童話の行く末は、
猟師×赤ずきんちゃんだった子
お伽話・赤ずきんちゃんをテーマにしたお話。
赤ずきんちゃんと猟師のその後のお話。
昔々、ある所に、それはそれは可愛らしい女の子が住んでおりました。
いつもお母さん手作りの赤いボンネット帽を被っておりました。
その女の子はある日、お母さんのお使いで森に住むおばあさんのお見舞いに行きました。
しかしそれを知ったオオカミが先回りして、おばあさんを襲い、女の子をも襲おうとしました。
けれど偶然通りかかった猟師によって助けられ、おばあさんも女の子も助かりました。
これは、女の子のその後のお話………
窓からカーテン越しに感じる明かりと明るい声に、縫物をしていた手を思わず止めてしまった。
今日は年に一度の町の祭りで、中央の広場には即席の塔が建ち、町中に灯篭が飾られる。
普段は月と星の明かりしか無いこの町の夜。その暗さに慣れた私には、この明かりはとても眩しかった。
広場では昼間は屋台が出て出し物が行われ、夜は塔を中心に男女で踊る。
祭りの間に男性が女性に森に咲く花をプレゼントするのが、恋人や夫婦では愛を誓うイベントとして伝わってる。
それがこの町のお祭り。
私が、毎年行けずにいるお祭り。
膝に作業中の布を置き、そっとカーテンに隙間を作り広場を覗き見る。
この家は広場沿いでは無いけど、広場に続く坂道の途中にあり、しかも上手く道が通っているので、広場の様子が見れるようになっている。
広場では甲高い笛の音や低い弦楽器の音に合わせ、町中の男女が楽しそうに踊っている。
そこに私の両親の姿も見えて、そっと笑った。
行く前はあんなに私を心配していた両親だったけれど、この深い森に囲まれた町での唯一の楽しみと言っても良いお祭りだもの。楽しくない筈が無い。
大好きな両親が私のせいで楽しめないなんてなったら、私はそれこそショックだわ。
私は楽しく踊る両親を暫く見つめて、そっとカーテンを掴んでいた手を離した。。
カーテンが閉まりかける瞬間、一人の男性と目が合った。
切れ長で一見冷たく見えるけれど、実際にはとても優しいあの人。
けれどすぐさま重力に従って落ちたカーテンで視界が遮られる。
一瞬。本当に目が合ったかは分からない。たまたま視線を流した時に私の方を見ていて、私がそれを視線が合ったと勘違いしているだけかもしれない。
でも私の心臓は、その一瞬の事に激しく高鳴り、頬は熱く燃え上がった。
私と彼の出会いは、もう10年も前の事。
幼い私が森で狼に襲われて死にかけた時。
颯爽と現れて彼は狼を倒してくれた。
彼があの時助けてくれなかったら、私は醜い野獣に食い千切られていた。
幼い私は今まで感じた事の無い恐怖に怯え震えていて、彼はそんな私を抱き締め、優しく耳元で大丈夫だと言ってくれた。
あの瞬間。
私は彼に恋に落ちた。
けれど彼は町の英雄。
凶暴な狼を倒し、幼子だった私と病気で臥せっていた祖母を助けた、腕の良い猟師。
彼と私は15歳も年齢が離れていたし、彼は町中の女の子の憧れだった。
毎日のように綺麗な服を着た女性が彼の周りに集まり、彼女たちの半分も無い背の私には、彼はまるで手が届かない存在。
それは今もで、さっきも広場ではこの日の為に新調したドレスに身を包んだ女の子に囲まれていた。
10年経てば私も成長する。
今では他の女の子よりも少し低いだけまで身長も伸びた。
ぺったんこだった胸も膨らんだし、幼児体型だった体も女性らしい姿に変わった。
でも変わるのは私だけじゃない。
彼も素敵な男性になったわ。
あの時の彼はまだ猟師見習いで、少年から青年に変わる前の男の子だった。
それが10年で立派な猟師になり、今ではこの町どころか、この辺りでは有名な猟師になった。
10年前よりも、もっと素敵になったあの人。
彼の周りにはいつも綺麗な女の子が沢山いる。
10年前にちょっと会っただけの私の事なんて、覚えてる筈が無いわ。
私は縫い途中になっていた布を手にして作業を再開する。
お母さんが作ってくれた赤いボンネット帽。
あの人がよく似合うと、可愛いと褒めてくれた赤い帽子。
サイズが合わなくなる度にお母さんに手直ししてもらった帽子は、今では私が自分で直してる。
帽子の部分は何度も手直ししてるうちにダメになってしまった部分が多かったから、新しく作り直して。
昔のボンネットは綺麗な部分だけを切り取って花のコサージュに仕立て直し。
縁を飾るレースは丁寧に丁寧に編んだ細かいフリル。
顎で止める為のリボンには細かい刺繍。
見てもらえる筈無いと分かっていても、あの人が褒めてくれた帽子だから、いつ見てもらっても恥ずかしくない様に丁寧に仕立て直す。
本当は祭りに参加したい。
今まで彼が女の子と祭りで踊ったなんて聞いた事が無いけど、もしかしたら、踊ってくれるかもしれない。
そんな淡い期待が無いわけじゃない。
でも出来ないの。
あの恐ろしい狼の襲われた日、私は脚に怪我をした。
今では傷跡も分からないような怪我。
なのに彼はとても申し訳なさそうに何度も何度も謝ってくれた。
歳を重ねてもそれは変わらず、傷跡こそ無いものの、激しい運動は苦手な私を見る度に彼は眉を顰めた。
それがとても苦しい。
彼が好きだけど、彼にこの思いを告げてもきっと困ってしまうのは分かり切ってる。
優しい彼は私の怪我を自分のせいだと思ってる。
罪悪感で一緒に居てもらいたくない。
好きだから一緒に居てもらいたい。
でも私がそれを言ったら彼は、罪悪感で一緒に居てくれようとすると思う。
だから、私は彼に会う事をなるべく避ける。
幸いなことに私は刺繍や編み物でお金を稼いでいるし、それも父が母の織物と一緒に大きな街に売りに行ってくれる。
家から殆ど出ることなく一日を過ごせるのは有難いことだし、今では貴族が利用するようなお店から、お針子として働かないかとお誘いを受けることだってある。
だからどうか……こんな気持ち、消えてなくなってよ……。
ぽたりと、手の甲に涙が一粒落ちた。
慌てて帽子に零れてしまわぬように、両手で顔を覆い隠す。
泣くような事では無いわ。寧ろ、泣いてもより一層自分の惨めさと、愚かさと、浅はかさを思い知るだけ。
なのに涙は止まることを知らない。
本当に彼に申し訳ないと、彼を諦めたいと思っているのなら、私はこの町を出るべきで。
その為の術を持っているのに実行しないのは、少しでも彼を見ていたいと、彼の視界に入りたいという哀れな欲望のせい。
それも、今日で終わりにしよう。いつまでも、こんなことを続けていても仕方ない。
脚の悪い私の治療費や面倒を見るのに、両親がどれだけ苦労してきたかを、私は知っている。
今こそ、その恩を返す時なんじゃないかしら。
お針子として呼ばれたお店の条件はとてもよく、一月分のお給金だけで今の私の三ヵ月分程の稼ぎになる。
大店だけあってお店の評判は良好で、お休みだってしっかり取れると言う。
なにより、街で働くのに住む場所まで提供してくれるというのだから、本来だったら一も二もなく了承すべきだったのだ。
それを、今の今まで悩んでいた方が、可笑しいのよ。
ごしごしと涙を袖で拭い、最後の一針となっていた刺繍を終える。
あの時のボンネット帽を作り直すのは、これで終わりにしよう。
ずっと未練がましく、彼が似合うと言ってくれた赤のボンネット帽にこだわっていたけれど、それも今日でおしまい。
我ながら、今回のは今まで一番可愛く綺麗に作れたと思うわ。
だからね。最後にこの帽子を被って、彼にお別れをしよう。
急な動きには弱いけど、立ったり歩いたりするのには支障ないくらいには、私の脚はもう良くなっているから。
踊れなくても、祭の場所に行く事くらいは出来るわ。
この町の祭に参加出来る最後になるのだから、一番綺麗な姿で彼に会いに行こう。
それでも、彼の周りを囲む人たちには、到底敵わないだろうけれど。
母がクローゼットに私の為にワンピースを用意してくれているのは知っていた。