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レモネード

作者: 藤屋順一

彼とはいつも、この喫茶店で会う。

いつもの席にいつも座る、昔からの腐れ縁。

彼はトーカーだ。

ここで会う度に唯々しゃべる。

本当におしゃべりな男。

最近のニュース、身近であった出来事、ネットでの噂、マニアックな趣味の話題、一度口を開けば止まらない。

私には興味がない話題ばかりなので適当に相槌を打つ。

時々興味をそそられる話もするけど、大体彼のよくわからない話題に埋もれてしまう。

私はわざとらしいくらい退屈な素振りを見せ、大きなあくびをして、心を込めない返事をする。

それでも彼はしゃべり続ける。

話す相手がいるだけで満足なのだろうか。

今している話は前に会った時にも聞いたわ。

彼はここに来るといつもアイスコーヒーを頼む。

決まってガムシロップを二つ入れ、ミルクをたっぷり注ぎ込む。

氷の浮かぶ褐色の液体に透明なもやが降り、水面が白く覆われる。

彼はおしゃべりを続けながら、ストローをクルクルと回す。

カラカラと音を立て、グラスの中の液体はゆっくりと、次第に均一な色に落ち着いてゆく。

その様子をぼんやりと眺めながら、彼の話に相槌を打つ。

私はここに来るといつもレモネードを頼む。

半透明の液体が注がれたグラスの内側に、無数の小さな気泡が生まれる。

サラサラと音を立て、グラスについた泡はゆっくりと、次第に水面に浮かんではじけてゆく。

その音に耳を澄ましながら、彼の話を聞き流す。

レモネードを頼むのは泡の数を数えるためだ。

もちろん全部の泡を数えることはできないから、きちんと数え方を決めている。

泡が消えた後の隙間にまた小さな泡が生まれる。

小さな泡はゆっくりと大きくなって、隣とくっつきながら育ってゆく。

泡は限界まで大きくなると、グラスを離れて水面へと浮かび上がり、そしてはじける。

生まれて、はじけて、それがひとつ。

今までいくつ数えたかも覚えている。

私は彼の声が好きだ。

私は彼の話が嫌いだ。

だから泡の数を数えながら待っているの。

彼が私の好きな声で、私の聞きたい話をしてくれるのを。

那由多を超えるまで待ってあげる。

彼のグラスには溶けて小さくなった氷。

私のグラスには気の抜けたレモネード。

甘ったるいレモネードを飲み干して、彼に伝票を渡す。

バイバイ、またね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女性主人公らしいやわらかい語り口で、物語が頭のなかにすらすら入ってきました。 作者さまがそう意識されたのかはわかりませんが、私=繊細で冷静な男性、彼=がさつで落ち着かない女性、とも読める…
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