒られたんだろううなあ。
しっかりと腰にベルトを巻いている。他人の恰好を見ても月に来た実感は増幅された。
「もうなんなのよ。私が言わなかったら、あのオバサンもっと騒いでいたのに」
「いや、止めたのは俺だからな。褒められてもいいくらいだ」
「しかもこのベルトは何! せっかく地球より重力が小さいっていうのに、これじゃスーパージャンプも決められないじゃない!」
「一応経験者だから言っとくけど、マそれはジでやめとけ。今、俺はこのウエイトベルトのありがたさを身をもって痛感している」
「あんたがドジなだけじゃない?」
「クッ、この!」
と、お決まりの言い合いが始まったので、年長者として一言二人に投げかける。
「ねえ、あれ見て」
二人に向かってホログラムを指をさしてあげる。二人はみるみるうちに目を輝かせた。
「やっと来たのね」
「そうだな」
「コホン。一応私が最初にここに来たということで…ようこそ月へ(笑)」
ちょっと照れ臭かったけど二人に向かってポーズを決めてみる。
二人は笑っていた。なんか幸せな感覚。来たんだね、月に。
一個下の二人と行動するようになって一年弱、いろいろあって仲良くなって、まあタカは幼馴染みたいなもんだけど。二個下のレンが新学期に加わって、怒涛のような毎日が過ぎて、今私たちはここに立っている。
嬉しさ半分、怖さ半分。でも圧倒的に楽しみなのが二百パーセント! でも、それは恥ずかしくて言えなかった。
「楽しみ二百パーセント!」
ハルカが大きな声で私たちに言う。うん、私も今思っていたよ!
「そういえばレンはまだか?」
タカが聞いてきたので、まだ出てきていないことを伝える。随分と時間がかかってるけど、大丈夫なのだろうか。そう思ったとき扉が開きレンが出てきた。タカが声をかける。
「随分と時間がかかってたけど大丈夫か?」
「大丈夫です」
ハルカの両手がレンの両肩を鷲掴みにして問いかける。
「なんか変なことされなかった?」
ハルカ、変なことって何? 一応、公共の施設だけど。
「大丈夫です」
「なら良かった。私たちの末っ子をいじめていたら許さないところだったわ」
うーん、入領審査でいじめられるようなことにはならないと思うんだけど……。あ、二人は怒られてたのか。
「星陵高等学校生徒会御一考様ですね」
声の方に振り返ると、白黒の機体で百五十センチくらいのヒト型のドローンがいた。あらかわいい!
「二分三十秒後、移動用のトレインが来ますのでお待ちください」
流ちょうな言葉で私たちに指示を出す。
きっかり二分三十秒後トレインと呼ばれる無人の六人乗り機体がやってきた。地球で言うところの電動カートのような機体でタイヤは無く電磁誘導式らしい。一つ一つが勉強になるなあ。しっかり、いろいろ目にやきつけておかないと。
その機体は私たちを乗せてホテルに向かい走り出した。