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エンドロールでくちづけを  作者: セキド ワク
30/36

三十話  井戸端会議



 昨日は本当に大変だった。一生に一度あるかないかの大事件と言える。


 とはいえ、交通事故に巻き込まれたことや、仕事現場でも事故やトラブルは色々あったから、一生に一度しかないとまでは言いきれないけど。

 犯罪という意味ではそうだ。


 犯人は無事逮捕され、俺としてはひと安心。


 夜遅くまで警察の人が家に来て、美織さんに犯人の写真を見せたり、人数が何人いたかなど細かな確認を取っていた。もちろん取り逃がしていたら困るから当然。


 美織さんはウチに泊まり、今日は警視庁に調書? などの書類を作成する為に、お手伝いも兼ねて行っている。


 磯島家のお婆ちゃんは八十何歳で、ちょっと聴取などできないらしく、美織さんだけが頼りだという。

 俺はと言えば、暗くて何も把握してないのでお役御免。



「昨日、大変だったんだってね?」佐伯が心配する。

 俺は美織さんの寝顔を思い出しながら、元気(げんき)溌剌(はつらつ)に頷く。

「なんかぁ、元気ね。良かった」

 美織さんがお父さんに頼まれた用件で、しばらくは家に寝泊まりすると聞いて、嬉しくてたまらない。


 あっという間に車は学校へと着いた。

 佐伯と二人で教室に向かう途中、待っていたように出てきた町下先生に呼ばれ、職員室へと連れ込まれた。


 数人の先生方が俺を囲むように座り、何かを話しだそうと身構える。

 きっと、昨日の事件のことかなにか……。

 あれ? でも違うはず。だって。近所の人はサイレンやパトカーで何事かあったとは知っているけど、それでさえ何があったか知らない。


 ヘタな噂が立たぬよう、空き巣程度のことと収まっている。

 マスコミでさえ知らない。


 佐伯が知っているのは磯島家と知り合いで、お婆ちゃんが居なくなった時に連絡が入っていたからだ。

 他にもよく行く商店街の店の人も同じ理由で軽くは知っているけど、それだって迷子であって『誘拐』とは知らない。

 ――ならなんだ?



「相楽、実はな、一つ訊きたいことがあるのだけど……。お前、体育祭で着たユニホーム家に持って帰ってないよな?」

 ユニホーム?

「えぇ、もちろん。だってアレ、皆のと一緒に飾ってあったじゃないですか」

「だよな~。実は――」

 盗まれた? 俺の? またナンで?


「そういうことなんだ。相楽は他になにかなくなっている物とかないか?」

 そう言えば、よく物が無くなるような気はするけど、まさか盗難ってことはないと思うけど。


「そういえば前に茨牧君が携帯ゲーム機無くなったって言ってましたけど」

 どこの学校にもそういう悪さする奴はいる。中学の時もいたし。盗難かぁ。

「それは知らん。たぶん関係ない。自己管理の問題だな」

 関係ないって。学校で物が紛失しているのに。

 まぁ、校則にも不要な物の持ち込み等は自己管理がどうとか、学校は一切の責任負わないと書いてあったけど。


 しばらく先生方と話し、始業のチャイムと共に町下先生と教室へ向かった。


「相楽君、昨日はどうしたの休んじゃって。先生心配で御宅に電話入れたのよ」

「スミマセン。コレ。ギプスを外しに病院へ行ってて」

「そう。そっか、それじゃ、休みが取り消せるか他の先生にかけあってあげる」

「いえ、いいですよ別に」

「なんで? せっかく相楽君今まで無遅刻無欠席なのに~」

 あれ、そうだっけ。俺、休んだことなかったのか。それでこの前の病院の時も。


 何て言っていいか分からず、曖昧に笑って話を流した。

「相楽君。髪切ったでしょ~」

「あ、そうです。まあ」恥ずかしいな。

「似合ってるわよそれ。ダンディね」

 ダンディ……か。

 教室のドアを開け町下先生が先に入る。するとなぜかドア手前で俺を制止する。


「皆にお知らせがあります。今日は新しくクラスメイトが増えます」

 町下先生のその声に皆がざわつく。

 下のクラスからの昇格か、それとも転校生なのかと噂する。


 町下先生が、場が静まるのを見計らって「さぁ、どうぞ入って」と俺を誘う。

 すげぇ入りたくない。なんだこの演出は。


 仕方なく町下先生の誘いにのる。

 町下先生の横にちょこんと並び、ぺこりとお辞儀をしてみた。

 すると一斉にクラスが爆笑に包まれた。そんなに面白いとは思わなかったけど、笑いのツボが似ているであろう里見が笑っているから、ビックリして、俺も急いで作り笑いで(つくろ)った。


「さ、相楽君。おふざけはここまでよ。すぐに席に着きなさい」

 なんか俺が考えたような雰囲気が流れている。誤解だ。けど、恥ずかしいから、さっさと席に――。って。あら? どゆこと。


「あの~先生。俺の席が……」無い。

「相楽君、こっちこっち。ここが相楽君の席だよ」滝沢だ。

「そうそう言ってなかったけど、昨日皆の要望で急きょ席替えになったのよ。突然で悪いけど、でもそういうことだから。座ってちょうだい」


 教室を見渡すと確かに見慣れた景色と違う。先生のしたドッキリの恥ずかしさで焦っていたから、まったく気付けなかった。


 窓側から二列目の後ろから三番目。右横は里見だ。左は安倍。前が仲根で後ろが滝沢。左斜め前が清水。右斜め前が分からない人。

 左斜め後ろが分からない人で、右斜め後ろが染若だ。清水の前が岡越で、仲根の前が茨牧。里見の右隣が望月。望月の後ろで染若の右隣が河末だ。


 随分と見慣れた顔が窓側に片寄っている。というより、俺を中心に広がっている感じだ。


「あのさ里見君。これってどうやって決まったのかな?」

「コラ、相楽君。おしゃべりはダメだぞ。今はホームルームよ。今日はね、大切なお知らせがあるんだから聞いて。ちなみに今の相楽君の疑問にだけ答えてあげる」

 そういうと町下先生が、昨日行われた席替えを説明してくれた。


 なんでも、成績順に好きな席を選んでいいという特進らしいものであった。

 選び方は単純だけど、この座席並びは、まるで勉強しないという意思表示のように感じてしまう。

 逆にこの席で勉強に集中するのは、俺にとってはとんでもないプレッシャーだ。

 なにせ一位が右、二位が左、三位が目の前、五位が右斜め前……。


 というか四方八方にライバルが陣取っている。まるで袋の鼠状態。

 唯一の救いは右斜め前と左斜め後ろが見知らぬ人だということだ。


「昨日も言ったように、明日は文化祭です。なので、今日の授業は基本なしとなりますが、知っての通り、特進クラスは出し物がないのね。でも授業してくれる先生もさすがに文化祭の方に回ってしまって今日は無理なの。なので自習と言いたいのですが、実は合同体育祭で好成績を収めた結果、専智学院の生徒側の要望を集めることになって――」

 町下先生が淡々と話していく。


 内容は、体育祭での女子の活躍により、教師側と生徒側に分かれて、学校改善や校内設備の不備についての案件を話し合うというものだった。


「体育祭で選手だった者達と、特進クラスから十名、各クラスからも二名ずつ来るから。皆で色々と話し合って――」

 場所は、一年生の階にある第二視聴覚室。

 第一室は映像部が文化祭で使うらしい。


「先生。十人って成績順ですか?」染若が尋ねる。

「そうね。今から決めている時間ないし。あ、それと相楽君は選手としてだから、え~っと、十一位は茨牧君かな? よろしく~」

 町下先生がさらっとハンマーを落とす。悪気はないのは分かっているけど、茨牧に順位を言うのはやめて頂きたい。ようやく落ち着いてきたのだから。


「それじゃ早速行ってくれる。ちなみに先生達の要望はとっくに決まってるから、生徒側もなるべく早くまとめて職員室に届けるようにね。早く執行された方がいいでしょ!」


 先生がパンパンと手を叩き、代表者を教室から追い出す。

 残った特進は、ノートパソコンをだしたりして、各々自習を始めた。

 今回の試験では成績を大幅に落とした者が多く、受験勉強ではなく教科書を出している者が目立った。



「相楽君、昨日はどうしたの?」清水が笑顔で問いかけてきた。

 俺は腕を見せて、病院へ行ったと説明する。

 本当はもっとヤバイ事件に巻き込まれていたけど、この学校という雰囲気の中では、嘘の出来事だったように感じる。


 昨日は遅くまでゴタゴタしていたから、皆のメールに返信もしていなかった。


 少しボーッとしていると、突然見知らぬ者が声をかけてきた。

「おはよう。(あみ)()()沙羅(さら)です。席近くなったからよろしくネ」

 左後ろの席に居た子だと分かった。


 八位の網乃目。次に声をかけてきたのは、右斜め前の席の、名前は(むろ)(すみ)(たい)()。彼は六位だ。

「こちらこそよろしく」

 つまり四方八方強敵という結論に至った。


 ぞろぞろと歩く。里見や仲根と話しながら歩く。

 茨牧は……町下先生の会心の一撃にグロッキー状態でいる。かけてあげる言葉がみつからない。


 視聴覚室に着き中へと入ると、すでに大勢の者がそこに居た。


「おはよう相楽君」松宮だ。

「先輩~、おはよう~です」鈴原がくっ付いてきた。

 その後も色々な者と挨拶を交わした。月城や三好とも軽く話した。


 前の方で久保や富永が白板に予定を書いている。さらに泉橋とその後輩の安住もそれに口を出している。


「ほら~早く座って~。これで全員かな?」

 進行役の生徒がチェックしている。

 久保も富永も仕切役に回って、前で立っている。


 俺は後ろの方に座った。

 右横には里見、その隣に室隅。左横には仲根、その隣が茨牧。


「え~、女子は基本前の席に来てくれる。それと部活の交渉で来てる部長達も前。さっさっと決めないと文化祭の準備に行けないからさ」

 凄い人数だ。

 選手だった者達と、一、二年各クラスの代表、それと部活の部長らしき者も数人来ているようだ。


「それじゃ、一年生は一年生で集まって意見をまとめてくれるかな?」

 どんどんと会議が進行していく。そんな中俺は会議に参加もせず、自習もせず、ただ里見や仲根と会話を楽しんでいた。



「へぇ。それじゃ相楽君は、皆にお返ししたわけだ。凄いな。俺もお返ししないととは思うけど、お金がなくて」仲根がいう。

「俺もかな」里見が頭を掻く。

「お弁当代だってばかにならないよね。一回作るのに五百円位としても……。考えただけで申し訳なくなってくるよ」

 仲根と里見が腕組みして悩む。


 俺に幾らくらいの物をプレゼントしたのか聞いてきた。

 覚えているのもあるけど、一応、ごめん忘れたと黙秘した。


「里見君はさ、予算はいくらくらい?」仲根が俺越しに問う。

「三千円か……、頑張っても四千円までだね。毎月出費が多くて」

 仲根が同じくらいかなと苦笑いする。

 これじゃお弁当十回分にも満たないねと頭を掻く。


「いや、二人とも、心だから。気持ちでしょ? きっと喜ぶよ」

 俺のセリフに「そうかな~」と不安そうにしている。相楽君はお金持ちだからなと自信なさそうに困っている。


「お金の問題じゃないけど、どうしても高級な物が贈りたいなら方法はあるよ」

 俺がそういうと、仲根も里見も思いっきり食いついてきた。


「いや、俺もよくやるンだけど、つまり予算が分かってるなら、その金額と価値を計りにかけて、何が高級か考えるといいよ。例えば――」

 俺はそういって説明した。


 つまり三千円の靴、三千円のバック、三千円の何かを買うとしたら、余程センスがない限りイイ物は買えない。

 ましてや異性が気に入るほどのプレゼントとなると……、最低五千円か一万円はないと選べない。センスがあれば別だけど。


 しかし、三千円でも平気なものがある。それは相場が遥かに低い物。


 例えばシャープペンシル。学校内の相場は百円から良い物で五百円、それ以上はないはず。そこへ三千円のシャーペンを贈ったらどうなるか。


 ヘタをすればセレブ愛用と同じ物が買えるかも知れない。

 ただこれがもしボールペンや万年筆なら話が変わる。三千円では話にならない。

 もちろんシャーペンとボールペンが一緒になっているのもダメ。

 キャラクターとのコラボ商品もナシだ。

 あくまで、純粋にシャープペンの高級品を狙う。


「確かに三千円のシャーペンいないよね。一生大切にするレベルかも。俺達、まだまだ学生だしさ、それいいかも。あまりセンスも関係ないし。ただ相当高級かも」

「そうなると、一万円位のシャーペンあげたいよね」

 ダネと皆で笑う。


 一万円のシャーペンを買えるなら、アクセサリーや別のモノの方が喜ぶよと言いたいが、自分で提案したことを覆したと思われても困るし、そこまで言いたいことを言える勇気がない。


 これはあくまで、お金とセンスがなくても良い物を贈れるというアドバイス。


 正直、三千円、四千円を安いプレゼントとは思わないけど、やはり、プレゼントする時のことを考えると、不安がそう思わせるのかも知れない。

 俺としては千円、二千円クラスの話なのだけどな。

 ちょっとした髪飾りとか。安価の物が多いジャンルでの贅沢。


 ツッ込みは入れずににっこりと笑う。

「相楽君の言っている意味分かったよ。助かるわ。これで解決の糸口も見つかったし、良さそうな物を考えられる」

 里見も仲根も、自分なりに選べると喜んでいた。

 お互い被らないようにしようと、笑いながら話す二人に挟まれて俺も笑う。


 俺は二人の話を聞きながら、自分がお返しでしたプレゼントを思い出していた。


 なるべく使える物をと考えていたけど、鈴原の時にあげた抱き枕型の縫いぐるみは、さすがにお子様扱いし過ぎたかなと反省する。

 アクセサリーや身に付けられる物がイイと思うけど、やはり異性にあげるには、センスが必要だと思う。女子はオシャレだから。


 他の女子にも変な物や間違えた物をあげてはいないかと急に不安になった。

 確かお財布。お財布の中にギフト券と図書券と手紙を入れてプレゼントした。

 色々なものを思い返して少しブルーになった。


 里見と仲根にアドバイスしてしまったけど、なにが正解か分からない。

 里見は俺と同じ一人っ子としても、正直、仲根は妹に聞いた方が、はるかにいいような気もする。


「歯ブラシ……とか」茨牧の小さな声が俺にだけ聞こえた。

 もしかしたら里見まで届いたかも知れないけど反応はない。最低でも仲根は一番近いから聞こえているはず。が、流している。


 歯ブラシ? 女子同士でならいいけど、男子から歯ブラシ贈られて喜ぶと本気で思っているのだろうか? 変な誤解を与えそうな品だけど。

 って、茨牧の不調ブリは凄まじい。


 最初から自信なさそうだし、おまけに、安いという所だけしか意識していない。あくまでプレゼントだから。

 大丈夫かな? そろそろ目覚めて茨牧。

 いつもの自信に溢れた明るい自分に戻るンだ。挫折を乗り越えて茨牧。



「ちょっと~。相楽~、こっち来てくれる~」久保が遠くから俺を手招く。

 俺は腕を挙げて合図を返し、前へ向かった。何だろ?


 前につくと何やら意見が合わないのか揉めている。


「だから、スポーツクラスと特進が優先されるべきだろ。それくらいの活躍はしたジャンか」

「えー。違うね。相楽君は活躍したけど、スポーツクラスは、大したことないよ。それに試合放棄して俺達が出ただろ」三好が富永に正論をかます。

「そうだよ。それに今回は、女子の活躍が――」

「だ、か、ら、女子達の要望はほぼ全面的に呑んだジャン。あとの残りの話だろ? だったら相楽のいる特進でしょ、そんでウチ等スポーツクラスで決まりだろ」

 久保が(えら)ぶる。


 三好も泉橋も月城も他のクラス代表も、納得行かない感じだ。


 スポーツクラスがこの学校で一目置かれるのは分かるけど、さすがに合同体育祭でのあの態度では、話がもつれても仕方ない。

 それに、来年度にクラス替えが行われて、どこに入るかは分からないとしても、一般生徒はスポーツクラスになることだけはない。


 皆としても、最低、クラスAとBを設備強化したいのだろう。

 それでどれ程勉強しやすく、過ごしやすくなるかという話だ。

 それに、大学の受験戦争や進路活動も始まるし、優先すべきは何か。


「ちょっと待てよ。相楽が帰った後、俺等スポーツクラスがどれほど頑張ったか」

「結局、ボッコボコだったし、天と地だったジャン」

「仕方ないだろ。相手は全国レベルの志星館だぞ」

「それにしても、泉橋と月城の方が目立ってたよ」三好と前草が言い切る。

 どこまで行っても平行線だ。


「なぁ~。そういうワケなんだよ相楽。なんとかこいつらに言ってくれよ」

 久保がごねる。

 だが三好の言ってることは正論だ。

 勝ち負けうんぬんより、試合放棄はよろしくない。もちろん途中からはヘトヘトになって走ってたのは知ってるけど、皆から見た印象は良くないと思う。

 まぁ、頑張っていたとも思うけど……。


「多数決で決められないのかな?」

「それだと二クラスしかないスポーツクラスが不利だっていうわけ」月城がいう。

 困った。確かに不利か。でもその分代表選手が……、どの道よくて半々か。

 なんか公平性のない、分かり切った多数決って感じになるな。


「ねぇ男子。まだ揉めてるの? なにかで勝負して決めたら?」小堀がいう。

 カリスマらしく強気な口調だ。

「おっ、そんじゃスポーツで。ガチのやつでな」

「冗談でしょ、やるなら文化系ないし勉強系だろ」

 これもまた平行線だ。決まらない会談が続く。


「ちょっと~、ウチらまだ文化祭の用意終わってないンだけど」松宮も腕を組む。

 明日は文化祭、他クラスは最後の追い込みで大忙しなはず。

 しかもここに来ているような生徒は、クラスでも仕切に回る者達ばかり、確かに急いだ方がイイかも。きっと待ってる皆は相当焦っているはずだ。


 公平にジャンケンがいいのでは? ジャンケンって、マズイか。


「男子さ~。明日の文化祭の集客数で決めたら。それなら公平っぽいでしょ?」

「馬鹿言えよ。俺ら、スポーツクラスは殆ど女子が居ないンだぞ、男子は男子だけでの勝負じゃなきゃハンデがキツイだろ」久保が透かさず却下する。

 それを小堀と松宮が「情けナ」と切り捨てる。


 あの久保が女子からここまで冷たくあしらわれるのを見るのは初めてだ。

 他の男子もその光景に驚いている。一番びっくりしているのはもちろん久保自身だろう。ホッペタが引き()っている。


 去年の体育祭や文化祭では、女子からキャーキャーと騒がれてた、あの羨ましいスーパー男子とは思えない。


「い、い、いいンだけど。俺は別に構わないけど、俺の一存でスポーツクラスの皆にハンデを負わすワケにはいかないかなと思ってさ。俺は別にいいンだぜ。富永、お前はどうなんだよ、Sクラスがいいならこっちは呑むぜ」

「呑むワケないだろ。ただでさえ女子の意見丸のみしてるンだ。これで負けたら、結局来年最悪な一年になるぞ」富永がきっぱりと断る。


「だとさ。俺の一存じゃ……」

 そう言いかけた久保に、椎名が言う「アンタ、クラスの代表でしょ」と。

 一存で決められないって、意味が分からないよと嘲笑う。


 これが、ほんの少し前まで久保が好きで取り巻きに居た子だと思うと、女子って怖いと思った。


 女心と秋の空、か。突然の好きと嫌いが、いつ、どうやって訪れるか読めない。男には永遠に女子の思考は謎のままだ。



 女子達が早くしてとごねている。その態度に焦ったのか、久保と泉橋が俺の横へと来た。

「ど、どうする? なんか、相楽が決めてくれよ。俺等それでいいわ」

 久保が俺に隠れる。

「俺? 俺?」

 白板に書かれた色々な項目を見る。どれも筋が通っているし過ごしやすそうだ。とてもじゃないけど選んだり削ったりしづらい。


 ふと、赤色のマーカーで書かれた女子の方を見た。……なんだろコレ。

 いくら女子が勝ったとはいえ、我がまま過ぎる。こっちなら相当削れる。

 それに男子の案は殆ど、クラス的なことで女子も恩恵は受けられる。

 それに比べて、女子のソレは……。


 ここは勇気を持って言うかぁ、嫌だなぁ、でも皆困っているし。


「あのさ、これと、これとこれと、あとこの女子専用ってなってるこれ。できれば却下して男子の案に譲ってもらえないかな? もちろんこれは提案だから、断って貰っても構わないけど、一応意見として」

 俺の意見に一瞬にして場の空気が固まる。その場に居る男子も、さすがにそれはマズイだろといった顔をしている。俺だってそれくらい分かっている。


 今回のこの会議自体、女子の活躍によってのものだ。先生だってその恩恵で色々得しているだろうし、今回のことで女子に逆らう者は存在しない。

 俺も逆らう気はない。


 ただ……、あまりにも削りやすい案件が、幾つも目についてしまった。


「それ、ほとんどアタシの案なンだけど。なにか私に文句でもあるの?」

 小堀だ。これはマズイ。にしても、ほとんどって……。

 言われてみれば確かに似たような思考というか、いやいや、ここはまず穏便に。


「ねぇ、私のこと嫌いだから? ちょっとさ~」

「ち、違うよ。別に嫌いじゃない。たぶんここに居る皆も、俺が選んだ項目見て、小堀さんがどうとかではなくて内容で選んだって分かると思う。それに小堀さんが提案したって知らなかったし、知ってたら言わなかったかも……」

 皆が白板を見て、確かに~と頷く。


「じゃあなに? 私の提案がダメってこと? ねぇ?」小堀がかなり怒っている。

 ここは素直に引いた方がいい。久保や泉橋に任せて、俺は後ろへ退散しよう。


 誤魔化そうと思ったが、男子の顔を見ると何かを期待している。俺の出した案が気にったようだ。というより、それが良い筋道だと理解したのかも知れない。

 だとしたら今更後に引けなくなる。なんで折れたのと思われる。


 しかも、もし俺が降りた後、誰かが同じことを口走りでもしたらそれこそ厄介ないざこざに発展するかもしれない。想像がつく。


「あの小堀さん」

「なに? 何よ」

「ごめん。せっかく出した案に、ケチ付けるようなこと言って。譲って欲しくて。小堀さん。俺に……譲ってくれないかな? お願い。お願い、ダメ?」

 手を合わせ拝む。


「え? ん、うん、そこまで……言うならぁ……」

 なぜか小堀が折れてくれそうになった。

 これは思いもよらぬ展開。ラッキーとしか言えない。

 とその時、横から松宮が出てきた。


「ちょっと相楽君、ダメだよ」

 えっ? なんで松宮が。意味が分からず松宮を見る。

 男子対女子の対立構造なの、バトル勃発か? やっぱ反対なのか……。


「それなら私が出した案を譲ってあげる。小堀なんかにお願いしなくていいから。別に私のでもいいでしょ? ねぇ? 代わり私にお願いしてッ。お願い」

「ちょい待ち。なら私の撤回するわ。相楽君私にお願いして」椎名も出てきた。

「なら~私のでしょ」永見。

「あの、私がお役に立ちます。私の却下で。ぜひそうさせて」近野。


 有難い申し出だけど、それじゃちょっと意味が違う。

 どう見ても小堀の出した案が削りやすい。まぁ、他にも削って大丈夫そうなものはあるけど、できれば害の出ない項目をそうしたい。


「はぁ? アンタらなにシャシャッてるワケ。相楽君は、私に直々にお願いしたいのよ。そうでしょ相楽君『私が』良いンでしょ?」

「できれば。もし嫌じゃなければ譲って欲しい。そうすれば皆も助かるし」


「ほら。相楽君が言ってるわよ。随分しっぽ振ってるけど、結局そういう(やから)より、な~んとも思ってない私が相楽君の役にたっちゃうわけ。当然ね。器。相楽君は、頼りがいのある子に頼るってこと。いいわ。この件、相楽君に譲ってあげる。その代り一つ貸しだからね。どう? それでいい相楽君?」

「譲ってもらえるなら。小堀さんこそ、それでいっ……」

 俺の言葉を誰かが遮る。


「いいわけないでしょ。相楽君ここで貸しなんか作ったら最悪よ。こいつ闇金よりキツイ取り立てするわよ。骨の(ずい)までスカスカになってもいいの? よく考えて、私なら無利子だよ。私にして!」

 松宮に続いて椎名、更に近野まで「私、私」という。


 骨の髄までスカスカって、骨粗しょう症? っと言ってる場合じゃない。

 変な方に転ばないように、しっかりと舵取りしないと。

 飛び交う口調が随分荒いから、穏やかに治めよう。


 何度か言葉を発したけど、すでに俺の声は届かない。女子達が言い合う。

「相楽君、この件さ、ちょっと待ってて。向こうで話しつけて来るから。ネ」

 椎名と松宮がそういうと、小堀を連れて端の方へと向かう。

 ぞろぞろと女子達が移動する。


 俺は離れ行くその群れをみながら、変なことにはならないようにと祈る。

 にしても、なんでわざわざこの場を離れるのだろうか? そこが怖い。

 もしかしてここでは聞かせられない話でもするのだろうか? まさかネ……。


「おぁ、マジで助かるよ。さすが相楽」富永がくっ付いてきた。

 泉橋も心配しながらも感謝してくる。


 話し合う女子達を見ながら不安になる。

 女子達の思考回路は到底計り知れないから。

 あの里見でさえ軽くあしらわれる論理。なにが起きても不思議じゃない。



「お待たせぇ。無事にまとまったわ」

 女子がにこやかだ。俺はそれを見て本当にホッとした。正直、とんでもないことになるのではとドキドキしていた。内心どうしようかと冷や汗をかいていた。


「まずね、却下するのは相楽君の言う通りのでいいわ。そんでね、ここからが本題なんだけど、明日の文化祭で一番お客を集客するか、学校で集計する、恒例のアンケートで一位になったクラスの代表女子と……、その、ね。相楽君が、一日遊園地デートってことで」

 ……? 今、デートっておっしゃっいましたか。


「そういうことで決定したから。安心して。うまくまとまったわ」

 キョロキョロする俺を尻目に退散しようとする女子達。里見と仲根はやれやれと俺の肩に手を置く。俺はまだ事態が把握できない。


「あ、ちょっと待って、止まって……」

 俺の制止が聞こえないのか、雑談しながら視聴覚室を出ようとする。

 聞こえてると思うけど止まってくれない。

 それにまだ職員室に提出する案もはっきりと決まった訳ではない。


「ちょっと君達、まだ話し合いの途中じゃないか。戻りなよ」

 室隅……くん。すごい。よくあのメンバー相手に声を、たぶん室隅は、上と下に姉妹がいる女系家族出の貴族に違いない。


「はぁ~。誰~。用もないのに話かけないで、セクハラだから。以後気をつけて」

 室隅は、ずれてもいないメガネを指で持ち上げ「室隅だけど」と名乗った。

 カッコいい。


「いい加減にしてくれるタコ(スミ)、張り付かないでよ、しつこい」

 タ、たこすみ。なんてあだ名を。名乗っただけでこれ。頑張れ室隅。

 今日知り合ったばかりだけど、陰ながら全力で応援しているよ。


 室隅はメガネをいじりながら必死に女子を食い止める。俺は室隅のメガネいじりのテクが気になってしょうがない。どれもカッコイイ。メガネが欲しくなる。

 練習でもしているのだろうか。俺もやりたい。羨ましい。

 あっ、今、ワザと下にずらしてからの中指上げだ。(しび)れる~。メガネ欲しい。


「余計遅くなるから、とりあえず戻ったら」

 茨牧くんだぁ。起きたンだ。ついに目覚めの時が来た。

 妹が居るテクが冴え渡る時だね。言ってやって。


「あら、確か十一位のなんて言ったっけ? 何くんだっけ?」

 ひどい。頑張れ茨牧、耐えてくれ。倒れちゃダメだ。いや、室隅も茨牧も俺の為に頑張ってくれている。ここは俺も突っ込むしかない。当たって砕けろ。

「ちょ、ちょ、あにょ、あ、(はにゃし)が……まだ」

 ダメだ、緊張で()(れつ)が回らない。目の前で撃沈された友を見たから言葉が。

 いじめられていたトラウマが(うず)く。


「もぅ~相楽君まで~。変更はなしよ。せっかくまとまったンだから。分かった。とりあえず戻ってあげる」

 女子達が渋々戻ってきた。そして久保に、さっさと進めなさいという。


 俺は話が進行する中、デートってと質問する。女子は詳しい話は明日の結果あとでいいからと質問をかわす。とりあってくれない。


 なんとなく小堀に声をかけた。

「あの、さ、小堀さんさ。俺なんかと、その、デートすることになってもいいの? だって青柳先輩のこと……なんていうか、その」

「大丈夫。安心して、私は相楽君のことなんとも思ってないから。私は一年生の頃から青柳先輩一途だし。最低でも卒業するまでは。まぁ~ただ勝負は勝負だから、勝った時には覚悟して、私に一日付き合いなさいよ。男でしょ?」

 そうか、安心した。小堀はゲームとして捉えているわけだ。

 これなら、変な誤解を招いたり厄介事は起きない。でも、明日の勝負次第で誰とデートになるか分からないな。


 それより、こんなこと此処に居ない佐伯が知ったらどう思うだろう?


 あれ? 待てよ、結局どういうことだこれ? やっぱ、さっぱり分からないぞ。

 今学期が終わるまではフリーでいるってことにされたり、その間は、一人と独占状態は反則だと言われたり、一体俺はどう振る舞えば正解なのだろう。

 安心……していいのか?


 それにしても、さっきから見ていると、久保の落差が凄いな。これじゃまるで、学校で二番目にモテる男から、一部の女子に好かれている者に格下げだ。

 本当に、女子って移り気だ。


 でも一体、久保と女子の間に何があったのだろう。やはり合同体育祭かな?

 そう言えばお爺ちゃんもよく、スポーツすると相手の本性が分かると言ってた。

 (ちまた)じゃ、酒を()み交わすと本性が分かるっていうが、アレは半分合ってるけど、酔っていない時は、理性が利くからそこまでじゃないとも言っていた。


 裏の顔を見るならやはりスポーツ。

 普段は真面目で良い人ぶっていても、ゴルフで回る時のマナーが最悪だったり、上手く行かないと物にあたったり、周りの人達に当たったり、平気でズルする輩がいるのだとか。


 逆に、普段とっつきにくい者が、一緒に球を探してくれたり、道具を大切にしていたり、マナーが良かったりする場合があるらしい。


 スポーツでのいざという時や負けている時、調子が悪い時の態度で、その人間が実生活のいざという時に、どういう態度を取るかが分かるという。


 つまりお爺ちゃんいわく、仕事や家庭でピンチの時に、スポーツでする自分本意さや、隠れた性格がもろに出るらしい。


 他にも自己中で個人技に走り易いとか、逆に仲間を守るフォロータイプだとか、色々とあるようだ。

 これは色んなスポーツでも言えることだという。


 となると、久保や富永は、いざという時逃げたり投げ出す傾向があるということになる。いや、でも仲間が一緒なら頑張るのかも? 俺には分からないや。


 まぁ、女子の中の何人かは、感覚でそれを見抜いたってことかも知れない。


 これは関係ない余談だけど、トイレットペーパーの使う量でその者の金銭感覚が分かるとも言っていた。それに関してはお父さんがどうやってそれを調べるんだとツッ込んで大変なことになったのを覚えている。


 でも確かに、節約家と浪費家の使い方が同じとは思えない。

 まったく違う気もするが、確認する術は難しそう。



 女子に急かされながら、どうにか話がまとまったようだ。

 ようやく会議が終わると、刻一刻と迫るタイムリミットに、皆一斉にクラスへと戻った。何度も言うようだけど文化祭は明日。


「茨牧君、室隅君。さっきは有難う、助かったよ」

 のんびりと廊下を歩く。特進は出し物がないから気楽だ。

「へへっ、あまりお役に立てなかったかな。良く考えたら、普通口利いて貰えないような子達だもんね。あれでもお手柔らかだったのかも」

 室隅のセリフに改めて思う。そう言えば、小堀も松宮もカリスマだった。

 三学年通しても、トップスリーだ。もちろんもう一人は佐伯だ。


 話どころか挨拶だってできない。

 いつの間にか、言葉を交わしてもいい気になっていた。

 そりゃあの久保でさえ(ひる)むのは当然か。さっきは大分久保のモテ度が落ちた気がしたけど、久保を好きだという子が減ったかどうかは知らない。


 小堀や松宮のあの態度は、最初からだったのかも。ただ椎名は変わった気が。


 教室へ着き席へと座る。しかし、周りがガラガラだ。

 一緒に行ったはずの女子達の姿がない。

 よく考えれば、帰り道は男子五人だけだった。


 雑談しながら何の自習をしようかと話す。結局、勉強せずに雑談する。

 しばらく話し込んでいると、突然放送が流れた。

「二年、特進クラスの相楽君。至急、職員室まで来て下さい」

 町下先生の声だ。ガヤガヤと女子達の声もする。


 俺は「ちょっと行って来る」と席を立つと、四人が「俺達も行くよ、暇だし」と付いて来てくれることになった。

 それを、必死に自習する他の生徒がペンを止めて見てきた。


 よく考えてみれば、自習もせず雑談した挙げ句教室を去るというのは、自習して勉強に取り組む者にとって、不愉快なのではと後ろめたくなった。

 何せ窓側の席はガラガラだ。一体どんな気持ちで皆は勉強しているのだろう。


 きっと次の試験では、また激しく順位が入れ替わるかも知れないと思った。



 ノックをし、職員室へと入ると、町下先生と女子達がいた。

 更に、担任団や部活の顧問でもない、一般の先生が数人残っていた。


「ああ来た。相楽君。また問題起こしちゃったのね。大変よ」

「なにがですか? 俺、何かしちゃいました?」

「デート! 変なことになってるわよ。一年生の特進とかあとどこだったかしら、急きょ出し物を食品系に変更したいって書類出してきて、それでね――」

 どうやら厄介なことが起きていた。


 いくつかのクラスが変更届を出してきたようだ。

 ただ、屋台やカフェなどの食品を扱うものは、昨日今日に変更するなどできないらしい。


 理由は明快で、検便(けんべん)検尿(けんにょう)などの検査が済んでいないからだという。

 食品を扱うクラスの担当者達は、前もって検査をしているのだという。

 普通に考えれば、当然中の当然だった。

 ――衛生管理。


 他にも場所の変更や出演時間の変更などの書類がブラスバンドや演劇部、ソフトボール部からも出されて、とにかくハチャメチャになっているらしい。

 もうプログラムも決まり、後は最終印刷を済ませるだけというほどパンフレットも完成しているというのに、である。


「相楽君。そのデートするって言うのは本当のことなのかしら?」

「いや、俺も、そこの所は分からなくて。話を聞こうにも、明日の結果が出てからどうのって言われちゃいまして。困ってて」

「つまり、相楽君はデートするの? それともしないの?」

 町下先生が、答えやすく二択の質問に変えてきた。


 しないわけにはいかないだろうな。女子の案をいくつか削除させてしまったし、それに元々、男子の案を削除できなくて、俺が女子側にお願いしたのがそもそもの原因でもある。


「しないわけには……いかないと思う。筋の通った約束になりつつあるし」

 女子には撤回という条件をすでに呑んでもらっている。

「分かった。そう。それじゃ、()()も参加しない訳にはいかないわね」

 へ? 町下先生がまた俺の頭では理解できない言葉をいう。


 どういうことですかと里見と仲根が尋ねるが、町下先生は、染若や清水から事情を聞いて、明日の文化祭に急きょ参戦すると独断で言い出したのだという。


 まだ案や演目はないけど、今日中にまとめ上げると意気込む。

 先生も切羽詰った女子の顔と、他クラスの混乱ぶりを見て、承諾するしか方法がないと結論を出したよう。

 だが、一応、当人である俺にも事実確認を取るために、呼び出したと。


「決まりね。あなた達出来るのね? やるからには勝たないと意味ないわよ」

「はい。自信あります。他のクラスはこういう事情のない時に決めた出し物だし、こっちは町下先生の特例発動ですので、今からじっくりと策を練れます」

 話がとんでもなく意味深で、ここまで聞いてもまったく筋道が分からない。


 学校一頭の良い里見に「分かる?」と訊いたが「なんとなく」と言われ、仲根に同じことを訊くと、寄り目の間に疑問符を浮かべた。

 さすがに展開が読めないようだ。


 なにがどうなっているのか? 本当に明日なにかをするのだろうか?

 例え今から頑張ったとして、何が出来るというのだろう。ありえない。

 圧倒的に、時間が足りない。文化祭は明日だ。


「先生、ウチの学校って前日の泊り込みってできましたか?」

「あぁ、それは無理ね、たぶん」

 本当に話が進んでいる。本当に明日何かをするかも知れない。


 しばらくは様子を見ていたが、里見達と一緒に教室へと戻った。教室で、本当に出来ると思うという室隅の問に、里見も仲根も茨牧も「無理だろ~」と微笑した。


 少しして戻ってきた女子達が、机を移動させ、何やらノートに書き留めながら、険しい表情で話し合う。


「ねぇ相楽君。仮にだけど、仮に今日学校に泊まれることになったら泊まれる?」

 話し合う女子達が全員俺を見る。その視線にちょっと緊張する。


「俺、腕のリハビリに行かないといけなくて……無理かな」

 他にも理由はある。美織さんもいつまでウチに居てくれるか分からないし、夜の学校は怖いし、お化けや妖怪が出たり、学校ごと異次元に飛ばされる怪奇現象も、あったら困るし。

 夜の学校は何が起こってもおかしくはない。災害時の避難とか余程の理由がないなら学校に泊まるのは嫌かな。


 まぁ、そんな理由は、言えないけど。


「そっか。ちょっと聞いてみただけだから」そう言ってまた作業に戻る。

 慌ただしい女子達を尻目に、男子五人で関係のない雑談をする。



「へぇ、そんじゃさ、相楽君は大学以外で何か目標とかある?」

 室隅はやけに他人に興味を持つ人だ。特進クラスにしては珍しい。

 特進クラスの者は皆他人に無関心なのかと思っていた。実際、里見と仲根が将来何を目指しているかも知らないし、そういう踏み入った話をしたこともなかった。


「夢とか目標はないけど、計画として決まってるのはあって。船舶(せんぱく)免許(めんきょ)とかヘリやセスナの免許は取得すると思う。ま、本当は、アメリカの大学に行きながら取得出来たら楽なんだけど、そこら辺は知り合いと相談中で」


 良治君だ。お爺ちゃんも邦茂オジちゃんもヘリやセスナ免許を持っている。

 年に二、三回アメリカに行って乗っている。

 日本で乗る手続きの面倒くささや金額を考えると、国外へ出た方が結果安上がりで自由度もあるとか。正直、まだよくは知らないけど……。


 問題は英語。語学力。

 良治君は勉強中だが、すでに二年足止め状態。日本でも、航空スクールはあるし免許も取れるけど、邦茂オジちゃんは猛反対している。とるならアメリカだと。

 騙されたと思ってアメリカにしておけと。


「相楽君、そういう免許欲しいの?」

「うん。お爺ちゃんや知り合いが運転しているのを横で見たことあって、俺も操縦してみたくて。凄く楽しそうというか。まぁ日本じゃ飛行機? セスナ? ヘリ? ってなるけど、アメリカじゃ、車と変わらない場所もあるんだって。免許持ってるって言っても『で、何処飛んだの?』とか『今度乗せて』って言われるだけとか」

 向こうでは、農業で薬を散布する時にも使うとか言っていた。


 里見も仲根も感心している。茨牧は興味津々だ。

「でも結構お金かかるでしょ~」

「俺も日本で取得するのは無理だと思う。よくは知らないけど、話というか愚痴を聞いていて、全体的にお金も時間もかかるし大変らしい」

 正直お金に関しては、お爺ちゃんが最近、中古物件の社宅を追加購入したから、我がまま言ったり甘えたりはできそうにない。

 その件でお父さんと口論していたし。


 千葉に一棟、埼玉と神奈川にも、そんで都内にようやく念願の社宅を競売物件で見つけて購入したとか。


 お爺ちゃんは、自分の会社の社員、家族優先に管理費数千円で貸している。

 その為には潰れた会社などの中古社宅を丸ごと買い取る。

 より良い物件が見つかると売り払い、新たな社宅を漁っている。

 予定ではあともう一つは欲しいという。

 社員達は順番待ちで大変らしい。


 だからお金で無理はできない。自分で稼ぐしかない。まずは語学力を学びながら日本で船舶免許を取得して、お金を貯めて良治君と一緒に渡米する予定だ。



 雑談していると、自習している皆がチラチラとこっちを見てくる。

 まさかとは思うけど、船やヘリに興味がある? いや、そんなわけはない。

 電車が好きという者が居てもちっとも不思議じゃないけど、さすがに船とかヘリは少ないはず。


 里見が外国の大学なんて考えてもみなかったという。親元を離れて自分だけでは生活できないかもと笑う。

「でもさ、向こうで寮に入ったりホームステーしたりさ」仲根もノリノリで話す。

「どっちみち、相楽君が言うように語学力が必要ジャン」室隅がメガネを上げる。


 どれくらいしゃべれる? 茨牧の問に俺は英語で答えた。それに次いで、里見も英語で話す。仲根も負けずと加わる。

 室隅はたどたどしく、発音はイイとは言えない。


「ちょっと待って。なんで皆話せるの? 俺、まったく話せないよ。リスニングはできるけど、自分で話す勉強した?」

 茨牧の問に、塾の授業で英語しか使っちゃいけないとか、子供の頃に英会話学校に通っていたと里見や仲根がいう。


「このクラスなら他にも居るんじゃない?」室隅が辺りを見渡す。

「まさか。嘘でしょ」茨牧が焦る。


 すると、自習する至る所で、ゆっくりと手があがる。

 あちらこちらでひょいっと。


「マジ? やめてよ。コワッ、なにこのクラス。全然俺より上ってことジャン」

 茨牧は十一位という順位で傷ついてたが、この現状に何かが吹っ切れたようだ。声も大きくなり明るさが戻りつつある。怪我の功名とでもいうべきか。

 荒行事とでもいうべきか、茨牧が完全に目覚め復活を遂げようとしていた。


「なに? 私も少しなら話せるけど」

 染若が話しかけてきた。

「なら私も~」滝沢。

 清水も岡越も網乃目も英語で話す。気付くと、話したこともないクラスメイトも英語で話しかけてきた。


 俺は初めて話すような子にも話しかけられ、いつもより明るい海外独特のノリで話す。初めての会話なのに。クラス中がヤバイテンションだ。

 でもその時はそれに気づけなかった。それに気づけたのは――。



「さぁ、皆~、まだチャイム鳴ってないけど、今日は少し早めに昼食にしてもいいからね~」

 町下先生が教室へと入ってきた。


「オォゥ~、イエス。ノット、アット、オール」

「ノー、ウェイ」

「フー、ケアーズ?」

「サウンズ、グレイト!」

 町下先生が黒板に吹っ飛ぶ。そして凄い形相で質問してきた。


「なに? どうしたの? ここ何処? 私誰? ど~しちゃったのよ皆。止めて、怖いわ本当」

 しかし凄いテンションで皆がしゃべる。

 まるで溜まっていた自習かなにかのフラストレーションが、火山の噴火のようにマグマを噴き出す。クラスがこんなに話したのは初めてだ。

 殆ど口など開くことはない。そんなことは、過去一度も……なかった。


 しかし今は、マイケルにジャック、アンナにエリザベスが身振り手振りを交えて言葉を放つ。


「ソー、ワッツ?」

「ギ、ミィ、ア、ブレ~クッ」

「こらぁ! ダメでしょ壊れちゃ。皆、気をしっかりして。少し頭を休めなさい。しばらく勉強は禁止です。どうしちゃったのもぅ。おかしいでしょこんなの」

 町下先生の悲鳴のような声で、ようやく上がり切ったテンションが元に戻った。先生のテンションが皆を越えたことで、先生に軍配があがったようだ。


 それにしても俺も少し怖くて焦った。一体なぜ一瞬アメリカ的無法地帯になってしまったのだろう。一瞬、教室が異様な世界に包まれた。

 町下先生が(かつ)を入れて下さらなかったら、きっと、もう二度と日本語には戻れなかったかも知れない。それぐらいの衝撃だ。



 日本人に戻った生徒達が教科書などをしまい昼食をどうしようかと時計を見る。先生は恐る恐る「平気? 治ったの? 戻ったのね」と確認を取っていた。

 俺もまた席替えしたばかりのその席から、本当に大丈夫なのかを見つつ、里見や仲根、茨牧、それと「俺も一緒にイイかな?」と尋ねてきた室隅と一緒に、食堂へと向かった。


 廊下を進むと学校中が綺麗に飾り付けられていて、各所で忙しく作業する生徒で溢れ返っていた。





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