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星空ショコラ


国語科教諭×図書委員

一見穏やかな教諭だけど実は腹黒な先生と、一見恵まれた家庭の子だけど実はそうじゃない女子高生


ある日、主人公は星空ショコラなんていう嘘としか思えない話を聞いた。

嘘だと思ったけど、それが本当なら縋ってみたいと思ってしまった。


-----------

ハピエン予定。

星空ショコラ



『ねぇ? 星空ショコラの噂を知ってる?』

『え? 知らないの? とっても有名なのに?』

『もう。じゃあ私が教えてあげるわね』

『駅前の商店街の外れに小さな洋菓子店があるの』

『ケーキもちょっと置いてるけど、一番種類が豊富で美味しいのはショコラ』

『あそこのショコラを一度食べたら、もう他のは食べられないってくらい美味しいんだから』

『それでね、そのお店には不思議な噂があるの』

『いつもだったらそのお店は夜7時には閉まっちゃうんだけど、満月の夜だけ、夜中の間の数時間そっとまた開店するの』

『それで、その時間に買ったショコラを好きな人に渡して告白すると、恋が成就するっていうのよ!』

『ね? ロマンチックでしょ?』



放課後の図書室。

図書委員の当番以外の日。

本を探しながら立って本を読むのが私の日課。

30分位そうして何冊か立ち読みした後に、気に入った本を借りて帰る。

今日もいつも通り、数冊の本を手にとってカーテンの揺れる窓際に立って読み始めようとした。


秋の始まりのこの季節。緩くなった日差しをカーテン越しに感じながら、半分ほど空けた窓から流れてくる落ち葉の匂いと、図書室独特の少し湿気った紙の匂いに包まれ、静かに本を読む事のなんと贅沢な事か。


束ねずに垂らしたままの髪の毛を耳に掛けながら、どれから読もうかと暫し逡巡していると、開けた窓から数人の女の子の明るい声が響く。

図書室は中庭に面している1階、校舎の一番端にある。

彼女たちは中庭のベンチに座って、此方に背を向けて楽しそうに話していた。

普段なら窓を閉めて本の世界に引っ込む。でも、何故だか今日は話してる内容に惹かれてしまった。

少しの罪悪感に心が痛んだけれど、声の大きさからいって、別に内緒話ってわけでもないから、私と言う拝聴者が一人増えた所で構わないだろう。


「ほしぞら、ショコラ……」


この年齢の女の子と言う者は、すぐに話をあっちこっちに移してしまう。

中庭で話す彼女たちもそうであるようで、次の瞬間には昨日見たドラマの話に変わっていた。


星空ショコラ。

恋を叶えてくれる、チョコレート。

本を手にしたまま窓に寄り掛かり、彼女たちが話していた噂話に思考が捕らわれる。

本当にそんな魔法みたいな事があるのなら。もし、そうなら……


「黒川さん?」

「っ!」


沈み込む意識を引っ張り上げられるようにして掛けられた声に慌てて顔を上げる。

そこには、草臥れた白衣を羽織った眼鏡を掛けた男性―――国語教諭なのに、学校に居る間は白衣を常に身につけていて、強く言えない性格で有名な春丘先生がいた。


「ごめんね。驚かせちゃった?」

「いえ、大丈夫です。あの、なにかありましたか?」

「新入生が本を借りたいらしいんだけど、借り方が分からないらしいんだ。当番じゃない日に悪いんだけど、お願いできるかな?」


困ったように手を合わせて頭を下げる先生に自然と笑みが零れる。

先生は図書委員会の顧問で、私は図書委員なんだから、そんな事気にしないで「お前がやれ」で良いのに。

春丘先生は相手が生徒でもとても丁寧にお願いをする。

それが思春期真っ只中の男子からは舐められるし、女子からは頼りないと言われる所以でもある。

けれど、私は先生のそんな所にとても好感を感じる。

体は勝手に大人になっていくけど、まだまだ精神が子供な私たちを、子供でも大人でも無く、一人の人として対応してくれる先生。

そんな人は、とても稀有な存在だ。


「良いですよ。私もこの本を丁度借りようとしていた所なんです」

「そっか。ありがとうね」


狭い本棚の間を抜けて貸し出しカウンターに行くと、カウンターには今日の当番である筈の後輩君の姿が見えない代わりに、真新しい制服に身を包んだ小柄な女の子が大きな辞典を持って立っていた。

またどこかでサボってるに違いない後輩君に頭が痛くなる。

何度言っても当番をすぐにサボるのだから。

短く謝って女の子から辞典を受け取り、クラスと名前を聞いて引き出しから貸し出しカードを探し出す。

後はパソコンで貸し出しカードのバーコードと、本の裏表紙のバーコードを読み取れば終わり。

私個人的な好みでは昔ながらの図書カードも好きなんだけど、便利さには勝てない。


「はい、返却期限は1週間だから気を付けて。もしその後も必要なら、もう一度借りてね」


小さく微笑みながら本を渡すと、女の子も可愛らしい笑みを浮かべてくれた。

辞典を持って出ていく女の子を見送り、私も持っていた本の貸し出し処理を終える。


「黒川さんが居て良かったよ。本当にありがとう」

「いえ、此方こそ当番が居ないなんて……すみませんでした」


白衣のポケットに両手を入れて壁に寄り掛かる春丘先生に、私はそっと視線を落とした。

手元の本のタイトルに気付かれたくない様な、気付いてほしい様な複雑な気持ちがわき上がる。

普段はあまり読まないジャンルの本。嫌いじゃないけど、好きでも無い。なのに借りてまで読もうと思ったこの本。


「それ」

「え……」

「それ、今日の授業で僕が言った本だね」

「っ……先生が面白いと言っていたので。読んでみようかなって思ったんです」


カウンターの後ろの棚に置いておいた鞄を取り出し、本を仕舞い込む。

ふと影が差したと思ったら、すぐ真上から声が降ってきて耳が熱くなる。

顔をあげれば、体温を感じるほどすぐ後ろに先生が立っていて、私の手元を覗き込んでいた。

私が借りた本。それは、今日の授業で先生が何気なく言った本。


『この作者の言葉の選び方、面白いんだよね。僕が昔から好きな作家なんだ』


普段ミステリーやサスペンス、それに文学を好んで読む私でも知ってる有名な人。

けれど私は読んだ事が殆どなかった。

その理由は、この作者の書く作品の殆どが恋愛ものだから。

同い年の女の子たちが恋愛小説や漫画を好んで読むのに対して、私は少し苦手。

だから先生が好きだと言った作家の作品も、ぱらぱらと捲っただけでちゃんと読んだ事は無い。


「黒川さんくらいだよ」

「なにがですか?」

「僕が授業中に言った本のタイトルを覚えて読む子は」


そう言って苦笑いをする先生に、私もクラスの授業風景を思い出して苦笑する。

のんびりとした口調と軽快なテンポで進む先生の授業は分かりやすい。

けれど現代文という教科故か、大学受験で必須になる人以外はそんなに熱心に勉強する科目ではない。

受験必須組も殆どが塾に通っているから、学校の現代文授業を重視していないし。

その中で授業中に先生が授業に関係なく言った本のタイトルなんて、きっと他の人は覚えていない。


「その作家さ、黒川さんの趣味じゃないでしょ?」


口の端に苦笑を浮かべたまま先生は首を傾げて私を見た。

蛍光灯でこげ茶色に見える髪の毛が一房眼鏡にかかる。


「なんで……そう思うんですか……?」

「分かるよ。黒川さんが好きなのは謎解きやスリルがある作品。他には、写真集なんかも好きだよね。人物じゃなくて花や海なんかのさ。違うかな?」

「そうです……探偵小説や冒険小説が一番好きです」


白衣から微かに香るチョークの匂いに頭の芯がじんわりと痺れる。

近過ぎる視線に耐えきれずにそっと視線を落として、震えそうになる手で鞄のファスナーを締める。

喉が渇いて仕方が無い。


先生が次の言葉を紡ごうと口を開くのに重なってガラガラと大きく扉の音が響く。

びくっと跳ねた肩をポンポンと軽く叩いてから先生は体を扉に向けた。

触れた肩が熱を持ち、心臓が煩く脈を打つ。


「こら、図書室のドアは静かに開けなさい」

「さーせんしたー」


窘める先生の声の後に聞こえた、気の抜けた声に苛っとしたのは私のせいじゃない。


「さーせんじゃないでしょ。当番サボって何してたの?」

「げっ……センパイ……」


先生に隠れて見えなかった私の姿を確認した途端、扉の音の発生源、本日の当番だったはずの後輩君が顔を引き攣らせた。

校則すれすれに染めた茶髪に第二ボタンまで空いたシャツ、緩く結ばれたネクタイにだぼっとしたカーディガンの後輩君は、図書室にはとても不似合いだ。

そして見た目通り当番サボりの常習犯でもある。

なのに何故だか2年連続図書委員をしているんだから、本当に彼の事がよく分からない。


「いやだなぁーちょっとトイレに行ってただけっすよー」

「随分長いトイレね?」


後輩君は分かりやすく肩を落とした。

私はそんな彼に引いた筈の頭痛が蘇る。


「いやぁー……あはは……」

「私、もう帰るから後の当番はちゃんとしてよね」


鞄を肩に下げてカウンターを出ると、後輩君は唇を尖らせながらも大人しくカウンターの中の椅子に座った。

しかしカウンターに乗せた腕に顔を埋める姿勢に私が今度こそ鉄拳制裁を、と手を上げようとしたらそれより早く先生が後輩君の頭をコツンと軽く叩いた。


「君がそんな態度だと、図書委員会全体の評判が落ちるだろ。しっかりやりなさい」

「はぁーい」


僕を遮るようにして後輩君を叱った先生は体の向きをくるりと変え、僕に「行こうか」と声をかけて歩き出す。

行き場の無くなったもやもやとする気持ちを飲み込んで、先生の後について図書室を出る。


放課後の廊下は薄暗い。

下駄箱と教務室の分かれ道まで来た時、少し前を歩いていた先生が振り向いた。


「黒川さん。御苦労さまだったね」

「ついでですから。先生こそ、校舎の端までお疲れ様でした」

「そうだ。黒川さんは甘いもの好き?」

「甘いもの……ですか? 好きです」

「そっか。じゃあこれお裾分け」


そう言って先生はポケットから小さな包みをいくつか差し出した。

慌てて手を出すと掌に、ぽとりぽとりと落とされるそれ。

蛍光灯の光が反射してきらきら光る包み紙に包まれてるのは、多分キャンディー。


「飴……ですか?」

「そう。幸せのお裾分け」

「ありがとうございます」


柔和な笑みを浮かべてまた明日と去っていく先生を少しの間だけ見て、掌に乗った包みを鞄に大事に仕舞う。

余ったからとか好きじゃないからなんていう理由じゃなくて、幸せのお裾分け。

そんな言葉の運び方が先生っぽくて胸の奥が仄かに暖かくなった。


学校から家までは電車と歩きで約1時間。

少し遠いその距離も普段はなんとも思わないけど、今日はふわふわとした気分で帰る事ができた。

けれどそんな気分も家を視界に入れた途端に萎んでしまう。

 見た目は豪奢な邸宅のここは、私には冷たい箱にしか感じられない。

 定期的に外壁クリーニングをしている白い壁や赤い屋根。半年に一度の剪定に月に二回の花の手入れが施された木や花壇に芝生。毎日通いの家政婦が掃除している部屋。飾られている調度品のどれもが一級品。誰もが憧れる生活、なのだろう。裕福な家庭に生まれて、何不自由ない暮らしを与えられ、用意されるものはどれも一級品ばかり。これを不満に思うだなんて、おかしい、のだろう。




 


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