神様はストーカー
狐な神様×平凡大学生
何の気なしに初詣でお祈りしたら、なんか神様がハッスルしてくれた。
しかも私の態度が気に入らないらしく、ストーカーという名のボディーガード兼家政婦に。
意味が分からないと思うが、私にも分からん。
どうしてこうなった……?
現代っ子女子大生がお狐神様と付き合うようになるまでのドッタンバッタンラブコメ。
私にはストーカーが居る。……なんて言ったら周りの反応はきっと様々だろうと思う。心配してくれる人も居れば、嘘だと言う人も居るかもしれない。
けれどまぁ……大半は頭可笑しいんじゃない?って言うと思う。ストーカー被害者と言うには私は平凡だし、被害者独特の悲壮感も無い。
そう。悲壮感。
通常ストーカー被害者は恐怖に襲われる。それは自分の私生活が誰とも分からぬ人間に見張られ、侵略されることに恐怖を覚えるからだ。その恐怖心や悲壮感が私には無いのだ。
だってーー。アレを相手に悲壮感も恐怖心も持てないんだもの。仕方ないでしょ?
「ただいまー……って、また今日もか」
一人暮らしをしている安アパートの扉を開けると、そこには朝脱ぎ散らかして出ていった筈のスリッパがきちんと揃った状態で私を出迎えてくれる。流石に毎回の事とは言え、いい加減相手も諦めれば良いのにと思う。
スリッパを履いてショートブーツは無造作に脱ぎっぱなしにする。そうするとそれを見計らったかのように下駄箱の上のメモが視界に入った。
「えーっと……『明日は履かないでしょうから、きちんと下駄箱にしまいましょう』ってオカンかよ」
そうメモに突っ込んだ私は悪くないと思う。というか明日の私の服装を予想するな!と言いたい。何故明日はこのショートブーツを履かないと思ったんだ。
……まぁ実際に明日は学校終わりにバイトだからスニーカーを履く予定なんだけど。私はチラリとショートブーツを見る。しょーがない。偶には自分で片付けようではないか。
そうやってショートブーツを入れる為に下駄箱を開けたら、知らない間に芳香剤が変わっていた。本当、うちのストーカーは豆だな。
この芳香剤は今日大学で雑誌に載っていたのを友達と見ていたもので、普通の芳香剤よりもお高いのだ。それを昼の今でもうあるとは……奴のストーカー力まじぱねぇ
「……思ったよりも良い匂いじゃ無いかも?」
つい漏れた言葉に、どこからか舌打ちが聞こえた気がするが気のせいだろう。というか、勝手に変えたのは向こうなんだし、私が漏らした感想で機嫌を悪くするのはどうかと思う。
とは言え、私の為に変えてくれたのは嬉しいけどね。礼は言わないけど。
鼻を鳴らして入ったキッチンには朝食で使った食器は見当たらず、代わりにたった今まで火に掛けられていたと思わしき鍋と伏せられた食器。カーテンを潜った先の寝室兼居間のワンルームのベッドの上には朝脱いだパジャマとは別のパジャマ。
だから、いい加減諦めれば良いのに。
何度綺麗にされたって、ズボラで面倒臭がりな私はスリッパも食器もパジャマも散らかすのに。向こうだって手間だろうになんで毎回綺麗にするんだろうねぇ。
いや、それよりも部屋に侵入されて色々されてる事に怒ったり恐怖したりすべきなのだろうか。……無理だろう。アレ相手にそれは。
私のストーカーについて語るには……そう、去年の正月にまで遡る必要がある。
新年明けまして目出度い1月1日。私は近所の神社にお参りにいった。小さな神社だ。居るのは神主のおじいちゃんと、その娘で巫女の私の同級生。初詣期間もほぼ人の居ない、小さな神社。
私は同級生の実家で今のアパートのすぐ近くだからという理由だけでそこに行った。元来私は面倒臭がりなのだ。遠い神社や寺になんて行きたくない。昼過ぎまで寝てから普段着のスッピンで行った初詣。
巫女服姿の同級生に一枚の絵馬を手渡された。
「アンタも就活なんだから一枚くらい書いとけ」
顔全体で面倒だと表現したのにも関わらず、無理矢理握らされたペンと絵馬。そして財布から誘拐された千円札。人はこれを押し売りと呼ぶ。
就活かー。今年(正確には来年だけど)私も大学を卒業なんだよなぁ。なんて書こうか? 無事に内定貰えますように?
なんとなくそれって絵馬に書いてもなぁって感じがする。それに就活についてはさっきお賽銭も出して神さまに頼んだし。それでこれでも就活ってお前どんだけ人頼みだって話しだしなぁ。
うーん。あ、これで良いかも。そうやって書いたのは【彼氏ができますように】我ながらこれもどうかと思ったけど、無難と言えば無難なお願いごとだよね。
一人で完成した絵馬を見て頷いていると、絵馬を覗き込んだ同級生に頭を叩かれた。
「アンタって本当馬鹿よね。わざわざ千円払って書く事がそれ?」
「千円持ってったのは君だけどね」
「そもそもさぁ、巫女の君に言うのもなんだけど、別に神様信じて無いしさ。絵馬に書く様な事って言っても思い浮かばなくてさ」
「私だって神様なんて信じて無いわよ」
「なん……だと!?」
「父さんは信じてるけどね。私はリアリストだもの」
「その姿で言う事か」
その時はそれで笑って同級生と別れたんだけど、問題はその後だった。
どこを取っても平凡その物で担当教官に「君は就活苦労しそうだなぁ」なんて太鼓判を押された私が、すんなりと超ホワイト企業から内定が貰えたのだ。奇跡なんてもんじゃない。天変地異の前触れレベルだ。
しかもその後、大学で有名なイケメンやらバイト先の同僚やらお客様やらに告られるわ告られるわ。
先の内定事件で何か大きな悪い事に襲われてるんじゃないかと震えていた私は別の意味で震えた。なにこれ怖い! なんで急にこんなことに? 私は戸惑いを通り越して恐怖を覚えた。
「なんで誰とも付き合わぬのだ?」
どういう事だとベッドの上で布団に包まって震えていた私に、突然声が降って来る。一人暮らしの部屋で見知らぬ声がすぐ傍から聞こえる。さっきまでとは全く別物の恐怖が私を襲った。
「なぁ? なんで誰とも付き合わぬのだ?」
ん? いや、待って。なんか問い掛けが可笑しくない? 普通ここは定番だと「金はどこだ! 騒ぐと殺すぞ!」じゃないの? なのになんで誰とも付き合わないのか? だって? しかも声は妙に幼い。具体的に言えば小学校低学年くらいの少年ボイス。
……はぁ?
どう考えても強盗にしてはおかしいね? がばりと布団を跳ね上げて起き上がると、何かにぶつかった衝撃と少年の驚いた声。
「なっなにをするんじゃ! 我を誰と思うておる!」
「知るか!」
ベッドの上で仁王立ちして、問題の人間を見下ろした。視線の先には、やけに白い少年だった。白い平安時代の貴族みたいな服に、白い肌、白くて長い髪、そうして……。
「なにその、耳……」
少年には狐耳が生えていたのだ。おいおい……私はとうとう頭が可笑しくなったのか? 倒れていた謎の狐耳白少年はおでこを押え立ち上がった。