表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンドロールでくちづけを  作者: セキド ワク
15/36

十五話  テストあとの休息



 昨日で期末試験は終わった。

 五日間の戦いに疲れたが、一日経つと全てが嘘のように感じる。

 今日は土曜日、午前授業だ。

 本当ならのんびりできるのだが、俺はちょっと()()(よう)がある。


 五月中旬の中間試験、梅雨も過ぎ、そして七月初旬の期末テスト。

 あっという間だった。あとは、来週のキャンプが過ぎれば夏休みだ。



「あれ? 相楽君なにその荷物?」

「あ~これ。ちょっと、ほら、この前体育科の先生と約束したでしょ? あれ」

 へぇ~と微笑む仲根。


「それじゃ今から、食堂でご飯食べるの?」

 そうだねと頷く、すると俺も食べていくよと付いてきてくれた。

 食堂に着き食券を買う。仲根が、何が美味しいと聞くから、お弁当より美味しい物はないと、料理場のおばちゃんに聞こえないように小声で教えた。

 二人ともカツカレーにした。


「でさ、相楽君はどうだったテスト」

「あ、俺、今回答え合わせも採点もしてないんだよね。なんか疲れちゃってさ」

 俺の言葉に確かに今回はハードだったという。


 話しながら二人で食べていると、そこに清水さんと近野萌が走ってきた。

「ア~買っちゃったの~お昼。せっかくお弁当作って来たのに……」

 清水さんが残念そうにいう。

 ごめん知らなかったからと謝ると、二人は仕方ないねと横に座り、久しぶりに、一緒に昼食をすることになった。


「テストどうだった?」試験後のお決まりのセリフをいう。

 皆、テストが早く返ってきて欲しいのだ。気になる。

 それなりに頑張った者は、早く結果が知りたい。

 不安と期待の呪縛、それから解放されたい。


「相楽君この後って、ソフトボール部行くんでしょ?」

「清水さんどうして分かっちゃうの? 俺誰にも言ってないのに……」

 さっき教室で仲根と話しているのを聞いたという。

 俺はふと思う。子猫の時もそうだけど、大声で話してるワケでもないし、教室が静かなのは授業中だけで、休み時間は普通にざわついている。

 隣や後ろの席でもなければ、とても聞こえるとは思えないけどと。

 ちなみに俺は、隣で話していることは知らない。余程騒いでいれば意識するが。


「私、見に行きたいんだけど、この後班決めの話し合いがあってさ」

 清水さんが大変そうな感じでいう。

「まだ決まってないンだそれ。長いね」仲根が食べながら言う。

 そうなのと頷く清水さん。


 時計を意識しながら先に食べ終えると、仲根と女子達が終わるのを、ジュースを飲みながらゆっくり待つ。

 スポーツバックのチャックを開け、キャッチャーミットとマスク、それと内野用グローブをチェックした。


 やがて皆が食べ終わり、その場で各自バラバラに別れた。


 本当は下駄箱まで仲根と行こうと思ったが、体育教官室へ行った方がイイのではと思い、そちらに向かうことにした。


「失礼します。相楽ですけど」

「お? え、今日? もう来てくれたのか? おお、そうか。ありがとう」

 俺は先生と一緒にグランドへと向かった。

 グランドでは女子達がジャージ姿で準備運動をしていた。

 先生に紹介されると、一応挨拶らしきお辞儀をされ、こっちもお辞儀を返す。


 俺は軽く手首足首をほぐし、屈伸(くっしん)をしながら、選手やグランドを見渡した。

「お前等もう外周走って来たのか?」先生が偉そうにいう。

「はい」キャプテンらしき子が答える。

 ジャージの色で誰が何年生か分かりやすい。

 ただ、Tシャツだから名前は分からない。

 どうせなら、上も体操着だと、苗字も分かって楽なのに。

 さすがにシャツをめくって、腰部分の名前をチラリと見る訳にはいかない。


「でぇ~どうする相楽。なにからしたらいいかな?」

「え? 俺は参加するだけですよね? 一緒に練習する……ンでは?」

 先生が首を横に振る。先生いわく俺に野球を教えて欲しいという。


「教えるって、先生、俺が野球できるかどうかも分からないのに、そんないきなり無謀なお願いしていいんですか?」

「できるでしょ? 風の噂で聞いたぞ。相楽が凄く野球上手いって。それに、仮にその噂がどうでも、運動神経がイイのは確かだしな」

 風の噂? どんな風だ。


 この学校で俺が野球してたこと知ってる者なんて居たかな?

 いや、いないはず。仲根でさえ知らない。


 ん~佐伯? いや佐伯だって……。

 あっ、知ってるか。この前の試合見に来てるから。

 でも、佐伯がペラペラ体育科の先生にいうか? 絶対に言わない。

 それに、風に乗せて流すか? それもないな。


 佐伯が流さないなら、この噂は絶対に流れるはずはない。

 佐伯以外知る者など……いない……はず。……だよな? あれ?



「ちょっと、なにをボッーとしてるんだ相楽。皆、相楽の指示を待ってるぞ」

 参ったな。どうするか? せっかくだしちゃんとやるかな。

「それじゃあ、まずいつもの練習を見せてもらえますか?」

 先生も生徒も分かったと言って練習を始めた。


 まず、九人が守備位置へとつき、先生がノックを始めた。内野から順番にボールを取ってファーストに投げる。外野はボールを取るとセカンドへと投げる。


「あの、ちょっと君たちは何してるのかな?」

「私達ですか? 補欠なので、ここで見ていたというか、邪魔ですか?」

「いや、邪魔じゃないけど。そうじゃなくて……。んそっか、分かった。ちょっと補欠の子はグローブ持って集まって」

 俺はシートノックしている先生の元へと行き、順番に教えていくから、そのままいつも通りの練習メニューを続けて下さいと伝えた。

 先生の了解を貰うと俺は補欠組と集まった。

 ちなみにシートノックとは、守備位置につかせてのノックのことだ。


「一、二、三……五人ね。まず、初めに言っておくね、今から自分が補欠だという感覚はなしで。今から全員レギュラーとしてやってもらうからそのつもりで」

 早速五人の子は首を傾げている。俺はその趣旨を伝えていく。

「いいかな? まず自分が、何が苦手で何なら出来るか考えてみて」

 それらは口々にいう。全部苦手だと。しかし俺も負けじという。


「えっと君の名前は?」

 俺の問いに、垂らしたシャツをペラリとめくり名前を見せながら答える。

 俺はちらっと見えたお腹にドキッとして、ソレ止めてと取り乱した。


「いい? 桜庭さんはまだ一年生でしょ? もちろん、一年生でレギュラーとして向こうでノック受けてる子もいるけど。あと、二年生と三年生もここにいるよね。よく聞いて欲しい。まずは、練習しないと上手くならない。けど、ただ練習すればいいってことでもないわけで、上手く言えないけど、ここにいるってことは理由がある。それは、実は、みんながすでに原因を知ってるはず。例えばだよ、ボールが怖いとか、走るのが苦手とかさ」

 俺は丁寧に話していく。五人とも一生懸命に俺の話を聞いてくれた。

 別に先生でもコーチでもない、ただの一生徒の言葉。


「苦手なことを克服するのは良いことだけど、そうじゃない方法もある。それは、スポーツじゃなくても一緒で、例えば、スポーツが苦手な子は勉強を頑張ればいいっていわれそうだけど、それは範囲がひろ過ぎる。話が長くてダルいだろうけど、聞いてね。つまり、スポーツが苦手だってことも勉強が苦手だってことも同じで、勉強は数教科中、国語が得意ってだけでも良いでしょ? でも俺が今言いたいのはそれでもひろ過ぎるって話。漢字だけでイイの。社会なら歴史だけとか。理科なら生物だけ。もっと細かな所でも良いくらい」

 俺のセリフに、五人が必死に分かろうと食いつきてくれている。


「分かりづらいと思うけど、そろそろソフトボールでいうね。ここに居る五人は、全員、ファーストの守備をレギュラーとして練習する。練習方法はキャッチボールオンリー。このメンバーで投げ合うだけ。ノックもなし」

 五人が驚いている。特にノックなしに。


「ただ、もう一つ重要なのは、バッティング。キャッチボールしかしない分、後の全ては、素振りとトスバッティング。そのすべてをこのメンバーでこなす」

 俺は他にも、このメンバーでバントの上手い人は、バントだけを練習することを告げた。五人は驚きながらも必死に頷く。


「でも、私達本当にヘタで、そんなできるか分からないです」

「できる。部活の時間は、常にキャッチボールして、素振りとトスバッティングをすれば、絶対、誰もが驚くファーストになれる。あ、それと、いきなりじゃなくていいけど、キャッチボールの時は必ず、片足はベースにつけてね。それをどちらの足でも出来るようにさ」

 ノックはないし、お話しながらのキャッチボールなら、ボールが怖くないでしょと笑ってみせた。すると早速始めたいとやる気を見せる。

 しかし俺は、五人にバットを持ってくるよう指示を出した。

 持ってきた五人を一列に並べて構えさせる。そしてゆっくりとしたボールを投げバントを要求した。


 思ってた以上にヘタクソだ。さすがは補欠に選ばれるだけある。


 俺はバントに向いている子を見つけた。

 まあ、レギュラーの子の足元にも及ばないであろうけど。


 次に、五人を引き連れテニスコート前まで行く。

 シートノック中の者達や他の部活の者達も、こっちをチラチラと見てくる。

 そんな中俺は、テニスコートの金網越しに人を探す。


「あの~、青柳先輩。先輩、お願いがあるんですけど、このソフト部の子らの為に一分お時間下さい」

「お、相楽君? どした? 聞いたよこの前食堂で、菅林とあの井ノ内を黙らせたって。凄いねホント。あいつら素行が悪いから、それ聞いてスッとしたけどさ」

 青柳先輩が快くテニスコートへ招いてくれた。


「いや、ちょっとこの子達に、見せて欲しいことがあって。あのっ、今からテニスボールを投げるので、ラケットでキャッチしてもらえますか?」

「キャッチ? 取ればいいの? 止めるってこと?」

 そうですというと、青柳先輩が軽く身構えてくれた。俺は散らばるボールを拾い先輩にふわりと投げる。それを先輩がなんてことなくラケットで取る。


「なんだ、もっと思いっきり投げるのかと思ったよ。もう少し速くていいぞ」

 先輩の言葉に少しだけ速く投げた。それを余裕で取る。

 色々な受け方を見せてくれた。正面で取ったり後ろから回した手で取ったりと。


「青柳先輩ホントありがとうございました。本当に為になりました」

 俺は今見たことを五人に説明する。

 今先輩が見せてくれたことが、バントの基礎になると。


 投げられたボールの勢いを殺し、手前に落とす。なにも、先輩のように取るまで出来なくてもいいんだと。


 五人は早く練習したくてうずうずしているようだ。テニスコートではテニス部の女子が、そんなの簡単だよとボールのキャッチを披露してくる。

 そこへ女子の部長らしき生徒が、アンタらはいいから自分のことやりなさいと、素振りを指示した。


「ありがとうございました」もう一度頭を下げ、テニスコートを後にする。

 グランドに戻るとやけに色々な部の視線を感じる。

 五人を引き連れ元の場所へ戻り、そしてもう一度並べて、一人ずつ優しいボールを投げる。


「そう、バットでキャッチするように。ボールを良く見てね。まずは、ゆっくりな優しい球でいいから。それを徐々に。キャッチボールもそう、まずは優しくね」

 あとは自分達でねと告げ、先生の所へ戻ると、補欠組を見てびっくりしている。何の練習なんだと。


 俺は一連の流れを説明して、彼女たちをいずれ、試合の時やチャンスが来たら、必ず打席に立たせるように説明した。今は(つたな)くても、必ず輝くからと。



 シートノックをチラチラと見ていたが、やはり他校に勝てるレベルではない。


 サードはそこそこだけど、ショートとセカンドはちょっとなという感じ。

 レフトはいいけど、センターとライトはヘタだ。

 つまりピッチャー、キャッチャー、ファーストを除いた守備で、サードとレフト以外はあまり使えないということだ。


「それじゃ皆のバッティングが見たいので、ピッチャー以外の人、いつもの打順で打席に入って下さい。キャッチャーは俺がやるので、先生とキャッチャーの子は、空いた守備を守っちゃって下さい。シートバッティングなので、試合だと思って、ちゃんとランナーになったら、バックホームまで戻れるよう意識してね」

 俺は自分のミット、それとマスクを被り守備位置へ着いた。


 女の子のピッチャーかぁ。


 俺はとりあえず、打たせてあげる気で、ど真ん中に構えてみた。

 来た。……遅いような、打ちごろの球速。しかも球が外へと外れる。

 第一球目だし緊張したとも言えるが、投げ方が不自然だ。


 俺は次も同じ所へ要求してみた。また外れた。さすがに惣汰と同じことを要求はしないが、随分とコントロールが悪い。

 俺の一存でピッチャーを変更するわけにはいかないけど、センターかライトの子にピッチャーの練習をさせといてもいいかもしれない。


 少し外を要求してみた。ミットへとこない。外れる。

 つまりこのピッチャーは、投げたら投げっぱなし、それをキャッチャーが取りに行くという思考になっている。


「ちょっとタイム。キャッチャーの子戻って、俺がピッチャーするから」

 ピッチャーの子に守備へ入ってもらい、俺がマウンドに立つ。興奮する。

 夢にまで見たピッチャーだ。俺はキャッチャーの指示を待つ。

 けど、一向に指示が来ない。俺はタイムをかけキャッチャーを呼ぶ。

「君が思うように構えて。俺ヘタだけど、なるべくそこを狙うから」

「はい分かりました」

 君とか言っちゃったけど、ジャージからいっても先輩だ。それにハイって言わせちゃったよ。


 すごく緊張する。マウンドに戻ると、ミットをど真ん中に構えてる。

 ランナーもいないし思い切り振りかぶる。

 ボールを持つ手とグローブを後ろへ回し、白鳥のような翼を背中に作る。

 そこから両手を前に出すと同時に左足を出す。

 右手をぐるりと回し、モモへと擦りつつ、ボールを軽くリリースした。


 優しい緩やかな球が、狙ったミットへと吸い込まれる。

 ストライクだ。審判がいたら叫んでくれていいど真ん中だ。


 グランド中が騒いでいる。緩やかな球だがイイ球だったからか? それとも俺が女子に混じって投げているからか、それとも別の何かで……。


 俺はキャッチャーの要求を見る。またど真ん中だ。俺は首を横に振ってみた。

 すると外角に構えた。俺はにっこりと笑いそこへ目がけて優しく投げた。

 空振りし、球は構えたミットの中へ吸い込まれる。次の要求を見る。

 またど真ん中、俺は首をフリフリする。すると外角に構える。

 俺はまた拒否し首を振る。次の狙いは内角だよと。


 俺は、同じキャッチャーであるその子に、キャッチャーの役目を知って欲しい。


 ピッチャーとキャッチャーは、決してストライクへ投げないということを。

 甘いコースや甘い球は投げてはいけないよと。


 そりゃ剛速球でど真ん中へビシバシ投げるのは理想だ。全て三球三振で。

 しかし、そうじゃない。

 だとすれば、いかにストライクに見せるボールを投げるか。

 そしてボールと思わせるストライクを投げれるか。


 その為にはまず、ピッチャーとキャッチャーは、互いに要求した球を、近くでもいいから、約束通りに投げれないといけない。

 勝手に投げて、それを勝手に取るではダメだ。


 一応構えるや一応そこを狙うではダメだ。 


 俺は次々に三振に取っていく。

 すごくやさしい所へ投げているが、バッターは全く打てない。

 そこで先ほどの補欠だった五人を呼び、バッターボックスへ立たせる。


 俺はキャッチャーの要求通りに優しく投げた。

 すると、コツンと当ててバントしてきた。

 俺は嬉しくて本来ファーストにカバーへ行かなければいけないのに、走ることを忘れてジャンプしてまった。

 前進して取ったファーストが投げようにも誰もいない。


「ごめん。つい嬉しくて」手を合わせ、ファーストの子に謝った。

 次の子もまたバントでコツンと当ててきた。が、キャッチャーが透かさず取り、一塁へ投げてアウトにした。

 俺は振り返り色々と様子を見たが、今の打球とタイミングなら、二塁が正解だよと教えた。試合なら送りバント成功ということだと。



 更に練習を続けた。

 結局、もと補欠組はバントとはいえ当ててはきた。スリーバント失敗でアウトの子もいたが、今さっきまで補欠だった子なら上等だ。

 それよりもレギュラーの子達が心配だ。誰一人、俺の優しい球に当たらない。

 女子とは言え、他校のピッチャーは手加減した俺のこの球より何倍も速くて重い球を投げれるはず。


 これでは一回戦も勝てないのは頷ける。

 守備も穴だらけで、バッティングもない。相手に勝てる要素がない。


 シートバッティングが一通り終わると、皆を集めて、先生とキャッチャーの子に感想を聞いてみた。

 キャッチャーの子は、やはりキャプテンの様で、口をつぐんでいる。一方先生は口を開いた。


「なっ、分かったか? そういうことだ。だからいつも言ってるだろ? これじゃ負けちゃうンだよ。なっ。分ったら練習しかない」

 何が「なっ」なのさ。説明は?

 弱点とか改良すべき点とか、これからの練習方針とか言わなきゃダメじゃん。


 先生、お願いしますよ。俺の口からは、言いづらいですから。


「相楽はどう思ううちのチーム? なんかした方がいい練習あったら全面的にやるけど、なにかある? あるンでしょなにか? 言っちゃっていいぞ。ほら」

 ん~。言うか。でもな。傷付けたくないな……。


 まずはどうこう以前に考え方か。


 まず、なんでサードとレフトがこのチームの中では上手いのかということ。

 大体想像がつくけど、試合を重ねるうちに先生がそこを固めた。

 どんな試合が続いていたか想像がつく。右バッターにガンガン打たれまくった。

 でもこれじゃダメだ。バランスが悪過ぎる。

 ただ……もうチーム自体が、そういう雰囲気や流れになっているはず。

 上手い子が内野を守るとか、三塁側が上手いとか。色々あるだろうし。


「相楽~なにかないか? さっき補欠に教えたようなので良いからさ」

 そうか、あまり厳しく言わないで、優しく上達できそうなことだけ言おう。


「そうですね。まず、守備位置は一点だけ。深い意味はないので『あっそ』くらいの感じでポジションチェンジして下さい。レフトとセンターチェンジで」

 うわっ。やっぱ先生も皆も、たったそれだけで嫌がってる。大丈夫なのに。


「それで、外野の練習方法は、普通のキャッチボールを十の内の三として、残りはフライを投げ合うキャッチボールをする。それだけ。基本ノックはなしで。それと内野も普通のキャッチボールを四割で、バウンドさせたキャッチボールを六割で。もちろんシートノック有りです」

 先生も生徒もそれだけという顔をしている。


「あ、あとピッチャーとキャッチャーですよね? ピッチャーは、スピードボールは禁止で、コントロールだけ練習。キャッチャーがミット構える所に、絶対に行くように。それと、このチームでスピード関係なくコントロールだけでいいなら練習次第で自信あるという人がいたら、もう一人のピッチャーになってね。試合は二人のピッチャーで四回と三回に分けて、計七回裏のゲームセットまで抑える。なにか質問とかあったら」

 ピッチャーの子が少し責めるように訪ねてきた。


「速い球を投げちゃいけないってこと? なんで? コントロールが良くても球が遅かったら打たれちゃうと思うけど」

 やれやれ。この質問がいきなりなら分かるけど、さっき元補欠組以外三振した後での質問となると……厄介だ。それとも怒ってるのかな? 先輩だしな。


「いや、実は速い球を打つのって、慣れた人は簡単なんだよね。野球もソフトも、タイミングだけだから。上手いピッチャーはそのタイミングをワザと外すけどね。なんて言ったらいいかな、他校で打つのが上手い子達は、相手ピッチャーの投げるモーションを体で真似しながらタイミングとっちゃうというか。あまりややこしいことは言いたくないなぁ。つまり、一番打ちづらい球は速度じゃなくって、苦手なコースや変化みたいな」

「どういうこと? だって遅かったら……」

 俺は相手の言葉を遮った。


「違うよ! よ~く考えて。遅くても速くても球を打つ時はその速度のタイミングに合わせないと、打てないよ。球を打てるかは、その球に合わせられるかだから。というか、遅い球と速い球を比べてるンじゃなくて、俺は、コントロールのことを重視して欲しかっただけで、どうしても速いボールでと思うならそれは……別に、いいと思う。コントロールは、もう一人の新ピッチャーがすればいいし。どの道、新ピッチャーは、先輩が夏に引退したら必要になるでしょ?」

 俺の言葉に、先生も生徒もハッとしていた。無計画すぎて、悲しくなる。


 まぁ、どこのチームも、ピッチャーやキャッチャーは我が強いものだけどね。


「他に質問とかないなら、これで俺は帰りますけど……いいですか?」

「ちょっと、そこまで言うなら私の球打ってみて。できる?」

 俺は頷いた。皆に守備は要らないと言い、ピッチャーとキャッチャーと俺だけが位置についた。俺は絶対にピッシャー返しだけはしないように気を付ける。

 守備を外したのも同じ理由だ。


 集中し構える。ピッチャー投げた。大暴投。

 避けなければデットボール間違いない。

 ただでさえノーコンなのに、更にスピードを意識して力めばこうなる。


 俺は次の球を待つ。今のでタイミングは分かった。

 受けたから、投げ方もよく把握済み。


 ピッチャー投げた。俺はタイミングを合わせて思いっきり打ってあげた。

 これで分かってくれればいいなと思って、丁寧に綺麗に。

 球のコースが悪かったことと、安全を重視して微かに振り遅れたが、センターとライトの間辺りを高く飛んでいき、高いフェンスにぶち当たった。


 文句なしの、完全なるホームランだ。


 見ていた者達がわぁーと騒ぐ。

 これで分かって貰えればいいけど、……たぶん無理だろう。


 落ち込む先輩。俺はゆっくりと近寄り、ごめんねと謝った。どうしても伝えたいことがあってと。

 先輩が気まずそうに俺を見てくる。俺は先輩を誘導して皆の元へと歩く。そしてもう一度丁寧に説明することにした。


「皆は大切なことが見えてないと思う。それは、さっき誰も俺の緩いボールが打てなかったってこと。物凄い空振りだったよ。そりゃ、当たれば飛ぶと思う、皆フルスイングしていたし、でも誰も当たらなかった。つまりね」


 俺は補欠組がなんでバントできたかを説明した。それは凄く単純で簡単なこと。そう、ボールが見えていたんだと。

 タイミングも意識し、丁寧に青柳先輩がしたことを実行していたんだと。でも、レギュラーの子は違う。遅い球だからこそはっきりと分かるタイミングの悪さと、ボールを見ていないという事実。


 ――何となくの感覚で、曖昧なフィーリングだより。


 それがどんな空振りだったかも説明した。

 ボールがどの位置で、球とバットの距離がどのくらい離れていたかを。

 キャッチャーしていたキャプテンも、それに頷く。


「確かに皆は、もっと速い球を打ったこともあると思う。先輩の投げる球も打てるのかもしれない。でも、遥かに遅い球にかすりもしないのは、さっき俺が言った、タイミングが関係してるんだよね。このチームでは、投げるのも打つのも守るのも大切な部分が欠けちゃってるというか、まぁ、そういったことを、どうすればいいのかというと――」


 俺は先ほど教えた方法をすれば治ると微笑んだ。なるべく優しく伝わるように。厳しいことを言っていると分かるから、悪口にならないことを意識した。


「本当にそれで上手くなる?」

「絶対になる。皆で丁寧にキャッチボールして、もう一度ボールの扱いをしっかり丁寧にすれば。ピッチャーは、球の速度も重さも関係なく、キャッチャーの構えたミットに入るようにする。打ちやすい球を投げる。打ちにくいコースにも投げる。バッターが空振りするギリギリのコースを狙えるように。バッターは打てなくてもいいから、ちゃんとボールを見てタイミングを合わせる」

 適当に振っていちゃダメだと告げた。例え打ててもそれはヒットじゃないと。

 マグレ当たりじゃ打線が続くわけがないと。


 何となく投げるピッチング。何となくグローブを出す守備。大まかな感じで振るスイング。それらを止めるように伝えた。

 まずはゆっくりで、柔らかな球速で全ての練習をすることと。


「キャッチボールで守備が上手くなるんですか?」

 なるよと笑った。どんなに言っても不安なのだろう。それは分かる。でも今よりは遥かに強くなれる。


 俺は傍にいる子に、メモ帳を持ってきてくれる? と頼んだ。


「あ、ハイこれメモ帳です」

「ありがとう」そういってペンを走らせた。


 外野はフライの練習を重視。いかにボールの落下地点に入れるか。

 まずは取れなくてもいいから、ボールの落下地点へと。

 ヘタな子は、大抵、ボールが怖かったり落とすのが不安で、いつの間にか、落下地点を見定めることさえ拒否してしまう。

 取る練習より、取れる位置取りの練習が必要だ。

 バッターの背丈や、右打ちか左打ちかを見て予想しておく。


 野球はアウトを取るスポーツ。外野が取れるアウトはフライだけだ。

 あとの打球は大抜けでもしない限り、試合を左右する失敗はない。


 内野はもちろん打球を取ることを重視した方がいいが、実際は連携の方が大切。

 普段から声掛けをして、キャッチボールをしていないと、アウトにできるものもセーフになりかねない。

 セカンドに投げたくても誰もいないとか、せっかく打球を取ったのに意味がなくなることもある。


 連携が素早くなり、上手くなるには、意思の疎通。


 それには、日頃のキャッチボールが一番大切だ。ノックなどで連携の練習して、上手にこなしているつもりでも、大抵は遅い。実戦で使えない。

 普段から内野でキャッチボールすることの方が、どれほど意味あるか。


 無駄のないアウトを一つずつ取れる練習を心がける。

 各ポジションの役目を知る。自分ではなく、仲間がどう思いどうプレイするかの推測が出来なければ、俊敏にいかない。


 俺は細かな注意点を書き、キャッチャーの子に手渡した。

「それぞれのポイントを書いておいたからさ。分からなくなったら読めばいいよ。ただ、それはあくまでも注意点であって、皆でチームの(カラー)を作ってね」

 俺が立ち去ろうとすると、後輩の子がくっ付いてきて質問する。外野はと。

 何度も言ったしメモに書いたけど、また軽く言う。


「フライを取る練習はキャッチボールでね。なるべく怖くないように。それと落下位置を予想して、移動しないで取れるといいね。ゴロは無理せず焦らず、ランナーさえセカンド、いや、サードに行かせなければ、エラーしてもミスじゃないから。もっと楽しく。勝つために必要なのは、(こだわ)りじゃないよ。エラーよりもしちゃダメなことを知ること」


 俺がその後輩に説明していることを、皆が不思議そうに聞いている。

 エラーよりもしてはいけないこと? と本気で悩んでいる。

 すると先生が寄ってきて「それってなんだ?」としつこく訊いてきた。

 最後に教えてくれと。


「もう~、メモに書きましたから。焦らず、無理をしないで、自分にできることを一つずつ頑張ってください。球が速い遅いじゃなく、何が必要なのか? 何が苦手だからどういう練習をするのか? 無茶せず丁寧に、それが練習です」

 俺は強引に先生を振り切り、グランドを後にした。


 随分と長々練習に付き合ってしまった。今から帰宅して、夜はお父さんの仕事の手伝いだ。

 時刻はもうすぐ四時半になろうとしている。


 スポーツバックを肩にかけ、渡り廊下付近にある冷水器の冷たい水を飲む。

 校舎に入り、改めて部活か~と廊下を歩く。


 下駄箱へ向かうと、バタバタと廊下を走る音が近づいてきた。

「ちょっと待って相楽君。待って~」

 振り返るとそこには、同じクラスで見たことある女子の顔があった。

「あのね、キャンプの班決まったから、私達に決まったから」

 そう言って笑いかけてきた。


 俺は「よろしくね」と軽く会釈して行こうとするが、なぜか俺の鞄を引っ張る。待って待ってと笑いながら引き留めてくる。

 俺は愛想笑いで誤魔化しながら、どうにか下駄箱に行くが、そこに望月や滝沢が合流してきた。


「もォ。ヤダ。ありえない。キャンプ行く気失くした」不機嫌極まりない。

 後から後から愚痴が出てくる。

 俺は結局、駅に着くまでその愚痴を聞かされ続けた。

 誰が性格悪いとか、誰のせいでこうなったと陰口をいう。


 俺は疲れた体を引きずるように歩く、そして急に思い出した試験結果への不安と共に、改札を通り抜けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ