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エンドロールでくちづけを  作者: セキド ワク
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十九話  夏休み前



 キャンプも終わり、今日で一学期も終わる。


 心なしか、皆の態度が変わったような気がする。キャンプあとということで皆の距離が縮まったと言えばそうかも知れない。


 相変わらず誰があの屋上での会話を聞いていたかは謎のままだ。

 ただ、町下先生が聞いていたことだけは分かっているが、本人はいたって知らぬ顔を貫いている。


 里見や仲根からの情報が無ければ、全く気付けない演技力だ。

 しかし、雰囲気は違う。



 体育館での全体集会の後、教室で成績表を貰う。

 順番に前に呼ばれ受け取っていく。

「相楽君」俺の番だ。


 別にこの成績にはさほど興味はないけど、ちょっとだけワクワクする。

 成績表を開くと、オール五であった。


 全て配り終わると先生が口を開いた。

「凄いことが起きました。このクラスに全教科五という生徒が出ました。この学校の創設以来三人目の快挙らしいです。理事長から個人的に表彰されるようです」

 皆が里見を見る。しかし里見は下を向く。――俺だ。


 確かに、いくら里見でも体育の実技は無理か。それに選択教科も。

 俺は運がイイ。体育も得意だし。美術も技術も、ずっと仕事を手伝ってるから、得意だし、パソコンも、調理実習も親の手伝いで慣れているし自炊してるから。


 さすがの里見も、受験勉強しながら選択教科の全てをクリアするのは無理だったようだ。


 連絡事項を聞きながら帰りの支度をする。

 明日から夏休みだからと色々な注意も受ける。


「それじゃ、これでホームルームを終わります」

 号令し皆が今学期最後の挨拶を交わす。

 やっと終わった。なんだかどっと疲れる。

 夏の熱さのせいかも知れないが、溶けてしまいそうだ。熱中症対策の(あめ)を舐め、ミネラルを摂る。背凭れに寄りかかり、家までの長い道のりを思う。やれやれだ。


「相楽君でしょ、パーフェクト」里見だ。

 俺がコクンと頷くと、クラスがざわめく。里見がやっぱりといい、こればかりはさすがに無理だと笑う。


 やはり、体育やその他の選択教科を全て五にするのは不可能に近いという。

 高校の体育で五を取るには、それなりの才能が必要だと。


 仲根も寄ってきた。

「いいな二人とも、なんだかんだで、学校でトップ的な感じじゃん」

 俺は首を振る。これはちょっと違うと。嬉しいけどそれは違うと。

 五を取った教科が、その教科で一位というワケではない。

 まして、一、二教科でいいのなら、大勢いるはずと。


 仲根と里見が自分の成績表を見直す。いっぱいついているからといって、それで成績トップになれるわけではない。実際俺は、四位だ。

 いくら五が沢山あっても、仲根の順位を抜けてない。まして、里見には勝てないと言った。遠く及ばない、とも。


「まぁ、相楽君がそう言うならそうかも知れないけど」仲根も里見も嬉しそうだ。


 クラスの皆も自分の成績表を見ながら五の数を数える。このクラスの者なら五が二つ三つあってもおかしくない。

「にしても、全部(オール)五ってどんだけって感じだよ」茨牧だ。

 俺は照れて笑う。周りの皆も茨牧のセリフにまた色を変える。

 会話によって右往左往している。


「まあ、そう言ってくれると俺も報われるよ」

 里見と仲根と茨牧に笑顔をみせた。すると安倍と望月が横から声を掛けてきた。俺はそのお褒めの言葉に照れ笑う。


「ところで相楽君って、夏休みは何してるの?」仲根が訊く。

「う~ん。基本は親の仕事の手伝いかな。もちろん勉強はするけどね」

「あのさ、休みがあったら遊ぼうよ」

 俺はいいよと即答した。と、その流れで仲根が携帯を取り出した。


「これ。まだアドレス交換してないよね、俺達」

 俺と仲根が笑っていると里見と茨牧も、自分もイイと尋ねてきた。もちろんイイに決まっている。一学期終わりに、三人もメール友達が出来た。

 俺は友達が少ないから、なんかすごく照れくさい。


「ズルぅ。それじゃ私は? 私だって同じ班だったでしょ」染若だ。

「それなら私もだよ」岡越。

「は~い、私も同じ班」河末だ。

 俺の席へと来るが、茨牧が女子はダメとお断りする。

 なぜか里見も仲根もウンウンと頷く。


 何でよ、という女子達。仲根が俺に、目で合図してきた。


 そうか、里見と仲根は、俺と佐伯の話を聞いていたンだった。

 俺に気を遣ってくれてるんだ。なんか嬉しい。友達って感じだ。


 佐伯と話してから、色々と思い出した。

 悪口を言われたこと、嫌がらせをされた過去を振り返り悲しくなった。

 何より、人生で友達と呼べるのは、惣汰と航也くらいしかいなかった。


 航也は別の学校だし、実質、惣汰だけ。誰とも深い関係を築けなかった。

 傷つくのが怖かった


 惣汰もいなくなったし、中学では独りになった。

 まぁ勉強していたから、あっという間だったけど、高校に入っても結局一年間は友達も出来ず、勉強に打ち込んだ。そしてこの特進でようやく……。


 それだって少し怖い、今だって怖い。


 仲根が、休みの日は何して遊ぶというと茨牧も乗ってきた。里見も真剣に悩む。山はキャンプで味わったし、海とか遊園地は? という。


「ちょっと! 在り得ないンだけど。男子。どういうこと? ホント~にアドレス交換なしとか言う気? 嘘でしょ」染若がちょっとキレている。

「そうよ。これ女性(じょせい)蔑視(べっし)だよね。同じ班だったのよ。何この仕打ち」河末もいう。

「いや~そんなこと言ったってさ、俺達草食系でしょ。あっ勉強系か。アハッ」

 女子達が茨牧のセリフに首を傾げながら、マジつまらないわと暴言が飛び交い、瞬時に炎上していく。一斉に茨牧を責めたてる。


「ねぇ相楽君も同じ意見なの? ねぇ、ダメ? ねぇ~え」

 茨牧の言う通り草食系の勉強系です。……とは思っていても言えない。

 これが体育会系とかならメジャーだし、まだ言っても平気そうだけど、さすがに言い訳で使えなさそう。


 甲子園や花園を目指してる、体育会系じゃないからなぁ……。


「その、女子とは……なんか、あの」言葉に詰まる。理由が出ない。

 すると、知ってるよ~という。

 俺は焦って()がと聞くと、清水さんとメールしていることという。俺がそれはと言い訳しよとしたが、分かってる~、ネコでしょと先回りしてきた。


「私達も、女子という(くく)りより、班的な(たぐい)でしょ。猫と同じだよ」

 な? 凄い論理だ。女子って面白い。いや、ヤバイのかも。

「えっと、アドレス交換してどうするのかな?」

 俺の問いに即答する。

「メールするよ」

 俺は仲根と里見を見る。困った。

 こういう時には、妹で慣れてる仲根に、頑張って論破してもらいたいところだ。


「だから、女子はさ、ダメだよ。ほら、なんていうの、恋というか恋愛に発展する場合あるじゃん? だからさ、遊びに行く時とかもさ色々……あれ? どした?」

 その場がシーンとする。茨牧がなにかとんでもないことを口走ったようだ。

 それが何か俺にも分からないが、女子の何かに触れたようだ。

 この静まり方は怖い。何? 分からないけど。


「……は? 何? 何言ってるの茨牧君。馬鹿じゃないの。別にアドレス聞いてるだけじゃない。普通じゃん。やめてよ。……もぅ。同じ班だったでしょ」

 変な空気が流れている。でもそれが何かは分からない。でも変なのは分かる。


 茨牧が何を思ったか「あ~やし~ぃな~」と腕組みをする。


 何が怪しいのか分からないけど、女子達が茨牧から視線を逸らす。

 もしかして茨牧が何か裏ワザを駆使して、論破したのかも知れない。

 たぶん茨牧も姉妹が居るに違いない。試しに訊いてみた。


「あのさ、茨牧君って姉妹いる?」

「どした? 唐突に。居るよ。姉ちゃんと弟」

 やっぱり。でなければ裏ワザなんて使える訳がない。


 でもすごいな。さすが日々女子と同じ屋根の下にいるだけある。

 しかもお姉ちゃん。妹よりも強力な存在だ。


「あっ、そうそう、姉貴が相楽君によろしくって言ってたよ」

 ん? え? なんで?

「よろしく? って? 俺のこと知ってるの?」

 すると茨牧がとんでもないことを言い出した。


「知ってるもなにも、ウチの姉貴に指導したンでしょ? 姉貴喜ンでたよ」

 んん~分からない。茨牧のお姉ちゃん?


「ほら、ソフトボール部で、ピッチャーの、(いばら)(まき)(はる)()

「うぇ、あの先輩って、茨牧君のお姉ちゃんなの? うそ」

「結構厳しかったって。でも男らしくてちょっと頼りになったとかどうとか」

 うぅうぅ、知らなかった。それなら早く言ってくれればもっと丁重にしたのに。せっかく友達になりかけてるのに、早速不穏な空気かな? なんてことだ。


「あ、茨牧君? その件なんだけどさ、なんか、変な感じだったら、その、なんていうの、悪気はないというか……」

 俺の言葉に不思議そうにしている。

「なんで? そんなにキツイ試練でも与えたの? なんかメモ通りにやってみんな凄く上手くなったって喜んでたけど。それに試合して結構強いチームに勝ったって言ってたよ」

 そうか、それなら良かった。怒ってないならそれで充分。


 ピッチャー交代って言わないで良かった。ギリギリセーフだ。

 ホント……、ギリギリだったよ。


「そうだ、今日さ、帰りに時間あるならちょっとソフト見に行く? 俺さ姉貴から何度も言われてたんだよね。どうにかして連れて来てって。どう?」

 俺は一応頷いた。


「それじゃ食堂で御飯食べてく?」仲根が嬉しそうにいう。

 今日でしばらく学校ともさよならだしと、里見も行くことになった。


 女子達がまだ話の途中でしょと小さな声で言うが、茨牧が上手にあしらう。

 さすがは姉持ち。俺とは格が、段違い。


 廊下に出ると佐伯が走り寄ってきた。隣のクラスだから見えたのかも知れない。

「相楽君」

 すると里見と仲根が先に食堂に行ってるという。

 俺がお礼をいうと、それに合わせて佐伯も二人にお辞儀をした。

 茨牧は訳が分かってない様子だが、二人に手を引かれて歩いて行く。


「相楽君、私ね、お父さんに謝ったの。すごく緊張したけど、相楽君がそうした方がいいって言ってくれたから。そしたらお父さんも『ごめん』って言ってくれて、それでね、相楽君と話したこととか色々話したら、今度お家に連れておいでって。お父さんも謝りたいんだって。もし相楽君が嫌じゃなかったら、夏休みに一度来てくれないかな? ダメ?」

 俺は必ず行くと笑顔で答えた。


「それとさ、夏休みに商店街で盆踊りがあるでしょ? 良かったら、一緒に行って欲しいんだけどダメかな? 杏ミルクはないけど、別のかき氷はあるし、イイ?」

「いいよ。お父さんと仲直り出来て良かったね。佐伯さんは偉いよ」

「だって相楽君が言ったから。お父さんね、ちょっと涙ぐんでて、それ見てたら、もらい泣きしそうになっちゃった。てへっ。相楽君の言った通りだった。なんか、ありがとう」

 佐伯はそう言うと、携帯を取りだしメアドの交換をという。

 俺は焦って、それじゃ歩きながらと教室前から離れた。


「今日はまだ帰らないンでしょ。食堂行くって言ってたもんね」

 俺は「ソフト部に用があって、その前に昼食」と笑った。


 そして、連絡先の交換を終え、お互い手を振り別れた。


 佐伯がお父さんと和解出来て、本当に良かった。俺も佐伯も随分他人から傷つけられてきた、だからこそ大切な人とは仲良くした方がいい。

 本当に辛い経験が多かったから……。



 急いで食堂に向かうと里見と仲根と茨牧の居るテーブルに見知らぬ女子が居た。テーブルの横に立ち、もじもじしている。


「あの、里見君ですか? これ良かったら食べて下さい」

 そういってテーブルにお弁当を差し出す。

「あ、俺、里見じゃなくって、茨牧ですけど。里見君はこっち」

 茨牧の言葉に、焦ってお弁当の差し出す方向を変える。

「ごめんなさい。あまりお顔知らなくて、これ良かったら食べて下さい」

 里見は差し出されたお弁当を受け取り「どうも」と軽くお礼を言う。

 それにしても、顔も知らない相手にお弁当って、一体何が起きているンだ?


「あの、私も、仲根君に。これ食べて下さい。この前のダンス、ありがとうございました」

「いや、こっちこそありがとう。これ食べていいの? ありがとう」

 仲根もお弁当を貰った。なんか里見も仲根も幸せそうだ。

 それに引きかえ茨牧の表情がよろしくない。世間を恨んでいるピエロの顔だ。


「茨牧君、昼食買いに行こうよ」俺は急いで誘う。

 人はお腹が減るとイライラするし、すでにイラついてる者は倍増する仕組みだ。幼い子が眠くてグズルのと同じくらい確かなこと。

 生き物はそういうものだから、一秒でも早くと急いだ。


 茨牧は、チャーハンと小うどんを頼んだ。俺は、和風おろしハンバーグとそぼろごはんを頼んだ。

 里見と仲根の分のウーロン茶もお盆に乗せ、テーブルへと運ぶ。

 四人揃ったところで、頂きますと食べ始めた。


「それにしても羨ましいね、里見君も仲根君も。俺なんて人生で一度だってお弁当作ってもらったことないよ」茨牧がふて腐れた感じで言う。

「分かるよそれ。お弁当って結構憧れるよね」俺は本気で共感する。

 しかし、里見も仲根も大笑いする。相楽君が一番羨ましいと。


 俺は何か誤解されている気がして、色々と言い訳しようと思ったが……止めた。せっかくの笑顔を俺の不幸話で消したくなかったから。

 俺は母親もいないし、遠足の時も三回しか手作り弁当はない。

 三回はあるのと言われそうだが、航也なんて、試合後のお弁当の時、たった一回コンビニのものになっただけでしょぼくれていた。一回で。

 ましてそれが、楽しい遠足なら大変だ。


「里見君達はなんで残ってるんですか? なにかの実行委員ですか?」

 隣のテーブルから女子が話しかけてきた。それに里見と仲根が答える。

「あ、ソフト部にですか。私達は文化祭の準備と合同体育祭の用意組みです」

 女子達は文化祭の準備と、合同体育祭の用意で残っているらしい。

 夏休みも係の者は登校して色々と準備するらしい。


 特進は無縁だけど、文化祭の出し物くらいはあってもいいと思うが、それは二年だからの余裕であり、三年の時には絶対言わない。

 ちなみに一年生は、特進クラスも出し物はあるようだ。


「俺達って文化祭の時、クラスで何もないのか。なんか寂しいね」茨牧がいう。

「十月の中旬には中間テストあるけど、茨牧君は、平気? その余裕のおかげで、トップテンから落ちるかもよ。たぶん次回は相当キツイよ」里見がいう。

「確かにそうだね。今回もきつかったし、ここに居る四人が特進男子の最後の砦。茨牧君、大丈夫? 俺は当日楽しめれば充分」仲根も頷く。

 茨牧がブルブルっと身震いした。今回八位だし、夏休みに登校するとか準備とかありえないと反省が入った。

 そのやり取りを見て、隣のテーブルの女子達が小声でカッコいいよねという。


「ちょっと里見君と仲根君さ、何をニヤついてンの。言っとくけど、俺だって本気出したら凄いよ。下剋上の騒ぎじゃないよ。鼻の下伸ばしてると、あっという間に茨牧という新星がトップに(おど)り出るかもよ」

 すると二人が、新星じゃないしと笑う。古株じゃんと。

「いや、オールパーフェクトの相楽君は怖いけど、茨牧君、君はまず、染若さん、滝沢さん、河末さん辺りを抜けるように頑張らないと。下から清水さんと岡越さんも迫ってるし、冗談抜きに次辺りはヤバイよ。他だって凄いもん」仲根が笑う。


 一年の時からトップスリーが揺らいだことはない。断トツの成績。先生いわく、今回それを揺さぶれたのは、俺と染若のたった二人だけだったと。

 滝沢もそれなりに安定していたがどうしても社会科が苦手なようで、それが足を引っ張っているようだ。


 女子達が周りでチヤホヤしてくれる中、食事を終えた。

 茨牧は相当悔しいようで、勉強自慢がちょくちょく出る。

 自分も塾では、常にトップだとか……。たぶん、そうなのだろう。


「ごちそうさま。それじゃそろそろ行こうか」

 俺がそう言うと、里見と仲根がお弁当をくれた子にお礼を言って返却した。

 二人ともとても幸せそうだ。


 四人で下駄箱へ行き、外履きへと履き替える。そしてグランドへ向かう。



 ど真ん中をサッカー部が使い、ラグビー部が端でタックルやら何やらしている。

「あ、姉ちゃん。相楽君連れて来たよ」

 茨牧の声にびっくりしたように近づいてきた。他の部員の子達ももの凄い勢いで駆け寄ってきた。


「相楽君のおかげで大分上達したよ」キャッチャーの子が満面の笑みでいう。

 俺は、それは良かったと少し照れた。


 練習を見てと早速皆が話しかけてくる。俺は隅へ鞄などを置くと、早々に部員に手を引かれていく。

 里見と仲根と茨牧は、校庭にある剥き出しのベンチへ腰を下ろし見学に入る。


「ねぇ、まずは私のピッチングから見て」

「えぇ~先輩ズルいですよ。最初は私達の守備からです」

 なんか雰囲気が前回と全然違う。

 あれからまだ一週間ちょっと、いやもう少しかな。でも、それくらいしか経っていないのに、まるですべてが別人のようだ。


 わぁわぁと騒ぐそこへ先生も来た。

「おう相楽。来てくれたのか。そうそうこの前、私立の有名校と練習試合をしたのだけど、なんとウチが勝っちまってさ、大変だったよ。向こうは地区大会のベスト(エイト)(フォー)を行ったり来たりするくらいの強豪だぞ。弱いで有名なウチがさ――」

 嬉しいのは分かるけど、地区でエイトって強豪では……ない。


 まぁ、前のチームの状態から言えば奇跡みたいなもんだけど、俺のメモ通りに、真面目にやっていれば、そりゃ、それなりに勝てるようにはなるはず。


 ただ、まだ期間が大して経っていないのに凄いな。


「それじゃ、とりあえずピッチングとバッティングを同時に見ようかな」

 皆を守備につかせて、キャッチャーの後ろにたった。

 マスクをつけ審判的な感じで様子を見る。


「見ていてネ相楽君」随分と明るい。

 茨牧のお姉ちゃんが構える。そして投げた。俺が思っていたより遥かに速い。

 スムーズなフォームで綺麗だ。無駄な力が一切なく、遅く投げようと意識してるのが分かる。コントロールも結構いい。


「ストライク! うん。すごくイイ」

 俺の声にキャッチャーが振り返る。

 するとバッターがボックスから離れ素振りをする。

 そしてバットをギュッと絞り構える。構えが半端ない。以前とは別人だ。


 ピッチャーの投げるタイミングに合わせて足を振り上げるがギリギリで振らずに見送る。上手い。俺がメモに書いたことをしっかりと守っている。凄い。


「ボール。ギリギリ外れたかな。でもそれでいいよ。ちゃんと外してね」

 俺の言葉にキャッチャーが頷く。ボール。ストライク。ボール。これでカウントはツゥースリーだ。ここでギリギリのボールを投げれるか?

 ストライクかフォアボールか。さぁ、どっち。


 来た。ストライクだ。それをバッターが狙い、定め、振るが、空振った。


「上手い。凄いよ」

 まだ一人目を終えただけなのに、俺に感想を求めようと、ピッチャーがマウンドから下りてきた。先生まで寄って来て、しまいには部員全員が寄って来た。


「どうどう、凄いでしょ?」

 俺は素直に頷いた。すると先生が俺に質問してきた。

「なあ相楽。お前のメモに書いてあったストレートの真ん中以外は例えストライクでも見送れってヤツな。アレの真意はなんだ。試合した時ドキドキしたぞ」

 俺は、あ~アレと説明した。


「ピッチャーっていうのは、基本的に――」

 すごく上手いピッチャーでコントロールがいい人でも、実はカウントに弱い。

 なにせあの強気の惣汰でさえミスが出る。だから良いカウントで投げたくて初球をど真ん中に投げるピッチャーが多い。


 でもそれを皆はあまり知らない。


 だけど、上手いバッターが初球打ちするのは有名だ。ど真ん中は言い過ぎだが、つまり初球にイイ球が来る確率はものすごく多いということだ。

 敢えて初球を外す時は、そのバッターを警戒しているし、何かの様子を見ているということ。

 それ以外は絶対に初球からストライクを狙ってくる。何が言いたいかと言えば、どんなに上手いピッチャーでも、カウントによってはフォアボールを出す。

 甘いコースに甘い球を投げてしまうミスもある。


 フルカウントに追い詰められ時、ピッチャーもバッターも、もろに、その実力がある方に傾く。打ち勝つか投げ勝つか。

 その状況が怖いのだ。それはプロでも。まして素人ならその落差は凄い。


 これという決め球の有無。コントロールの精度も左右するし。


 それにストライクはど真ん中付近でしか取れないピッチャーもいる。

 俺は淡々と説明していく。


「つまり、相楽がメモでいう、フォアボールを選ぶ練習っていうのは、ど真ん中に投げさす為か。そういう意味か」

「半分は合ってます。でも違うというか。前にも言ったけど、野球って、塁に出るゲームだし、アウトを取るゲームなんです。よく野球は九人、全員でやるとか言うけど、正直、ものすごいピッチャーとキャッチャーがいたなら、そのチームはまず優勝します」

 すると先生が、それはさすがに無理だろうという。教育者だし。


「いや、例えば、僕ら高校生ですけど、卒業後に即プロで通じる化け物がいる学校って、つまりほぼプロが投げているってことですよ。断言できます。プロの球を芯で捉えるなんてできないし、打線がつながるワケない」

「いや、でも、バントとか色々方法はあるだろ?」

「先生。皆色々意見はあります。実際ちょっとは打たれるし。ただ今先生が言ったことは机上の空論です。プロの球を確実にバントできるなら、それこそプロの球団から引っ張りだこですよ、バント職人として確実に送りバントできますし。って、そういう難しい話や論理じゃなくて、もっと単純な子供の話ですし」

 俺は更に笑顔で説明した。


 ピッチャーって実は、三振取るのをコントロールだけでするのは凄く大変だと。

 バッターが振らずに立っているだけでも、必ずいくつかのフォアボールを出す。

 ただ試合では、絶対途中で振って、カウントをあげてしまう。

 しかもボール球を。


 確かに最初の内は集中しているし、疲れもないからビシバシ決まると思う。

 もちろん、プレッシャーに強くて、調子も安定してるという前提で。

 それでも全員三球三振なんてありない。必ず狙いがハズレてのボールがでる。

 上手いピッチャーでもミットを構えた場所じゃないトコに来る回数を言ったら、キリがないと伝えた。


 甲子園とかでも、急に打たれだす時、バッターのタイミングが合ってきたというよりも、ピッチャーのストライクの取り方が、疲れてヘタになったのが答えだ。

 疲労からくる乱れで、細かなコースが狙えない。球威も衰える。

 どんなに意識しても、大まかにしかできなくなる。


 コントロール重視のストレス要因が、心と球の乱れの理由だ。


 フォアボールもヒットも同じ、どっちも出塁という結果だが、かといってフォアボールにアウトはない。ただのミス。


 勝つためにはストライクを取るしかない。もしくは打たせて取るか。

 ピッチャーは疲れてくると、一番いけないのがフォアボールだと強く思うようになる。チームにも迷惑かかるし、監督や先生にも怒られる。

 それでも気の強いピッチャーは、自分を信じて、ツゥースリーからでも際どい所を狙う。でも、結果フォアボールを三つだして満塁なんてことになる時がある。

 つまりバッターの見極め勝ち。もしくはピッチャーのコントロール負け。


 こんな時監督は交代するか迷う、ピッチャーを信じて満塁……、次は押し出し、監督もピッチャーももう崖っぷち、それがフォアボールのプレッシャーと難しさ。

 そんな経験をすると、次からは投球が変わる。強気なピッチャーですら、さっき言ったカウントに戸惑うようになる。

 しかし、ど真ん中は打たれるから、それ以外のコースでストライクを取らなければならなくなる。でもフォアボールはダメ。

 まして相手は、ピッチャーの投げやすい真ん中辺りを狙う。

 それ以外は振らないくらいの徹底ぶり。


 その時、普通のストライクゾーンが、どれほど小さく感じるか……。


「この前試合した相手ピッチャーって、最後はボロボロだったでしょ?」

 キャプテンであるキャッチャーの子に訪ねた。するとウンと頷く。


 球は入らないし、真ん中辺りに投げると打たれるし。

 実はスピードも、本来の実力より落ちていたはず。


 投手のコンディションは体の疲れもあるけど、精神的な疲労も大きい。

 フォアボールやデットボールを投げないように注意して、本来の実力の半分以下のピッチャーに成り下がる。

 もっと言えば、こっちのあからさまな狙いや態度に、打たれないようド真ん中を封印した試合展開になる。


 ストライクゾーンの中心辺りが、ブラックホールの穴に変わる。


 そういう精神状態は、ストライクの取り方が乱れて、キャッチャーとの連携自体が崩れていくのだ。

 だがもし逆に、ど真ん中で空振り三振がバンバン取れると、ピッチャーは調子が上がり、逆にヤバイんです、と笑った。


「そ、そうだったのか? 確かに凄く追い詰められてたような」

 想像がつく、汗を垂らしながらキャッチャーを見る姿が。

 そうなるともう手遅れだ。キャッチャーがミットをゾーンから外に大きく外してももうそこに投げることさえプレッシャーだ。

 自分がミットに投げれてないと気付く。自信も体力も重くのしかかる。


「ストライクを取りにくる時、際どいコースはなくなり、ゆるくて真ん中による。それだけを打つ。そうなるようにチーム皆で一丸(いちがん)となって良くボールを見ていく」

 それが出来るようになるにはバントの練習が一番いい。

 しかも見逃し三振を恐れないこと。例え何人アウトになっても。


 見逃し三振を取るとピッチャーは流れに乗る、が、一貫してチームでそれをやられると、じきに追い詰められる。いずれ疲れて相手のコントロールが崩れる。

 更に、何度も見逃しが続くと、時に審判の心を動かすこともある『果たして今のジャッジは本当にストライクであったのか?』と。

 更に、自分のチームのピッチャーがゆっくりなボールで際どいコースをちゃんと狙って投げていることに気付くと、審判の思考やジャッジが一気に変わりボール球を決め球として、ストライクとジャッジするようになる。


 試合は審判のジャッジで相当変わる。だからキャッチャーはまず審判の癖を探る所から始めないと、決め球がボールにされてにっちもさっちもいかなくなるのだ。


 惣汰でさえ絶対、真ん中辺りしかバッターが振らないとなれば相当てこずる。

 全てコース枠でストライクを取るなんて不可能だ。

 上手にカウントを稼ぎ振らせて、キメ球で仕留めるのがベスト!

 精神的にもスタミナ的にも疲労したくはないから。


 大まかに言えばそういった理由だ。だが、何より、あの時のこのチームにはそれしか道がなく思った。アドバイスするならそれがいいと。

 タイミングさえ取れてないバッティングだったし。でも、今は普通に上手い。


 ちなみにいうと、この現象は試合のみの、特別事例。

 普段の練習では、ピッチングが乱れるうんぬんはまずない。試合時のみ。

 まぁ、練習時でも、怖いコーチや監督に怒られた直後ならないこともない。


 緊張感とプレッシャーの中での投球。誰もが練習通りに、乱れることなくできるならば……、まぁそれは、あまり非現実的な話。基本、ない。


 それはバッターでも同じこと。

 つまり、普段の練習では、バカスカ打って、バッティングセンターでも調子よく打てて、タイミングもバッチリ。でも、いざ試合になると、打ててたはずのそれが打てないことがよくある。これは誰にでも経験のある、あるある事例。


 試合時と練習時とでは、まったく違う何かがあるのだ。



「もう少しピッチングとバッティングを見せて」

 俺はそう言って皆を守備位置へ戻した。

 茨牧のお姉ちゃんは信じられないくらいイイ球を投げる。これなら打ちたくてもなかなか打てない。


 それにしてもよくここまで力まずに投げれる。

 いくらコントロールだけをと言っても、見た感じ、キャッチャーまで届かないンじゃないかというくらい、リラックスした脱力フォーム。

 でも放たれた球はキレキレだ。大化けしている。


 バッターもホントに良くボールを見極めている。

 もしかしたら打てるというボールも、言われた通りに敢えて見逃してる?

 ボールと体の動き、タイミングからいっても振れば当たると分かる。

 少しもったいなくも感じる。けど、でも、もし振っていたら芯を外してコロコロかもしれない。ヘタなことはまだ言えない。


 これでいい、敵のキャッチャーはバッターを見てタイミングがばっちり合ってることに気付くし、真ん中を外して際どいトコに構えるようになる。

 それも負の連鎖に繋がる。プレッシャーは、かければかけるほど効果的だ。



「それじゃ守備見せてくれる。先生、シートノックお願いします」

 先生がノックしていく。大分上手くなっている。今までの守備より、ワンテンポは速い。球をエラーしてもファーストでアウトにできる守備だ。

 しっかりとアウトを意識している。

 これまでの、ボールをエラーしない意識から、落としてでもアウトが重要という意識に、守備位置からして分かる。前の陣形より余裕のあるポジショニング。

 捕球後の動作が圧倒的にいい。信じられない。


 エラーしない為により後ろで取ろうとか、打球が弱まってからという考えも完全に消え去っていた。打球への恐怖心も薄らいでいる。

 エラーはダメじゃない、目的はアウトという意志が見える。


 外野も上手くなっている。

 特にフライに関しては、ちゃんと落下位置に入っている。まだエラーはするけどちゃんと位置に入れていることで、アウトの確立も相当増えている。


 一通り見ると部員たちが集まってきた。

「どう相楽君、上手になった?」

 ホントに凄いよと、オーバーアクションで伝えた。こんな少しの期間でこんなにも上達するなんてと。すると「相楽君がメモを書いてくれたから」と感謝する。


 今までの練習は、正直、何をどう頑張るかが分かりづらかったという。

 俺はその言葉にハッとした。

 この子達は昨日今日始めた子達じゃなくて、ずっと毎日遅くまで残って練習していた子達だったンだと。


 確かにボールが怖かったり、上手く打てなかったかも知れない。

 上手に投げれなかったかも知れない。けど、サボっていた訳じゃなくて、何かに迷い苦しんでいただけ、それさえクリアできればいくらだって成長するし伸びる。

 これは奇跡じゃなくて当然の実力だと。


 一週間どころか、一日だってあれば変わる。毎日部活を頑張ってたわけだから、練習が変わればどんどん生まれ変われるし伸びる。

 悪い箇所や癖、間違えてた部分を改善したら、それは大化けしたりスランプから立ち直ったりするのはどこにでもある話だった。


 俺は心の中でごめんなさいと呟いた。ちょっとなめていた自分を反省した。

「どうしたの相楽君? なんか変なとこある?」

「ない。皆凄く上手いと思う。どことだってガチで戦えるよ。頑張ってね」

 そう言う俺にピッチャーの子が「私の球を受けて」と申し出てきた。

 俺はいいよと校庭の端へ寄る。

 キャッチャーの子にミットとマスクを借りるが、どちらも少しサイズが小さい。


「茨牧君。良かったら手伝ってくれる? あのさ、バッターとしてここに立って」

「いいよ。ここでイイの」

 グランドでは守備の練習が続く中、俺は端でピッチングがどれほどか見る。

 まずは外角。少しぶれているがちゃんと狙っているのは分かる。前回とは違う。それじゃ、内角。これもまた少し中央に寄るな。


「あの、茨牧さん。速度をもっと落としてでもミットを狙ってみて下さい」

「焦った。俺に言ったかと思って返事しちゃったよ」茨牧が照れて笑う。


 内角。ウン、大分寄ってきた。やっぱデットボールを当てるのが怖いのかな。

 ここはいっちょ、限界を狙うか。俺は茨牧の懐ギリギリに構えた。すると驚いた顔で俺に『本当に?』と確認してくる。

 俺がウンと頷くと、ヨシッと切り替え、振りかぶる。


 来た。上手い。ちゃんとミットに入った。

「あっぶね~よ姉ちゃん。ぶつける気かよ。アホか。怪我するよ」

 しかし、俺はミットを一ミリも動かさず見せつける。

 無言でも伝わるように、今投げた球がどこをどう通りどうなったかを。

 茨牧のお姉ちゃんは俺の意図が分かったようで嬉しそうに頷く。

 それを確認して返球した。


 もう一度同じ場所を(えぐ)る。真剣にミットを見る。来た。茨牧がオーバーに避けてまた詰め寄るが、球はまたミットへと吸い込まれた。ヤバイ。超気持ちイイ。

 すると向こうでキャッキャとジャンプしだした。茨牧のお姉ちゃんも嬉しかったようだ。返球して外角を要求する。ドンピシャだ。

 ピッチャーの集中が増して、ノッてきている。


「茨牧君。反対側のボックスというか、こっちに立って構えてくれるかな?」

 左右を変えてどんどん投げ込ます。凄い集中だ。キャッチャーの子も俺の配球をピッチャーの後ろから見ている。


「よし。それじゃ最後にど真ん中に思いっきり投げて下さい」

「思いっきり? 全力ってこと?」

 俺は頷く。これでフォームが崩れて暴投になるか、それとも決め球になるか。

 大きく振りかぶる。綺麗なフォームだ。

 ゆっくりと振り上がる腕が徐々にスピードを上げていく。来た! ――速っ。


 少し高めのど真ん中に突き刺さる。

 ――ビタ止め。

 グローブが合ってないからか手が痛い。

 物凄い音に先生や皆が振り返る。グランド中がどよめく。俺が禁止した速球。


 俺は返球せず、そのままボールを持って茨牧のお姉ちゃんの元へと向かった。


「今の球、茨牧さんのここぞという時の決め球にしたら、誰も打てませんよ。絶対タイミングが合わないから。ここぞという時にね。ど真ん中限定で」

 俺がそう言うと嬉しそうに「ハイ」と返事してくれた。



 自分が書いたメモを借り、もう一度確認していく。

 守備やバッティング、キャッチャーの配球についての内容を確認した。

 そして新たなメモをプラスして返した。


「それじゃ俺、帰ります。試合とか大会とか頑張って下さい。応援してます。皆で楽しんでいい思い出を作って下さい。楽しむことを忘れないで」


 俺も、惣汰と航也といっぱい楽しんだから。良い思い出がいっぱいあるんだ。


 俺の言葉に部員の子達がサンバイザー的な帽子を外し、挨拶してくれた。

 見学を終えると、茨牧にお礼を言われながら下駄箱へ向かう。


 これで本当に一学期が終わった。明日から夏休みだ。





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