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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

因奪い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 やあ、お待たせお待たせ。

 今朝は参ったよ。駅のホームで電車に乗った瞬間、緊急停止のボタンが押されたらしくってさあ、ちょっと足止めを食らっちゃった。

 何で押されたかは分からないまま電車は動き始めたけど、この数分の遅れで、どれだけの人が割を食ったんだろうね。


 どんなことにも、原因と結果がある、というのはよく聞く話だ。たとえ本人に自覚がなくても、これらを知っている者から見れば、「因果応報」とか「自業自得」という言葉が思い浮かぶはずだ。個人的には前者の方が、根が深く感じられるかな。

 その因果を絶つ方法のひとつに、「縁切寺」があった。離婚などの否定的な意味もあるが、もともと、悪縁を絶つ役割を持つ場所だとか。

 その縁切寺のひとつを巡る話、聞いてみないかい?


 ある日の夕暮れ時。町はずれにある寺の講堂で、奉っている神像の前で、住職が経を読んでいた。

 ここのところ肌が爛れる疫病が猛威を振るっており、寺にいるほとんどの者が遠出をせずに、とどまっていたという。

 この寺が奉るのは、吉祥天。繁栄、幸運、前科に対する謝罪を認める力を持っており、かの寺でも、悪しき縁を絶つにふさわしい女神だと考えられていたそうだ。

 堂の外からは、境内を掃き清めるほうきの音が聞こえてくる。この時間は小僧さんたちが、総出で掃除をすることになっていた。


 彼らのほとんどが、身よりのない孤児。一部、生活苦のために、親と思しき女が預けてきた子が混じっている。

 預けに来た親たちは「生活が楽になったら、迎えにくる」とは告げていたものの、いまだ、その約束が果たされた覚えはない。

 つまりは体よく、親子の「縁切寺」として扱われたのだろう。実際のところは確かめようがないが。


 背後から足音がして、住職は読経を止めた。歩幅と拍子から、小僧のうちのひとりであることが、すぐに分かった。

「お客様がお見えです」とのことで、草履をはき、門前へと急ぐ住職。案の定、そこには布でくるんだ赤子を抱える女性が立っていた。

 顔や腕にはいくつもの泥のかけらがへばりつき、羽織る小袖には枝に引っ掛けたのか、小さい穴がいくつか空いている。かすかに開いた合わせ目からのぞく太ももから、一筋の血が垂れていることを、住職は見逃さなかった。


 ――のっぴきならない事情があるな。


 住職が察する間に、母親らしき女性は息せき切って「子供を預かっていただきたいのです」と告げてきた。

 理由を尋ねる住職。

 女性が語るに、この子はさる方の落胤なのだが、まだ広く知れ渡っていない。家中はすでにお家騒動の一歩手前で、兄弟が骨肉の争いを繰り広げんとしているところ。

 もし、この子の存在が知られたら、たちまち亡き者にされてしまう。それは忍びないゆえ、数年間、寺で預かってもらいたい。

 さすれば、あの家との「縁」が切れて、子供もしがらみのない生活を送ることができる、と。


 ――知れ渡っていないというのは、つい先ほど、そなたが産んだばかりだからだろう。


 そう口には出さない住職。あの出血からして、産後の身体にかなりの無理を強いて、ここまで来たのだろう。

 住職はその熱意を買った。赤子の受け入れを承諾すると、母親の顔はぱっと明るくなる。

 赤子を託した後、何度も頭を下げる。走ることができないようで、息を切らせながらびっこを引き、姿が小さくなっていった。


 寺の皆を集め、預かった赤子をくるんでいる布を取り払ったところ、驚きの声をあげる者がほとんど。

 産まれたばかりと思しきその赤子は、すでに歯が生えそろい、灰色がかった髪がふさふさとうなじを隠すほどまで、伸びていた。それどころか手足のそれぞれの指の付け根にも毛が生え、大人さながらの貫録を帯びた風体。


 ――まるで、源義経の家来だったという武蔵坊弁慶の再来だな。


 僧の誰かがつぶやいた。

 弁慶の泣き所や、内弁慶と、何かと言い回しに登場する、豪傑無双の家来。彼もまた髪と歯が生えそろい、産まれたばかりの赤子ながら、二つか三つの子供ほどの体躯を持っていたという。

 預かった赤子に関しては、図体こそ十人並みであるものの、重さは岩の塊を持ち上げているかのごときで、この中で一番年下の小僧さんと、同じくらいはあったとか。


 予想通り、彼は並みの赤子のようには育たなかった。

 歯があるとはいえ、まずは腹に優しいものを、ということでかゆを木じゃくしで飲ませようとしたところ、一口めでかゆごと、木じゃくしをバリバリとかみ砕いて、その強いあごの力を知らしめた。

 膂力もすさまじく、食事の際に人差し指を握られた僧のひとりが、痛みと共に自分の指の骨がきしむ音を聞いたらしい。強引に引き離さなければ、確実に折られていたとも、告げてくる。

 極めつけは、両耳の上にできた、目で見えるほどの大きなこぶ。はじめは小指の先にも劣る小ささだったそれは、日を追うごとに大きくなり、今や耳にかかる髪の毛を押しのけるほどまで、育っている。

 試しにこぶへ触れた僧のひとりが、舌打ちをする。こぶの中央部分には鋭い突起があり、そこに引っかかった指の皮が破れ、血が出ていたんだ。骨か、もっと固いものがこぶの中へ潜んでいるように思えたとか。

 不安視する声はちらほらとあがったが、住職はそのような時こそ、経を読むべきだと説いたらしい。


「もし、この子が罪深き子ならば、その咎を流してやるが当寺の役目。それを見越して母親はすがって来たのであろう。気味の悪さなど、誰でもどこかしらに抱えているもの。それを気にして、心眼を閉じてしまう愚かしさこそを恥じよ」と。


 赤子は一年する頃には、他の若年の小僧さんたちと並ぶ背丈となっていた。

 言葉は片言だが、力は更に増し、お堂の柱さえも、彼が握ればたちまち木が削れて、穴が空いてしまうほど。

 耳のこぶは、はっきり中央に裂けめが入り、白いとげらしきものがのぞき出した。


 赤子が預けられてから二年が経ち、疫病も落ち着いてきた時のこと。

 件の母親が姿を現した。

 身体を隠すように大きな布を頭上にかざしながら、あたりをはばかる小声で住職との面会と、子供の引き取りを申し出てきたんだ。

 親が子を引き取りに来たのは、初めてのこと。住職はすっかり大人と遜色ない体躯へと成長を遂げた、赤子――というには、すでに大きくなりすぎているが――を連れてくる。

 まだ言葉がたどたどしいが、ここ数ヶ月。あの異様な握力、腕力を発揮することはなくなり、両耳の上にあったとげはおろか、こぶも引っ込んでいる。

 大きな赤子を見て、母親ははらはらと涙を流すが、当の赤子本人はというと、わずかに首を傾げながら、住職を見やって来た。これは「自分のしたいことをしていいか?」という、許可を求める赤子の仕草。

 住職がうなずくと、赤子はすっと、母親に寄り添う。それを待っていたかのように抱きすくめた母親は、改めて住職にお礼を言いながら、二年前と同じようにあわただしく去っていった。もう、びっこは引いていない。


 この場には住職以外の面子はおらず、別れの言葉をかけるいとまはなかった。母親が来た時に、独断で下がらせていたためだ。

 二年前に母親が話した、お家の騒動。それがどのように関係してくるか読めなかったためだ。

 

「……もし、尋ねたいことがあるのだが」


 そう住職が声を掛けられたのは、件の母子がすっかり見えなくなり、門の中へと踵を返しかけた時だった。

 すげがさを目深に被った武士装束の男。音もなく突然現れたその男の姿を見たとたん、住職は、自分の足の裏へ、思わず足踏みをしたくなってしまう、むずがゆさを感じた。


 ――この世のものではない。


 平静でいようと努める住職の前に、すげがさの男は懐からたたんだ半紙を一枚取り出し、広げて住職に見せてくる。

 墨で書かれたその女性の絵は、寺に赤子を預けに来た女性と瓜二つ。まとっているものも二年前のものを克明に描き出している。


「我が主君の妻だ。お二人の仲は睦まじく、結ばれてからほどなく御子を授かった。だが、いざ産み落とす段になって、にわかに姿をくらませてしまってな。

 あれから二年余り。家の中のいざこざがようやく収まり、こうして尋ね歩いている」


「産み落とす」。主君の子に対し、そのようなぞんざいな言葉遣いをするだろうか。

 力を貸すいわれはない。住職はもっともらしく絵を見つめた後、「存じませんな」と首を横に振る。

「そうか」と男は半紙を元のように、懐に戻したが、ふと顔を上げるとクンクンと犬のように鼻を鳴らす。


「どうやら女人が、先ほどまでここにいたようだが」


「何分、ここは縁切寺でしてな。縁を切り終えた女子が去ることもありましょう」


「この、尼がいないような寺で「、か?」


 鋭い。が、心を乱さぬ鍛錬を積んでいる住職は、動じない。

 しばし、二人はにらみ合っていたが、じきに男が鼻を鳴らした。


「よかろう。ここは引く。いずれまた訪ねることもあろう。しかし、その時は」


 さっと、男が腰に帯びた小太刀がひらめいた。

 住職の身体を大きく外れる居合抜き。その斬閃は開いた門の内側へ向けられていたんだ。


「より誠実な受け答えを期待する」


 すげがさをわずかに持ち上げ、男は去っていく。そこから見えた両耳の上には、かつて赤子に生えていたものと同じ、白いとげが見えた。

 しかし赤子の比ではない長さと大きさを持つそれは、湾曲した角。絵巻に出てくる鬼のものに酷似していたらしい。


 ややあって。講堂から地響きが聞こえてきた。

 駆けつけると、奉ってあった吉祥天の像が、袈裟懸けに切り倒されている。切れ味鋭い刃物で切ったように、その断面は一分のざらつきもない。

 すぐさま替えの像を用意するよう手配がされたが、それは果たされることはなかった。

 それから数日の間で、寺に皆が次々に病にかかり、ついには住職も倒れてしまう。

 彼らの症状は、この二年ですっかり勢いが衰えたはずの、肌が爛れる疫病だった。そして不思議と、寺のすぐ近くへ住んでいた者にはまったく伝染しなかったのだという。




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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                  近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[良い点] すごく面白かったです。 赤ん坊の異様な力と風貌が二年経っておさまりつつあるということは、その生まれからの縁が切れかかっていたということでしょうかね。 そのまま、うまく人の世に紛れて生き延び…
[一言] なんだか、不気味というか……そこが良かったと思います!! この様な雰囲気が好きなので、小説に出てきた赤子が主人公の話が読みたくなりました(*´∀`)
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