将来「俺のお嫁さんになりたい」と言ってた従姉妹が夕飯を作りに来る
俺の名前は真田竜一……どこにでもいる普通のサラリーマンだ。
エンジニアとして企業に勤めて、繁忙期では帰りは深夜になることもある。
若いうちならまだいいが、歳を取ってからも続けられるか……そんな不安もある。
「ふぅ……」
ため息をついて、マンションの階段を昇る。
三階くらいならば、運動のために歩いて昇る習慣をつけた。
最初のうちは疲れたもんだが、慣れると以外となんとかなる。
懐のポケットからキーケースを取り出し、俺は自宅へ続く角へ差し掛かる。
「ん……」
そこで、俺はあることに気付いた。
ポケットにキーケースをしまうと、そのまま自宅のドアに手をかける。
ガチャリ、とドアの鍵は空いていて、俺はまた小さくため息をつく。
「おかえりー! 今帰り? 今日は早いね!」
俺のドアを開けた音に気付いたのか、パタパタと足音を立てて一人の少女がやってくる。
最近、俺の家の近くの学校に通っているという、従姉妹の姿がそこにはあった。
黒く長い髪を後ろに束ねて、白いシャツの上からエプロンを羽織っている。
如月梓――それが、俺の従姉妹の名前だ。
「ああ、今日は珍しくな」
「良かったね。丁度お夕飯作ってたから」
「その前に……家に来るのは構わないが、鍵は締めろって言ってるだろう」
ポスッ、と手に持ったカバンで梓の頭を叩く。
梓が不服そうな表情を覗かせて、
「今の時間なら大丈夫だよ。まだ八時にもなってないんだから」
「時間なんて関係あるか。女の子が一人で部屋にいるんだ。それくらいはしっかりしろ」
「もー、それがお夕飯作ってあげてる従姉妹に言うこと!?」
頬を膨らませるようにして、梓が怒って見せる。
この子にはよく戸締まりをするようにと言っているのだが、どうにも忘れる傾向にある。
……別に、俺の部屋の心配をしているわけじゃない。
あくまでこの子の身に何かあったら、そう心配しているだけだ。
「言うことだろ。お前は可愛い妹みたいなもんだ」
「か、かわ……!? まあ、そういうことならいいけど……。でも、妹じゃなくて……」
「ん、なんだ?」
「……何でもない! それより、早く帰ったならさ。少しお話しようよ」
「別に構わないが、夕飯の準備はどうした?」
「もう少し火通すのに時間かかるからね。リビングのソファーのとこでさ。行こ行こ!」
「おいおい、急かすなって」
こうやって、梓が俺の手を引いてリビングへと連行するように連れていく。
……ここ最近では、よくあることだった。
テキパキと俺から上着を脱がせると、そのまま俺をソファーに座らせて――ぐいっと肩を引く。
丁度、膝枕をするような形だ。
「おい……?」
「いいでしょ。久々なんだし」
「一週間ぶりだ。別に久々でもない」
「私にとっては久しぶりなの。それより、最近仕事で何かあった?」
「!」
この子はまだ高校生になったばかり――だというのに、どうしてだろうか。
まるで俺の母か姉であるかのように、心配そうな表情を浮かべてそんなことを言う。
「……別に何もないさ。帰りが遅いことが多いのはいつものことだろ」
「そうだけど、ちょっと疲れてるみたいだから」
「社会人になるとそんなもんだ。仕事をすれば疲れる……当たり前だろ」
「そうじゃなくて……まあ、いいや」
「それよりお前、火は大丈夫――」
「大丈夫だから! ちゃんと見てるよ!」
俺が起き上がろうとすると、無理やり寝かせるような形で梓が肩を押さえる。
女子高生に大の男が膝枕をしてもらう……これは少し絵面としては不味いような気もする。
「別に大丈夫だよ、誰も見てないんだから」
まるで俺の心を見透かすかのように、梓が囁くように言った。
優しく微笑んで、梓が俺の額に手を当てる。
「……何してんだ」
「んー、別に。ただ、こうしてたら少しは疲れが取れるかなって」
「お前は癒し系のマスコットキャラか何かか?」
「おっぱい揉む? とか聞いた方がいい?」
「それ、外では言うなよ」
「言わないよ、従兄さんだけ」
「それならいいが……」
いや、よくないが。
「従兄さんは心配しないで。疲れたなら寝てたっていいんだから。今は私がいるから、ね?」
「お前を一人にして寝られるか」
「……もう、本当に心配性なんだから」
……そんな当たり障りのない話を続けていると――気付けば俺は眠りに落ちてしまっていたらしい。
言った側からとは、まさにこのことだろう。
夕飯が出来上がると梓が俺を起こしてくれた。
「従兄さん。私帰るから、お夕飯しっかり食べてね」
「ん、ああ……待て。送るから」
「すぐ近くだからいいのっ! 昔から心配性なんだから……また明日ね!」
「あ、おい――」
俺の言葉も聞かず、梓がそそくさと去っていく。
大体、仕事が終わって梓と会うとこんな感じだった。
「……ったく、送らせるくらいさせろっての」
ため息をつきながら、俺はテーブルの方を見る。
綺麗に並べられた料理にラップがされて、俺の食事はこうして従姉妹に支えられているのを実感した。
***
帰り道――私は月の出た空を見る。
この時間、特にマンションから降りた道は月明かりでよく照らされていて綺麗だった。
電気のついた部屋……自分の従兄の部屋の方に視線を送る。
「いつも疲れた顔してるんだから……だから、心配するんだよ」
呟くように言って、ハッと口元を塞ぐ。
周囲を見ても、誰か聞いているということはなかった。
「……はあ。従兄さん、私との約束覚えてなさそうだからなぁ」
そうして、周囲に誰もいないことを確認してから愚痴をこぼすように私は言った。
――大きくなったら、お従兄ちゃんにご飯作ってあげる……お嫁さんになるね!
そんな昔の言葉を思い出して、私の顔が火照る。
「こんなこと、覚えてるの私くらいなのかなぁ……」
実践しているのも、私だけかもしれない――そんなことを思いながら、私は帰路につく。
明日も、私の好きな従兄さんのお夕飯を作るために。
こういう感じの連作短編みたいなのを続けてみたいと思う日もあるわけですね。
とにかくヒロインが主人公を甘やかすみたいな……そんな生活ください!




