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エンドロールでくちづけを  作者: セキド ワク
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二八話  新事実



 あの日、町下先生の車で病院へ向かい、俺は、合同体育祭を途中棄権となった。


 元々補欠であったし大きな影響があるとは思えないが、体育科の大河内先生は、一騎戦と、大玉を両チームで押し合い、相手のエリアに運ぶという競技、それと、リレーなどにも出て欲しかったと悔やんでいた。


 他にもいくつか競技はあったようだが、専智学院は、当然のように志星館日体にボロ負けして幕を閉じた。


 しかし、女子達が午後の競技を全て勝利し、専智学院はここ数年負け越していたどん底から、念願かなって勝利を手にしたのである。


 専舞女学園は、代表である渡辺を失い、当然、柴谷や能條の戦意もそがれ、更に事故に関わっていた代表の国分や宇野、そして普通参加の各部の部長や、止める側にいたブス部部長の木藻皮も心が折れてしまった……ことが要因だ。



 航也と彼女を会場に残し、一緒に車に乗り込んだ惣汰が、ブツブツと俺に文句を言ってきては心配するというのを繰り返しながら、処置を終え帰宅した俺の家までついてきた。


 町下先生がウチの親へと事情を説明する中、惣汰は俺の部屋でマッサージチェアに座り、添え木というかとりあえずの処置された腕を見て愚図っている。


 レントゲンの結果、俺の腕は二股になった骨の上側、つまり親指側が完全に折れているらしく、小指側にはひびが入っているようだ。

 骨折した箇所は綺麗に折れていて治りやすいとのことだったが、打ち身や転倒にしては珍しい状態だと説明を受けた。


 医師の診察中に状況を説明すると、地面へ打ち付けた衝撃ではなく、上に乗った女子を地面や衝撃から庇う何かが、こういう症状に繋がったと結論付けられた。


「人の体は弱いから。それに、地面と挟まれた状態では衝撃は逃がし切れないし、負担をかけた弱い部分がこうなってしまうのは当然だよ」

 医師が、無理し過ぎたねと俺を優しく諭す。


 更に、検査結果で驚くべきことが分かった。

 それは、左のあばら骨にもヒビが入っていたのだ。通りで息を吸うと激痛が走る訳だ。何より呼吸しづらい。


 そんなこんなで俺は処置を受け、まずは腫れが引くまで二、三日様子を見ることになった。薬を貰い、腫れが引き次第、添え木からギブスに移行するようだ。


 連絡を受け飛んで帰ってきたお爺ちゃんと良治君が事情を聞き、とりあえず骨折で済んだことにひと安心し、俺の様態を見てまたひと安心した。


 その日、なぜか町下先生と惣汰が家で夕食を一緒に食べた。俺の腕の怪我の成り行きや体育祭の競技について色々と話した。

 良治君は「そんな面白そうな体育祭あるのか~」と興味深々だが、お爺ちゃんはやはり怪我の様子を心配していた。


 惣汰は相変わらずイライラしている。俺がどうしたのと気遣うと、惣汰は「俺の球が取れなくなるだろ」と俺の左腕を眺めた。

 俺は笑いながら「大丈夫だよすぐ治るから」というが「ほらまた大丈夫が出た」と惣汰が頭を掻く、そしてもう一度、念を押すように、お前の大丈夫は全然大丈夫じゃないとすねる。


 笑いながら惣汰と話す俺に、少しだけお酒に酔ったお爺ちゃんが口を開いた。

 それが俺にとっては新事実であり驚きで、知り得ない過去だった。


 それは、俺が虐めを受ける中、惣汰が陰でしていたこと、だ。


 俺がケンカした惣汰以外の二人、つまり、ボスであり学校を仕切るその二人を、惣汰が俺の代わりにぶちのめしていたことだ。

 それも相手が翌日学校を休まなければいけない程。


「章和は~、あまり惣汰君に心配かけないようにしないとな~」

 お爺ちゃんの話しにどんどんのまれていく。

 俺はてっきり、自分が頑張ってケンカしたその強い想いが、相手へと伝わって、分かってもらえたとばかり思っていた。

 しかし、そんな都合のいい話ではなく、実際は陰で惣汰がボコボコにして、もし次に章和がやめろといった佐伯に手を出したら、死ぬより怖い思いさせると脅しをかけていたのだ。


 それにしても惣汰は、俺と同じくらい背が低かったのに、よくあの二人に勝てたもんだ。相手は本当にでかいし、確か柔道や相撲なんかを習っていたはず……。


 話を聞いて、色々な過去を呼び戻そうとするが、どうしても虐めのことや細かなことが思い出せない。

 もちろん忘れたくて必死だったし、本当に嫌で心を閉ざしていたから、思い出せなくても問題はないけど。



「章和のお爺ちゃん、やめて下さいよ」惣汰が気まずそうにしている。

「君の亡くなったお婆ちゃんとはよく色んな話をしていたから、結構知ってるぞ」

 お爺ちゃんが惣汰のお婆ちゃんの話を持ち出した。


 話によると、元々、惣汰が俺と友達になった理由も、実は、お婆ちゃんの教えによるものだった。

 俺が佐伯を必死に守り、そして惣汰と喧嘩した日、惣汰はお婆ちゃんに言われたのだという。

 自分の為にケンカをする子と、誰かの為に負けても立ち向かう子の差を。

 惣汰ちゃんは言いたいこと分かるよねと。

 そして、そういう優しい子にお友達になって貰いなさいと諭されたという。


 友達は大勢でなくてもいいのよと。

 章和ちゃんに『お友達になって』って、お願いしなさいと。



 俺は話を聞きながら何度も惣汰を見た。

 親が転勤になり転校する話が出た時も、俺と友達でいる為に、お婆ちゃんと二人で頑張ってくれていたんだと。

 陰で俺を助けてくれて、たった一人の友達として傍で支えてくれていた。


 照れたように、気まずそうに惣汰がおかずを頬張る。俺も負けじと頬張る。


「あの……、相楽君って虐めにあってたのですか?」

 町下先生が不思議そうに尋ねた。

 それに答えたのは良治君と、仕事を終えて帰ってきた邦茂オジちゃんだった。


「ああ、そりゃ酷いもんだったよ。色々探り入れて、いくつか知ってるけど、幼い子供だからなんて二度と思わないくらい、子供でも許せないと思ったなぁ」

 注がれた酒を飲みながら、邦茂オジちゃんが町下先生を見る。


 確かに俺も、道行くランドセルを背負った子供を見て、まさかこんな子が、悪魔みたいな虐めをしていたり、人としてクズみたいな笑い方をするとは、普通は思わない。ただ、こうして話していると改めて感じる、大人も子供も関係ないと。


 無知な子や流されている子も居るかも知れないけど、幼い頃から(わる)な奴もいる。もちろん環境のせいだとは思うけど……。


 そして何より、それらの殆どの者達が、立場は違えど、大人になってもほとんど変わらず育つ。三つ子の魂百までということだ。


 町下先生が虐めの事例をいくつか聞き、信じられないと箸を置いた。

 そして俺の方を見て驚いていた。


 酷い話だった。思っていた以上だ。今話されたことでさえ話せると踏んで言えた範囲のことだろうし、あくまで良治君や邦茂オジちゃんが把握したものであって、実際はそれにプラスαだろう。

 幼い子供だからなんて理由にならない。残酷極まりない……。


 まだ血色の戻らない俺を町下先生がチラチラと見てくる。


 町下先生が特に衝撃を受けたのはハンカチの話のようだ。

 顔も知らない母親の私物として、お父さんから譲り受けた女性物のハンカチを、俺はお守りとして持ち歩いていたらしい。

 匂いを嗅いでは母親を想像していた大切なハンカチ、それを虐めっ子らが盗み、「やめて返して」と涙ぐむその目の前で、汚いハンカチと罵り(もてあそ)び、挙句には、はさみでズタズタに切り裂いてゴミ箱に捨てたのだという。


 皆でそれを笑い、先生まで届くことさえなく時効を迎える。


 俺はその話をまったく覚えていない。けど、枕元にハンカチをたたんでおやすみなさいと言った微かな記憶があった。たぶん本当にあった出来事であろう。

 記憶はないが、惣汰の口元の怒りが真実だと言っている気がする。

 何より、全ての話しに何かしらの引っかかりは微かにある。


 それにしても、イジメはどんな些細なモノでも残酷だ。

 ハンカチの話を聞いてて思うのは、切られたことも凄く悲しかっただろうけど、それがなぜ先生に伝わらず、裁かれず、そして、笑われ踏みにじられて終わるのかということだ。


 明るみに出ない闇が続く。救いがなさ過ぎる。

 この話が良治君や邦茂オジちゃんに漏れたのだって、惣汰や佐伯という抜け穴があったり、良治君達がむちゃする人達だからであって、一人孤立していたならば、何もなかったことになっていたはず。



「章和、あいつらお前より弱いんだから、次になんかしてきたらやっちゃえよ!」

 急に惣汰の言葉を思い出した。

 丁度今みたいに口元を吊り上げ、イライラしていた感じだった。

 それでも俺は首を横に振った。


 俺は、惣汰の言う「やっちゃえ」の意味を、怒りと憎しみに任せて殺す、という変換しかできなかったからだ。

 今思えば『殺す』ではなく『暴力』でねじ伏せろ、という意味だと分かるけど、それが分かった今でも首を横に振るだろう。

 惣汰の意見には賛成だし正当だと思う。けど、それを世間は許さない。


 この世界は、偽善な者達で溢れかえっている。


 どうせ、叫びの様な反撃さえ、それすら罪にされる。何も知らない傍観者が暴力はどうと正論を言う。

 他人だから仕方ないけど、虐めの根源はそのセリフの中にある。


 暴力を振るわれ、罵られ、(さげす)まれ、ありとあらゆる心の形を何度も汚される。

 そして世間は自殺もダメ、暴力もダメと好き放題言う。

 それじゃ被害者に残された道は、痛みを伴う闇の中で、ただひたすら耐えて我慢しろと言っているのと同じだ。


 本当の虐めは、虐めた者達を罰せず、更に、被害者に対して好き放題いう者達が一番の悪だということ。

 虐められた側が一番傷つくのは、第三者たる者の言動と態度……そして思想。


 虐めが無くならないなら答えは三択。自殺か報復か……忍耐か。


 他人は、逃げればいいなんて適当なことを言うだろうけど、虐めにリスクのない逃げ場所などない。必ず色々なモノを失いながら、悲しみや辛さにもがく……。

 つまりどんなケースも、全て痛みを伴う忍耐に含まれる。


 今は分かる。惣汰が転校する羽目になったのは、佐伯の親のせいではなく、惣汰の名を出した者達だ。軽々しく論じられ、そしていとも簡単にハメられた。

 これは虐めた者達とそれを傍観していた者達の悪意だ。所詮は他人事……いや、他人に災いをもたらす確信犯だ。そして真実はまた隠され(ほうむ)られた。


 この年になって、一つ愚痴をこぼさせて頂くなら、言論の自由と暴力は対になる物であって欲しい。その定義が必要。どちらか一方を優先し認めるのは不条理だ。

 いつになったら体の痛みと同等に、心の痛みが尊重されるようになるだろうか。そして加害者と被害者の重みもまた違い過ぎる……。


 世間は冷たく、先生すら意味ない存在だったけど、家族には救われていた。


 酷い虐めと知りながら、お爺ちゃんやお父さん、そして良治君や邦茂オジちゃんは見守ってくれていた。強引な手段に出なかった。

 惣汰にしても、陰でそこまでしたのに「章和に手を出すな」ではなくて「章和がやめろと言った佐伯に手は出すな」という理由も、俺の友達として何かを尊重し、同じ意思と意見を述べてくれたように感じる。


 今まで一度も考えたことないことを、高二の今になり、ゆっくりと考えていた。たぶん未熟な考えだとは思う。

 大人になったら、もっと優しい答えが見えるようになりたい。




 酔ったお爺ちゃんの話を聞いていて思った。

 俺がおねしょをし始めたのも丁度イジメが始まった頃だったなと。そしてそれが止んだのは、勉強に夢中になって、必死になるにつれ治ったと。

 小学二年から中学一年までの、虐めとお漏らしの因果関係……。


 お漏らしに関しても、随分と家族には心配をかけてしまった。

 記憶は薄いが、少しずつ色々な感覚を思い出す。なぜ勉強をしていたのか、なぜ本を読みクラッシックの音楽に浸ったか。


 勉強の始まりは錦戸美織さんがきっかけだった。それは間違いない。でも、その勉強が続いた根本に、虐めや惣汰との別れ、佐伯……、野球が出来なくなったなど辛い出来事から逃避する意味があった。


 どんなに忘れたくても頭の中で虫がわくように溢れ、それが全身を這いずる。

 充満する苦しみや辛さ、それがなぜか勉強を始めるとピタリと止む。それどころか詰め込んでいくたび頭から消えていく。


 嘘や誤魔化しではなく、本当に消失し削除できるのだ。

 俺にとって勉強は本当に難しく、本当に大変だった。

 頭の中に為となる学が詰まっていき、不必要な記憶が綺麗に片付いていく。


 頭のどこかには辛い記憶があるのかもと、客観的には思うけど、その余地はないほど、俺のお馬鹿な頭には、知識や別のモノが所狭(ところせま)しと記録されていた。


 そうしなければ、とてもじゃないけど、専智学院など入れるはずはない。


 漫画も読めない俺が小説を読み、その世界に深く潜り、そして題名も分からないまま、歌詞のない曲をただひたすら流していた。

 一曲の長さに驚くばかりで、ただ瞑想するように椅子に(もた)れて、ヘトヘトになるまで頭を使った。


 空っぽだった頭が、勉強や壮大な音楽、物語に染まっていく。

 今になってようやく、記憶の薄さの訳に気付けた気がする。普通の人は消したくても消せないそれを、無理矢理、脳のメモリー的な箇所に詰め込み嫌な記憶を押し出したのだ。


 更に、良治君とも、バイクやフリーランニング、インラインローラーなど様々な学びで埋め尽くし、運動や遊び的な部分でさえ満タンになった。

 まぁ、医学的には定かではないけど。



 俺なりに新たなことに気づき、少しだけ浮かれていると、俺のとなりで、今日は泊まろうかなとのんきに膨らんだお腹をさすっていた惣汰が、着信した彼女からのメールを見て、明日が休みじゃなく更に二日後から中間試験があることに気付き、慌てだした。

 しかも、バイクを会場に置き忘れていたことを思い出し、大慌てで取りに行くと立ち上がった。


「やべぇ、忘れてた。俺まで章和と同じ気分になってたよ。体育祭の振替ねぇし、あさってから中間試験だワ」


 ごちそうさまでしたと焦る惣汰に、良治君が送ってやると笑う。

 惣汰もそれに甘える形でバイクを取りに向かった。


 一方町下先生は、食事の後片付けを手伝ってくれて、その後、俺の部屋を覗いてから帰って行った。




 二日後、病院で腕の処置を受けた。学校へ登校したのは更に翌日になった。

 振替休日のおかげで休みは二日で済んだが、先生が、休みにならないように配慮するとかしないとか、そんな説明を受けた。


 学校に登校した日、帰宅すると渡辺花帆と母親が、果物を持ってお見舞いに来てくれた。親同士が色々と話す中、俺は渡辺の足の状態が軽い打撲で済んでいたことに安心した。


 俺の状態が、左腕骨折と肋骨にヒビだと知ると、申し訳なさそうに、何度も頭を下げる。


「本当になんとお礼を申したらいいか。相楽君がいなかったら、ウチの娘は死んでいたかも知れません。例えそうならなくても、一生後遺症の残る怪我はしていたに違いません」

 丁寧に感謝され、ウチの親も逆に少し困って見える。

 正直、俺もお父さんと同じで、恥ずかしさで、どういう顔をすればいいか戸惑うばかりだ。



 話の中で、今回の事故に関わったであろう数名の生徒とその親が、学校を通じて渡辺家と相楽家に謝罪したいとのことだったが、ウチの親はそれを拒否した。


「宜しいのですか? お子様がお怪我されたのに?」

「はい。うちのは直接関係ありませんし。謝罪などとんでもないです」

 お父さんのセリフに少し困った表情を見せた。

 少しの間が空き、お茶を飲むとまた話し始めた。


 直接関係がなくとも、これが交通事故で、間接的に巻き込まれた事故としても、やはり何かしらの話し合いは必要では、などと雑談していた。

 しばらく話が続き、そして――。


「そうですか……。ウチは今回の件を非常に重く考えていて、相手にはそれなりの責任をと思っていましたが、相楽さんと話して少し考えが変わりました。帰ったら主人ともう一度話してみます」

 穏便な解決へと向かいそうな、そんな雰囲気が垣間見える。


 お父さんの店のケーキを食べながら、四人で事故と関係のない雑談をした。

 やがて話も終わり、渡辺親子を見送ると、お父さんがぽつりと呟く。

 もう少しで誰かが家に謝罪に来たり、専舞なんたらって女子校に呼び出されて、大変なことになるとこだったなと。俺もそれを聞いて背筋に寒気が走った。

 この件に関わった女の子達が、泣きながら両親と謝る姿なんてみたくない……。


 今回のことはどうせ許すし、仮に渡辺家が許さないとでも言い出せば、それこそ目の前で、重い処分が下されるなんてことにも……。

 残酷な処罰が言い渡されるかもしれない。それも、将来を左右するほどの。

 俺は身震いしながら、玄関から逃げ戻った。



 普段の学校生活が戻り、俺も十月中旬に待つ中間試験に向けて勉強漬けの日々を送る。家での家事はお父さんが代わってくれて、怪我のおかげで勉強できる時間が増えた。


 まぁ、元々、掃除は自動掃除機だし、食器も洗浄機だし、洗濯干しや取り込み、それと風呂掃除が面倒だったくらいなので、普段と大した変化はないと思うけど、それでも時間的にはのんびりと過ごせた。


 アッという間に試験期間が来て、それが台風のように通り過ぎた。


 学校では周りの雰囲気が変わり、雑念が入る出来事もあったけど、勉強に関して言えばそれなりの体勢で試験に臨むことが出来た。

 しかし結果は四位だった。

 どうしても里見と安倍と仲根を抜くことができない。


 上位四名は変わらず同じ順位なのだが、今回の試験で、とんでもない波乱が巻き起こっていた。

 それは、佐伯と月城がクラスAにも関わらず、十三位と十五位に食い込んでくるというとんでもないことが起こってしまったのだ。

 おまけに、安定していた滝沢は七位まで落ち、八位だった茨牧が十一位とトップテン落ちしてしまった。


 特進クラス内の激しい争いに加え、他クラスも、百位内で信じられないバトルをしていたようだ。

 クラスBまでの順位がバラバラで、来年誰がどのクラスに上がり、誰が降格してもおかしくないと先生がパニックに陥っていたほどだ。


 今までの安定していた静寂が、完全に崩れたようだった。



 一位、里見信吾。二位、安倍雅。三位、仲根博教。四位、相楽章和。

 五位、清水梢。六位、(むろ)(すみ)(たい)()。七位、滝沢玲奈。八位、(あみ)()()沙羅(さら)

 九位、染若葵。十位、岡越一花。十一位、茨牧達宏。十二位、河末渚。

 十三位、佐伯結理。十四位、望月ヒカル。十五位、月城明。

 職員室前の掲示板に張り出された紙を、一、二年の生徒が盛り上がって見てる。今までここまで賑わっていることはなかった。


 前回までは休み時間に友達と見に来たり、一人(じぶん)で、勉強の成果を確認する程度のまばらな感じだったのだが、今はまるで、成績表という作品の展示会や批評にでも来ているような(おもむき)だ。


 クラスAの椎名も二十五位と健闘し、新山も三十三位と特進の領域に踏み込んでいた。更にクラスBである近野と松宮と永見も、五十位内に食い込むという偉業を達成していた。


 先生が言うには、他にも下からの押し上げが凄く、特進やクラスAの生徒達が、ガクンと順位を落とし、緊急相談室を設けることとなったほどだ。


 今までは一位から四十位までは圧倒的に特進。

 四十位から八十位までは、クラスAの領域で、八十位から百位までを、クラスBの上位が食い込む構図だったのに。

 それが今回、とんでもない波乱が起こってしまったわけだ。



「先輩~。聞いてくださいよ~。あたし十位に入っちゃいました。凄いでしょ」

 鈴原が俺の制服をツンツンと引っ張り、自分の名前が書かれた所へ招き指さす。ニッコリと微笑みを浮かべ、自慢げにあごを突き出す。


 一年の成績順位表には、確かに鈴原凛が十位と記されていた。


「凄いよ。よく頑張ったね」俺は丁寧に褒めた。

 確か鈴原はクラスAだと言っていた。

 それがトップテンに食い込むなどあり得ない。一年生の勉強状況は良く分からないけど、とんでもない出来事である。これが起爆剤となるのは間違いない。


 廊下の至る所から鈴原を覗く視線があり、それらは既に、ライバル視している目だと分かる。きっと特進クラスの一年生達だろう。


 私も褒めてと椎名や松宮がじゃれてきた。俺は何度も張り出された紙を見ながら皆を褒めていく。

 しかし、今回順位を落とした滝沢、染若、河末ががっくりと肩を落としている。そして、もっともダークなオーラを出しているのは……茨牧だった。


 茨牧と河末はトップテンから陥落(かんらく)し、気安く触れられない雰囲気がある。


「褒めてもらえてうれしい。先輩も確か一年生の時、クラスBで、トップテン入りしたンですよね。四位ですよね、先生に聞きました」鈴原が大声で言う。

 その声に、一年生の子達が、一斉にこっちを見て、そしてこそこそと連れの友達と話す。


 言われてみればそうだった。ただ上を見て、一位を目指していたから気付かなかったけど、そうだった。

 俺はかつて松宮や永見と同じクラスBだった。一年の途中から学年四位になり、それから特進に上がった今日まで、ここで足踏みしているのだ。

 ……六位に落ちたこともあったけど。


 目の前では、友達になった里見がそびえる。

 一度も首位を譲ることなく、学校の一番高い景色に君臨している。

 俺はそれを今回も見上げるだけだ。


 後輩からも、いや周りの誰もが里見を崇めている。はず。

 もちろん、安倍や仲根も凄いが、里見の存在感に霞んでしまう。


「参ったなこの感覚。どうしたんだろうねこの学校は? なんか俺、急に目立って恥ずかしいな、これ」里見がこれ以上ないほど照れている。

 それもそのはず。後輩からは聞こえる声で天才と褒められ、同級生からも、またトップは里見君かと絶賛されている。


 三位をキープした仲根でさえ悔しそうにしている、そのことが里見の別格ぶりを物語ってもいる。


 話しかけてきた月城と軽く会話した後、恐る恐る茨牧の元へと向かった。

 すっかり明るさが消え別人の顔でいる茨牧、とても気安く声をかけられない。

 横に並びチラチラと見る。何度もタイミングを計るけど……なかなか行けない。


「どっ……」ドンマイはまずい。野球じゃあるまいし。

 言葉に詰まる。完全にタイミングを外した。


 俺は友達付き合いが上手くないから、特にこういうのはヘタだ。

 どうやって励ませばいいか分からない。

 トップテン落ちがどれほどショックか計り知れない。


 どう声をかけていいか迷っていると、里見と仲根がいつも通りに声をかけた。

 そのナチュラルさに感心したその時、茨牧が、そっとしといてくれと(うつむ)いた。

 これがあの茨牧なのかと自分の目を疑うばかりだ。


 ヘタに話すより、ただ傍でそっと寄り添うことにした。

 そしてしばらく黙って横に居た。


「相楽君。ちょっといい?」佐伯だった。

 俺は茨牧から数歩離れ、佐伯に引かれ階段付近で向かい合った。

「見てくれた? 頑張っちゃった。このまま行けば来年一緒に特進だね」

 信じられないほど可愛い笑顔で俺を見てきた。

 俺は褒めるのも忘れて、佐伯の笑顔を見ていた。


 何度も口元や目を往復して、顔中を眺める。

「ん? 相楽君?」

「ああ。また一緒に勉強できるね」

 俺がそういうと、佐伯が笑いながら「私は授業中に、相楽君が勉強しているとこなんて、一度も見たことないから~楽しみだよ」と両手で口を覆い隠す。

 言われてみれば、また一緒に勉強できるという言葉は、あの頃の俺と佐伯には、合わないセリフかも知れない。


 二人に合うのは、あの頃のように分からない所を横から教えてね。という言葉がしっくりくる。


 教科書を読まされるたび、腹話術のように、全て教えてもらってた気がするし、指された問題も全部答えを教わっていた。

 どうしてそういう答えになるかなんて気にもとめず、佐伯に言われた答えを自信満々に九官鳥(きゅうかんちょう)返ししていた。


「ようやく試験終わったね。お疲れ。次は文化祭よね」佐伯が寄り添ってきた。

 二人で壁に寄りかかりながら、佐伯が十三位になったことを改めて褒めた。

 ニッコリと笑う佐伯が、勉強漬けだったよと見つめてくる。


「あれ? 文化祭っていつ頃?」

「やだぁ。一週間後だよ。本来なら九月中頃だけど、ほら、今年は合同体育祭の年だから、例年よりずれ込んだワケね。中間試験もあったしさ」

 何気ない普段通りの会話に戻り、チャイムと共に教室へと戻った。


 そこには肩を落とす者と来年のクラス替えを楽しみにする者とに分かれていた。

 もちろんまだ期末テストもあるし、三学期の最終試験もあるから何も分からないはずだけど。この発表を見た今の気分ではそういう気持ちになるのかも知れない。



 一日明けると、すっかり文化祭の準備期間色に染まり、学校自体が普段とは違う賑わいをみせる。特進クラスは出し物がなく普段と変わらない。

 俺はいつものように食堂へと向かった。


 今日のお弁当は清水だ。近くには里見も仲根も居る。

 更にその周り散らばるように、佐伯や松宮、染若や滝沢、椎名も鈴原も居る。

 いつものように視線を感じながら食べる。と、お弁当を作ってきた清水からとんでもないことを聞かされた。それは――。


 あのスタンドからドドドッと雪崩が起きた事故の件だ。


 食堂内で、ドドドッと人が押し寄せ、込み合うその光景を見て、あの時の感覚がフラッシュバックしていた時、清水が「あの時と同じだね」とぽつりと呟いたのがきっかけだ。


 俺は「へっ?」と聞き返すと、清水が、連絡を取り合うようになったブス部部長の木藻皮から、あの時の状況を聞いていたらしく。

 あの時、スタンドが波打ち崩れたのは、グランド下に来た俺を見ようと押し寄せた何人かの女子が、周りを巻き込んで雪崩になってしまったということだった。


 一度目の雪崩は俺が現場に到着した時、そして茨牧が下から声をかけたその時にあの事故が起こってしまったわけだ。


 俺はその事実を聞いて、俺もあの事故の原因の一つであったのかと知った。


「え、今のも俺を見る為に起きたの?」

「ほら、後輩とか、みんな見てるでしょ」


 まさか俺を見る為にとは思わなかった。さすがに自分ではなかなか気付けない。久保なら気付けるかも知れないけど……。

 こうして食堂で似たような現象が起きた後に説明を聞くと、自惚れではなくて、反省として聞き入れることが出来た。


 渡辺と母親が来た時、相手側が謝るというあの話、断っておいて本当に良かったと今は心から思う。世の中どこでどういう因果関係があるか分からないから怖い。



 お弁当を食べながら、少しだけ目立つようになった自分の立場に怯えていると、相変わらずモテモテの久保が女子達をゾロゾロ引き連れ歩いて来た。

 すっかり顔見知りになったふうな挨拶を交わしながらも、なんとなく学校生活が楽しいと感じた。

 俺にとって、小、中学校生活は地獄だった。正直な話、将来、同窓会やクラス会には行かない。逢いたい友達も先生もいない。

 けど、高校の同窓会には参加できるかもしれない。


 部活動もせず勉強ばかりしてるけど、まさか友達も三人もできて、更に顔見知りも数人できた。

 体育科の先生には色々と罠にハメられたけど、これといって嫌な思いまではしていない。

 体育館でサッカー部のよく分からない輩に絡まれて、勝負を挑まれた時も、それなりに対応はして貰えたし……。


 高校二年の中頃になってから言うことではないかも知れないけど、高校生活が、いい思い出になればなと思う。


 って、もうすぐ受験戦争が始まって、それどころじゃ……ないかな?





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