十四話 ワッツアップ?
ついに俺の勝負である試験期間がきた。
クラスの皆が徐々に集中していく中、俺は泥濘にハマり身動きが取れなかった。それでもこのバトルは避けられない。
今回の試験は前回同様、いやそれ以上に難易度を調節しているらしい。
そうでないと、パーフェクトが出そうな勢いだという。
普段は特進からクラスBまでが同じ試験、が今回、特進は特別テストとなった。
小テストなどでクラスAに疑似問題を出題したところ、半分解けた者がたったの三人らしい。ほとんどの者が撃沈したようだ。
うちの学校のクラスAと言えば、他校や予備校でも一目置かれる手練れだ。
しかし玉砕したようだ。
俺はただ無心に机に向かう。
使い慣れないシャーペンと消しゴムがやけに気になる。気が散っている証拠だ。
普段と同じ静けさなのに、今日のペン先の音は殺気立っている。皆の熱が空気を伝い俺の心を震わす。友達である仲根の存在すら遠く霞む。
孤独だ。でも、今の俺にはこの瞬間がすべてだ。勉強以外興味がない。
こんなにもキツイバトルは他にない。
絶対に負けられない。俺の上に立つ六人を抜く。そして必ず辿り着いてみせる。
テストが終わる度、ゲッソリと痩せる。
二日目が終わった日に仲根から教わった方法を実践する。それは休み時間ごとにチョコか飴を舐めるという作業だ。
トイレも忘れずに行き、ただ自分のしてきた勉強を信じる。
特進は休み時間に決してノートや教科書を開かない。
その時点で、すでに負けているからだ。
完璧に頭に入れたことを色濃くし、ケアレスミスが起こらないように注意する。
つまり、試験の休み時間に、中途半端に教科書やノートを見返すという行為は、テストというドライビングの邪魔なのだ。
余計なことせず、整理整頓した引き出しから一つずつ答えを出す、それを丁寧に正確に素早く答案用紙に当て嵌め埋めていく。まるで難解なパズルのピース。
三日目、四日目と終わる。そして最終日を迎えた。
勉強が苦手な俺は必死だ。なんでここまでするのか自分でも信じられない。
この張りつめた緊張の中、勉強という頭の勝負で戦っている。
簡単には勝てないだろう、それでも思う、里見の立つそこへ並んでみたいと。
どんなに回しても解けない知恵の輪を振り回し叩きつける。
強引に焼切れるのならそうしたい、でもそんな歪な答えは誰にも見せられない。
クールにスマートに難問を解く、周りのペンの音はそれをものがたっていた。
試験になる度、皆が大きく見える、いや、自分がちっぽけなだけかも。
……あまりの難問に考察がバグる。
何度も諦めかけ、もうダメだと投げ出しそうになる。
里見はきっとパーフェクトだろう。
安倍さんはこれくらい余裕だろう。
仲根は二人に届くだろうか? 解けているだろうか?
一問でも詰まると、体を貫かれるようだ。
俺は這いつくばりながら、前を行く天才たちの背中を追う。
心が怯え、失敗を嘆く気持ちのまま……、歪む次元をさまよう。
まるで、迷子の様。不安で泣き出しそう。誰か、助けてくれ……。
そして終わりを告げるチャイムが鳴った。
監視の先生が全員分の答案用紙があるかを数える。
全てあったようで教室を出ていった。その瞬間、クラスの皆が机にぶっ倒れる。
限界を超えた。気持ちイイくらい大負けした気がする。
休み時間をそのまま使い、先生が来た時に、ようやく正気を取り戻す。
それでもまだ寝ている者もいる。
「皆~どうだった? なんか今回すごく頑張ったみたいだけど、なにかあったの? まさかイケナイ賭けとかしてないわよね? 先生心配だわ」
冗談とも本気とも取れる問いだ。
町下先生がプリントを配り連絡事項をいう。
「そうそう、この間の競技で相楽君と私が勝ったでしょ。それで、キャンプの日程をウチのクラスが、二択から選べるんだって。ちょっといいかな?」
先生が黒板に書いていく。
A案は、授業を潰しての日程。B案は、夏休みの日程。
夏休みとなると、塾や予備校の予定を崩すということになる。
一日だから大きな害が出る訳ではないが、果たして皆はどっちを選ぶか。
「先生~。A案はいつですか? 夏休み前ですか?」
「そうね。もうすぐ試験休みというか~、でしょ。だからA案ならすぐよ」
皆が悩む。何を悩んでいるのだろうか?
夏のキャンプとなると、熱い中での恒例のカレー、それなら少しでも涼しい今が良いと思うのは俺だけか。
皆も塾を休まないで済むし、たぶんA案だろうなと思う。
紙を回して投票すると面倒なので、挙手でとなった。俺は迷わずA案に挙げた。
「そう。それじゃ皆A案でイイのね。じゃっ、先生急いで伝えて来るから~」
そういって走り去った。
なんだかぐったりとする。熱でもあるのか、怠い。
机の冷たさを感じながら先生を待つ。
「決まったよ。キャンプは来週だから。今から班決めしましょう」
先生の声がする。俺は机が自分の頬で温まっていることに気付いた。
やけに大きく皆のざわつく声がする。音が机へと反響しているからか?
ヘトヘトだ。
目を開けると安倍さんの顔が見える。俺の潰れた顔を見て笑っている。
別に眠いわけじゃない。ただ疲れて何もできない。燃えカスだ。
「相楽君起きて。ほら、班とバスの座る席を決めないとだよ」
「寝てませんけど……」
「ほら~ちゃんとして。相楽君? どうしちゃったのかな、駄々こねてるの?」
ダダ? 町下先生が俺を後ろから抱き起す。
脇に入った手と、背中に当たる体の感触にびっくりした。
本当に寝ていたわけではなので、とにかく心臓が焦っている。
先生とは言え、女性であり、いきなりピタリと密着されれば、ビックリするのは当然だ。なぜにそんな強硬手段に?
俺は一瞬で覚醒していた。
「ようやく起きた。それじゃ皆~、決めましょうか。どんな決め方がいいかしら、ホームルーム委員の人~、出てきてくれる?」
見知らぬ二人が教壇へと歩いて行く。そして的確に進行していく。俺は誰よりも姿勢よくその成り行きをみていた。
黒板に意見が書かれ、やはり好きな人同士で班を組むということになった。
しかしその意見はたったの六票だけで、後の票がばらけたのだ。
出席順や背の順等々、しかしそれだとすでに並びも誰と組むかも分かっていて、たぶんその相手をあまりよく思っていないことで、票が割れたのだろう。
だからといって好きな者同士というのが大人気というワケでは決してない。
四十人中の六票。ちなみにクジが五票だ。
挙手によるものだから、誰が何を支持していたのか分かるが、上の空の俺には、分からなかった。
男女四人ずつの計八人で一グループ。それを五つでぴったりクラス四十名だ。
先生が楽しそうに皆を見ている。しかし生徒達はそうでもない。
なにせ特進クラスは、どんなときにもクールなのだ。
どうなるのかと成り行きを見ていると、仲根が俺の所へ歩いてきた。
「相楽君、一緒の班になろうよ」
「あ、こちらこそ。こっちから行くべきだったね」
お互いに気を遣い笑う。するとそこへ知らない女子がやってきた。
「相楽君。仲根君。その班の女子に私達入れてくれない?」
別にいいよと思い、頷きながら承諾しようとした瞬間、左右と後ろから、それはダメだとチャチャが入った。
俺は、自分が吐いた「別ッ」という言葉が耳にこびり付く。恥ずかしい。
「なんであなた達が指図するのよ。相楽君と仲根君が決めることでしょ? もう、横槍入れないでくれる」
「はぁ? 知らないの? 私達、とっくに相楽君とはお友達だよ。いっつも手紙のやり取りしてるし。ね、相楽君」
望月の言葉に皆が一斉に見てきた。先生もこっちを注目している。
班決めで立ち歩いている者も数人いるが、基本は静かなもので、ここだけやけに目立つ。ど真ん中だし。
「そうなの相楽君。この人達と手紙のやり取りなんてしてるの?」
「いや、その、やり取り? 渡された手紙は読んでるけど……」答えに詰まる。
やり取りはしてない。俺は手紙の返信を書いたこともないし、頷くか、首を振る以外の答えをだしたこともない。授業中だから当然話なんてするわけもない。
「相楽君も仲根君も困ってるじゃない。そんな嘘ダメじゃん。手紙のやり取りしてないンでしょ? やめてそういうの」
なんか変な雰囲気だ。するとそこへ先生が来た。
「もう少し静かにね。穏やかに班決めしましょう。ちなみに相楽君は、女子と手紙のやり取りはしているの?」先生が興味津々に聞いてきた。
答えづらい。はい授業中に隠れてねとはなかなか言えない。
まして今回の期末テストの結果を見るまでは、尚更言いづらい。
もし成績が下がっていたら、そんなことしているからさってことになる。
町下先生にそう思われるのはまだいいが、このクラスの者達にそう思われたら、ちょっと嫌だ。
せっかく俺を敵として意識してくれてるのに、しかも六位という目立たぬ俺と勝負してくれたのに。
困る俺を先生が後ろへと呼ぶ。
俺はそこまでして聞きたいのかと思いながら、とりあえずついて行った。
「え、言った方がいいですか?」
「そうね。じゃ、まずは先生にだけ、この状況なら私は把握した方がいいでしょ」
先生だし、それもそうかと思い、俺は先生に耳打ちした。
「キャ、ちょっと相楽君くすぐったい。え、なんて、もう一回言って。ふむふむ。そ~お、授業中に~。で、でっ」
「ちょっと先生! それじゃ耳打ちしている意味ないでしょうが」
俺はそれだけですといって席へ戻った。
先生も戻ってくると周りを見渡し「ほら、皆も決めちゃわないと、帰りの時間が遅くなるわよ~」と促した。
そして「手紙は関係ないわね」と言い、ちゃんと公平に話し合いましょうねと、その場の女子を諭した。
女子達は分かりましたと言いながら後ろへ向かう。
すると今度は、男子が歩いてきた。
「あの、俺、班を組む人いなくて、良かったら混ぜてくれるかな?」
「うん、全然良いよ。こっちも仲根君と二人で、今まさに困っていたとこだし」
俺のセリフに仲根が、困っていたのは相楽君だけでしょと笑う。そのセリフに、その人も笑いを堪えている。
結構明るくて良さそうな感じの人だ。
「あっ、俺、相楽章和って言います。宜しく」
俺の自己紹介の後に仲根が「仲根博教です」と答えた。
「えっと、俺、里見信吾って言います。宜しく」
……。里見? どこの? もしかしてこの学校で一番頭のイイ。そんなばかな。
「うそ。里見君? あなたがあの? 嘘。握手してみます」
俺が手を差し出すと、笑いながら手を差し出してきた。がっちりと握り合う。
手の感触が頭の良さをものがたっている。細くてしなやかで、俺の手とは違う。
「ちょっと相楽君? 何してンの。儀式? なんで握手? なんで」仲根が笑う。
大笑いしている。釣られて先生も笑っている。なぜか俺も、握手した手を上下に振っている自分に笑えてきた。里見も笑いを堪えている。
「あの~、お取込み中申し訳ないんだけど。僕もその班に入れてもらえますか?」
浮かれる俺に代わり、仲根が対応する。もちろんイイよと。
ようやくこれで、男子四名は決まった。あとは女子四人だけだ……。




