異婚語り
名門異形の男×名門陰陽師の娘
ある夏の日。私は学校の宿題を抱えて祖母の家を訪ねた。
祖父母がそうして結婚したのか聞きたがる私に、祖母はしょうがないわね、と微苦笑しながら口を開いた。
これは、祖母が語った異種婚語りの記録である。
ねぇ、きっとつまらない話だと思うわ。それでも聞きたいの? そう、そうね。そこまで熱望されたんじゃ、話さないわけにはいかないわ。でも、つまらない上に長くなってしまうから……お茶でもしながら、ソファでゆっくりと話しましょう。そうだわ。常連さんがくださった羊羹があるの。天の川をイメージした、とっても綺麗な羊羹なのよ。
ね? 食べちゃうのが勿体無いくらい綺麗でしょう? ああ、良いのよ。あの人は小豆がそんなに好きじゃないの。だから、羊羹もあんまり得意じゃないのよ。えぇ、たしかに私が出せば食べるでしょうけれど……こんなに綺麗で可愛くて美味しいのよ? どうせなら美味しく食べてくれる人と一緒に食べたいわ。ふふふ、ね? 美味しいでしょう?
分かったわ。分かったから、そんな怖いお顔しないで。そうねぇ……どこから話しましょうか……。やっぱり物語は、主人公がどんな子だったか、からかしらね。うん。そうしましょう。
私には、なにもなかった。兄のような優れた退魔の力も、妹のような美しい容姿も。昼間の学校では、誉めそやされたけれど、そんなの、闇の世界では爪の先程も重要じゃない。闇の世界で大事なのは、どれだけ優れた退魔の力を持つか、どれだけ美しい容姿を持つか。それこそが一番大事で、学校の勉強や運動がどれだけ出来ても、決して褒められることがない。いいえ、寧ろ「俗の穢れた気に毒されて」なんて言われたりしたわね。
幼い頃はそれこそ、何度も家と外の世界の認識の違いに、両親や門下生たちに持て囃される兄妹と、誰も居ない離れで一人過ごす自分の落差に泣いたし、叫んだわ。
でもねぇ。そんなのなんの意味も無かったわ。
卑下するわけでも自意識過剰なわけでも無いんだけどね、私、少なくても兄よりは優れた容姿をしていたし、妹よりは優れた退魔の力を持っていたのよ。でも、兄よりも劣った退魔の力、妹よりも劣った容姿、そればかりが責められたわ。
「長女なのに、なんで長男と同じくらいの力を持っていないのかしら。長女なのに、なんで妹と同じくらいの容姿を持っていないのかしら」
両親は私の顔を見る度にそう言って溜息を吐いた。気付けば私は、家族たちに期待することを止めてしまったわ。だって、そんなの無駄だもの。
その代わりに、私は外の世界で生きることに決めたの。中等科に上がる頃だったかしら。わざと家から遠い寄宿学校を受験して、私は中等科から家を出たわ。
寄宿生活は、今までに味わったことがないくらいに幸せだった。部屋こそ、二人部屋の共同生活だったから狭かったけれど、あの狭い二人部屋の方が広く感じられたくらいには、私には実家は息苦しい場所だったのね。ああ、そうだわ。あなたも知ってるわよ。私の初めての同室者。誰だと思う? ふふ、そう。あの子よ。吃驚したかしら? 今じゃ考えられないくらい、あの頃のあの子ってば初心で可愛い女の子だったのよ。私とあの子は、すぐに仲良くなったわ。
毎日同じ部屋で寝起きして、同じ敷地内に建つ校舎へ通い、休日ともなれば他の部屋の子たちと一緒に街へ繰りだし……。天国のような日々。そうだわ。あの頃の制服や着ていたお洋服、今も残してあるの。とっても可愛いし、今着ても可笑しくないデザインだと思うから、後で見せてあげるわね。
え? 学費とかはどうしたのか? そうね。それは家の人が出してくれたわ。だって、いくら私のことを見下したり無いモノとして扱おうとしても、私があの家の長女である事実は変わらないでしょう? だからあの人たちはお金だけは惜しむことなくくれたわ。寧ろ、私がお金さえくれるんだったら、と大人しくしていたから、たったそれだけで名家としての矜持が保たれるなら万々歳、ってところかしら。それに、私が望む金額なんて、兄妹が望む金額に比べたら雀の涙みたいなものよ。
兄も妹も、自分がどれだけ家にとって価値のある人間で、自分の一挙手一投足でどれだけのお金が生まれて動くかを知っていたから。湯水のようにお金を使っていたわ。
そんな私が、あの人と出会ったのは、中等科一年の秋のこと。
私が入った寄宿舎は女学校で、普段は同じ年頃の女の子だけで過ごしていたのだけど、年に一度。一週間だけ、同じ様に寄宿舎の男子校と交流することがあったの。名目は『芸術交流会』だけど、実際は合同お見合いみたいなものね。
全寮制の寄宿学校よ? そこに入るだけの学力があって、そこの学費が払えるくらいには裕福な家の子ばかりだったから。普通じゃ考えられないけれど、その年頃からお見合い、今でいう婚活かしら? をするのは普通だったわ。
とは言っても普段は同性の子だけで過ごしている子供だから、突然そんなこと言われても戸惑うでしょう? 学校側もちゃんと考えていて、段々と段階を踏めるようにお膳立てされていたわ。
初日の月曜日は喋らなくても問題無い、そして話す話題にできる『舞台鑑賞』で、舞台終演後は劇場近くのホテルで立食形式でアフタヌーンティーを楽しみながら、お互いに舞台の感想を話したりするの。
次の火曜日は動物園へ写生しに行くのだけど、それはまぁ建前なのよね。描いた絵を提出するとかもないし。前日に気になる人が出来た子はその人と一緒に、そうじゃない子はそれとなく異性の近くで。昼食は動物園内の広場でピクニック……と言っても、学校が用意したお弁当を食べるのだけど。午後は午前と同じね。殆どの子は、この日には「好き」とまではいかなくても、興味のある子を見つけてしまうわ。そうじゃないと、後々困ってしまうもの。
水曜日は翌日の準備で一日学校で過ごすの。翌日の木曜日はね、女子たちが男子校にお邪魔するのよ、手作りのケーキやクッキーを持ってね。その為に女子たちは一日中調理室に籠ってね、出来るだけ美味しく綺麗に作って、逆に男子は女子たちを迎える為に校内を綺麗に飾り付けるの。
そうやって準備をして迎えた木曜日。普段は行けない男子校にお邪魔するのだから、女の子たちの胸はどきどきだし、男の子たちは男の子たちで、普段は女人禁制の校内に女の子が居るものだから浮かれてしまって。ここからは前日までとは違って戦いよ。女の子も男の子も、できるだけ良い条件の婚姻相手と縁を持ちたいのは変わらないでしょう? 人気のある子と二人になりたい子たちは他の子より自分が目立つのに必死だし、その、あまり婚姻相手として条件が良くない人は自分と縁を結んでもらおうと必死だし……。
え? 私? 私は……隠してもしょうがないことね。私は人気が有る方だったわ。闇の世界では陰陽師として活躍していた私の家は、昼間の世界では政治家や有名財閥御用達の商家ということになっていたわ。実際、街には陰陽師とは関係無い店舗も構えていたし。兄が居ることは知られていたし、実家は政界にも顔の利く大店の長女よ? 嫁に迎えるとしたら最高条件よね。でも私は……私はどこかに嫁ぐつもりなんて無かったわ。そんな状況だったから、私は出来るだけ人を避けて居たの。
で、金曜日ね。金曜日は月曜日のアフタヌーンティーでも使ったホテルで晩餐会よ。前日までに本命の人だったり妥協だったりしながら相手を見つけて、寄宿舎に迎えに来た男の子と二人で会場に向かうの。会場では相手の子と踊ったり、食事をしたりしながら親交を深めて。それで最後の曲までに、もしお互いに今後のことを真剣に考えるのなら、男の子はフラワーホールに刺してきたきた花を、女の子はしてきた手袋の片方を互いに渡して別れるわ。ここで相手からそれが貰えなかったら、残念だけど縁が無かったってことで諦める決まりよ。上手く行ったら、後日実家を通して交際が始まるわ。
ふふ、待って頂戴。そうね。ここまでだといつ、私があの人といつ出会ったのか分からないわよね。そうね……有り体に言うと、あの人って全然人気無かったの。当時からあの人は自分が異形なる一族の人間だというのを隠していなかった。いくら実家が資産家でも、大抵の女の子はあの人の妻になる事を嫌がったわ。あの人もそれを分かっていたから、自分から女の子に声を掛けることもしなかったし、いつも人のいない場所で一人で居たわ。で、そこに男の子たちから逃げていた私が行ったの。
初日はね。舞台鑑賞が終わってすぐに帰寮したから良かったのだけど……。火曜日の動物園ではもうそんな手は使えなくて。仲の良い子たちは早々にお目当ての男の子たちと一緒に行ってしまうし……そりゃあもう必死で逃げたわ。で、逃げた先に隠れてたあの人が居たの。初対面は気まずかったわね。あの人はあの人で誰も来るはずないってのんびりしてたし、私は私で誰も居ない・来ないって思って駆け込んだし。