二二話 噂
ついに新学期が始まった。
俺は佐伯の家の執事が運転する車で学校まで来た。
どうしてもという佐伯の頼みで、そういう登校になった。
車内では、お祭りの時に撮った浴衣姿の二人や、金魚の画像を見ている。
電車よりも少し早く着いた。
とはいえ、近道した割には十五分程度しか変わらない。やはり車道は込むし信号がネックだ。スムーズにいければ早いが、時には電車よりかかる時もある。
学校に着き門をくぐると、いきなり校舎に垂れ幕がかかっていた。
そこには地区大会優勝。その横に、初全国大会ベスト8と書かれている。
「うっそ。これって……マジ?」
「凄いわね。相楽君が一生懸命教えたからじゃないの」
ソフトボール部だ。彼女たちがとんでもない偉業をやり遂げていた。
ベストエイト? 全国? すご……、地区で優勝してるし。
佐伯とは教室前で別れた。教室に入ると茨牧が飛んできた。
「聞いてよ相楽君。俺さ、例の子と付き合うかも」
「え? ソフト部のことじゃないの?」
ズッコケる俺をお構いなしに、ソフト部なんてどうでもいいと自分の話をする。
俺が『でもさ』と話題を戻そうとすると、実は、遊園地に行った時には、すでに地区で優勝していたらしくて、その時も、とりわけ言わなくてもいいかなと思って言わなかったようだ。
姉がやっている部活とはいえ、そんなもんだよと笑う。
「それより聞いてよ。しばらくメールのやり取りをね」
机横に鞄を掛け、椅子に腰を下して落ち着くと、仲根と里見も来た。
「おはよう仲根君、里見君」
「おはよう相楽君」
四人とも日焼けで真っ黒だ。特進で黒いのは四人だけだ。
ただこれでもすでに、二皮剥けて薄くなってはいる。
それでも周りと比べると黒い。
「茨牧君が朝からうるさいンだよね。参っちゃったよ。パンツ失くしたくせにさ」
仲根がからかうようにいう。しかし茨牧はご機嫌でビクともしない。
「お早う御座います」安倍さんだ。
「おはよう」
「オハヨ相楽君。髪切ったンだ」望月だ。
少し伸びてきたが、そう言われればそうだ。髪を切った後、佐伯の家に行って、その後仲根や里見や茨牧とも会って、お披露目が済んだからすっかり忘れていた。
そう言えば学校ではまだ初だった。普通に登校してしまった。
挨拶の後、皆が俺の髪型と顔をジロジロと見てくる。
「なんか全然雰囲気が違うンだけど~」滝沢だ。
清水さんとも挨拶を交わした。
染若と岡越と河末の、同じ班だった子とも挨拶した。
その誰もが俺の変化に驚いている。
「なんか変かな?」頭を掻きながら照れる俺。
「変じゃなくて、なんか凄く意外。相楽君って、短い髪型似合う」
あまりにジロジロと見られるから、ちょっと恥ずかしくなってきた。
徐々に席が埋まっていき、数分してチャイムが鳴った。すると町下先生が急いで教室へと入ってきた。
「おはよう皆。今日の新学期全校集会は――、あれ? 相楽君、髪? 切ったの? ヤダ~凄く似合うじゃない。あら~、イメチェンね。……ん、何言うか忘れたわ。ま、とにかく体育館へ移動しましょう」
急いで廊下へ出て体育館へと移動した。体育館には一年から三年生まで居る。
三年の学年指導の先生が仕切り話を進めていく。
挨拶し校歌を歌った後、校長先生の話が始まった。
夏休みを怪我なく過ごせて良かったと、生徒全員の安否を喜ぶ。そしてまだ暑い日が続くから、熱中症や病気などに気をつけるようにと注意をくれる。
「そして、皆さんももう知っていると思いますが、外の垂れ幕で見た通り、我校の女子ソフトボール部が、地区大会で優勝し全国でもベストエイトという成績を収めました。今日はその功績を称えて、表彰状とメダルの授与を行います」
舞台の上に顧問の先生と選手達がずらりと並ぶ。
キャッチャーでキャプテンの先輩が校長先生から代表で受け取る。先生の合図で全校生徒が拍手する。凄い偉業だが、あまり皆は興味がないようだ。
選手たちが振り返り、お辞儀をしてから舞台を後にした。
「え~それと、今日は理事長から特別にお話があります」
体育館が私語でざわつく中、理事長が舞台へと上がる。
するといきなり、町下先生が列に並ぶ俺の所へ来て、服を引っ張る。
そして小声でいう。
「さっきそれを言おうと思ったの。相楽君、呼ばれるからね。先生言ったからね。それじゃがんばってね」
えっ~。えぇ? 超困るよ、なに? せめて先に言って欲しい。心の準備が。
理事長の話が続く中、突然俺の名前が呼ばれた。
「二年特進クラス、相楽章和。前へ」
俺は訳も分からず歩く。人のざわめきをかき分けながら前へと進む。
頭は真っ白だ。
舞台下に着くと、町下先生に上がってと指示を受ける。
俺は言われるがまま階段を上る。そして理事長の前まできた。
「えぇ、相楽章和君。君はウチの学校創設以来三人目となる好成績を収めました。なんとすべての教科において五、オール五を取りました」
私立の進学校だけあって、さすがにこの話題は皆が食いつく。
背中に大勢の視線を感じる。
「更に彼は、先ほど表彰されたソフトボール部の影の立役者という噂があります。何でも勉強の合間に何度かソフト部へと出向き、練習や指導をしてくれたとの報告が入っています。多くの生徒からの目撃情報もあり、ソフト部自身もそれを認め、感謝していると」
やめてくれ~。意味が分からない。なんだこの意味深なやり取りは?
こんな全校生徒の前で、何? そっとしておいて。
ソフトボール部は夏を返上して、部活に取り組み成果を出したから表彰されればいいけど、俺は自分の為の成績だし、ソフト部の練習は体育科の策にハマって仕方なくの結果であって……、恥ずかしいから~もうやめて下さい。
「それでは相楽君から、皆さんに一言」
は? 一言? ヒ、ト、コ、ト? 何それ、無理。
困っていると、理事長自ら俺の横へ来て、マイクの前へと連れて行く。
もう俺の息づかいまでマイクに入りそうな位置だ。
舞台下の皆が、顔だけの妖怪に見える。
仕方ない。もぅっ。こういうのヤダよ。
「二年特進クラス、相楽といいます。こんな大勢の前で、こうして褒めて頂いき、こうして理事長に賛辞を頂けることを光栄に思います。以上。有難う座います」
場内がシーンと静まり返っている。異常だ。皆が俺を注目しているってこと?
――怖い。
理事長がもういいのと聞いてきた。俺はハイと答える。
そして賞状の授与が行われて、無事受け取った俺は下へと解放された。
下で待つ町下先生が、貰った賞状を筒へと入れてくれて、俺はそれを持って列に戻ろうとした。すると、他の先生が、ここで待機していてと先生方の列の最後尾へ連れて行かれた。
理事長の話が終わり、次に体育科の先生から合同体育祭の連絡が話された。
その後、二年の学年主任の先生が一学期のゴミ捨てなどの分別がなってなかったから、今学期は美化委員の指示に従って気を付けるようにと、いくつかの注意事項が話されて、この全校集会が終わった。
皆が教室へ戻っていく。
「おう、相楽、どうだ、凄いだろウチのソフト部」顧問の先生だ。
二学年の先生も集まってきた。そこには副校長先生もいた。
どうやら今回の偉業の報告をしたいようだ。
顧問の先生が、大会トーナメント表やスコアーを見せてくる。
ちょっと覗くと、確かに凄い。
そっか、地区の後、都大会と関東大会もあったのか。都大会は二位通過。そして関東は、東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、栃木、山梨の一都六県。
そこで三位通過か。よく分からないけど、ギリなのかな?
「あれから凄く進歩しちゃってまるで別チームだよ。試合する度コツっていうの? どんどん掴んでさ。相楽が言った通り、相手チームはピッチャーが、途中で崩れるんだよ。ピッチャー交代しても、全然ストライクが入らなくてな」
凄く嬉しそうだ。
「先生の指導が良かったからですよ」
「またぁ~。うまいな相楽は。でも、相楽が言う通りに、補欠という括りはなしで試合中なるべく使えるように俺も努力したぞ」
周りの先生も本当に凄いと驚いている。一回戦も勝てない弱小チーム。
それが地区で優勝し都で二位、関東を三位通過で全国へ。そしてベストエイト。
「ただやっぱどの相手チームも強かったぁ。普通に考えたらまず勝てないぞ。俺はどんだけハラハラしたか。どの試合も一体どうやって勝てたのか謎だよ。こっちは茨牧と桜庭の二人のピッチャーでどうにか乗り切ってな」
あっ、そうか、ピッチャーをもう一人出すよう指示出したンだった。
三回と四回に分けて、きっちり抑えると。
ただ、この関東大会、……ちょっとずれてたら一回戦で二位のチームと当たって一回戦負けだ。
地区は優勝しているから、文句なしの実力だけど、関東大会はヘタすると、どう転んでいたか分からないな。たぶん、強いけど消えてった学校もあるな。
俺はトーナメント表を見る。
それにしても、全国でも三回も勝って、ベストエイトかぁ。
「相楽。ウチにも教えに来てくれよ」
誰だろこの先生は?
話を聞いていると、どうやら女子バレーボール部の話らしい。
そこへまたサッカー部のキーパーの話が出る。
「いや、だから先生、ソフト部の女子は自分達で勝利掴んでますってば」
体育科の先生がごちゃごちゃしてきた。ただ一つ言えるのは、ソフトボール部の顧問と生徒達は、この学校で相当優位な立場になるであろう。なにせ全国。
高校野球でいう甲子園。シャレにならない。ヤバイ。奇跡。
トーナメント表見て分かる運の強さ。
たぶん自分達を準決勝で破った学校が優勝しての三位。この勝敗が逆なら四位で全国はナシとか?
違うのかな? 三位決定戦とかあったのかな? 関東大会は関係ないとか?
ホントのところ、ちょっと仕組みは分からないけど、とにかく、相当奇跡と運に救われたはず。
先生達の話を掻い潜り俺は教室へと戻った。
大分もみくちゃにされたが、ソフト部もイイ結果が残せて良かった。
これで先輩達も、気持ち良く引退できるだろう。
教室に戻ると、なぜか特進クラスも大掃除をすることになっていた。
クラスで皆がブゥブゥ言っている。まあ他クラスにしてみたら普通のことだが、特進は基本しない。
そこへ町下先生が入ってきた。
「はい皆~、なんか知らないけど大掃除することになっちゃって、ごめんね。でも今から黒板に書く場所ならどこでもいいので、お手伝い程度にってことだから」
「先生。また何かしでかしたンですか?」茨牧だ。
「失礼ね。三年のクラスAとBが、夏の夏期講習のことでトラブルあったみたいで、それで急きょウチのクラスに掃除代わってくれってきたの。でも先生もさ、ウチは特進ですのでって言ったのね。したらこっちは受験戦争の真っ最中だっていうの。そんで私も、こっちだってもう始まってますって。そしたらジャンケンって……。それでこうなったの」
負けたのか。先生、運がない。
でもまあ夏の間は仕事三昧だったし、俺は別に構わない。
そういえば、お爺ちゃんは必ず仕事前に、毎朝現場の近所を回り、挨拶しながらゴミ拾いをする。騒音を出すしデカイ重機も通るからそれが礼儀だと言っている。
話だと、そうしている会社は他にもたくさんあるらしい。当然か。
「先生、どこでもいいッスか?」
「いいわよ。ただ黒板に書いた箇所よ。それじゃお掃除始めて下さい」
俺はとりあえず下駄箱前広場に行くことにした。
「相楽君どこいくの?」仲根だ。
「下駄箱行こうかなと思って、なんとなく涼しそうだし空気がイイかなって」
そうだねと仲根と里見と茨牧が付いてきた。教室を出ようとしたその時。
「ちょっと待って相楽君。どこ行くの?」染若だ。
「そうよ、同じ班でしょ。班行動して」河末。
「何言ってンだ? なンで班行動なのさ」茨牧がいう。
「何って? それじゃ茨牧は何? そのメンツ、前の班じゃん」
仲根が、班じゃなくて友達だから行動を共にしているという。
しかし河末が、なんかワザと女子だけを省いてない、と絡んでくる。更に岡越もそうだねと言う。
「相楽君なんで? 私達のこと……避けてるの?」
また厄介な質問だ。避けていないのに……どうしたものか。
「どうしたの? 避けてないよ。ほら、皆も班じゃないでしょ。それに、班も何も場所は自由だよ。自分の行きたい場所へ行きたい友達と行けばいいと思うけど」
「じゃあ私達も一緒に行っていいってこと? そうだよね? 自由だもんね。それなら班として付いてくね」
「ダメだよお前等は。そうやってすぐキレるだろ。相楽君が今言ってたろ、仲良い友達と行けばいいって。ヒステリックな女子が来るとロクなことにならない」
確かに茨牧もプールの一件でこりごりだろう。
あの時はとんでもないヒステリックガールに巻き込まれて、でも、そのおかげで茨牧は運命の出会いもした。トントンかな?
仲根も里見も、茨牧のセリフに笑みを浮かべる。
「誰がヒステリックなの? ちょっと、茨牧、調子に乗り過ぎ。里見君や仲根君や相楽君が言うなら分かるけど、茨牧って何位だっけ? 私より遥か下の下だよね」
「どこがだよ。河末は七位だろ。俺は八位だぞ。下の下ってなんだよ」
それなら現在一位の里見君の意見を聞いてみようよと仲根が笑う。皆がいいよと里見を見る。里見は困ったように――。
「班行動は、嫌かな。自由に動きたい。班でじゃなきゃダメかな?」
さすが天才。女子がではなく班が嫌だと。ガチガチの圧迫感も感じる言い回し、さすがは学年トップ。班行動は重いというニュアンスだ。旨い。
「だって私達ってさ、高校生でしょ? それじゃ班でしょう。いや、将来、社会に出たって班とか担当グループでとかあるわよ。いいのそんな子供みたいなことで。里見君がどうしても班がイヤってことなら考えるけど」
考える? 里見の意見関係なくなっている。やっぱ女子には勝てない。
論理がメチャクチャだ。変な角度でぶつかってくる。
「仕方ないな。付いて来てもいいけど、でも班じゃなきゃダメってのはなしでね」
仲根が妥協策を提示する。妹で鍛えた兄的妥協案。
しかし女子はどうしても班に拘る。なぜ? 別に班がどうこうという意味があるとは思えないけど、それとも引っ込みがつかないのか?
「どうする相楽君。もう埒が明かないよね」男子だけで小声で話す。
仕方ないと班のメンバーで下駄箱前へ行くことにした。
廊下に出ると、すでに他クラスが掃除を始めていた。
階段を一階まで下り、玄関口へと向かう。
「あ、あの、先輩、相楽先輩。ちょっといいですか?」
突然三人の後輩に声を掛けられた。
声を掛けてきた左右の子が『声かけちゃった』とそわそわしている。
見ようによっては、まだ中学生だ。
「なにかな?」
俺の問に、先輩はお付き合いしている人はいますかと、質問返しがきた。
「彼女ってことかな。いないけど、でも心に秘めた人はいるよ」
佐伯のことだ。ただ個人情報だからこれ以上のプライベートのことは言わない。本当ならこれだって言いたくはないけど、これは佐伯への想いだ。
きちんとお断りしないと。
「ホントですか先輩。今フリーってことですか? やった。超ラッキー」
は? 話聞いてないのかな?
「ちょっと、聞いてた? 俺、想ってる人がいるって言ったんだけど……」
「ハイ。聞いてましたよ。でもお付き合いしてる彼女はいないんですよね? ですよね。やった。もらった。超ツイテル」
なぜかこの子達は喜んでいる。すると染若が口を挟んできた。
「あのね、今の聞いてた? 相楽君は私を好きって言ってるの。あなた達に入る隙はないのよ。ねっ相楽君」
染若がこっちを向いてウインクしてくる。
たぶん、この子達を上手くあしらうから、合わせてネ的な合図か?
しかし、それは無理だ。ハイとは言えない。俺は首を横に振る。
仲根も里見もそれはダメでしょと、仲裁に入ってくれようとした。
「相楽先輩ってこういう感じがタイプなんですか? でも平気です。絶対私のこと好きにさせてみせます。私、鈴原凛といいます」
そういうといきなり腕に絡みついてきた。それを仲根が止めに入る。
「ちょっと鈴原さん? 君は勘違いしてるよ。相楽君はね、君のことを断っているンだよ。じゃなきゃさっきみたいな言い方する人じゃないから」
さすが仲根。妹で鍛えた話術は健在だ。相当強気。年下には強いのかな?
周りで聞いてる班の子達も、確かにと納得している。
「あの、先輩には関係ないですよね。私はちゃんとフリーの先輩にアタックしてるんだもん。なんの問題もないと思うけど。人の恋路を邪魔しないでもらえますか」
なんて強気な。年下なのにこの挑発的な口調。
知らないぞ、仲根を怒らすと必殺の妹泣かしが出るぞ。
俺も見たことはないけど、兄貴ってのは、大抵そういうもんだ。たぶん。
「そ、そお。それじゃお好きにどうぞ」
ん? 仲根くん? ないの? ねぇ、必殺の啖呵は? ないの? なんで後ろに下がっていく……。身を引くの? 諦めちゃうの?
「ちょっと離しなさいよ。いくらフリーでも触れていいわけないでしょ」河末だ。
「そうよ、いい加減にしときなね」岡越。
これは凄い迫力だ。女子同士だから問題はない。問題ない……はず。
「相楽センパ~イ、この人達コ~ワ~イ」そう言って俺の後ろへ隠れる。
それを班の女子達が苛立って睨む。後輩三人が怯えたように俺の後ろへ隠れた。
「あら、アンタら何してるのこんなとこで」
いきなり後ろから声を掛けられた。
「ア~、椎名先輩。新山先輩も。聞いてくださいよ。私が相楽先輩にコクッてたらこの先輩たちが邪魔してくるんですよ~」
椎名と新山だ。
「ちょっと凛。なに相楽君に触れてんの? 離れなっ。早く。音速で」
「え? あ、はい」
知り合い? どういうこと?
「いい凛。アンタは久保っていうイケメンがあってるから。そっちに行きなさい」
「え? でも……。久保先輩って、椎名先輩と新山先輩が狙ってるから手を出すなって言ってませんでした?」
「凛? それは空耳。狙ってません。最初から眼中に御座いません。あんなチャラ系バンビーノに、これっぽっちも興味なし。だからアンタが狙いな」
「嫌です。私、相楽先輩がいいです~ぅ」
「バカねぇ凛は。今なら久保を落とせるかも知れないのに。知らないよ。っていつまで相楽君の腕掴んでんの? いい加減にしないともう遊んであげないよ」
「セ~ン~パ~イ、それは……、困るぅ」
ようやく後輩の子が離れた。すると三時限目を終えるチャイムが鳴った。
結局丸一時間、教室で班がどうたらと話し、ここでも後輩に絡まれ、掃除しないで過ぎてしまった。あと一時間しかない。どうにか真面目に掃除しないと。
ちょっとトイレと言って、仲根と里見と茨牧とで逃げ出した。
「こりゃ、まくしかないな。あいつらといたら掃除も出来ないし、自由がない」
安全地帯であるトイレで相談する。
茨牧の意見に全員一致で頷く。
すると茨牧がシャツを脱ぎ、それで頭を覆って外へと駆けて行った。
外では、待ってと女子の声。透かさず仲根と里見が様子を見る。
「行ける。今しかない」
すぐに気付かれる茨牧を思えば、この一瞬で姿を消すしかない。トイレから出て一番近くの階段を上がる。まずは図書室へと逃げ込んだ。
約束の場所はパソコン室だ。
すると俺の携帯に、今どこに居るのと茨牧からメールが来た。それを見て俺達はゾッとする。
茨牧は約束の場所を知っている。にもかかわらず、わざわざメールをしてきた。
という言うことはつまり、拉致られて無理矢理メールで居場所を探らされているということだ。
要するに、トイレにいないということも確認済み。――恐ろしい。
「どうする? ここはダミーの場所を教える?」里見が意見をいう。
俺と仲根はそれに頷く。茨牧には分かるように、かつ騙せるように送る。
約束の『多目的ホール』へ来てと送信する。
そして、本当の約束場所である『パソコン室』へと向かう。
まるっきり反対方向だから、窓から見られることもない。
がしかし、茨牧が上手く女子達をまくことができるかが、問題だ。
パソコン室の前まで来て、三人で悩んだ。
そして第二の策として、仲根が残り、俺と里見は別の場所に隠れることにした。しばらくすると仲根からメールがきた、今どこに居るのと。
ゾッとした。もしあのままパソコン室に居たらアウトであった。
丁度その時、チャイムが鳴った。休み時間も終わりまた大掃除が始まる。
仲根に告げた約束の場所は、コミュニティールームだ。
ゆっくりと人に紛れながら歩く。するとまたメールがくる。
約束の場所には行けそうにないと。どうにかまくけど無理そうだと。
メール情報によると女子が二手に分かれたようだ。
茨牧は椎名や後輩に拉致され、仲根は班の女子にどういうことと責め立てられているとのこと。
と突然、校内放送が流れた。
「二年特進クラスの相楽君。落し物を拾ったので至急放送室まで来て下さい。なお相楽君を見かけた方は、本人にいうか、できれば放送室まで連行して下さい」
椎名だ。後ろで後輩と茨牧の声が聞こえる。
無茶なことを。
探しているうちに、気持ちがエスカレートしているのかも知れない。狩猟本能が目覚めたのかも。
「ヤバイよね、相楽君。皆もこっち見てるし」
「だね。これじゃさすがに逃げ切れない」
するとそこに、学期最後の日に里見と仲根にお弁当を持って来た子達が現れた。何かあったのですかと。軽く事情を話すと、それは大変ですねと笑う。
「あの里見君……今日もお弁当持ってきたんですけど、食べてもらえますか?」
「いいの? ぜひ」
幸せそうだ。もう一人の子が、自分も仲根君に伝えに行きたいという。
そこで俺は、里見と、別行動しようと告げた。
「里見君は、その子達連れて仲根君を救出してあげて。俺もお昼は、食堂で食べるから、その時また」
里見が分かったと返答。そして、お互い反対方向へと歩く。
するとまたも校内放送が流れた。子供っぽい声で相楽先輩どこですかと。
鈴原凛だ。
茨牧の声で、やめないさいという声も入る。
こう何度も放送を使われると、すごく厄介だ。普段、学校に関係することや何かで個人的な呼び出しもあるにはあるが、放送者のしゃべりが異質過ぎて目立つ。
これじゃ、ただの落し物じゃないと怪しまれて、先生が動きだしかねない。
怯えながら闇雲に歩いていると、いきなり誰かがくっ付いてきた。
「相楽君捕まえた! 放送室に連れてくゾォ~」
振り返ると佐伯だった。
「佐伯。ビックリさせるなよ。心臓と、電気ガス水道、全部止まっちゃったよ」
俺の冗談に可愛く笑う佐伯。それを聞いていた周りの者達も笑い出す。
生きる為に必要なライフラインが、全部止まっちゃったってと、クスクス笑い。
それが伝染していく。
もとから賑やかな人通り、これでは居場所がばれる。
「移動する? どこにいても相楽君目立つから一緒だけどね」
「移動しよう。ここはマズイ気がする」笑い声に焦る。
確信はないが危機回避で動く。俺はとりあえず美術室や音楽室のある上の階へと上がった。この階は一年生のクラスが並ぶ階だ。皆が忙しく掃除をしている。
「あっ、佐伯先輩こんにちわ」
行き交う女子が佐伯に挨拶をする。佐伯も笑顔で手を振る。
まるでアイドル。なぜ?
「佐伯って後輩に人気だな?」
「そうかな。普通だよぉ」
なんか皆がジロジロと見てくる。この階に来たのは少し失敗だった。
後輩しかいないので安全そうではあるけど、違う意味で落ち着かない。
「えっ、佐伯先輩、もしかして彼氏さんですか? いいな~、凄くお似合いです」
佐伯が笑顔で手を振る。
「佐伯? なんで否定しないの? まだ彼氏じゃないけど」
「まだ? まだ~? それって~どういう意味だろう。難しくて分からないな~、相楽君分かる? 教えて」
佐伯が腕に絡まってくる。それを高校に上がって半年ちょっとの後輩たちが凄い顔で見てくる。
声にならない声で騒いでいるのが分かる。瞳孔が開いちゃっている。
「ちょっと佐伯、マズイよ。こういうのは、誰もいない場所でしないと。皆見てるからぁ」
佐伯がサッと離れ、顔を真っ赤にして照れる。
どうやら佐伯も、自分がしている大胆な行動に気付いたようだ。
「相楽君、そういうこと人前で言わないで……。恥ずかしい」小声でいう。
自分で甘えておいて今更そんなに照れるとは。
ま、確かに皆に聞こえるように指摘したのは俺も至らないところはあったけど、これで佐伯も先輩らしくするだろう。
一連のやり取りを見ていたのか、後輩たちが声を掛けて来なくなった。
恥ずかしそうにしている。普段佐伯先輩と慕っているのに、その先輩が彼らしきものに甘えていたらそりゃびっくりしてこうなる。
佐伯もそういうところ、気を付けないと。
「相楽君。相楽君が変なこと言うから、皆、遠慮しちゃってるよ」
俺? うえぇ。佐伯だろ?
まるでいけない物でも見るように見られる。
すでに先ほどのやり取りを見てないエリアに来ているのに、周りの雰囲気が伝染していく。水面を伝う波紋のようだ。
「これはマズイわね。もしかすると変な噂が立つかもよ相楽君。いい?」
「噂? 別に構わないよ。佐伯の方こそいいのか?」
私は平気だけどという。
後輩の階を腕組んで歩けば、そりゃそう見られるのは当然だ。
今更、少し位噂になったって仕方がない。
しばらく歩き、あまり生徒のいない裏側へと来た。
行き交う生徒はもちろんいるが、足早に通り過ぎるだけ。
窓を開け外の空気を校内へ入れる。
「今日、お弁当一緒に食べるでしょ?」
「ああ。でも何度も作ってもらって悪いな。お返ししないと」
俺のセリフににっこり笑う。
するとシャツのボタンを開け、俺に胸元のネックレスを見せてきた。見てと。
と「キャッ」という声と走り去る足音がした。俺は急いで声のした方向を見た。
先ほど佐伯に声を掛けてきた後輩達。服の着崩し方や髪の派手さで丸分かりだ。
バタバタと上履きを鳴らし逃げていく背中、佐伯も振り返りそれを確認した。
「もぅ、あの子達、覗いてたのね。どれだけ興味津々なのよ。相楽君が本当に彼氏かどうか気になるのかもね」
「いや、今の逃げ方はちょっと……。ん~でも、まぁそっかな~」
なにか変な勘違いをされていなければいいけど。
二人きりで雑談していると、四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
あっという間だ。結局掃除はしなかった。特進はもともと免除されているけど、一応お手伝いしてと町下先生も言っていたし、ちょっと罪悪感。
「佐伯は掃除サボって大丈夫?」
「サボり? 違うわよ。私、クラスAの免除組だよ。トップファイブ中の二番」
そうなのと聞くとそうだよと笑う。知らなかった。
つまり、特進の補欠候補的な扱いの様だ。でもサボったのではなくて良かった。
自分たちの階へ下りる。
一、二年はお昼までで、昼食後にホームルームをして終わりだ。
佐伯がお弁当を取りに行くのをクラスの前で待っていると、里見と仲根が来た。横にはお弁当の女子二人もいる。
「あっ、相楽君、逃げ切ったようだね。今から御飯? 一緒に行こうよ」
「いいよ。ちょっと待ってね」
皆で佐伯が来るのを待つ。佐伯が来ると皆が会釈し、そのまま歩き出した。
食堂に着くとひどく混み合っていた。そのほとんどが一年生だ。
三年生の姿はない。夏休み明けの初日、もう本格的な受験勉強の最中、三年生にとって、今からの約三ヵ月の過ごし方で、全てが決まると言っても過言じゃない。
指定席のように開いた席に座ると、俺は茨牧にメールした。
どうやら、放送室で怒られていたようで、今、教室から急いでこっちへ向かって来てるという。
すぐに茨牧が来た。お弁当は持ってきていないようだ。
周りの者達も茨牧と同じで、時間割を読み違え、今日が昼食後に解散ということを午前授業と勘違いして、お弁当を持参しなかったらしい。
通りで混むわけだ。夏休み気分が抜けていないのかも。
茨牧がランチを買って戻ってきた。するとそこへ椎名と新山が遅れてきた。
鈴原という後輩も一緒にいる。
「いた。もう相楽君どこに居たの? おかげで先生に怒られて大変だったわ」
「そうですよ先輩。次やったら停学って言われちゃいました」
椎名と新山が席を探すが、すでにテーブルは満席だ。
今日は里見と茨牧も居るし、更に里見と仲根の横に、例の女子が座っている。
椎名と新山は、仕方なく隣のテーブルへと移る。そこもほとんど埋まっていて、開いている席にバラバラに座っていく。
「さ、食べようか」仲根がいう。
それぞれが頂きますと言って食べ始めた。
里見と仲根は、お弁当を作ってくれた女子に挨拶して食べ始めた。
「頂きます、佐伯」そう言ってにっこり笑いかけた。
するとガタっという音と共に、辺りがシーンと静まった。
誰も息をしていないような沈黙。
遠くで買い物や注文をしている列の者達だけが動いている。
しかしそれらも、後ろの気配がおかしいのでアレ? と何度も振り返っている。
なにが起きたか分からない。
佐伯を見ると、微かに照れた感じで、瞼をパチクリしている。
もしかして……例の、頂きますが原因か? ここでもか。それはマズイ。
でも、里見も仲根も同じように言っていたけど、一体俺と何が違うのだろう。
俺の発音とかニュアンスが……いやらしいのかな。自分じゃ気付かないけど。
「あっ、お弁当を、頂きます」改めて佐伯を見る。
言い直すと皆が少しずつ動き出す。無言だが徐々に雑音が戻ってくる。
すると今度は、佐伯が真っ赤な顔を両手で隠している。同じテーブルの女子が、どうしたのと心配して気遣う。それを佐伯が「なんでもない平気」と照れる。
トマト並みの赤さだが……。
「相楽君。学校でもそれ? 恥ずかし過ぎて我慢できない」
俺にだけ聞こえる小声で言う。
「だって皆が、沈黙するから。なんか、……間違って聞こえたのかなって。普通に言ったつもりだけど、イントネーションの問題かな? アクセント?」
「あのさぁ、相楽君が『佐伯』って呼び捨てしたからよ」
呼び捨て? それが理由? さっき一年生の階でも佐伯って呼んでたし、別に、男子とかで女子を呼び捨てしている人いるのに。なんでだろ?
お弁当を開き佐伯の作ったおかずを食べる。とにかくおいしい。食材が良いのか料理の腕があるのかその両方ともか。美味しくてどんどん平らげてしまう。
なんかやけに視線を感じる。
しかし、いざ周りを見渡しても誰とも目が合うことがない。
「相楽君、ハイこれ」
そう言って佐伯が俺におかずをくれる。それをぱくりと食べる。
「佐伯もこれ食べる? お前の所に入ってないだろ?」
またも佐伯が照れて下を向く。今度は周りが微かにざわつく。
しかし理由は分かっている。俺がまたとちって佐伯と呼び捨てしたこと。
もしくは、食べさせようとした行為にだ。
「ちょっと相楽先輩? 何してるんですか? それ間接キスですよ!」鈴原凛だ。
「え? あ、そうか。気付かなかったよ。ホントだ」嘘だ。
とぼけたけどもちろん知ってる。
確か前にもこんなやり取りがあったような気もする。
俺は佐伯と間接キスを……したい。昔のようにダメな俺の世話をやいて欲しい。
「そ、そうですよぉ。あっ、でも今言ったこと忘れて下さい。先輩、私のおかずも食べます? すごく美味しい厚焼き玉子あるんです」
鈴原が弁当箱を持って近づいてきた。
俺は間接キスになるからいらないと断った。それを見た仲根と里見が、気づかれないようクスッと笑う。
「セ~ンパイ。美味しいですって。食べて下さい。それじゃチキンナゲットは?」
俺は手を合わせ今日の朝ごはんで食べてきたと断ると、なぜかダメですと強引に俺の口へ突っ込もうとしてきた。
それを仲根と茨牧が、危ないからと、箸が刺さるからと止めに入ってくれた。
物凄く強引な子だ。ちょっと要注意人物かもしれない。
「もう。邪魔なんだからぁ。相楽先輩はフリーなんです。恋愛自由なんです~」
大きな声が辺りに響く。それを見かねてか椎名と新山が「ごめんなさい、この子まだ日本来たばかりだから~」と鈴原の口を押えて引っ張っていく。
鈴原はモゴモゴしながら「私はずっと日本で育った~」と訴えている。
ようやく落ち着いたかなと思ったのも束の間、離れたテーブルから、ゾロゾロとこちらに向かってくる団体さんが……。
「随分と賑やかね。佐伯。アンタ相楽君を独り占めしてるけど、それはずるいよ。ウチらにも権利あると思うけど、さっきそこの後輩が言ってたけど、相楽君フリーなんでしょ? だったら少しは遠慮したら」
「そうよ。まぁ、アタシの場合、相楽君がフリーでなくともいくけどね」
この女子達は誰だ? 見たことあるような無いような。
佐伯に知り合いかと聞くと、こんな人知らないと笑う。
口元の不敵さといいとぼけ方といい、確実に知っている感じだ。佐伯はそういう小悪魔的ところがある。
「あはっ。相楽君の前だからってネコ被っちゃって。嫌な女~。相楽君知ってる? 佐伯って本当は嫌~な性格なのよ」
皆が口々にああだこうだという。
……知ってるさ。昔からずっと見てきた。
佐伯はお受験の失敗や友達のことで傷ついて、そのせいでよく嘘もつくし、人を騙すし、欺く。俺だっていつも騙されてた。
お父さんがアメリカ人でお母さんがロシア人だと告白された時はびっくりした。でも佐伯はなんで日本人ぽいのと。
けど次の日にはそのことすっかり忘れて、お父さんお母さんの普通の話をする。色んな話をされて未だに何が本当かは分からない。
佐伯のお父さんが刑事だと聞いた時は驚いた。
刑事はあんな豪邸に住めるのかと。しかも今ヤクザに捕まって命が危ないとか、私も命を狙われているとか……。
余命三日の奇病にかかった佐伯が、体育で……必死に頑張って健気だったり。
挙げていったら辞書ができる位、分厚いエピソードになる。
佐伯が涙目でいうからどうしても信じてしまう。それに騙されたと気付いても、お爺ちゃんが、男は女性に騙されて一人前だからっていうから……。言うから。
「大丈夫、相楽君? なんか大変なことになってきたけど」
仲根と里見が心配してくれた。
目の前では、クールに言い合いを続ける女子の姿がある。
「だから、ネコなんか被ってないし。それに、私が女子といる時と態度を変えたとしても、相楽君の前だけだから。アナタが言ってるのってさッ、男子に、でしょ? 大切な人の前でも素でいく発想って、おばさんジャン。オバサンJK?」
佐伯が勝ち誇って笑う。
ぐぅの音も出なくて黙る。周りでも、女子が女子で嫌うのは、男の前では甘えた態度に変わる裏表女だと。
でも、特定の人の前だけで変えるのは、確かに普通だし、エチケット、自分達もそれは当然すると納得。
「それにしたってアンタは卑怯よ。独り占めジャン。ウチらだって相楽君と話したいし、一緒にお弁当食べたいよ、でも、佐伯が邪魔なのよ。皆思ってるわよ」
「はあ? 恋愛は自由だって言ったり、急にルールみたいなこと言ったり。厄介な人達。でももっと厄介なのは、あなた達相楽君の下駄箱の手紙とかプレゼント廃棄してるでしょ? 相楽君、手紙もプレゼントも一つも知らないってさ。私の出した手紙はどこにいったのかしらね」
なにか反論したそうにしているが、佐伯のセリフへの周りの反応が凄かった。
「えぇ~、それじゃ私の手紙、読んでないの? アドレスも書いたのに。どうせ私なんて相楽君に相手にされないのねって思ってた」
見知らぬ女子が声を掛けてきた。私もと。
「相楽君一通も見てないわよ」佐伯が念を押す。
すると見知らぬ女子が数名、寄ってきた。そして「それは酷いよ」という。
まあ、確かに酷いのかも知れない。自分のことでないなら、これが他人事であるならもっとストレートにそう思える。
どんな気持ちで手紙やプレゼントを用意したかと。
もし、俺が佐伯の為に買ったネックレスが、他人に捨てられてたら……悲しい。
でも、これは一部、俺のせいでもある。俺がはっきりしないからだ。
それと、やはりこの多勢に無勢という形がどうしても……受け入れられない。
どうしても思い出してしまう。――昔のトラウマかな。
「あの、ちょっと、ちょっと待って。確かに人の物を勝手に捨てたりどうかしたのはいけないことだと思う。でもそれは俺が全部悪いから、この子達を責めないで」
俺の言葉に、一瞬罵倒が緩むが、大切な物や気持ちを踏みにじられたことが許せないようで、窃盗は停学でしょ、退学でしょうと責め立てる。
「だからね、俺が中途半端にしてたからいけなくて……。もう、フリーでいるのはやめるよ。俺、付き合う。俺、好きな人、ちゃんといるから。あの、さ。佐伯ッ、俺と付き合ってくれ!」
そこに居る皆が完全に静まる。佐伯もすごく驚いている。
こんな大勢の前でのプロポーズ。ちょっと唐突過ぎたかも知れない。
仲根と里見と茨牧が「おぉ~」と言いながら、パチパチと小さな拍手をくれた。
佐伯が照れながら俺の方を見て、俺の告白に真剣に答えようとしてくれた。
「ダメです! 先輩それナシです。今の無効です。ずるいですいきなりそんなの、せっかくフリーだったのに、これじゃ不公平です。チャンス下さい。せめて今学期だけでいいですから、っていうか本当はもっとずっとフリーでいる気だったんじゃないンですか?」
鈴原が俺の服を掴んできた。ズルいズルいと体を振っている。
確かに本当は……、今は彼女とかそういう場合じゃない。受験勉強もキツイし、おまけに学年トップスリーは全然抜けないし、俺が必死にアタックかけてもビクともしない。でも、こういうゴタゴタも、それはそれで困る。
ましてこういう虐め的なことになると嫌だ。
こういう些細なことが理由で、のちに陰で省かれるはず。
俺の知らない裏で、きっと陰湿ないじめに発展するかもしれない。
「いや、でも、はっきりさせた方がイイと思う」
鈴原が全然よくないという。まったくいいというメリットが分からないと。
すると周りで騒いでいた女子達も――。
「いや、今のはナシね。これじゃ変よ。なんか、追い詰めた感じの告白だったし、佐伯さんだって嫌なはず。私達だってこんなのはイヤ。ここはそこの帰国子女のコが言うように、最低今学期はフリーでいてもらわないと困るわ」
意味が分からない。
佐伯も俺同様、私は付き合っても全然構わないという雰囲気なのに。
皆が勝手に話を進める。
それじゃまずは、今学期中だけは『フリー』よと。
「ちょっと待ってよ、俺は佐伯が好きだ。誰がなんて言っても付き合うよ」
「はいはい。相楽君は優しいから。私が責められてるのを庇ってくれたんでしょ? 分かってるわ。相楽君は前からそう。でも平気。私達そんな軟じゃないから。それよりも、相楽君が佐伯なんかと付き合っちゃう方が耐えられないの。この気持ち、分からないよね」
何が? 何が何だか分からない。……俺、告白したけど。
なんでこれで、付き合えないワケ? 在り得ないだろ?
そんな強引なシネマある? 答えは――、ない……のはず。
俺は佐伯を見る。すると佐伯が笑顔でお手上げのポーズをする。
仲根や里見も肩をすくめたジェスチャーする。
「ちょっとおかしいだろお前等。相楽君がコクって、なんでそんなことになンの。相楽君は佐伯さんを好きって言ってんジャン。聞いてなかったの?」
「うるさいな~。聞いてたわよ。だからぁ? フリーなんだから別にいいでしょ。相楽君は今、誰の物でもないの~、例え誰が好きでもイイの、今はね。アンタ関係ないンだから、しゃしゃり出てこないでよ。それとも私達に気があるの? ねぇ、しつこいの嫌われるよ」
「オメェらだろ。大体なぁ――」
ヒットアップする茨牧を俺は止めた。そして。
有難うとお礼をいうと、あいつら頭おかしいよ絶対と小声でぼやく。
さすがにそんな汚い言葉は出ないが、確かに訳が分からない。
「相楽先輩。ウチらこれでもルール守ってるつもりです。本気出したらもっと凄いですよ。でも先輩に迷惑かかると嫌だからこれでも我慢してるんです。嫌われたくないし。そういうトコだけは分かって下さい」
本気出すと凄い? ちなみに怖いけど聞いてみようかな……でも……怖いな。
「あのさ、本気出すとどんな感じになるの? かな?」
「たとえば~」そういうと携帯を取り出した。
すると俺の携帯が反応する。出ると「ねっ!」という鈴原の声。
「なんで? どうやってこれ手に入れたの? 無理でしょ? まさかハッキングとかできるの? まさかね」
すると、茨牧を指さし、こいつがバカだから楽勝という。他の先輩も皆、メアドも電話番号もゲットしているという。
「えっ、俺? 俺教えてないだろ。何が、どうやって俺から盗んだ?」
茨牧がパニクっている。
と、茨牧が俺にメールするのを盗み見たと説明してきた。
一度で無理だから、何度もさせてゲットしたと。それを聞いた俺は背筋が凍る。
あのメールにはそんな意図があったとは。
こっちが上手を取っている気でいたが、女子の方が何枚も上手だってことだ。
手紙やプレゼントが破棄されていたり、簡単にアドレスを手に入れていたり。
しかも、椎名達も染若達の班員も全て。
そして今ここにいる、名も知らぬ見知らぬ女子も。ちょっと、さすがに怖い。
「あのさ、その本気出すのは、止めて。それってよくないことだし」
「分かってます。無理しても先輩にアドレス変えられちゃうだけだし、皆、強引なことはしないと思いますよ。そんなに馬鹿じゃないですって」
それ、悪い事だからしないんじゃなくて、アドレス変更されて自分の思い通りにならないからしないって聞こえるけど……。俺の取り違いかな?
「っで。ここに居る中では、誰と誰が相楽君を奪い合うわけ?」
そのセリフにずらりと並ぶ。
椎名咲。新山ルミ。鈴原凛。
染若葵。河末渚。岡越一花。安倍雅。滝沢玲奈。望月ヒカル。清水梢。近野萌。ほか三名。
「あら、椎名と新山って、久保とかいうヤツ追っかけてなかった? 乗り換え? それにアンタら佐伯のダチでしょ? 裏切るの? 随分とシャバシャバだよね」
「別にアンタになんて思われても構わないけど、まぁ、佐伯には一応謝っておこうかな。佐伯ごめん。どうしても……好きになっちゃった。ごめん」
椎名と新山が謝るが、佐伯は無表情のまま頷く。
そして何も言わず、その場の流れを見る。
「相楽君そういうことだから、今学期は誰とも付き合っちゃダメだよ」
「それは断る。茨牧君も言ってたけど、俺は自分で好きになった人と付き合うし、他人にいつだとか指示されたくない」
「だから、自分で選んでいいのよ。この中で一番可愛いくてセクシィな子を」
ゾクッとする声。でも、……どちら様?
「あの、単刀直入に聞くけど、君は、誰? それと君もかな?」
「ええっ、嘘でしょ。私のこと、知らないって言ってるの? 元同じクラスだったでしょ。同じ班にもなったし、一年間一緒だったんだよ。色々話したでしょ~」
あっ、同じクラスだった子か。通りで見たことあるような気がした。
「冗談よね。この前のキャンプでもダンスしたし。本当に忘れちゃったの? 私、松宮麗香」
「私もクラスBで同じだった永見君絵」
「あの~先輩、私、この前……」
「あ、君は知ってるよ。桜庭さんでしょ? 外野守ってた。センターかな? 今はピッチャーもしてるんだよね? 今回すごかったね。おめでとう」
「ハイ。ありがとうございます。先輩のおかげです。でも私、センターじゃなくて元補欠で、元ファーストの……、いえ、何でもッ。私、桜庭真央っていいます。先輩のこと大好きになっちゃいました」
なんだこの胸を射抜かれた感じは。俺は恐る恐る佐伯を見た。苛立っている。
当然だ。
でも、なんでこんなことに、俺はちゃんと断ったし、佐伯にも告白したし、もう一度本気で断ってもみようかな、……って、絶対に無理そうだ。
「たぶんここに居ない子で相楽君を好きな子はいると思うけど、ここに居ない時点で大した敵じゃないわ。ここに居るのがライバルと言うことで」仕切る松宮。
「先輩、絶対に私に振り向かせてみせます。先輩は私を好きになるから」鈴原。
すごく厄介なことになってしまった。一体どうすればいい。
悩んでいると、昼休みが終わるチャイムが鳴った。
その場にいるほとんどの者はお弁当を出しっぱなしで、慌てて片付け始めた。
俺は佐伯の横へ戻る。
「相楽君。さっき有難う。告白してくれて。嬉しかった」
「うん。でも、なんかごめんな。あんな形で。もっとムードあるとこで、きちんとすればよかったよな」
「してイイよ、もう一回。相楽君が思う時に……。待ってる」
佐伯の言葉に頷く。仲根と里見と茨牧が、俺の肩にトンと手を乗せて頷く。
バタバタと教室へ戻る。
すると、すでに待っていた町下先生が「遅いぞ~」と忠告してくる。
帰りの連絡事項で、今学期の予定の確認、プリントの配布などを済ませ、帰りのホームルームが終わった。
「以上ね。あっそうそう、相楽君。君には、個人的にお話があるので、すこしだけ残ってね。それじゃ日直、号令」
「サヨ~ナラ」
挨拶が終わり教卓へ向かう。
と町下先生が、ちょっと来てくれると俺を廊下へ誘う。
なにやらいつもと少し違う感じだ。
廊下へ出ると「ここじゃ人が多いから」と別の場所に歩く。
教育相談室や進路指導室は三年生で満室だから、英語科のリスニング室へと行くことになった。
「さっ、入って」町下先生の指示で席に座る。
小さな机を隔てて向かい合う。
しばらく俺をじっと見つめてから、真剣な目で話し始めた。
「相楽君。相楽君が今そういう年頃だから分からなくもないけど、先生、相楽君にはもう少し、秩序を弁えて欲しぃんだ。相楽君のことだからきちんと考えてはいると思うけど、ほら、男の子ってそういうことになると抑えが利かなくなるでしょ? だから、理性がある時に言わないとね。一応これ、落し物返しておくわね」
そういうと町下先生が俺に何かを手渡してきた。――小さなお菓子だ。
「先生、これ俺のじゃないですよ」
「いいのよ相楽君。そんな照れなくても。先生は、他の人に言ったりはしないわ。だから持って帰りなさい。ないと困るでしょ?」
ん? 俺のじゃないし、別にお菓子なんて家に幾らでもある。
確かに今が試験期間なら、休み時間に糖分の補給として必要だけど。お?
おぉっ、熱中症対策の飴ってことか。でもそれなら持ってるけど。
「先生、すごく有難いンですけど、本当に俺のじゃないし、それに、俺より先生が舐めた方がいいと思いますけど、仕事のストレスも大変でしょうし?」
「えっ? ちょっと相楽君? 今、なんて言ったの?」
「いや、だから先生が……」
先生が赤面して俯く。俺はなにかマズイことでも言ったのだろうか。
確かに、先生に向かって落ちていた物を食べろとは失礼にもほどがある。しかも俺の飴じゃないし、勝手なことをつい口走った。
「スミマセン。別に変な意味じゃなくて。先生見てると心配で、つい、そう思ってしまって。俺が持ってるより先生が持っている方が役に立つと思って……。本当に変な意味じゃなくて、どちらかというと、いい意味で」
「イイ意味? 相楽君は、このコンドームを私が持ってる方がいいと、イイ意味で言ってくれてるのね?」
コンドーム? それお菓子じゃないの?
「えっ、それ、コ、えぇっ? そんな! 俺のじゃないですってば、先生勘弁して下さいよ」
初めて見たよ。中どうなってるんだろ? 見たことないよ。
って、なんでそんなヘンテコな物が、俺の落し物ってことになってるンだよ。
「相楽君。私は大人だからちゃんと自分で色々分かってるわ。問題はまだ高校生の相楽君の方なの。先生は、これは相楽君がちゃん所持すべき物だと思うわ」
なんでよ? 俺のじゃないって言ってるのに……。
「センセ~。それ本当に俺のじゃないから」
「だって鈴原さん? 後輩の子が、相楽先輩が落とすとこ見たって言ってたわよ。それで普通には返せないから仕方なく放送で呼び出したって」
なんってヤツだ。要注意どころか超危険人物だ。こんな大人の道具を俺の持ち物だなんて。大体、高一の女子がなんでこんな卑猥な物を持ってる。
一体なんに使う気だ。ふぅ。
「ソレ、本当の本当に俺のじゃないです。要らないです」
「相楽君。これいらないって、それじゃ使わないってこと?」
「使いませんよ~そんな物。そんなのしませんもん」
先生が何やら困っている。
でもいくら困ったとしても、俺のじゃない物は受け取れない。ましてや、こんな危ないものを持ち歩いたり、家に持って帰る訳にもいかない。
「こんな所でそっち系の話をするとは思わなかったけど。相楽君。いくら使わない方がイイからって、それではダメ。もし過ちが起きてしまって、相手の子が大変なことになったらどうするの? まだ高校生よ」
「いや、だから過ちは起きませんよ。俺、誰とも付き合ってないですし、それに、過ちが起きそうならその時、します」
なんで付き合ってもないのに。彼女作るのさえ悩んで迷ってるのに。
「過信しちゃ危ないのよ。途中で付けるの? 先生もそりゃいつ付けなさいとまでは言えなし、タイミングは自由だけど、でも安全面から言えば最初からの方がいいのよ。病気だって防げるし」
何言ってるんだ町下先生は? 話の意図が分からないぞ。
とにかく、落ち着け俺。よく先生を見ろ、そしてよく考えろ。なんで先生が俺にコンドームを使わせたがっているのか。な~ぜだ?
普通はそんな行為自体禁止するのがセオリーだ。まだ十六、七歳だ。
法でもダメでしょ?
町下先生は教師だから、例え生徒が守らなそうでも止める、それがマニュアルのはず。ちゃんと教員免許だって持ってる。大丈夫。
「先生は俺に使って欲しいの?」
よく先生の言葉を聞け。絶対にそうじゃないわとくるはずだ。
「そうね~。出来れば使って欲しい。ん~、でも相楽君まだ若いし、使いたくないわよね、気持ちが分からない訳でもないのよ。先生の立場で上から押さえつけたらいけないかな。でもこれだけは分かって。先生は相楽君にコレを使って欲しいの」
……ダァ~。全く理解できない。この理解力でよく学年四位になれた。
俺の解釈じゃ、先生が俺にコンドームを付けて欲しいっているようにしか聞こえない。でも絶対そんなはずはない。筋が通らない。俺の勘違いだ。
でなきゃ先生は、何を推進している……。
「俺、ちょっと分からないんで、素直に聞いてもいいですか?」
「いいわよ」
「先生は、俺にこのコンドームを付けてどうしろと? 俺、今は、もっと勉強してたいと思ってて……。上手く言えないですけど、まだこういうのは……」
先生がしばらく沈黙し、そしてゆっくりと口を開いた。
「気持ちは分かるわ。でもね相楽君。先生はこう思うの、コンドームを付けながらでも勉強はできると。先生は自然体でする行為だけが勉強になるとは思わないの。そうね~色々と不安なのよね、でも、そんなことで嫌われたりしないわよ」
「先生そんなの、無理ですよ。付けてするンですか? 俺、できないですよ」
付けて勉強? 冗談でしょ? ……? 何の為に? ないよ。先生?
「できるっ。相楽君なら。ただね、私は相楽君に言いたい、そんなにこういうことについて勉強する必要なんてないのよ。なんでもかんでも勉強しなくても。確かに男の子に凄いことを期待する女子もいるけど、知識とか何かそういうのは要らないと思うわ、ただ愛して貰えればそれだけで十分。相楽君がそんなに勉強して頑張らなくても、平気なの」
俺は誰かに期待されるから一位を狙っている訳じゃないンだけどな。
先生は、親の期待とか将来モテる為に勉強してると思っているのかな?
まぁ、普通はそうなのかな……。
でも、女性の期待に応えるための勉強じゃない……。
まして、コンドーム付けて勉強している場合じゃないよ。町下先生、違うよ。
悩んでいると町下先生が「大丈夫よ焦らなくても」と慰めてくれた。
しかし「でも相楽君、先生としてではなく、女性の立場から言わせてもらうと、しっかり付けてあげて欲しい」という。そして「変な拘りは捨てて、もう少し大人になって」と諭された。
もうほとんど思考停止状態。先生の意図が解読できない。
昔は、難しい教科書見てよくあったが、久々の脳内逃避だ。
「先生、俺、今日、あまり遅くなれなくて、ちょっと人を待たしてまして」
佐伯だ。今日は一緒に車で帰宅する約束。まだメールが来てないから、向こうもホームルームが長引いているのかも知れない。
「そうなの、それなら早くしないとね」先生がにっこりと笑う。
先生は机の中央に置かれたコンドームをスッーと押し出してきた。
まるで王手と言わんばかりの一手。
「先生は細かなこと言わないから、これ、持って帰りなさい」
「あの、町下先生? それ、本当に僕のじゃないんですけど……。先生が保管して下さい」
「相楽君はどうしても先生に使わせたいみたいだけど、先生は今、彼氏いないし、残念だけど期待に応えられないわ」
先生が保管するのに彼氏の有無が関係あるのかな? ちょっと分からないけど。でも、だからってこんな如何わしい代物を家へもって帰る訳にもいかない。
誰のか分からないし。まぁ、ちょっと中身が気になるけど……。
「俺のじゃないンだけどなぁ」
「もしかしてコレ、相手の女の子の物なの?」
いや、そういうことじゃなくて。一体誰の物なんだろうな~、って、それ鈴原凛の私物だろどう考えても。何考えてンだ俺は。どんだけ思考空回ってんだよ。
本当にあの子が廊下で拾ったと思ってるのか? 誰も落とさないよ。
……でも言えないか。それこそ可哀そうだ。後輩だし。困ったな。
「先生も相楽君に一つ聞いてイイかな? 相楽君は相当モテると思うけど、彼女とかいるのかな? これセクハラじゃないわよ」
モテるモテないは今日のこともあるし、余計なことは言わず置いておこう。
「彼女はいません。俺、今日まで誰とも付き合ったことないですし」
「ウソよ。だって~ほらっ、凄いでしょ~女子の、アタックとか」
俺は何となくお茶を濁して頷く。すると「傍から見てて分かるもの。もしかして好きな人とかいる、相楽君?」と聞いてきた。
それはさすがに答えたくない。個人情報だし。
「先生、それはノーコメントで」
「あ~いるのね~。先生に言えない子なのかな? もしかして特進クラスかしら」
「黙秘します」
先生がしつこく訊いてくる。たぶんこれを世間では、セクハラと言うと思う。
興味津々だ。先生なのに、人の恋路が気になるなんて……。
「誰かなぁ? 先生の知ってる子? それだけ教えて、名前はいいから」
なんでこんなフレンドリ~な会話してくるんだろ? 俺が恋話で盛り上がるように見えますか? 人とこういう話するの苦手です。
「せ、先生……もぅ」もうここら辺で勘弁して下さい。俺はちょっと俯いた。
「ご、ごめん相楽君。先生ちょっと調子に乗ってしまって。でも、先生はダメよ。大人だし、相楽君より少し年上だもの。いや、私も、女子高だったから先生という存在を好きになったこともあったし、周りの皆もそうだったわ。でもそれはただの憧れであって、恋じゃないから。それに卒業して、後で見たら不細工だったわよ。なんだろうね、スキー場だとカッコよく見えちゃうアレと一緒かしらね。へへっ」
あれ、どうして俺が先生を好きという流れになってるの? 俺、好きなんて一言も発してないけど。なぜ?
俺ってつくづく女性と話すのがヘタだ。不器用だ。
「先生。俺、そんなんじゃないです」ここはきっぱりとしないと。
「いや、でもね相楽君、先生もきっと後で見たら……。でも、有難う。嘘でもそう言ってくれると嬉しい先生。先生はね――」
「ちょっと、ちょっと待って下さい」お、か、し、い、ぞ。
でも有難う? きっぱり断言したのに。あっ! いいのか、生徒が断って先生が道徳的に助かったわけだから……。ん? どういうこと。違うな。ややこしい。
こんがらがって分からない。でも誤解が解けてないぞ。
「ちょっと頭が真っ白で、自分でも良く分からないンですけど、町下先生、聞いて下さい。まずそのコンドームは俺のじゃないンです。そして俺が好きなのは――」
「相楽君もう分かったから。いいわ。コレは先生が預かっておくわね。相楽君は私に持っていて欲しいのでしょ? でもぅ、こんな手の込んだことしなくても、あぁ、その為にこの場所に私を……、もぅ相楽君」
「へ? なっ? ほわ? 違いますけど。先生? ここに呼び出して連れて来たの町下先生の方ですよ。忘れたンですか? 先生? センセ~」
必死に説明すると、そうだったわと、少し正気に戻った。
まるで俺に迫られてるような顔していたけど、どうにか俺の言葉が届いたよう。
もうこの辺で帰らないと、ロクなことにならない気がする。何かがおかしい。
「先生、それじゃ俺、もう行っていいですか?」
「待って。相楽君さ、先生とエッチがしたいの? そうなの? それで……」
突然、リスニング室をノックする音がして、誰かが入ってきた。
「ち、違います。先生、先輩。やめて下さいそれ以上」鈴原凛だ。
「あら鈴原さん? どうしたの慌てて?」
「どうしたのじゃないですよ先生。なんで相楽先輩を誘惑してるンですか」
鈴原が俺の横に立ち、先生と話し始めた。
「ソレ、そのコンドームなんですけど、相楽先輩のじゃなかったです。先輩の近くにいた人が落としたみたいで、さっき探してて、勘違いでした。それもういらないみたいだったので、捨てちゃって下さい」
町下先生が「あら」そうなのと頷く。
「相楽君。だって。でも逆に良かったわ、私。相楽君のじゃなくて。それならそうとはっきり言ってくれれば良かったのに~。まぁ、言えないか、物が物だけにね。恥ずかしいものね。そ~う、鈴原さんの勘違いなのね」
色々とツッ込みたいけど、思考回路が故障してて、修復されていない。
ただ、一つだけは言える。俺は最初から最後まで一貫して、俺のじゃないって、言い続けてたと思う。
「先生、私の相楽先輩に、ちょっかい出さないで下さいよ」
鈴原がそう言って俺の腕をぎゅっと抱えてきた。それを見て先生が俺に、二人はどういう関係なのと尋ねる。もちろん俺は――。
「さっきあったばかりで、名前しか知らないですけど」
「さっき? それじゃ、まだ変な関係は結んでいないのね? そう。鈴原さん? その相楽君の手離しなさい。停学にするわよ」
鈴原がビビッて離した。すると……、先生はズルイと涙ぐんで訴える。
「先生という立場を利用して、こんな空間に先輩を連れ込んで、挙句には、停学だって脅かして、何するつもりだったんですか?」
「なにを言ってるの鈴原さんは。あなたが相楽君の落し物だって言ったのよ。それで相楽君と話し合いしてたんじゃない。相楽君は『違う、俺のじゃない』って言いたかったはずよ。自分のじゃないのに疑われたんだから。鈴原さんは謝らないと。あなた放送までしてとんでもないわよ」
普通ならぐぅの音もでないのだが、鈴原は町下先生が誘惑したことを責める。
町下先生は鈴原の冤罪を責める。
「先生は相楽君とどういう関係なんですか?」
「特進クラスの担任ですけど、なにか?」
「それだけですか? たったの。大勢いる先生の中の一先生ってことですよね?」
町下先生が首を傾げる。そして何度か俺を見る。
「たかだか担任の先生がなんで、私と先輩の恋路の邪魔するんですか?」
「あのね、相楽君は年下には興味ないのよ。残念だけど。相楽君は今、大人の女性に興味がある年頃みたいよ。諦めなさい。すごく残念」
町下先生はちょっと怒ってる気がする。いや、もしかしたら大分かもしれない。鈴原の態度のなにかにイラついたのかも知れない。
女性同士が何で腹を立てるのかはさっぱり分からないけど、これは教師と生徒の会話というより、本で読んだオフィスレディの口論だ。
「それはないわ~。相楽先輩、佐伯先輩のことが好きなんだもん。先輩は、同期か後輩しか見てませんよ。年上? ないわ~」
先生が更に首を傾げる。
「あっ、佐伯さんね。知ってるわよ。先生もとある情報でね」
げっ、思い出した、キャンプの夜の会話だ。そりゃ……。
「さっきアナタ私に、先生の中の一先生って言ったけど、それは違うわよ。先生は相楽君から憧れられてるし、一目置かれてるの。何度も助けて貰ったし、それに、二度も抱かれてるのよ」
「う、嘘ですねぇ。先輩が先生を抱くはずないわ」
「勘違いしないでね。抱くって言っても、アナタの思う抱くじゃなくて、遊びよ。一度目は台車の上で、二度目はキャンプの夜にね。相楽君に聞いてみなさい」
鈴原が俺を見る。で、先生を疑うように「ホントですか先輩?」と尋ねてきた。
先生の言う抱くと鈴原の言う抱くの意味が違うことは明らかに分かる。
ここで適当にそうだよなんて答えたらそれこそドアホだ。
誤解を解くようにいうか……、しゃべれば余計誤解を生むような気もするし。
「先輩」
どうしたものかと悩んでいると携帯が反応した。佐伯だ。俺はすぐに向かうねと返信して携帯をしまった。
「二人には大変申し訳ないんだけど、もう時間なので。先生、急いでるので、俺、行きますよ。落し物の件、誤解は解けましたよね?」
「はい。本当にごめんなさいね相楽君」
俺はそれじゃと言ってリスニング室を飛び出した。正直、逃げ出したのだ。
よく、男が黙るとか逃げ出すとか、本で出てくるけど、アホかと思ってた。
言えばいいじゃんと。でも、違う。言っても聞かないし通じない。
もう女性の中でシナリオができているのか、どんなに正論を言っても、ラインをねじ曲げてくる。言いくるめられるし、言い負かされる。
逆に、泥沼化し、ややこしいことにもなる。
今日、里見が教室で超正論をかましたが、余裕で往なされて終わった。
俺からしたら頭のイイ回答だったのに。それに引きかえ茨牧や仲根は、方向性やアプローチは違うけど、勝とうという会話じゃなく、何かを訴えてる感じだ。
茨牧は言うことを聞いてくれない姉に対してゆうこと聞いてと、仲根は言うことを聞かない妹に妥協策というか、言うこと聞きなさいてきな。
もちろん二人とも玉砕していたけど。
つまり女子と話す時は、言うことを聞かないじゃじゃ馬に、聞いて、聞いてと、お願いというスタンスが普通なんだと分かった。
すると十回に一回は……聞いて貰えるかも。それすら危ういが。
たぶん、里見には姉妹はいないはず。
俺と同じく、説明して分かってもらおうとする、同じ匂いを感じた。
里見は不器用仲間だ。
早歩きして下駄箱へ向かう、そこに後ろから鈴原が追いかけて来た。
「先輩待って下さいよ。本当かどうかだけ聞かせて下さい」
なんか初めてことが上手く回った気がする。鈴原を見ながらそう思った。
先生は俺が鈴原のいう意味で抱いていないことを知っている。当然の事実。
つまり、誤解を解かなければいけないのは、後輩の鈴原ただ一人だ。
先生と鈴原が離れたことで全てがこんなにも簡単で単純に思えるとは、あの空間には俺の知らない異様な何かがあったに違いない。
「鈴原さん。よく聞いてね。俺は先生を抱いてないし、遊んでもない。俺が好きなのは佐伯結理だけだから。以上」
「でもぅ、先生が禁断の恋よ、とか、他にも色々言ってきて」
「それはお前が高一のくせに、先生に生意気な口を利いたから、だから、からかわれたンだよ。これに懲りたら生徒らしく、後輩らしく真面目にしなさい」
俺はそういって佐伯の待つ校門へと向かった。
すると鈴原がもう一度追いかけてきた。
「先輩なら遊ばれてもいいと思ったのにな~。ちょっと残念。先輩。それじゃまた明日、さよならセ~ンパイ」ギュ~っと抱き付いたあと、走っていなくなった。
俺じゃなくて別の男子となら幸せになれるのにと、可哀そうに思った。
危険人物ではあるけど、良い子だとは思う。今日いた他の女子達も、俺みたいなアンポンタンではなく、素敵な彼氏を見つけて欲しい。
俺は佐伯の姿を見つけて走り出した。
「お待たせ佐伯」
「全然待ってないよ。相楽君、メールしてすぐきたジャン。ほらっ」
佐伯がそういってメールを見せてきた。そして携帯をしまいながら何かあったのと尋ねてきた。随分と疲れて見えるけどと心配してくれた。
……ああ。なぜか今日は凄く疲れた。
夏休み明けで、まだボケてるのかもしれない。たぶん。




