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エンドロールでくちづけを  作者: セキド ワク
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二五話  プログラム 弐



 専智学院の女子対専舞女学園とのキャタピラ走対決は、あっけなく専舞女学園に軍配があがった。

 敗因は、松宮と小堀の息があまりにも合っていなかったからだ。

 しかし、なぜか相手側もまた、こっちほどではないが、渡辺と柴谷の息が合っていないようだった。


 結局勝負は折り返しの一年生対決になったが、最初についた差が縮まることなく勝敗はついた。


 他にも一般生徒の競技がいくつか行われていた。

 仲根や里見や茨牧が参戦した棒倒し、清水や滝沢や染若が出た綱引きなど。


 俺はそれらを見ながら頑張れと応援し声をかけた。しかし、今のところ全敗だ。


 男子校である志星館はとても強く、軍隊蟻と普通の蟻がぶつかり合ったくらい、圧倒的な差で、中には羽のついた蟻までいた。女子による綱引きは一勝二敗というおしい結果だったが、やはり勢いや盛り上がりで負けている気がする。



「お疲れ様。怪我なくて良かった」(ねぎら)いの言葉をかけた。

「いや~怖い。おっかない。裸族の群れに襲われたかと思った」

 仲根と里見が苦笑いしながらいう。


 二人は俺の出た競技、一本橋を、相当ハラハラしながら見てくれていたらしく、話はそちらへと変わり「こっちよりも相楽君こそ大丈夫だった?」と心配された。

 俺はとりあえず平気と返した。


「あれ? 茨牧君は?」

 俺の問に、仲根がそうそうと思い出したように話す。

「ほら、例のプールの時の彼女いるでしょ? あの子と茨牧君、待ち合わせしてるらしくて、たぶん連れて来るンじゃないかな?」

 ホントにと驚きながらプログラムを確認する。次の次が代表者による競技だ。

 少し時間はあるが、何が何だかさっぱり先が見えない。


 グランドで彷徨っていると、体育科の先生や代表の者が集まってきた。

「あ~あ、負けちゃったよ。悔しい」松宮がホントに悔しそうにしている。

 その横で鈴原と有須も落ち込んでいる。

「いやいや、凄かったよ。お疲れ様」俺は三人を褒めた。

 別に慰める意味じゃなく、本当に凄かったからそう褒めた。

 すると三人とも、本当にと聞き返してきた。

 俺は信じてもらえるまで何度も褒めた。


「あっ、相楽先輩。スミマセンいきなり馴れ馴れしい口利いてしまって。私、有須美琴っていいます。佐伯先輩の妹分というか、良くしてもらっている後輩です」

 この前の大掃除の時に、逃げだしたコの中にいた、可愛らしい子だ。


 俺は、別に俺ごときに謝らなくてもイイよと笑った。後輩の女子にこんな丁寧な扱いされるなんてと、本当に可笑しくて笑った。

 俺が笑っていると、なぜか仲根や里見もつられて笑う。


 笑いというのは伝染するんだと気付いて、それが可笑しくてまた笑う。

 気が付くと、目の前の有須も鈴原も松宮も笑っていた。


「お、どうした相楽? なんか面白いことあったのか?」先生が問いかけてきた。

「ちょっと先生、先生が小堀なんかと組ますから、負けたじゃないですか。もっとちゃんと人選を考えて下さいよ。次も負けちゃいますよ」

 急に笑いの止んだ松宮が先生に詰め寄る。先生も試合を見ていただけに、さすがに済まなかったと反省する。そこへ小堀も、もうこりごりと愚痴る。


 せっかく笑いが収まりかけたのに、何故か可笑しくて笑いが込み上げてくる。

 しかしとても笑える雰囲気ではない。

 それでも、足元からビュンビュン吹き上がってくる。

 先生はスマンというばかりだ。



「相楽、次の競技なんだけどな。次は、団体戦というかチーム戦なんだが、青柳や柏原がどうしても二年とは戦いたくないって言ってるんだけど、松宮と小堀の件もあるし、無理強いはどうかと思ってな。なぁ、どうしたらいいかな?」

 俺に聞くのだけはやめて頂きたい。何も分からないし、何より、先生から競技のことも何も聞かされてないし、相手校も先輩のことも何も知らない。


 分かってるのは、相手がメチャクチャ強くて怖いってことだけ……。


「俺に聞かれても、困ります。ただ、先輩の意思を尊重した方がイイと思います。先生は怪我人が出ないようにだけ、注意されたらいいかと。相手があんなに強いんじゃ、うちの生徒はボロボロに壊されちゃいますから」

 先生はどうにかして勝ちたいようだけど、先生も、いざ志星館を目の前にして、さすがに俺の言っていることを理解し始めたようだ。遅いけどね……。


 ウチはただの進学校。向こうは生粋(きっすい)の体育学校。

 初めからこの合同体育祭は成り立っていない。

 過去にどういう経緯で開かれた大会かは分からないけど、この企画は、明らかに対等や平等というものから逸脱しているのは確かだ。


「分かった。それじゃ、青柳達三年には第二軍の三年同士でやり合ってもらおう。相楽はチームが全て二年でも平気か?」

 俺は即答で頷いた。周りに居る月城や三好、前草、菊池、泉橋、久保、富永が、それを見ていた。先生は早速それを告げにこの場を立ち去る。


「先輩。相楽先輩。一年ですけど、俺も頑張ります」後輩の安住がいう。

 俺はそうだねと笑う。随分と頼もしい、と微笑んだ。


 ただ言っておきたいことがある。

 俺は別にリーダーでもキャプテンでもないから、一生徒の俺にそんな熱いことを言わなくてもと。別に意地悪でそう思うワケではなく、そういう立場にされたら、逆に困るからそう思う。

 口には出せないけど。本当に困る。ただの生徒だから。


「よし、次の競技は俺出ます」安住が張りきる。

 泉橋も仕方ないと腕を組む。

 久保と富永が渋る中、月城と三好も、仕方ないなと笑う。一本橋で、相当恐怖を味わったのに……。

 前草と菊池も、遠慮がちに「やるか」と呟く。


 相手が志星館でなければ負ける気がしないとこだ。せめて普通の高校とやり合いたかった。それが例え部活で鍛えた相手でも、普通校なら希望はある。

 ただ……志星館日体って。もろに体育学校じゃん。


 凄く残念だ。まるで絶対勝てないと分かっててした昔のケンカのようだ。

 全力でぶつかって尚足りない。お爺ちゃんが言った通り、スポーツは甘くない。勝てない。鍛え上げた状態でさえスポーツは絶対じゃない。勝てない。クソっ。


 皆が変なやる気見せるから……胸が……熱くなってきた。クソっ。

 これならちゃんとした情報が欲しかった。いや、こんなヤバイ情報が耳に入ってたら、俺はどうなってただろう? 皆だって来てないかも知れない。

 それに対策なんてない。ウチは進学校だ。

 練習も何も、専智は勉学。


 今日ここへ来るまで、受験勉強のことしか考えていなかった。


 でも、さっきから胸の奥底で、ずっとくすぶってる何かが、音を上げて燃えだしそうだ。

 もう一人の俺が、必死に抑えてるのが分かる。


 目を瞑ると、航也がプレゼントしてくれたであろうホームランが浮かぶ。


 同じ時代に生まれた同世代の者。――(ライバル)

 俺は何を言おうとしているンだろう。勝てないのに。負けるのに。


 ……航也、怒られただろうな。きっとネットでも相当叩かれてるだろうし、色々と悪口書き込まれたりしてるよな。初めてじゃないし分かってるはずなのになんで予告ホームランなんてしてくれたンだろ?

 俺や惣汰を想って……。



「大丈夫? 相楽君」仲根と里見が心配してくれる。

「ありがと、大丈夫。平気だよ」勝てないけど……。

 しばらく雑談しているとそこへ茨牧が来た。女子を何人か引き連れている。


「あ、相楽君。紹介するよ。専舞女学園の能條さん」

「この前は助けて頂いて有難う御座いました。能條栞です」

「ど、どうも相楽です」

 仲根も里見も慌てて挨拶する。俺も仲根も驚きが隠せない。何せ、茨牧が連れて来た子が専舞女学園で、しかも代表選手の格好をしているからだ。


「あ、あの、能條さんって、専舞……の、代表なんですか?」

 ハイと可愛く笑う。

「相楽さんの試合見てました。凄いですね。皆びっくりしてましたよ、専智学院が志星館を追い詰めてたので。前にプールで、お勉強だけだなんておっしゃってましたけど、本当は文武両道なんですね」能條という子が茨牧の隣で微笑む。


 茨牧と能條の少し離れた所を、沢山の専舞女学園生徒が囲む。

 俺は何となくそれが気になってしょうがない。視線というか雰囲気が気になる。


「あの、皆さんお友達ですか?」

「御友達というか、取り巻きというか。なんか私のファンなんですって」

 不思議だ。能條というコのセリフも不思議だが、周りに居る子達も不思議だ。

 なんだろうこの違和感というか、未知なる感じは。


 茨牧も仲根も、専舞はウチよりも偏差値は高いし、お嬢様学校だよねと笑う。

 それを聞いて、専舞の女生徒達が照れて笑う。

 しかし、なにか変だ。仲根や茨牧がいうような、本の中で描かれているような、お嬢様とは根本的に違うような。


 どちらかといえばウチの学校の女子の方が、女の子らしいと感じる。なぜだ?

 向こうは文句なく本物の女子高なのに……。


 ココへ来る時の歩き方? 広がり方か? 歩幅か? 笑い方? いやどれも普通といえば普通だけど、なぜかウチの女子より変テコに見えた気が……した。

 能條の笑い方や微笑み方は、確かに魅力的だし女の子らしいけど、他の子は少し違うような? 錯覚かな。どうやらそう感じているのは俺だけの様だし。


「相楽君、専舞の女子と知り合いだったの?」松宮と椎名が訊いてきた。

 俺は夏に、ワケあってプールで知り合ったと伝えた。

 すると、一緒に泳いだの、とか遊んだのと訊いてきた。


「いいな~。私もプール行きたかったなぁ。ちなみに、その子とどういう関係でもないのね?」

「いや、茨牧君のガールフレンドというかお友達だから、関係は、お友達かな?」

 俺がそういうと、松宮も椎名も永見も納得したように笑う。

「そ~う。茨牧君の彼女さん」

 茨牧も能條もまだそこら辺の間柄はあやふやなようで、照れて曖昧に流す。



 大勢の女子がここら辺を取り囲み、こちらを見てくる。

 女子校だから女子しかいないし、こういう割合になるのは分かるけど、十人なら十人、ここへ来たすべてが女子で圧倒される。


 しかも、感じたことのない視線が、変な角度から突き刺さってくる。


 俺はこの違和感や雰囲気を確かめるべく周りを見るが、誰とも視線が合わない。それどころか、相手の視線がすべてヘンテコな方を見ている。

 これが写真や絵画なら異様だ。まるで意図的に作られたトリックアートのよう。

 ジッと見ていると、ペコッと下を向く。視線は合っていないはずなのに、なぜか皆がそうなる。

 もしかして誰かに遠隔操作でもされているのか? でなければ視線を合わせずに相手を見たり、気配を感じ取る能力を持っていることになる。


「あの~相楽君? あんまり皆を虐めないであげて下さいね」

 能條の言葉に俺は我に返った。俺は焦って「虐めてないですよ、何がですか」とうろたえた。

 すると能條が「ウチの女子は男子に慣れてないというか怖がりなので、そのぅ、そんなに見つめると照れちゃいます。不慣れなので」

 そう言って、能條も照れて下を向いた。


 その言葉にそこに居る専舞の女子が、一糸乱れず照れて下を向く。劇団?


 分かりましたと明るく謝罪し、なるべく視線を向けないよう心掛けた。

 いくら女子校だからって、そんなにも男子が怖いなんてあるのかなとも思うが、自分も女子に不慣れだし、母親も姉妹もいない生活と、ちょっと似ているかもと、安心した。

 ただ、一つ言えば、学校に男子が居なくても、家にお父さんや兄弟が居るなら、俺よりは格上の気がする。


 共学とはいえ、一言も口を利かない男女なんて、掃いて捨てるほどいるから。


 まぁ俺の場合は女子だけじゃなく、男子とも口を利かなかったけど。

 虐められてる子は大抵そうだ。だから異性ではなく他人と話すこと自体、苦手。


 能條と茨牧が上品な感じで話し込む中、専舞女学園の女子が、徐々に増えてきている気がした。少し増えるだけでも全て女子なので凄い比率に感じる。

 そして女子率が増える度、徐々に、恥ずかしそうにしていた女の子の態度が変化していく。


「どうしたのこんなに集まって。能條さん何かあったの?」

 専舞の代表者の服を着ている。

 名前は――、柴谷貴代と渡辺花帆だ。

 更にその周りには、取り巻きが付いてきている。


「いや、別になんでも。ちょっとお友達に会いに来ただけで」

 能條が、茨牧と仲根と里見と俺を紹介する。

「そう、知り合いなの。あ、初めまして、専舞女学園生徒会会長、柴谷貴代です」

「初めまして。専舞女学園風紀委員委員長、渡辺花帆です」


 やばい。凄く可愛い。初めてこんなに綺麗な人を見た。前に商店街のイベントでアイドルグループが来たことがあったけど、雑誌の表紙やテレビで見た顔が目の前にあってびっくりしたし驚いたのを今でも覚えているけど、その比じゃない。

 メチャクチャ可愛い。

 目が超……、って俺は何を考えてンだ。これじゃまるで……。


「相楽君、先ほどは惜しかったですね。志星館相手に……。そ、それだけ、です。私、何を言おうと思ったのかしら」渡辺が周りの取り巻きに話を振る。

「あ、ありがとう。そちらもキャタピラ走おめでとう。凄かったです」

 俺は何を言ってるんだ? (あご)がうまく動かない。

 そんなに見ないでくれ、恥ずかしい。どうしちまったんだ本当に?

 恥ずかしい。


 渡辺花帆……。


「ちょっと相楽君どうして敵を褒めてるの。敵よ。専舞は専智の敵でしょ? 目を覚まして。褒めるなら私達にして」椎名がいう。

 椎名に続いて松宮も鈴原も身を乗り出す。と、負けじと柴谷も存在を主張する。

「ちょっと渡辺? いつまでそうしてるの? 専智学院とは臨戦態勢なのよ」

 その言葉に渡辺だけではなく俺もハッとした。

 お互いに視線を合わせたまま、逸らせないでいたのだ。

 俺は照れてようやく視線を外す。


 胸がドキドキする。こんなことは初めてだ。ただこれは本やテレビで聞く恋や愛とは違う。なぜなら、ビビッときた訳でもキュンとした訳でもない。


 この感じは何?

 じわっ~と胸の中央からあ ばらを伝い、背中へ抜けていくモヤのよう。

 これは恋ではない。前に佐伯に感じた『キュン』とした刺激とは全然違う。

 ズキッっとした痛みにも似た刺激を俺は何度か感じたことがある。

 それは間違いなく、本で見た恋の刺激だった。けどこれは?


 お爺ちゃんや良治君に訊いてみないと、このじわっ~と広がっていく謎の刺激がなんなのか分からないけど、とりあえず今まで読んだ本には書いてない新感覚だ。

 よく考えれば、俺はいつもお爺ちゃんや良治君の意見や教えに頼っている。

 それは惣汰以外友達もいなかったし、中学からは誰とも何も話さなかった。


 普通の者には信じられないかも知れないけど、俺の全ては学校生活で覚えたことではなく、家庭で学んだことしかないのだ。何をするにもお爺ちゃんかお父さんか良治君などの経験や教えを元にしか動けない。無知なのだ。


 世間知らずと言うべきか?


「ごめんなさい。少し、ボッーとしちゃって」渡辺が俺の方へいう。

 俺は自分に言われたのか分からないけどペコリと頭を下げた。

 するとそこへ、今度は専舞女学園の先生が駆け込んで来た。どうかしたのかと。


 遠くから見れば、女子が狼に狙われている、そんな風にも感じなくはない状況に見えるかも。でも実際は違う、専舞のテリトリーに男子がちょろちょろっと紛れる程度だ。見た感じ、女子六十人に対し、男子は俺と茨牧とあと数人だけだ。


「どうしたの相楽君?」そこへ町下先生も駆け寄ってきた。

「おっ? 町下? お前、(まち)()芽留(める)か。なんだ町下、お前、専智学院で先生してたのかぁ」

「げっ! 遠巻(とおまき)バッハ」

「誰がバッハだ」その先生がにっこりと笑う。

 もう大人になったのだしその呼び方はやめなさいと、同じ教師ならきちんと遠巻先生と言いなさいと笑う。おじさん先生。


「でも懐かしいなそのあだ名。今じゃ、髪型もすっかり変わったし、生徒からは、ミスタープードルって愛称で呼ばれてるよ」

 専舞女学園のこんなに威厳ありそうな先生が、バッハにプードル?

 どうなってるんだ、女子高なのに? 先生をあだ名で? それになんでこの先生は嬉しそうに笑ってるんだろう。あだ名で呼ばれて嫌じゃないのか……。

 普通、あだ名で呼ぶ?


 俺は周りに居る子達を見る。とてもあだ名でなんて呼ばなさそうだ。

 違和感はあったが、さすがにそこまでではない。

 でも……、じゃあこの先生はなぜそう言ったのだろう?


 茨牧が、いや、そこにいる専智学院のほとんどの者達が、町下先生の母校が専舞女学園という事実に驚きを隠せないでいる。もちろん俺も。

 女子校出身というのはリスニング室での会話で出たので、分かっていたけれど、さすがにビックリはしている。

 ただ、専舞と専智が姉妹校なら町下先生が専智学院の先生になれたのも頷ける。


「町下先生が女子校出身。ありえない。ぜんぜんそれらしくない」茨牧がいう。

 おっちょこちょいだし、笑い方がオーバーだし、何より話し方がお嬢様じゃないと否定していく。


「随分な言われようね私。でもそれは、あなたが女子高の実態を知らないだけよ。母校や女子校の為に、ここは私が堪えるけど。ホント、嫌になっちゃう」

 嫌になっちゃうって。茨牧のいうことも一理ある。普通はそう思う。

 女子校に進んで欲しいと願う親だってそうだろう。

 きっとおしとやかで、清楚正しい女性になって欲しくて娘を入れるはず。


 でも町下先生の含みある言い方だと……違うように聞こえなくもない。


 ねぇバッハとタメ口を利く町下先生を見ていると、頭が混乱してくる。

 焦ってるのは専智の生徒達だけで、専舞の生徒達は、その光景に焦ってはいない気がする。

 まさかとは思うけど、先生をあだ名で呼んだりちゃん付けしてたりして。

 まさかね、専智学院でそれしたら、反省文書くレベルの気がする。



「連絡します。志星館と専智学院の代表戦第二試合を行いますので、代表者の者は用意して下さい。繰り返します――」

 随分と忙しく、そして目まぐるしく時間が流れる。体育祭というお祭りが、そうさせるのか、まったく落着けない。

 誰もが皆、そう感じているのだろうか?


 アナウンスが流れるとすぐ体育科の先生が戻ってきた。どうやら青柳先輩達にはちゃんと伝えれたようだ。

 専舞の女生徒や遠巻先生を見て一礼すると、何かあったのかと尋ねてきた。

 何もないと答えると、次の競技の参加者はと紙を見せてきた。


「それじゃ、これを本部に提出してくるからな」そう言って慌ただしく走り去る。

 町下先生と遠巻先生の雑談が済むと、女生徒を引き連れ立ち去って行く。

 俺は背中に書かれた花帆という漢字を見ていた。何度か振り返る渡辺と目が合いお互いにお辞儀する。別に意味はないけどその都度頷いた。


「やっぱり女子高の子は違うよね」茨牧がのろける。

「バッカじゃない」

 誰が言ったか分からないけど、二、三人の女子が茨牧を(けな)した。

 茨牧はキョロキョロと探るが見つからず、また彼女の話しへと戻った。

 俺も仲根もそれを頷きながら聞く。


 どうやらお弁当を一緒に食べる約束をしたようだ。

 プールの一件から、二人がお付き合いするところまで辿り着くのなら、あの日のトラブルも今は笑い話になる。いい方へ流れてくれればいいが……。



「志星館と専智学院男子による競技、第二ラウンド。母校の誇りを行います」

 アナウンスがルールの説明に入る。


 代表者は先生の指示で移動しながらも、その説明を必死に聞く。

 一般生徒で競技予定のない者は、スタンド席へと戻された。


 グランドの中央にある、一周二百メートルトラックの内側に、縦五十メートル、幅二十五メートルのラインがあり、そのコートを使って行われるようだ。

 広さ的には、少し幅の広い五十メートルプールと同じだ。


 元々はプールで行われていた競技だという。

 水位を腰の位置までに設定して行われていたようだ。

 しかし今回は、この陸上のフィールドで行われる。


 相手校の(こう)()と校歌の書かれた旗を奪い取る競技らしい。

 先攻後攻と分かれ、攻める学校はまず相手の陣地へと潜入し、そして旗を取り、自分のエリアへと持ち帰る。ただそれだけだ。

 陣地は、長方形のフィールドの両奥五メートルずつに引かれたライン内が敵陣地と自軍だ。

 そこへと入るには、陣地ライン中央に置かれたゲートをくぐる。

 それ以外は進入禁止。つまりゲート以外のライン出入りは反則となる。


 守りは、両陣地を抜いた五十メートル引く端十メートル、つまり四十メートルの四角の範囲内で、二つの旗を盗み来る敵を撃退し阻止する。

 また奪われた場合、自軍に持ち帰られる前に仕留めることが守りとなる。


 ちなみに、陣地内に入れるのは攻撃する高校のみ。守りは中央フィールドのみ。

 攻撃側はひたすら避けて逃げるのみ、そして守備であるガード達は、タックルや相手を掴む行為は禁止で、許される攻防は、攻めてくる者達の、腰と胸に貼られたマジックテープをどちらかひとつでもビリビリと剥がすだけだ。それともう一つ、敵に目がけて柔らかなカラーボールを当てればアウトにできる。



「専智学院代表、相楽章和。泉橋一樹。安住祐太。月城明。三好啓修。前草公彦。久保真。志星館日体代表、外園悠生。向坂陸斗。周防要。駒衛歩。浅香恭介。袈羽零。黒葉雄魅。以上十四名によって行われます」


 アナウンスを聞いた富永が、自分が外れていると先生に質問した。

 どうやら第二軍である先輩達が志星館より一人少なく、久保か富永のどちらかで補うという結論に達したようだ。そして今回、富永が向こうに回ることになった。


 愚痴る富永、しかしそれを聞いているほどの余裕がない。

 競技に参加する者で、細かなルールを確認していく。


「つまり、掴んだりしたらダメってことでしょ? それじゃさ、攻撃の時の、旗のパスってできるの?」

「もちろんできるよ。言ってたジャン。ただ横のラインはいいけど、それより前はダメってさ。他に分からないことある?」

 月城や三好がしっかりと聞いていて、ルールを把握している。頼もしい。

 もちろん俺も、それなりに聞いて分かっているつもりだ。


 ゾロゾロと、指定された中央へと向かう。そこへ志星館も集まってくる。


「あら、富永と青柳先輩ってのがいない。もしかしてナメられてる?」

 外園が嘲笑う。

 その横で周防と袈羽が俺を凝視してくる。

 駒衛と向坂が端から順番に、品定めでもしているように視線を流す。


「相楽君、こっちはどうしようか?」月城が(たず)ねてきた。

 俺は、攻めに関してはフットワークのあるバスケ部の二人、つまり泉橋と安住を中心に作戦を立てた方がいいかもと提案した。

 二人もクイックやフェイントは得意だと言う。

 久保もそれなりに自信があると言う。


「ここンとこ、相楽の真似して鬼ごっこしてたから、ちょっと自信あるかも」

 久保の言葉に俺はハッとした。そう言えばこの競技に近い練習を毎日疲れ果てるまでしていたなと。それが意図的だったかは分からないけど、確かに何度もした。

 それでも多分、焼け石に水だろう。


 恐ろしいまでにヤバイ相手だ。応援席に居る志星館の一般生徒にでさえ、その誰にも勝てる気がしないというのに、代表はそのすべてをねじ伏せた風格と存在感。

 勝てる可能性は、限りなくゼロだけど。


 お父さんがバイブルにしている本に出てくる少年は、医師に余命宣告された後、それでもあきらめずにギリギリまで全力で生きぬいた。

 もちろんありきたりな奇跡なんて起きなかった。

 それでも俺には、何度も何度も起こる小さな奇跡を見て心が震えた。


 絶対に敵わない病と真正面からやり合う姿にしびれた。


 その後も似たような本を探し、感動を求めて読み漁ったが、病との向き合い方は人それぞれで、受け入れて穏やかに終焉を迎えるものがほとんどだった。

 それがダメとかいうワケではなく、全てが正解と分かった上で、俺はあの少年に憧れた。虐めのせいか、他人から愛される世界はどこか自分とは無縁に感じていたというか、それよりもたった一人で最悪と向き合う少年が、か弱くも強く感じた。


「やっぱ怖いな。絶対勝てないか」泉橋が相手の視線を避けていう。

「明日が見えないくらい苦しくても、例え勝てない敵だとしても、目の前に敵がいるだけ幸せだと感じる。それさえ分からずに蝕まれた日々よりは」

 俺は大好きなその本に出てくる少年の言葉を呟いた。少年と同じように。

 一人で殻にこもってた俺には、どんなに恥をかいても、負けて夢破れる運命だとしても、生きている証はそこにあると言われた気がした。


 この恐怖の中で自分自身に言い聞かせたかった。簡単に負けてイイと思うなと。


「それでは競技をスタートします。代表者は先攻後攻を決めて下さい」

 久保と外園が審判の元へ行くとコイントスが行われ、足早に戻ってきた。

「先攻になった。大丈夫かな?」久保が焦ったようにいう。

 まずは自分たちの陣地へと入る為後ろへと下がる。志星館は中央辺りで固まり、何やらこちらを指さしながら作戦会議をしていく。


「こっちはどうする? 泉橋と俺と安住を軸にして、正面と左右の三方向に別れて突っ込む?」

 久保が皆に指示を出す。皆はそれらの後ろに一人ずつ付くことになった。泉橋と月城、久保と三好、安住と前草。


「相楽は自分で思ったように臨機応変に動いてくれ」久保が、任せたと微笑む。

 俺は指示に従う意味で頷く。


 三人いる審判の内の一人が、マジックテープを手渡してきた。

 一人二つずつ。胸と腰に。長さは十センチちょっとで、縦に貼る。

 上下の端は剥がしやすいように、服に付かないようになっていた。

 いざ貼ってみると、なんで胸と腰なのかはっきりと分かる。これが肩やモモなら(ひね)るだけで避けれるが、腰も胸もそういう単純な動きではまったく意味がない。

 つまり守備側は相手の動きを止めれば、無理せずに取りやすいということだ。



 サッカーと同じようなホイッスルが鳴った。敵は陣形でもあるようにジリジリとこちらの陣地へ侵食してくる。

「詰められる前に出よう」泉橋が飛び出す。

「そうだな」久保も飛び出す。

 少し遅れて安住も飛び出す。決められた通りに月城、三好、前草も後についた。俺もとりあえず様子を見ながら陣地を飛び出した。

 あとは反対側にある敵の陣地へ突っ込むだけ。


 敵の動きが一気に動く。中央の安住を無視して、それらが左の泉橋と右の久保へとアタックを仕掛ける。信じられないくらい速い。ヤバイ。


 泉橋と久保を仕留めたいのか? だとしたらこれは好都合だ。

 俺はいつでも陣地へ戻れる位置から、徐々に踏み出して、盗塁をするランナーのようにリードし、そして一気にスタートをかけた。

 すでに安住と前草は真っ直ぐに抜けて、敵のゲートをくぐろうとしている。


「よし、かかったぞ」外園の声に一斉に陣形が変わる。

 まるでピラニアの群れが河を渡る獲物を襲うように飛び跳ねる。斜め前で久保と泉橋に、一人ずつマークが残り、それ以外全て俺へと迫り来た。

 立ち塞がる外園と袈羽と向坂と周防の四人。

 俺は心臓がパンパンと弾けるのを感じていた。


 有無も言わさずボールが飛んできた。それを全力で転がり避ける。

 周防と向坂のボール攻撃を避ける中、外園と袈羽が飛び掛かってきた。

 俺は犬のように、地面を四つんばいで飛ぶ。

 上半身を起こし、立て直してはまた飛び込み、スライディングしてかわす。


 ダメだ。腰に付けたテープが狙われる。寝転び転がっても背中側に付いたそれが剥き出し状態で怖い。休まることなくもがく。

 少しずつ敵のゲートへ向かうが、四人のフォーメーションやガードがきつくて、うまく進めない。避けている内に徐々に後退させられている気がする。


 するとそこへ、更に二人が合流してきた。

「遅くなった」

「どうだ仕留めたか?」

「スマン背の高い方のフェイントが上手くて逃した。後ろのは仕留めたけど」

 俺は一瞬の静寂の中、必死に息継ぎをする。どうやら久保と三好、それと月城が仕留められたようだ。


 息は整わないが、俺から先に動いた。襲い掛かられてからじゃ可能性はゼロだ。

 飛び込み前転し、斜めに転がる。更に、ほふく前進から上体を上げ、斜め前へと飛び込む。

「相楽君あとちょっと。頑張れぇ」声がする。

「絶対仕留めろ! 相楽だけは止めろ」

「サッ!」


 何度も体に手や指が触れる。俺の近くでいくつものボールがバウンドする。

 這いずる俺の体にバウンドしたセーフボールが当たる。

 その都度心臓がビクッとする。


「浅香、右。周防は前、袈羽……、駒衛、後ろ。相楽の動きの先を予測しろ!」

 怒号が響く。もう力尽きそうだ。もう息が持たない。もぅ息が……。

「お~い、お前等、いいのか? 旗はもらったぜ」誰だ?

「クソッ。仕方ない向こうへ回れ、あいつだ、あのでかい奴二人だ」

 一気に俺の回りから誰も居なくなった。

 野球の練習の時と同じで、中腰になり息を整える。

 こっちへ向かって泉橋と安住が走ってくる。


 そうか、何も全員が敵陣地へ入る必要はなかったのか。

 それにしても、何も言わずにそっと旗を持ち出せば良かったのに。

 もしかして、俺を助ける為? それでよかったのかな?


 でもあのままなら俺はやられていた。たぶん、距離的に自分達が抜けるより前に俺がアウトにされると読んだのかも、だとしたらただ俺がアウトになって、形勢が不利になるよりも、まだ助けられる策の方がイイと思ったのかもしれない。


 襲いくる敵を警戒するようなルートで、なるべく少しでも前へと走ってくる。

 ここへパスできれば最後のスタミナを消耗してでも走るのに、パスは最低真横の位置まで来ないとできない。悔しい。


 両サイドを泉橋と安住が全力で走る。しかし、何度も前を塞がれてフェイントやクイックでかわしている。ボールもギリギリで当たらない。

 俺は横の並びに入れるよう息を整えながら向かう。と、安住がボールに当たり、ほぼ同時にマジックテープも剥がされた。凄まじい攻撃だ。


 透かさず前草が、安住の落とした旗を拾い上げ、息もつかず俺目がけて投げ渡してきた。

「相楽君パス」投げると同時に、あっけなく前草はテープをむしり取られた。

 ギリギリだ。


 ヘンテコな方へ飛ぶそれを俺は走りながらキャッチする。まるでファールボールを取りに行く時と同じ感覚だ。

 そこへ外園と向坂も同時に取りに来た。

 俺はキャッチと同時にステップして方向転換すると、自分の陣地へと向かった。まだ距離は半分以上ある。


「よし、あとは相楽だけだぞ」

 またもピラニアが俺に狙いを定めてきた。この河を渡り切れるとは思えない。

 あまりにも距離があり過ぎる。デタラメに避けて防げる攻撃は一つもない。

 集中してしっかりとかわさないと、まず即アウトにされる。


「おい、慌てるな、落ち着いていくぞ。ボールは持ったか? よし、それじゃ一気にいくぞ。いいな」外園の指示でそれらが構える。

 身動きが取れない。後ろや横からボールが飛んできたら避けきれない。


 逃げなきゃ。でも道がない。微かな道さえ……見えない。

 あるとすれば――。後ろだ!


 俺は敵陣地の方へ一か八か向かう。

 正面は何をどうやっても抜けられない感じだった。

 真後ろへ滑り込んで走る俺に、敵の反応が遅れた。どうにかこの陣形を崩すことに成功したけど、ぴったりと付いてきている。振りほどけたわけではない。

 どちらかといえばただ後退させられただけといった感じだ。


 これ以上さがる訳にもいかない。


 ジグザグに後退していたそれを、反転し地面を四つんばいで飛びながら、隙間を探す。しかしない。完璧なマークだ。

 襲いくる敵の攻撃をかわすので精一杯だった。


 中央でただ跳ねまわる。良治君に教わった逃げの動きと野球で培ったそれだけを頼りに、ひたすら動き続ける。しかし、気が付くと敵の陣地のゲートが……。


 そして俺はついに、息が尽きた。


「ふぅ。やっとかよ。とんでもねぇなまったく」外園が汗をぬぐう。

「ンだよホント。手間かけさせやがって」向坂も汗をぬぐう。

 俺はどうにか中腰になり、俺を囲むそれらを見渡した。


「食われちまった」本の少年の言葉を小さく呟いた。

 月城と三好が寄って来て、俺の疲れ具合を心配する。


「大丈夫? 動ける?」

「ごめん、もうほとんど動けない。十五分くらい休憩させてくれれば、治ると思うけど、今すぐは……無理」

 俺のセリフに、二人も笑いながら「体育の千五百を走った後とかそうだよね」と頷く。教室に着く頃には普通に歩いてるけど、校庭ではヤバイよねと。

 二人がすごく気を使ってくれているのが分かる。



「ただいまの結果は、志星館のガードが防いだことで、専智学院は攻撃失敗。ゼロポイントとなります。続いては攻守を入れ替えて競技をスタートします」

 志星館が自軍へと向かう。


 俺達は中央でカゴに置かれたボールを手に持ち、ポケットにも予備を入れ、敵の攻め入るのを待つ。

 まだ息は整わない。


「誰が誰を狙う?」久保が作戦会議を始めた。

 久保の作戦は超攻撃型で、やはり組に分かれて相手を落とすという案だ。一方、泉橋が一人ずつマークにつかないと、最終的にはヤバイのではと焦っている。

「確かに組を作るってことは相手にノーマークの者ができるね」月城も悩む。


 皆が俺の方を見てどうしようかと尋ねてきた。

 組を作るべきか、それともバラバラでマークに付くかと。


「ちょっとイイかな? 俺、ちょっと思ったンだけどさぁ。戦うのは俺と久保と、泉橋君と安住君の四人でイイと思う」

 俺が話している途中に久保が「なんで俺だけ呼び捨てなの」と口を挟んできた。そこが気になったようだ。

 次いで、月城と三好と前草が、自分達はと聞いてきた。


「いや、まだ話の途中だったから言うね。敵がウチの陣地へ攻めてきたら、さっきの四人で一人でも多くアウトにするから、その間に敵陣地のゲート前を三人で塞いで欲しいわけ」

 まだ言いかけてる途中だったが、そこに居る全員が俺の言わんとしていることの意味が分かったようだ。

「それいい。あのゲートを三人で塞げば……、でもさぁ、それならもっとそっちを重視した方がいいとかない?」全員で塞ぐ案が出た。

 俺はなんで四人と三人に分けるのかを説明した。


 正直、全員でゲート前を塞いでも、相手も全員で来たら間違いなく向こうが有利で突破される。


 バスケットやラグビーで考えても、一つの壁を抜ければいいだけなら容易い。

 まして向こうは相手を抜くのに慣れているはず。全国レベルだ。

 相手が抜けない、パスが通せないでは、スポーツではなく、お遊びだ。


 間違いなく数人抜きの技術は、持ってて当然と考えるべき。

 だからこそ、これはあくまで妨害であり障害であり、相手を惑わす程度の策だと伝えた。


 上手くいくビジョンとしては――、自軍のゲート前を塞がれ、後ろからは四人に狙われ、板挟みでパニックを起こしてもらう、そこを仕留めるのがベスト。


「なるほどね。確かに。ゲート前に一列にいても後ろが安全だったり攻めてこないなら安心だし、皆で一気に突っ込んで来たら、能力的に数人は抜けられるワケか」

 まぁちょっと俺の見解とは違うけど、時間もないし俺は頷いた。


「このカラーボールは、投げたらそれなりに速いけど、結構避けやすいから、相当近くに来た相手を狙った方がイイと思う。特に投げることに慣れてない人は」

 久保が不思議そうに質問してきた。

 久保はこのボールに当てられたらしく、そんなに簡単に避けられないんじゃないかという。


「いや、これがドッチボールの球ぐらいの大きさなら避けるのは大変だけど――」

 俺が説明してもまだしっくりこないようだ。時間はないけど仕方なく説明した。


 小さなボールの場合、体を逸らしたり傾けただけで殆ど避けられる、だが、球が大きくなるにつれて、その動く範囲も大きくなるということ。

 つまり移動しないと避けれない大玉と、数センチ傾くだけで避けれるマシュマロでは天と地の差がある。


 同じ反応をしても、二歩ずれたりジャンプしないといけないそれは、反応できても当たるケースがある。小さな球は、反応できればほぼ避けれる。

 野球の速い球でさえ、途中でデットボールと認識して回避できる。

 しかし、あまりにも距離が近かったり見えなかったら無理だ。要するに、カラーボールを当てれるかどうかは、反応できない状態かどうかがポイントになる。


「それじゃ向こうは避けれるワケだ」

「向坂陸斗は、青柳先輩を倒すほどのテニスの腕を持ってるし、手で投げるカラーボールくらい片手で掴んでくるよ。掴める球が避けれないワケない」

 俺は必死に説明した。


 すると月城と三好と前草が、投げ方のコツがわかったと笑う。

 要するに、相手に反応できない感じの球なら遅くてもイイってことだと。


「そう。ちょっとずるいけど、ボール持ってタッチするくらい、の気持ちで。でも一応ギリギリでひょいっと投げる。振りかぶらずに殺気を消して、ノーモーションでぶつけるのがベストかな」

 俺がそう言って笑うと、相楽君ってとんでもない策士だねと皆が笑った。

 この短時間で作戦や対策を練るなんてと。



「それでは志星館と専智学院の攻守入れ替わりでスタートします」

 高々とホイッスルが鳴った。

 志星館は一斉に陣地を飛び出してきた。敵は組まずに皆バラバラだ。


 実力のある個々人が、意気揚々と迫りくる。


 相手の動きを見ながらこっちもじわりと歩み出る。

 俺は疲れがあまり取れていない。少し動いただけで、もう息が荒くなる。


「それじゃお先に」久保がそう言って走り出す。

 泉橋と安住も負けじと相手を襲いにかかった。それを相手が豪快に避ける。

 月城と三好と前草が作戦通り敵を追いつつ相手陣地前へと着いた。

 そして俺は――、自軍ゲート前を一人死守する。


「なんだこりゃ。外園、どうする? ゲート前に相楽が陣取ってるぞ」

「抜けるしかないだろ! 相手は一人だ。泣き言か浅香」


 俺は必死に息を整える、そして頑張る久保と泉橋と安住を援護するために、まだ距離はあるがカラーボールを投げた。狙いを定めて盗塁のランナーをさすように。

 しかし、ボールが軽過ぎてスピードが出ない。

 ヘタにパワー込めるとボールが曲がる。強く握ると手の中で潰れそうだ。


「うひゃあ。あっぶね。おい、やばいゾこれ」駒衛がいう。

 袈羽がアクロバットしながら笑う。周防も外園も、信じられない動きだ。まるで野良猫のように飛び回る。すばしっこいネズミさえ捕まえる猫のしなやかさ。

 とてもじゃないけど格が違い過ぎる。


 俺の投げ放ったカラーボールが辺りに散らばると、審判が、それをコート外へと蹴り出す。それを生徒が集めてカゴに入れる。

 そしてまた、そのカゴをボールの補給場所に戻す。


 大分経つが、志星館の代表は殆ど疲れていない。しかし久保と安住はスピードが落ちてきている。泉橋はどうにかまだスタミナがあるようだ。

「どうした安住、久保、へばったのか? 俺達が仕留めないと」泉橋が叫ぶ。

 安住が先輩である泉橋に「行けます」と答える。

 久保は「馬鹿ヤロウ」と気合を入れる。


 敵に比べて相当疲労が見える。いくら差があるにしても守備であるこっちの方が圧倒的に有利なのに、敵を捉えることさえできない。

 こっちはアウトもないしガンガン行けばいいだけ……、だが捕らえ切れない。


「どうすんだよ外園。オマエこそさっさとゲートくぐれや」

「分かってる。そろそろ突っ込むから、向坂と駒衛は用意して反対から抜けろな」


 なかなか来ない。たかが俺一人が守るゲート前になぜか来ない。

 ゲートは相当広いし、三人で守っても隙間はたっぷりある。そこを俺が一人だ。


 作戦としては久保と泉橋に時間を与える意味と、俺が動けないから時間稼ぎの為に取った苦肉の策。それが上手く転んでくれた。

 徐々に体が回復しているのが分かる。逆に相手は疲れているはず。


「安住、久保、止まってンじゃねぇ。チャンスだぞ」

 泉橋が隅の方に浅香を追い詰めた。

「くぅ~。ヤバ」浅香が完全に閉じ込められた。


 泉橋と安住のペア。浅香のステップは速いし凄いが、二人も抜かせない。

 角で袋小路のようになっている。二人がボールを構え徐々に詰める。

 本当ならとっくに投げてもいい距離だが、投げない。タッチする気で、ってのを忠実に守ってくれるようだ。


 俺が泉橋と安住の居る隅をチラチラ見ていると、その隙をついて、外園がついに突っ込んで来た。


「行くゼ相楽。()れるもんならとってみ」

 凄い速さで近くまできて、左右にフットワークを見せる。

 俺も限界まで当てずに粘る。更に他の敵にも意識しながら集中する。

 サードとバックホームで挟んだ敵をアウトにすべく、奮闘しながらファーストやセカンドも意識している感じに似ている。


 するとやはり他の敵も一気にきた。すでに俺のキャパを越えている。俺に出来る攻撃は最高でも二人が限度、そこへ五人で突っ込んでくる。


「もらった」

 俺の投げた球を側転とバク転でかわし、袈羽がゲートをくぐった。

 次いで来た黒葉を俺は仕留めた。

 更に周防を仕留めると同時に、向坂と駒衛と外園がゲートをくぐった。


「くっそーやられたよ」周防が悔しそうにコートから出ていく。

 するとアナウンスが流れた。

「ただいまのアウトは、浅香、黒葉、周防の三名です。なお、敵が陣地内に侵入した状態で、ゲート前を塞ぐのは禁止となっています。中央付近までお戻り下さい」


 当然かと思いつつ、一度、皆で中央へと戻った。


「作戦変更してくれ。久保(オレ)と泉橋と安住で敵ゲート前行かしてくれ。疲れた」

「それじゃ、俺と月城君で攻撃しよう。後は五人でゲートを死守して。たぶん俺と月城君を抜けた者は一気に来るから気を付けて」

 残る敵は四人。一体誰が旗を持ってくるか? 俺が狙うべきは外園と袈羽。

 しかし向坂と駒衛の動きもハンパなかった……。悩みや迷いはダメだ。集中。



 外園と向坂が勢いよく飛び出してきた。思っていた以上に速い。

 こっちは焦ったように作戦を始める。

 俺は外園を、月城は向坂を、他はゲートへと走る。


「来たな相楽。まさか、専智にお前みたいな奴がいるとはな、とんだ番狂わせだ。ただよ、お前じゃ俺は無理だぜ」不敵に笑う外園。

 分かってる。充分以上に感じてるよ。何もかも俺より数段上だってね。

 でも、本気で逃げる良治君程じゃない。一対一ならゼロじゃない。

 そして、このルールなら俺が上だ。


 俺は外園のフェイントを無視して、ただカラーボールを当てるチャンスを狙う。この距離なら絶対避けられそうにないけど、それでも慎重になる。

 何度も投げる素振りを見せる。

 その都度外園は、クイックしてスピードとコースが変わる。


「喰らえ、俺の魔球!」

 俺は狙い澄まして外園へと投げた。――当たった。

「うあっ。汚いぞ相楽。そんなのアリか? ちょっと審判タイム! 相楽がボール三つも同時に投げて来たぞ。タイム、タイム」

 外園の声で皆がその場に立ち止まる。そして審判が合法か確認しに行く。

 コート内も観客席も笑いが起きている。


「なんてことすンだ相楽は。絶対ナシだぞそれ。せめて連続でだろ。同時は――」

 外園と話しているとアナウンスが流れた。外園の言う通りで、同時に複数の球を投げるのは禁止とのことだ。

 連続で投げるのはいいが、一気に持ち球を投げるのはダメだという。


 確かに仲間と同時にそれやればありえない数の球が飛び交い、避けようがない。


 俺はボールを補給し、もう一度同じ位置から再スタートすることになった。

 お互いにじっと相手を見る。コート内の他でも似たようなことになっている。

 そして高々と再開のホイッスルが鳴った。


 まるで短距離走でもするように、外園が走り出した。凄いスタートダッシュで、俺は出遅れてしまった。俺を抜き去った外園の背中を見ながら、俺は集中する。

 このまま逃がすわけにはいかない。


 走りながら、一度地面にボールをバウンドさせるモーションだけ取り、そして、ファーストに投げる気持ちで外園の背中を狙った。どんどんと離れていく外園。


「行け!」

 俺の投げたカラーボールが外園へと向かう。走る相手に投げると、なかなか球が追いつかない。しかし徐々に近づく。――当たった!

「なにっ?」外園が振り返る。


 外園がなにかを言いたげだったが、俺の目にはすでに袈羽が映っている。

 向坂をマークする月城の後ろを抜けて、ゲートへ向かっている。

 更にそのすぐ後を、駒衛が走る。


「おい、駒衛、相楽が来るぞ」

 二人とも手に、折りたたまれた専智学院の旗を持っている。二人が本命だ。

「月城君、そっちはいいから中央の二人に切り替えて」

 俺は叫びながら、袈羽と駒衛の足を止めるべくカラーボールを投げた。しかし、袈羽は走りを止めることなくかわす。駒衛は一段階速度が落ちた。


 走りながら投げるのは航也ほど上手くないが、しっかりとステップを意識すればそれほど変な球にはならない。更に一球投げ、次がラストの球だ。


 俺は補給場所に寄るか、それともこのまま突っ込むか悩む。

 袈羽と駒衛はズレながらゲートへと走る。

 目の前に五人も待っているのに、ブレーキもかけずに突っ込んでいく。状況からいってこのまま追いかけるしかない。


 久保や安住や三好が投げる球を二人は掻い潜る。

 ギリギリまで投げない約束が吹っ飛んでいるのか、それとも一球だけ時間稼ぎで放ったものか。


 俺と月城はとても追いつけそうにない。

 あと少し距離が近づいたら、少し遠いけどチャレンジするしかない。

 たった一球だけど……。狙うしかない。


 後ろから見ていてはっきりと分かる怪物さ。魚が群れをすり抜ける俊敏さで五人をかわしていく。袈羽だけではなく駒衛もだ。

 バスケ選手が相手を抜くように、くるりと回りフェイントをかけて、アッというスピードだ。


 俺はただ無心に背中を狙う。ただ集中して狙う。遥か遠くセカンドを目がけて、盗塁を殺した自分の腕を信じて投げ切る。そのままスッ転び回転した。


 砂ほこりを払い軽くむせる俺の耳に、試合終了のアナウンスが流れた。



「ただいまの競技、専智学院は守り切ることができませんでした。駒衛選手により校歌の書かれた旗を奪取されたので。よってゼロ対一で志星館の勝利となります」

 観客席から物凄い歓声。太鼓が打ち鳴らされ応援団が咆哮する。


 俺はチームである者達と合流すべく歩く。その横を月城も歩く。


「あぁ、ついに負けちゃったね。でもよくやったよね俺達」

 月城の言葉にハッとして頷く。そうだ。俺達は十分良くやった。

 悔しがっているとこを志星館に見られたり悟られたら、それこそ厄介なほどに、これでも相当、大活躍のはず。


 皆の所へ着くと泉橋が寄ってきた。

「相楽君最後の一投。あれって狙ってたの?」

 俺が何がと訊くと、袈羽を仕留めたあの投球という。

 俺は、キョロキョロと袈羽を探す。


 すると敵陣地の隅から、俺の目をじっと見てくる。痛い程それが突き刺さる。

 別に睨んでいるワケではないのは分かるが、俺を見る。

 その横に居る外園も見てきた。更に周防。そして駒衛と続き――。

 最終的に、七人すべてが俺を見てきた。

 ……やっぱ怖い。


 俺が怯えて視線を外そうとしたその時、それら七人が、一斉に俺を指さし、その指先を頭上でくるりと一回転させ、斜めに空を切るように下げた。

 それがどういう意味なのかは分からないけれど、俺は、心臓を、肩口から斜めに切られた刺激が走った。


「ほれ、相楽のおかげで校旗は守れたぞ。さすがに五人で囲んだこれを生き残った向坂も取れないと判断したみたい」

 そうか、向坂はまだ生きてたのか……。確かにこの状況では取られない。

 でも陣地から再スタートなら間違いなくヤバかった。たとえ一対七でも……。


 ゾロゾロとコートから退場していくと、またもアナウンスが流れる。

 結構目まぐるしい。



「続きまして、専舞女学園と専智学院の女子により、第二ラウンドの『球入れ』を行います」

 球入れか。随分と可愛らしいな。最後に数える時盛り上がるンだよな。

 俺がお気楽にそんなことを考えていると、アナウンスが全然違ったルール説明を始めた。


 代表選手、各校七名ずつの十四人よるバトルロイヤル方式。

 各学校から二人ずつが背中に(かご)を背負い逃げ回る。それを追いかけ例のお手玉を突っ込む。

 タイムアップまでにどれだけ入れられるかを競う。

 後は普通の球入れと結果は一緒だ。


 どの競技もシンプルだが、高校の体育祭でやる競技じゃない気がする。


「次いで、志星館第二軍と専智学院第二軍による競技、第三ラウンドの『ワンダーテニス』を行います」

 ワンダー? 不思議ってことか、驚愕(きょうがく)か? 不思議の国のテニスって意味?

 またも俺が考え込んでいると、アナウンスが説明を始めた。


 ルールは、テニスコートに五人ずつ入り、バレーボールを使ってテニスをする。ただしラケットは使用禁止。つまり自らの肉体を使う。

 手か足か頭か、それ以外か。


 必ずコートにワンバウンドさせる。そして、テニス同様相手を打ち抜くか、ワンバウンドで取れない球を打つ。

 打ってよし、弾いてよし、叩いても投げても蹴ってもよし。

 そして敵からの球はキャッチしてもいいようだ。ただし、相手に返す時にはその場から一歩も動かず同じ位置からのワンモーションで返す。


「相楽、悪いけど第二軍の試合に出てくれ?」

 俺がルール説明を聞いていると、体育科の先生と富永と青柳先輩が駆けてきた。

「人数が足りない」


 俺が人数を数えると確かに足りない。青柳先輩、柏原先輩、市村先輩、それに、補充した富永で四人。あれ、二軍は四人で一人足りなかったのか?

 そうか、本来は先生が決めた月城と三好と前草と菊地の四名ってことか。


「いや、俺、体休めないとすぐに限界が来ちゃいますよ。それにこのルールなら、久保がサッカー部だし最適だと」

 俺のセリフにヘトヘトの久保が無理だと駄々をこねる。

 ただ、競技の途中に作戦かえてと懇願(こんがん)してきた久保を思い出すとそれも仕方ない気はする。

 スタミナがあるサッカー部、その久保でさえ、あの相手じゃヘトヘトにされる。


「あの、俺まだなにも出てないので、出ますけど」菊地だ。

「えっと、菊地は何か部活はやってたっけか? たしか……ハンドボール部か?」

「バトミントン部ですけど」

 菊地の申し出にまたも渋る先生。更に青柳先輩達も渋っている。

 菊地に失礼だとは思っていないようだ。


 もしどうしてもいやならば、他の先輩から新たに代表に加えるしかないのではと提案してみた。

「相楽、そんなこととっくにやったし、手も回したけど皆逃げ回って無理だった」

 逃げ回るか。志星館が相手と知っている三年生は、そりゃそうか。


 これが学校の行事でも関係ない……。――志星館。もろの体育会系、男子校。


 現に青柳先輩でさえ回避しようとしたくらいだ。

 いや、騙されたとはいえ、代表として競技に出るだけましか。


「相楽先輩、俺、まだ行けますけど、先輩が言うなら行きますよ」安住だ。

 いくら若くて元気だからって、さっきヘバってたの見てたし。

 泉橋に喝を入れられて、どうにか頑張ったようだったけど。

 って、若いって一コしか下じゃないジャン。


「いや、俺は菊地君がベストだと思うよ。まして、バトミントン部ならなおさら。テニスコートじゃ、かってが違うかも知れないけど、コート内での反応は、久保の比じゃないはずですけど。これは久保を悪く言ってるんじゃなくて、この競技は、バレーボールやバトミントン、もちろんテニス経験者は有利ですよ」

 それでもまだ渋る。


「青柳先輩は俺とテニスの試合して負けると思いますか?」

 青柳先輩が、確かにテニスの試合ならと胸を張る。


 いくら志星館という強敵が相手でも、競技によっては向き不向きがあるはずかもと理解した。しかし志星館の選手が目に入るとすぐその心がねじ曲がる。

 至る所に屈強な男子がふんぞり返る。

 男子校だけに、どこを見ても、ヤバそうな筋肉男子の群れ。


「そうだな。ここは相楽の言う通り、久保でいくよりは、菊地の方が全然良い気がしてきた。頼むな菊地」

 先生がようやく決心を付けた。そして選手表を書き込むと焦ったようにその紙を提出しに行く。相当焦っている。


 俺はその背中を見送ることなく、疲れた体を揺らしながら女子が競技を行う方へ向かい、適当な所へ腰を下した。



「専舞女学園代表、柴谷貴代。渡辺花帆。能條栞。宇野奏恵。国分杏。砂海光希。逢地尽久美。専智学院女子代表、松宮麗香。小堀綺乃。椎名咲。近野萌。鈴原凛。桜庭真央。有須美琴。以上十四名により玉入れを行います」

 相手校は国分と砂海が籠を背負った。こっちは近野と有須だ。


 高々とホイッスルが鳴るとそれらが何もないコート内を走り回る。

 逃げ回る四人に一人ずつ仲間がフォローに付き、攻撃は残りの三人がしている。今日初めてする競技のはずなのに、しっかりとした作戦と動きに見える。

 まるでどこかで練習でもしたかのような。


 イメージよりも、なかなか球を入れることができない。せっかく追いつきそうになっても、フォローがガードする隙に、また距離が出来る。


 この競技は思っていたより相当難しく、そして激しい。

 こうなると投げ入れるというより、とっ捕まえてダンクシュートするような形に近くなると思う。



 自校である松宮を目で追う。しかしチラチラと目が別の人を見てしまう。

 一体俺は何を意識しているンだと、椎名や近野に視線を戻す。


 それでも何度も目が彼女を探す。渡辺花帆を――。





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