二話 恋模様
俺が彼女に出会ったのは高校一年の時。何を隠そうクラスが一緒だったのだ。
結局何も話さないような関係のまま進級したが、二年に上がり間もない頃、体育で怪我した学友を連れて保健室へ行った時にいきなり声を掛けられた。
別に俺に告白してくれた訳でもなんでもなく、内容は、佐伯結理について教えて欲しいというものだった。
佐伯は小学校からの唯一の同級生で、この学校に入学したのは、俺と佐伯結理の二人だけだ。
小学校から一緒だったとは言ったものの、中学から今日まで話したこともなく、実際のところよく分からない。知っていると言えば、家が大金持ちということと、今この学校で凄く人気があり、良い立場にいるということ。
でも、その情報ならこの学校の殆どの者が知っている。
俺は佐伯のことはよく知らないと正直に答えた。
本吉愛、それが彼女の名前だ。
本吉さんは二年のクラスになってからクラスの女子とうまくいってないらしく、その要因が、佐伯率いるグループだという。
別に直に何かをされたわけではなく、ただ馬鹿にされているというか、笑われている感じらしい。
女子の嫌がらせがどういうものかは全く分からないが、本吉さんいわく、シカトされるよりも辛いという。
一見するとイジメには見えないが、確かに小馬鹿にした笑いや否定、おばさんの嫌味みたいな感じは酷く感じた。
ただ、女子の絶妙なジョークや空気は、事情を知った後の俺が見ても、はっきり虐めとは言えない。
あからさまにシカトされ、酷い態度を取られているような、おとなしめの子の方が、圧倒的に目立つ。
こっそりと隣のクラスを覗いた。それが三日位続き、何となく把握した。
別に役に立てるわけではないけど、最初はただなんとなく、偽善にも似た責任感で、彼女を見ていた。
何度も見ているうちに、可哀そうだなと思う気持ちなのか恋なのか分からなくなってしまった。そして、できることなら守ってあげたい、という気持ちが芽生えたのかも知れない。
本吉がクラスの女子と上手くいかなくなった元々の理由は、とある噂によると、サッカー部の時期キャプテンで、この学校では、二番目にモテる久保真が関係しているらしい。
女子から人気があり過ぎて、その取り巻きの間でしょっちゅうトラブルがあるとかないとか。
同学年では一年の頃からずっと一番人気だった。
成績の低いクラスだから、選択授業さえ一度も同じクラスになったことはないのだが、文化祭や体育祭での目立ち方は半端ない。
ちなみに、この学校で一番モテるのは、三年の先輩、青柳翔一だ。
テニス部のエース。
三番目も先輩なのだが、一応今年入ってきた後輩で、バスケ部の安住祐太も同じくらい人気があるので、各学年のトップという意味も踏まえて言えば――。
青柳翔一、久保真、安住祐太、これがトップスリーだ。
一体女子が何を考えているか分からないが、抜け駆けとかヤキモチとかが複雑に絡んでいるのかも知れない。恋敵というわけかな?
何も出来ずに何日かが過ぎて、いつしか隣の教室を覗きに行かなくなった。
図書室で静かに勉強をしていると、隣いいですかと本吉さんが座ってきた。
静かに勉強をし、一段落がついた時、もう一度声を掛けられた。
「あの、放課後……少しだけ時間貰えませんか?」
俺は少しだけならと承諾し、選択教科へと向かった。
昼食も終わり午後の授業を終え、約束場所であるパソコンルームで待っていた。
……五分ほど遅れて本吉さんが駆け込んできた。
「ごめんね。ちょっと遅れちゃった。てへっ」
なんか可愛い。クルクルと巻かれた髪が肩口でふわりと転がり、息継ぎをする唇がアヒルのようにとがっている。
なんで女の子ってこんなにも可愛いのかと恥ずかしくなる。
どうしていいか分からず黙っていると、やはり佐伯結理のことで相談してきた。
「相楽君から佐伯さんに変な嫌がらせ止めてくれるようにそれとなく言って欲しいんだけど……ダメかな?」
俺? 確かに元同じ中学校出身だけれど、佐伯が俺の言うことを聞くことはまずないと思う。本吉さんはそこのとこどう考えているンだろうか。
でも、ワラにでもすがりたい気持ちなのかも知れない。
「分かった。役に立てないかも知れないけど、佐伯さんに伝えてみるよ」
「ホントに? ありがとう」
本吉さんが嬉しそうに俺の両手を取り握手してきた。
あまりのことに一歩後ずさる、が、同じ距離をピタリとついてくる。手の感触が心臓と脳を直接ノックしてくる。
近過ぎる距離感に動揺し、心がドギマギして、トキメキというか驚きというか、――おかしくなった。
次の日の昼休みに隣のクラスに行き佐伯に声をかけた。放課後に少しだけ会って貰えないかと伝えた。
絶対に断られると思ったが、普通に良いよと言われた。
佐伯のオーラはハンパなかった。俺の知っているかつての佐伯結理ではなくて、この学校のカリスマで、読者モデルでもしていそうな派手な女子に変わっていた。
「なに相楽君?」
「えっと……その……」
俺は凄く丁寧に本吉さんのことを話した。そして虐めは良くないと。
「そうね。確かに良くない。相楽君は止めて欲しいワケね。一応、分かった。でもその前に一つ聞いていい?」
俺は頷いた。遠くから覗いている時と違い、面と向かって話すと震えがくる。
「相楽君はさ、本吉愛と付き合ってるの?」
俺は間髪入れずに違うと答えた。本吉さんには好きな人がいると。
「久保真でしょ。あの子皆で決めたルール破って、それで咲とルミが怒ったのよ。あ、うちのクラスの椎名咲と新山ルミね。二人とも一年の時から久保真のファン? ま、本吉のこと怒ってる子は他のクラスにもいっぱいいるわ。まぁ特進クラスには居ないかも知れないけどね。それと一つ言っておくけど、私はあまり関係ないよ。イジメは嫌いだし。それに久保とかいうのに興味ないからさ」
自分の知っている佐伯とは別人だ。同一人物と思えない。
「相楽君はなんで本吉なんかの為にわざわざこんなことしているの? 私、あいつのこと好きでも嫌いでもなかったけど……なんか嫌いにはなったかな」
俺がその言葉に、あからさまに困っていると、だからって変なことはしない、と約束してくれた。
ただ、もし仮に向こうが変なことしてきた場合は、この約束は無効ねと念を押された。もちろん、俺もそれでいいと感謝した。
こんなにも話がうまくいくとは正直思わなかった。絶対ウザイと切り捨てられて終わると思った。
丁寧にお礼を言って、以上ですとその場を離れようとした。
「そっか、ホントにこれだけなんだぁ。てっきり、コクってくれるのかと思った。違うのね」
俺は滅相もございませんと自分の立場をわきまえ、腰低く遠ざかった。
確かに、普通は男子が女子を呼び出したら告白するのが定番だろう。
翌日、早速本吉さんがお礼を言ってきた。廊下ですれ違う一瞬だったが、その時の笑顔がとても可愛く、表情も昨日までと全然違った。
正直、もう一度手を握ってくるかもと脳裏を過ったが……それはなかった。
なんにしても解決できて良かった。本吉さんの心の傷がもっと深くなってからではこうは立ち直れないし、まさに絶妙のタイミングだったかも知れない。
しかし俺はというと、その日を境に本吉さんとは出会わなくなり、なぜか勉強が手につかなくなった。