三四話 クライムマックス 参
目が覚めてから三日が経った。つまり事件の日からは十日ということになる。
俺以外の人の時間の流れや考えは分からないけど、色々と分かったことや動きもあった。
まず分かったことは。
目覚めた次の日に傷口を縫合していた糸を抜く抜糸が行われたが、その時初めて刺された傷口を見て、ほとんど傷らしい跡が何もなかったということ。
おヘソの少し上にケロイド状というか赤ピンク色に細くテカテカした縦線が軽く入っているだけだ。
逆に、傷横に点々とついたグロテスクな縫い目の方が遥かに酷く感じた。
そのことを医者と渡辺に言うと、笑いながら当然でしょと言われ説明された。
聞けば納得だ。傷口は綺麗に見えるよう縫い合わせたのだからと。
子供の時に予防注射で塗られたような、茶色緑色した消毒液を雑に塗られ、上にペタリと白いフィルムの様な物を貼られて「はい。これで処置はおしまい」と笑顔で言われた。
まるで怪我など何もない感じに見えた。
あるのは抜糸する前と同じ白い湿布みたいなやつのみ。
俺はついでにふくらはぎに付けられた変な装置に付いて訊いてみた。
これもなんてことはなく。
寝たきりでいると血行が悪くなり、血が上手く回らないから、心臓から遠い足の方からも押し出して循環させているのだという。
聞けば納得いくものばかりで、なにも怖がることではなかった。
俺が初めてで知らなかっただけの話だ。
美織さんとも色々と話した。
目覚めた日は、空気を読んで、いつの間にか友達に譲ってくれて、さすが大人の振る舞いという感じだったが、色々と話してみてびっくりすることもあった。
まずは――。
美織さんは獣医師ではあるけど、やはり今も、警察に属したトレーナーというか手伝いをしてるようだ。あれからもいくつも事件を巡り、刑事や鑑識の者に絶大な信頼を得ているようだ。
俺としてはただ美織さんが美人で可愛いから人気があるのではと思ってるけど。美織さんの先輩の、なんとかっていう女性とチームを組んで大忙しらしい。
そして、あの警察犬ノブマサは引退して、なんと、ウチのお父さんが飼っているとのことだった。
俺は覚えていないけど、なんでも俺にだけ慣れていないのだという。
お爺ちゃんにも良治君にも、あの邦茂オジちゃんにですらしっぽを振るっていうのにだ。
元々は一人の飼い主、つまりお父さんにベッタリだったが、徐々に環境に慣れていったらしい。美織さんも暇をみては会いに来ているようだ。
俺は、素朴な疑問として、なんで俺にだけ慣れないのかと質問した。
すると、トラウマなのよと返答がきた。
例の誘拐事件の時、俺は暗闇の中でうごめき、そして、襲い掛かるように闇から突如出てきた。俺のその時の顔が、ノブマサの脳裏に焼き付いてしまったようだ。
犬は、いや、全ての動物はそうやって危険を経験し、察知し、学習するもの。
動物をしつける時も、基本はそういう経験や体験で覚えさせていくのだと。
つまり俺は、あの場に居た犯人よりも化け物という認識をされたようだ。
美織さんはしょうがないよと笑う。
獣医師でありトレーナーでもある美織さんに「それでも俺が助け出したところを見てたでしょ」と言うが、犬は人間じゃないから、仮に人みたいな感情はあったとしても、恐怖や嫌な経験を振り払うほどは考えてくれないんじゃないと笑う。
飼い主でもないし。
確かに、ごもっともな答えだ。
でも、しょうがないのはこっちだ。あの場で犯人に見つかる訳にいかないから、そういう動きになるし、まさかノブマサが耳と鼻とそれと犬の第六感的なもので、俺の動きを感じていたとは思わなかった。
これから一緒に暮らすなら、本当に大目に見て欲しい。
他にも美織さんが獣医を目指した理由なんかも聞いた。
元々は、漫画を読んでの影響だったらしい。
そういう少女の頃の美織さんも、可愛かったに違いない。
憧れて、いざ大学に入りその道に進んではみたけど、とてもお金がもたなかったようだ。
予定では、バイトしたお金と親に世話になることでギリギリ間に合う計算だったようだけれど。世の中が不景気だから、親の予定が当初より減り計画が破綻した。
美織さんのアルバイト先は、最初からお父さんの店で、大学がスタートと同時に人生初のバイトも始めたと。
しかしお金の工面が破綻し、仕事も大学も辞めて田舎へ帰ろうと決め、お父さんにアルバイトをやめさせて下さいと事情を説明したようだ。
そしたら「それなら私が面倒みよう」ということになって、まず部屋を住み込みにして、家庭教師のバイトも増やし、さらに学費も少し援助したのだという。
他人にそこまでしたお父さんの真意は分からないけど、今も苦学生にそういった援助をしているようだ。
本来は、国や社会がすべきことのような気がするけど……。
美織さんはバイトを二つ掛け持ちできる形になり、家賃も食費も浮き、更に学費負担も軽減し、当初の計画よりも遥かに楽になったという。
お父さんは美織さんに、虐めで苦しんでいる俺に、お姉ちゃんとして色々教えてあげてくれないかと言ったようだ。
成績は上がらなくてもいいので、支えてあげて欲しいと。
美織さんいわく「だから、家庭教師と言っても、ただお姉ちゃんとして傍に居ただけだから楽だったし、いつも悪いなと思って」とはにかんでいた。
更に「お店のアルバイトしかしていないのにね」と申し訳なさそうにいう。
俺はそんなことはないと言ったが、美織さんは、首を横へと振り、お世話になりっぱなしで感謝してもしきれないと、ちょっとウルウルしていた。
美織さんもまたお父さんとの一期一会というか運命で、人生が開けたようだ。
ちなみに、ノブマサが家に来る経緯は、お父さんの用件であるストーカー被害の対処と手伝いで来ていたよしみらしい。
ノブマサ引退後の引き取りをいち早くかって出たようだ。
おかげでまだ少し若く、ウチの庭兼ガレージを警備する番犬として、大活躍してくれている。それ以来ストーカーも敷地内には入れずじまい。
ノブマサは盲導犬などと同じように、決められた物、与えられた物しか口にしないから、犯人の投げ込んだ餌も策略も阻止し鉄壁だという。
ただ、一つ難点があるとすれば、俺を敵だと思っていることだ。
そこ、一番の問題点だと、声を大にして言いたい。だって……敵じゃないし。
他にも、この三日で色々な情報が目まぐるしく飛び込んできた。
相変わらず記憶は戻らないが、びっくりすることばかり。
航也から電話連絡が入り「退院までに行けるか分からない」という言い訳の電話が来たから、別に構わないと流し雑談した。
話す中で、俺は自分の記憶がないという話をしたり、逆に航也の今の状況なども尋ねた。すると、航也は高校卒業後、なんとプロ野球の選手になっているという。
しかもセリーグの有名チーム。守備はセカンドで打順は三番。
俺はチームはと訊くが、忘れたなら自分で調べなと笑う。
どうせすぐに分かるし、そういう作業してれば早めに記憶も戻るだろうからと。
プロ入りおめでとうというと、それは当時に何度も聞いたしプレゼントも貰ったという。それを大事に今も使っているから、それが何かも思い出せよと笑われた。
そして昨日、渡辺に付き添われ病院内を色々と案内してもらった。
普通に歩けたが、まだ無理はせずリハビリの気持ちでとゆっくり歩いた。
点滴を吊るした棒を持ちながら歩き回る。よくドラマでエキストラがしているのと同じだ。
色々と説明されたがとにかく広くて大きな大学病院であった。この大病院の一番偉い人が、渡辺のお爺ちゃんだと知って、正直驚きが隠せない。
通りすがる医師たちが渡辺にお辞儀するところが生々しく。渡辺の存在の大きさを感じた。しかも、なんてことはない俺にまで優しく「体調はどうですか?」と。
俺は一応不安だったから、お腹の傷が開くこととかってありますか、と聞くと、抜糸は済んでいますかと聞かれ、それにハイと言うや否や「百%、開きませんよ、安心して下さい」と笑顔で言われた。
よく、ドラマで傷が開いたとかいうセリフやシーンがあるから、もしかして開いたりするのかなと心配したけど、どうやら完全に平気なようだ。
ただ、横に居たもう一人の医師が、お腹の皮膚は大丈夫だけど、あなたの腹部内の臓器が完全に癒えていないはずだから、絶対に無理はしない方がいい、と注意を受けた。百%保障した医師もそうですねと訂正してきた。
確かに治りの早いと言われる口内が、ふやけてボロボロだったことを考えると、傷がどうこうでなくても、お腹の内部がどうなっているのか分からない。
俺を担当した医師から説明を受けた当時の状態は――。
傷自体は綺麗なもので、抉れたり、変なことにはなっていなかったようだけど、とにかく出血や圧迫などで酷く臓器が弱っていたのは確かだと言われた。
命さえ取り留めれば、傷の治り自体は早いだろうとも説明してくれた。
出血性のショックを起こしたとか他にも色々言っていたけど、どんな感じだったのだろうか。
俺は寝ていただけだからまるで分ってないし、今聞いても分からない。
ナイフを刺された痛みも覚えていない。
一日に一食、それもおかゆの様なドロドロの流動食の食事。後は点適から栄養を摂っている。一日に何度か別の点滴もされ、二本に増えたりした。
渡辺に訊いたら、感染症や色々なものを防ぐお薬なのと軽い説明をしてくれて、お薬とかそんなことは気にしないで、今は安静に、楽しいことだけを考えていてと諭された。
色んなことが気になって仕方がなかった。
そしてその日の夜、つまり昨晩。病院内である動きがあった。
何でも、見たことのないナースを見たという証言が出て、警護に当たる美織さんともう一人の刑事に緊張が走った。
美織さんは上司に連絡を入れ、引き続き警戒に当たっていたが、しばらくして、病院に応援が着いたとの連絡が入り、連携指示を取り合う為に一瞬離れた。
そのほんの一時、俺と渡辺のいる個室のドアが微かに開き、暗闇から、こちらを覗くナース姿の者が見えた。
渡辺は少し悲鳴を上げたあと、その声をしゃっくりのように吸い込み黙る。
俺は紙に書かれた名前を思い出す。すぐに逃げていくその姿に「待って」と声をかけたが、たぶんその声は届いていなかっただろう。
その後すぐ、バタバタと走る音がして、美織さんや警護の者が駆けてきた。
犯人は、いち早くそれに気づいて、逃げ去ったのだろう。
犯人に俺が生きていること、そして意識を取り戻したことを知られてしまった。
記憶がないことは知らない。
ただ、普通に考えれば、俺が犯人を知っているというこの状況は、すごく危険であることは明確だった。
犯人は焦れて九日目にして確認しにきた。もしかしたら、それだって初めてじゃなかったかもしれない。何度も何度も失敗していたのかも。
この病院に居ることは容疑者なら知っている。
そして、仲根や里見、なんなら惣汰を見張っていれば自ずと何かが分かるはず。相手はストーキングには慣れている。
もしかしたら、皆がどこかでしていた会話を聞いてて、何らかの情報を仕入れていたかも知れない。たった一言「良かった無事で」で答えは出る。
そして今日、犯人に何もかもがバレてしまったと踏んで、警察はあえて容疑者達との面会を許すことにした。
今まで何度問い合わせが来ても安否確認さえ内密にしていたし、渡辺も仲根達も隠し通してくれていたが、警察の方で、一人ずつのお見舞いという形をとり、面会の解除となったのだ。……もうすぐここへと来る。
最初に来たのは清水梢だった。
「相楽君。良かった。生きててくれて。心配したよ」
涙をポロポロと流してくれている。凄く優しい顔でドア付近から近づいてきた。
あの頃よりも大人になっていて、可愛いお化粧をしている。良い匂いがする。
「ありがとう。心配かけちゃってごめんね。聞いたよ。俺のことを助けてくれたンでしょ」
ウンウンと泣きながら頷く。目からは黒と茶色の涙が垂れている。
俺はお化粧崩れちゃうから泣かないで、となだめるが「だって~」という。
絶対犯人じゃないと分かる。会う前から分かっていたけど、間違いない。
それに、犯人ならそれでいい。俺は一生知らを切る。
しばらく話をすると、次の子がドアをノックしてきた。ドア外からの声だけではさすがに誰か分からない。
そして、清水と入れ替わりで入ってきたのは松宮麗香だった。すでに子供の面影はなく、とんでもなく美人だ。
すぐ横に、とんでもなく美人な渡辺が居るから感覚がマヒしているが、それでも眩しい光を見たように目が驚く。
「相楽君。……っと、しん……ぱい、して、たんだから」
ひくひくと嗚咽交じりで泣き出す松宮が俺に抱き付いてきた。
その瞬間、堪えてたものが一気に流れて、震えながらしがみ付く。俺は抱きしめながら「ごめんね」と何度も謝り、松宮の背中を擦った。
激しく泣く松宮を介抱する。
落ち着いた松宮にお礼を言い、少し雑談すると次の子が来た。
松宮いわく、すでに何人かは病院の待合室へと来ているようだ。
色々とボディーチェックなどがあったようだけど、事件現場を目の当たりにしているからこそ、当然と思っているようだ。
次は鈴原凛だった。
先輩、先輩と泣く姿は大人の容姿なのにあの頃のような気持ちにさせてくれる。皆すごく綺麗で可愛い。
こんなにも素敵な女性に泣いてもらえる俺は、本当に恵まれている。
かつてはキモイと虐められていた存在とは思えない。
甘える鈴原の頭を撫でて、きちんと感謝の言葉を述べる。
俺の命があるのは、今会っている子達と渡辺や渡辺のお爺様の助けがあってこその命だ。医師の者が言っていた通り、一秒の誤差でさえ死んでいたに違いない。
なにせ俺の心臓は、何度も動きを止めたのだから。
渡辺の意志、そのお爺さんの意思、ウチのお爺ちゃんやお父さん、良治君、邦茂オジちゃん達の諦めない心、そして処置のおかげで俺は今こうして生還できた。
普通ならもうこれ以上は無理だとなるところだって言っていた。
俺だけ特別に、奇跡を信じて長引かせてくれたのだ。
孫の命の恩人だからと……特別に。
俺もまた一つの縁で命を救われた。
ちなみに医師の意志というのは、ダジャレっぽいのであえて言わない。
お見舞いに来てくれた子と順番に会っていった。
染若葵。滝沢玲奈。椎名咲。小堀綺乃。柴谷貴代。国分杏。この九名が現場で俺を助けてくれた恩人だ。感謝してもし切れない。
犯人に偽のメールで呼び出された被害者。
一体何の為に犯人はそんなあくどいことをしたのだろう。
久しぶりに皆に会ってみてはっきりと分かる。
この中に犯人なんていやしないと。昔と変わらず優しく可愛い笑顔。それどころかより素敵になっている。
俺は昨晩、闇で睨む冷たい目を見た。一瞬だけどそれが分かった。
この中の誰かなのかと思って呼び止めたけど、違う。
顔も姿も確かに見えはしなかったけど、でも違う。
現場に居たという九人の後、現場周辺に居たとされる、近野萌。新山ルミ。
岡越一花。桜庭真央ともあった。皆、素敵な大人になっていた。
救助のお礼はないけど、お見舞いに来てくれたことと心配かけたことを謝った。
アリバイのある、安倍雅と河末渚も来てくれた。永見君絵は関西に住んでいて、どうしても忙しくてすぐにはこれないと連絡があったようだ。
そして佐伯は来ていない。日本には帰国しているが連絡が取れないらしい。
これで一応、紙に書かれた者とは全てあった。
ただ、紙に書かれていない、いつも手紙爆弾を投げてきた望月ヒカルにも会いたかったが、結婚して家族三人仲良く地方で暮らしていると言われれば、そっとしておくのは当然だ。お幸せにと願うばかり。
やはり会ってみて分かることは、この中にはいない。
当初からストーカー対応していた美織さんや、女子の裏の顔を知ってる渡辺からしたら全然怪しいというけど、俺にはそう見えない。
確かに俺には女子の裏の顔なんて見えない。
でも逆に、美織さんや渡辺に、いや、女子同士に見えない、俺にだけ見せる目がある。この感覚がもし外れていても構わないと思う。
優しい目だった。俺を好きと言ってくれたあの頃のままの真っ直ぐな……。
俺はいつもあの目に罪悪感を味わっていたのを覚えている。
何度断っても「勝手に好きになったンだから、そんな理由で拒まないで」と。
他にも色々言われた。
だから俺は、罪悪感の中ずっと好きと言ってくれる言葉とあの目に包まれてた。
「どうだった? なにか思い出した?」
全ての者と会い、美織さんに質問された。
美織さんの問いかけに首を横に振るしかない。もちろん思い出せてない。
でも仮に思い出せても、本当にあの中に居るなら俺は誰にも言わない。
その隠蔽が犯人を庇う犯罪行為だとしても。法律が俺を犯罪者だと定めても。
今はそんな気持ちだ。
「完全に動くわよ……犯人。今までの動きからいっても必ずね」
美織さんは何度か寸前の所までノブマサと追い詰めている。
しかしあと一歩の所で逃げ切られたのだという。相手はかなりずる賢くて卑怯で性格がねじ曲がっているという。
――それに当てはまる人物なんていない。
俺は、目覚めた日に惣汰と会って話した時、正直、惣汰の元彼女である伊部遥が怪しいと思ってしまった。何より俺を恨む動機は充分あった。
ソフトボール部のことに加え、彼氏と別れることにまでなったその綻びの原因を作ったのは、紛れもなく俺だ。
合同体育祭の日に、わざわざ文句を言いに来るほどだ。
おまけにそれが、惣汰と名取の運命の糸を繋ぐ役目にもなってしまっている。
恨まれて当然。でも、伊部には事件の日に完全なアリバイがある。
惣汰も俺に言いづらそうにしていたけど話してくれた。
惣汰と別れた伊部は、何度か警察の世話になっていた。
惣汰と別れて部活も辞め、学校もサボり遊び回って、万引きや夜遊びし、友達と悪い事して何度も補導され、家庭裁判所かどこかで保護観察処分を受けたようだ。
鑑別所には行かずに済んだけれど、大人になった今も、定期的に病院でカウンセリングなどに通っていて、その日も親と一緒に、薬をもらいに行っていたと。
つまり犯行は無理。
惣汰の話を聞いて、一瞬でも犯人と疑ってしまったことを後悔した。
惣汰の横で可愛く笑って「惣汰ニャン」と呼んでいたことを思い出した。
道を踏み外したり、過ちを犯すことがこれほど容易くて残酷なことだと、滲んでくる涙を必死に堪えた。心に深く傷がついた。
惣汰も同じ気持ちだと思う。でも、だからこそ、大切な人のことを簡単な理由で裏切っちゃいけないとそう思った。
このお見舞いを少し離れた隅で見ていた渡辺も、残忍な犯人が居たとは思えないという結論だ。
それを言うなら、廊下を歩くそれらを見ていた美織さんも同じ意見。
ただ、もしあの中に犯人が居るのだとしたら、逆に皆同じ位怪しいと言う結論になるという例の論理だ。
危険の迫っていることに焦る美織さんが、誰が犯人かと問う。
俺は黙るしかなかった。
――思い出すしか方法はない。




