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エンドロールでくちづけを  作者: セキド ワク
10/36

十話  草野球?




 多摩川の土手をバイクで下る。


 着替えや準備の時間も考慮して、少し早く着くように出たが、駐車場には、車やバイクが溢れていた。

 駐車してあるお爺ちゃんのワゴン車横にバイクを止め、指定されたグランドへと向かう。


「あのさ、お爺ちゃん。随分と見物人が居るけど……これ、どういうこと?」

「知らん。お前の知り合いじゃないのか? お前と同じ年頃の子ばっかりだけど」

 俺は辺りを見渡す。確かに少年少女が多い。

 が、今日対戦する選手の奥さんや家族らしき者も相当混じっている気がする。

 まぁ詳細は分からないけど。とにかく観客が多過ぎる。

 少なく見積もっても、三百人はいる気がする。



「遅いよ章和。ちょっとはキャッチボールさせろよな~」

「おはよう惣汰。久しぶり~」

 懐かしい顔だ。()(うら)(そう)()、中二の夏以来だ。面影はあるけど別人にも感じる。


「惣汰、お前デカくね?」

「それを言うなら章和だってそうだろ。身長いくつくらいあるの?」

 俺? 俺は……。

「高校入学してすぐの健康診断では百七十五センチだったかな」

「いや、もっとあるだろ。七十七はあるよ。ちなみに俺は百七十八センチ」

 信じられない。

 惣汰が転校する時、お互い百五十五センチくらいだったのに、気づけば二人とも背が伸びている。通りで別人に見えるわけだ。


 いつも一緒に遊んで、いつも野球やスポーツしていた……。ちょっとしか離れてないのにこんなにも変わるなんて。


「章和は相変わらず勉強もしないで野球三昧か。羨ましいな~」

「オイオイ、失敬だな。俺、私立の進学校行って、勉強三昧だよ。野球なんて中二から一度もやってないよ」

 ホントにとお互い笑い合う。


 見た目も口調も変わってしまってはいるけど、話しているうちになんとなくだが思い出してくる。どうやって二人が話し、遊んでいたかを。


 するとそこへ誰かが声を掛けてきた。

「もしかして、惣汰と章和か? 俺だよ、航也」

 航也? 俺と惣汰が振り返り驚く。


 七瀬航也(ななせこうや)。俺と惣汰が入っていた町内野球のキャプテンだ。

 近場の学校から寄せ集められたチームで、学校は違かったが、親子ともども凄く熱い奴だったのを覚えている。


「なんだよお前等、裏切ってチームやめたわりに、こんなレアな情報に食いついてくるなんて、相当の野球好きだな」

 俺と惣汰が顔を見合わせる。航也の言っている意味が分からないのだ。


 仕方ないので説明を聞くことにした。


「知らないでここに来たのか? 今日ここで、千葉代表になった船橋の高校と埼玉代表になった春日部の高校と浦和の高校、それと栃木の宇都宮の高校とか、色んな球児が集まって、ここで試合するって。なんでも地元の先輩というかOBに頼まれたとか、親に頼まれたとかで、それらが一つのチームになるとかどうとか。あくまで噂だったけど、来てみてびっくりだよ」

 航也が興奮して話す。

「こりゃ本当だぜ。うちの学校の先輩も見に来てるしさ、あそこには横浜の高校も来てる。そりゃそうだ、今年の春の甲子園で、皆活躍したヤツがチーム組むって、ありえねぇだろ」

 俺はまた、惣汰と顔を見合わせた。さすがにこれはマズイと。


 着替える為にワゴン車の鍵を借りに、お爺ちゃんの所へいく。その間なぜか俺と惣汰にピタリとくっ付いてくる航也。


「でな、それが超凄くて、延長十七回無失点でさ」

 航也は根っからの野球好きだ。ただ、野球を遊びだと思ってる節があり、いつもお父さんに『命を掛けろ』と喝を入れられてビビッていたのを覚えている。

 ――変わってない。


「ほら、あそこでアップしてるのが宇都宮の()(ばた)(ゆき)(たか)だよ。んでその奥で素振りしてるのが船橋の朝丘(あさおか)(よう)(へい)。四番だぜ。でさ、少し離れたトコに居るのが春日部の大友(おおとも)(とも)(のぶ)。超足が速くてさ、盗塁しまくり。章和でもさせないぜ。そんでっ、さっきグランド横で投球練習してたのが、浦和のピッチャー()(がみ)大輔(だいすけ)、で相方のキャッチャーが、同じく浦和の(しん)(どう)(たく)()だよ。こんなドリームチームとやる相手チームはバカだよ。ぜって~勝てねぇよ。勝てたら甲子園で、優勝できっかもな。いや、優勝は横浜かウチか」


「航也ってどこなの高校?」惣汰が歩きながら尋ねた。

「俺、帝実だよ」


 (てい)(しゅう)実業? すげっ。完全な野球人生歩んでる。尊敬するよ。憧れる。

 マジで、親が熱心だとそうなる訳か。


 俺も惣汰も、航也を見る目が、ちょっと、崇めるような、憧れるような眼差しに変わった。


 話しながらワゴン車に着くと、車内からユニホームやスパイクなどを出す。

「あっ、俺、靴とか手袋とか、細かな物は自分で持ってきたからさ、要らないワ。とりあえずユニホーム取って」

「何番がいいの?」

「ん~、そりゃ~、……一番だろうな」満面の笑みで恥ずかしそうにいう。

 すると突然、航也が豹変して肩を掴んできた。


「ちょっと待て、待て、おっ、お前等が試合すんの? 聞いてない。ありえない。納得できない。なんで? どんな経緯? 教えて、なにこのイベント」

 ツバキを飛ばしながらガ鳴る。

 よほど羨ましいのか、それとも別の理由かは知らないが、着替えが出来ない程に絡みついてくる。


「うるせぇ~な~航也。そんじゃお前も出りゃいいジャン? なあ章和」

 その途端、航也が俺の両肩から胸倉を掴んで『出たい』とお願いしてきた。

 俺のお気に入りの服の襟がシワシワだ。迷惑。

 けど、さっき航也が言っていた話が本当なら、航也を拒む理由は一ミリもない。それどころか、航也のおかげでお爺ちゃんの勝利に、少し望みが増す。


 俺は航也に、好きな背番号と使いやすいグローブとか選びなというと、半泣きしながらジャンプして喜んでいる。

 本当に野球が好きなんだな航也は……。


 お爺ちゃんの携帯に電話し、航也のことを伝えた。

 メンバーチェンジに関して、何も問題なくスムーズに進んだ。

 そして、着替えも済みグランドの方へ戻る。


「なぁ航也、あのゴリラみたいな海外の選手は誰?」惣汰が笑う。

「知らねえよ。高校生じゃねぇだろアレ。プロ? じゃないよなまさか?」

 相手チームがありえないくらいに、強そうに見えてきた。

 一体何者を起用しているのか。

 何も知らなければ、土木関係の方かなで済ましたが、ヘタに情報が入ると肩書きに威圧されて、全く勝てる気がしない。


 こっちはただの草野球。しいての救いは、航也。


 お爺ちゃんの話では、敵対業者で、お金の損得があった者達はすでに重機対決で負かし終えていて、今日の相手は、プライドというか、職場での立場だけなはず。

 メンツの為だけにこのメンツを揃えるとは。


 逆にこっちは、まだ数億円の儲けがかかっているというのに。


 もちろん、この試合に負けたとしても、仕事さえスムーズに済めば、次の仕事は請け負えると。

 ただ、お爺ちゃんいわく、建築作業とは、作りながらより良いモノや安い物を、その時々で変える為、図面や材料を変更しながら臨機応変に対応するのが常識で、その良し悪しが、ゼネコンの腕の見せ所だという。

 でなければ、総合建築業者である意味がないと。

 つまり、いかに早く安く、トラブルなく抑え仕上げるかというのがキモ。

 ここで相手に少しでも特権を与えるということは、作業が遅れる可能性もある、ということだと。もちろんそうじゃないこともある。



 キャッチボールしようぜとせがむ惣汰の元へ、一人の少女が走り寄ってきた。

「お弁当持ってきたよ~。今日頑張ってね。でも、惣汰ニャンが野球できたなんて意外。がんばってね~。勝ってね」

 随分と明るい子だ。


 俺と航也がジロジロとその子を見ていると、惣汰が紹介してきた。


「あ、こいつ俺の彼女。一コ下で、伊部(いぶ)(はるか)。同じ学校なんだ」

 俺と航也は驚きで少し仰け反る。彼女?

 ま、惣汰はカッコイイし、いてもおかしくはない。

 ただ、彼女と聞くとどうしても変なことを想像してしまう。


 それは――、手を繋いだり、デートしたり……キスしたのかと。


「相楽君。見に来たよ」

 振り返るとそこに佐伯がいた。気まずそうに近寄ってきて、俺に頑張ってとだけ伝えて元の場所へ戻っていく。

 佐伯は一応惣汰と航也に一礼したが、惣汰のことは、昔から苦手というか嫌いのようだ。


「今のって佐伯? 章和って佐伯と付き合ってるの?」

 俺は首を振り否定する。

 すると、アイツ金持ちを鼻にかけてて、いけ好かないというか、嘘つきだからか虐められてたもんなという。

 そんなことがあったような、と、微かな記憶を辿るが、今のカリスマ度が凄くて思い出せない。


「何だよ二人とも女子と遊んでんのか? 随分とナンパになったな」

 航也の顔が引きつっている。もちろん彼女はいないはず。

 背も惣汰より少し高いしすごくモテそうだが、お父さんや学校の監督やコーチ、先輩が許してくれないのだろう。

 たぶんだが、高校生活中は絶対に彼女はできないはず。

 それは、鬼の監視が幾重にもあるから。



 俺は佐伯の戻っていく後ろ姿を目で追った。すると、至る所に見覚えのある顔がある。私服だから違く見えるが、逆に場違いなほど服がオシャレで目立っている。


 清水さん。椎名に新山もいる。滝沢も望月もいる。

 大分離れたとこに、久保や本吉、泉橋の姿もある。一体どこの何情報だ。

 この話は佐伯しか知らないはず……。なぜ?


 俺は携帯を取りだし、清水さんにメールしてみた。

 すると返ってきた答えが、教室で俺と佐伯のやり取りを盗み聞きしちゃったとのことだった。

 同じクラスである滝沢、望月は分かるとして、それ以外の者達はどうやって?

 これも噂で、なのか。


 うちの学校に通う者が、六郷土手まで来るって、何時間かかったことか。


 周囲の見物人を見渡しながら、惣汰と航也と三角になって肩慣らしを始めた。


 すごく楽しい。昔を思い出す。俺も航也と同じで野球が好きなのかもしれない。当時はそう思わなかったが、野球から離れてみて、今はそう感じる。


 まだ不完全な温まり状態の俺達三人は、審判の指示で、一同に集められた。


 コイントスでウチは後攻に決まった。

 お爺ちゃんと相手リーダーの池波という者が握手をする。

 ホームベースを(へだ)てて選手が並ぶ、どう見ても相手選手はヤバイ。池波という人とあと一人以外、建築関係者はいないと分かる。

 それに引きかえこっちは航也だけ。あとは子供の頃かじっていた俺と惣汰。




「それではただいまより、池波イーグルスと、相楽アーマーズの試合を行います。一同礼」

 公平な所で頼んだ審判が配置に着く。


「プレーボール!」

 ついに始まった。

 先ほどまでざわついていた観客の声が、完全に応援に変わった。そのことで誰が誰を見に来ているのかが分かるようになった。やはり敵の選手を見に来ている。


 俺は敵の一番を下から眺める。

 この人はメットから見える茶髪といい蟹股といい、絶対鳶関係だ。

 ただ、かつての高校球児かも知れない。構え的には、弱点はなさそうだ。


 まず確認しなきゃいけないのは、今日の審判が、内角と外角をどこまでとるか。そしてボール球をストライクというクセがあるか。


 俺はまず外角の高めをギリボール目に外させた。

 投げた瞬間、グランド内に大きなどよめきが走った。

「す、ストライク!」とった。

 この審判はイイ。俺達にツキがある。これなら大分いける。


 俺は今度、内角に抉るような球を要求した。

「ボール」ダメか。

 内角の危険な感じは取りたがらないタイプかも知れない。


 それよりたった二球だが、観客や相手チームが騒いでいる。そうだろう。

 惣汰の投げるフォームがヤバイから。惣汰は昔からアンダースローだ。

 それも地面スレスレのフォーム。


 俺と二人で毎日改良しながら仕上げた。

 航也のお父さんや他のコーチ達には、猛反対されたが、惣汰はどうしてもと押し通した。

 それにはいくつか理由があるが、一つにはソフトボールと掛け持ちしていた俺と惣汰は、あまり投げ方に違和感があるとやりづらいという感覚の問題。

 それと投げているうちに気付いたらしいが、このサイドスローというかアンダースローは、体に負担がなく、なぜかコントロールもビシバシ決まるようで、一番の魅力はズバリ変化球だ。プロでさえ投げれないような変化をする。


 世界中の野球人口の中で色々な投球フォームがあるが、実はこのアンダースローは一割にみたない。つまり、まだプロでさえ研究のケの字もいっていないのだ。

 だからこそやめなさいと強く言われたのだが、俺と惣汰は続けた。

 惣汰のフォームは、肘や手首の起き上がらない、完全な異色フォーム。



「ストライク、バッターアウト」

 一番手と二番手を簡単に三振に取った。次いで三番打者。確かこれが埼玉の高校のキャッチャーで新藤卓磨だったかな? 構えからして打つと分かる。


 俺はそろそろ変化球を投げれるかとサインを出してみた。

 すると惣汰は、待ってましたと頷き笑う。帽子のつばを触り、少し横へ向けた。


 そうか外角がいいか。俺は惣汰の要求通りに心構えをする。

 そして惣汰が振りかぶって投げた。

 地面スレスレから徐々に浮き上がって、内から外へとグゥインと曲がる。

 新藤は大振りするが、びっくりしてミットに入ったボールを振り返り見る。


「っんだよ今の。ありえないぜ」新藤の口から声が漏れる。

 これでワンストライク。昔よりも曲がってる気がする。

 この球は、さすがにプロでも簡単には打てない。何度も体験すれば別だが初めてではまずかすりもしない。


 惣汰は球も速いし、何しろコントロールがメチャクチャいい。

 アンダースロー自体に、コントロールを良くする作用があるようで、惣汰プラス投げ方の相乗効果で、的を外したことがない。

 こんなにも良い投法をなぜ皆がしないのか不思議だが、ちゃんと理解して教えられる者がいないというのが単純な理由だろう。


 惣汰は昔から無敵に近かったが、いくつか弱点がある。それは球がメチャクチャ軽いということだ。何をどうすればこんなにも軽くなるのか分からない。

 例えるなら、ミットの感触がテニスボールをキャッチしているよう。

 それともう一つ、惣汰は守備が……異様にヘタだ。

 普通に守っていれば人並みだが、ピッチャーの時は、たとえゴロでも、もたついたりエラーする。バントされたら、高確率で珍プレが起こる。



「ストライクバッターアウト」

 ノーダメージでチェンジ。


 俺はベンチで惣汰に調子を聞いた。

「なんか背が伸びたからか、曲がりが甘いな。どうだった章和?」

「すげぇ曲がってたけど、もっと曲がりそうなの?」

 俺の問いに、まあ四回くらいまでには調子を取り戻すと笑った。

 そこへ航也が混じってきた。

「いや~面白い。行けそうな気がする。っていうか久しぶりに見たよ惣汰のアレ。相変わらずドエレーフォームだな。地面に膝とか肘、擦ってる? にしても、横の回転がすげえよな。昔あんなにひねってたか?」

 航也の問いにうるせぇ馬鹿と笑う惣汰。お前はしっかりホームランを打てと。

 お前のゴタク話はそれからだと、ケラケラと笑う。


「おし、分かった、やってやるぜホームラン。昔みたいに、予告してから場外までかっ飛ばしてやるよ」航也もまた楽しそうに笑う。

 だが、航也のいうその予告ホームランの件で、昔、コーチ陣にこっ酷く怒られた記憶がある。


 相手チームにも失礼だし、お前ひとりが目立つお遊びじゃないンだぞと。

 チームの為に、もっと真面目に魂をかけろと。

 あの時は怖かった。



「ストライク、バッターアウト」

 邦茂おじちゃんが三振して戻ってきた。

「なんだぁあのピッチャーは。けしからん。年寄りにも、容赦ねぇ。慈悲がねぇ。かすりもしねぇ。カッー恥かいたワ」

 苛立ちを露わにした愚痴に、惣汰と航也が笑いを堪えている。

 全身を震わせ、必死に堪えている。


 俺は相手ピッチャーがどれほど凄いのか様子をみた。

 ミットに突き刺さる剛速球。重そうで速い。

 こちらの二番手を三球で仕留める。それも全部ストレート。

 今まで見た中では、トップかも知れない。ただ、俺の戦歴は中二で止まっているから、この領域は正直初めてで、驚きしかない。


 三番手は、(ほり)(つか)(よし)(はる)くんといって、昔からお兄ちゃんみたいな存在で、仕事の手伝いしに行く時はいつも優しく接してくれて、この人から遊びもバイクの乗り方も教わった。

 運動神経がよく、何をやらせても上手い。そして凄い。

「良治君。頑張って下さい」

 俺の声に右手を挙げて答えてくれた。カッコいい。尊敬する人の一人だ。


「ストライク~バッターアウト」三球三振。……仕方ない。

 このピッチャーがそれほどまでに凄いのだろう。航也が言っていた通りだ。

 首を傾げる良治君に、ドンマイですとグローブを手渡し守備についた。


 次のバッターは向こうのリーダー、池波という人だ。四番バッターか。

 こっちのチームも四番はお爺ちゃん。この年代は四番を打ちたい年頃なのかも。いや、これもメンツかな。


 俺は惣汰に変化球を要求した。外から内に入る球を。

「ストライク!」

 ヤバイ。思っていたよりも遥かに曲がってくる。

 これじゃ取り損ねるかも知れない。惣汰の球は進化している。

 あの頃と寸分変わらない投げ方に感じるけど、体が大きくなった今の惣汰でみると、とんでもないフォームだと気付く。


 投げる前の直立した構えから、急に体が真後ろにひねられ、抱え込んだ前足を、ギリギリまで前にスライドさせた後、今度は腕をしならせる。

 体の横回転プラス、腕の振りから繰り出されるそのボールは、まるでピンポン玉のように曲がる。


 小さい体だった惣汰は、全身で必死に投げていたンだと分かった。


 バネのように体を使い、(むち)のように腕をしならせる。

 水切りでもするように、地面スレスレをボールが走る。

 正直この年で見ると感動する。


「ストライク、バッターアウト」

「章和~惣汰~。次のバッター気をつけろ。朝丘は船橋の四番だぞ」

 俺と惣汰は、航也を見て頷く。この試合負けたくない。

 久しぶりに、一緒に野球して遊んでる。もう二度とできないかも知れない。

 絶対に勝ちたい。


 俺はとっておきの魔球を惣汰に要求した。惣汰が大きく頷く。

 懐かしい。マスクの下で笑みが零れる。久々にみる惣汰の魔球。


 惣汰がゆっくりとモーションに入り投げた。地を這うように低くこっちへ来る。そしてベース手前で一気に真上へと浮き上がる。

「ストライク!」

 空振った。でも朝丘のヤツ、タイミングは合っていた。


「クソっ、なんなんだ今のは。ちょっとタイム」

 朝丘がバッターボックスから一歩下がり、二度素振りして戻ってきた。

 ヘルメットを取り、スミマセンと俺と審判にお辞儀し、また構える。


 俺は今の魔球の更に変化球を要求する。

 惣汰が帽子のツバで曲がりを俺に教える。果たして俺に取れるのか?

 さっきの球もギリギリだった。でも、ここで逃げる訳にはいかない。

 俺は惣汰にミットを見せる。合図する。お互い頷いた。

「ストライッーク!」


 今度は内から外へ大きく曲がりながらアッパーしていく球だ。


「っんだこれ? ふざけんな。見たことねぇぞ」

 そりゃそうだよ。これはアンダースローでギリギリ出来る技。

 本当はソフトボールで使う、ライジングボール的な球種。

 下から上に浮き上がる球。野球の世界ではない球。

 そう見えるだけのジャイロボールとは違う。本当に浮き上がる。

 更に大きく曲がる。


 この球を投げれるようになるまで毎日練習した。

 その練習方法は野球じゃなかったけど。


 思い出すな。毎日二人でハイパーヨーヨーをアンダースローで投げてはキャッチする日々。一日に千回以上投げた。

 腕の振りや手首の使い方。ヨーヨーだと何度も投げれる。惣汰の奴は授業中でも給食の時も、常にヨーヨー片手に練習してたな。

 それとフリスビーやそれこそ水切りもやった。


 ディスクが浮く感じや曲がる感じをいつも試して、それをボールでやるにはどう風を捉えるかばかり毎日やってた。それこそプロよりも。


 アンダースローに関してはプロ以上だ。ただ、球が軽いから……怖い。

 でも、今になって気づいたが、この軽さこそが曲がりや変化やスピードに大きく関係しているのかも知れない。とにかく惣汰の球は他の誰よりも回転している。

 それだけは分かる。

 それがどういう成果を意味しているかは定かじゃないが、回転数がヤバイ。


 真横に回る遠心力と斜めにしなる腕と手首のひねり。

 いくつものギアが魔球をつくる。


 ヨーヨーもフリスビーも水切りも、回転がキモだ。


「ストライクバッターアウト!」

 三者三振。宇都宮の井端幸隆も仕留めた。

 朝丘も井端も、惣汰を睨みながら悔しそうに首を傾げて守備位置につく。



 見物人たちが騒がしい。

 といっても、ベンチと観客との境目もないし、ただ土に刺さった剥き出しの椅子だから丸見えの丸聞こえ。


「惣汰ニャンすごい。ねぇ、いつ打つの? ねぇ」

「俺、九番だから最後の方だよ。この調子だと三回の裏かな」

 真後ろから惣汰の彼女が声を掛けてきた。仲が良さそうだ。


「なぁ惣汰にゃん。お前なんで惣汰にゃんって呼ばれてんの?」航也が問う。

 うるせぇアホと流す惣汰の後ろから、彼女の伊部が答えた。

「惣汰君は年上でしょ。だから惣汰そうた(にい)ヤンって呼んでたの。それが、だんだん変化して、ニャンに変わったの。かわいいでしょ?」

 うん可愛い、と笑う航也に『章和のお爺ちゃんの次お前だろ』と言い、しっかり素振りして約束通りホームランかませよと、惣汰が送り出した。


「章和? アイツ打てるかな? 三振スッかな……」

「いや、どうかな。でも昔のアイツは打つよ。約束したら必ずね」

 俺は素振りをする航也を見た。

 懐かしさより、航也の成長した背中にドキッとした。

 キャプテンとして俺や惣汰やチームを引っ張っていた背中。素振りするそこには間違いなくホームランを飛ばせるオーラがあった。


「ファール」

 随分とお爺ちゃんが粘っている。さっきからずっとバッターボックスに居る。

 俺はお爺ちゃんと野上の対戦を見た。

 野上が何度も首を振る。キャッチャーとの意見が合わない。

 つまり、そこへ投げたら打たれる気がするという意思表示だ。

 もちろんツースリーというカウントで際どい所へ投げたくない、と言う意味かも知れないが、どちらにしろ自信がないという証だ。


「ファール」

「おお、章和のお爺ちゃん粘るね~。こりゃ、航也も俺も章和も、じっちゃんの名に懸けて、ヒット打たなきゃまずいわな」

 惣汰が笑う。すると、カキィーンという金属音と共に、お爺ちゃんがセンター前に打ち返した。全力で走るお爺ちゃん。もう五十九歳なのに速い。けど、さすがにセカンドまではいけない。


 これでノーアウト一塁。バッターは七瀬航也。俺らの元キャプテンだ。


 バッターボックスに入り、バットを振り子のように振り、弓矢でも引くように、レフトの頭上を指し示す。


 ついにやっちまった。この状況で予告ホームランとは、航也は相変わらずだ。

 航也のお父さんが見ていたら、たぶんグゥで殴られると思う。


 野上がマウンド上で、ロジンバックを使い指の滑りを気遣っている。

 軟式ボールだがやはり滑るのか。確かにコントロール重視するなら、そうか。

 いくらボール交換しても、今日みたいなグランドじゃすぐ砂が付いちまう。


 何度も首を振る。野上はどこへ投げたいのだろう。

 俺ならまず、調子に乗った航也の胸元に、抉るような内角をお見舞いするけど。

 さて、野上と新藤バッテリーはどう動くか。


 投げた。――え? ど真ん中? すっげぇ速い。

 ガキィーン。

 ――マジ? 初球打ち!


 物凄い快音と共にボールがレフトの頭上を越えて行く。航也が走る。一塁を蹴り二塁を蹴り、三塁を回る、が惣汰の止まれの声にストップした。

 物凄い返球がバックホームに突き刺さる。走っていたら余裕でアウトだ。


 しかし航也は、今のホームランじゃないのと、俺らや審判に投げかける。


 良く考えたらこのグランドにはホームランのフェンスはない。球場によっては、ホームランと言える距離は飛んでいたが、微妙と言えば微妙だ。


 悔しがる航也。しかし野上の様子が変だ。

 キャッチャーの新藤も、いち早く気付いてマウンドに向かう。

 新しいボールを要求し交換する。そして野上の背中をポンポンと叩き、何か声をかけて戻る。


 次のバッターは奥間(おくま)さん。お爺ちゃんの会社で奥間さんと言えばユニークで有名だが、野球に関してどの程度かは知らない。明るい人だと言う認識しかない。

 するといきなり奥間さんのお尻にボールが当たった。デットボール一塁。

 まだ二回の裏だが、早くも野上が崩れ始めた。随分とメンタルの弱い。


 いや、甲子園に出るような者はそうは簡単に崩れる訳がない。いくつもの予選を一つずつ勝ってなお練習を積む日々、まさかここで終わる訳がない。


 それにしても決め球や必勝パターンはないのかな?

 まさかこっちが研究し尽くしてると思って出し惜しみしているのか?

 それとも今日来てる見物人の中に、見られたくない奴でもいるのか?

 さっき航也が先輩も来てるとか、横浜の高校がどうとか言っていたし。



 次のバッターは知らない。若いけど、新人の子かな。見た目は強そう。

 頑張って塁に出てくれるといいけど。まぁ普通打てないよね。格が違い過ぎる。

「おい、章和、次ぎだぞ。ちゃんと素振りくらいしろよ。タイミング計ってさ」

 そうか、次ぎ俺か。


 バットを持って、野上の球に合わせてタイミングを計った。

 しかし、たったの三球で俺の番が回ってきた。俺は久しぶりのバッターボックスに緊張する。


 ランナーは一、三塁。ヒット打てばもう一点追加だ。


 野上がまた首を振っている。こりゃストレートかな?

 まさかとは思うけど、このパニックだと、外角狙いかも、デットボール後だし。よし外の真っ直ぐ狙いで。カーブは捨てていくかな。


 よし来い。


 野上がモーションに入る。

 それに合わせて、俺も足を挙げてタイミングを合わせる。――来い。

 来た! 外角高め。しかも甘めだ。貰った。


「ストラァァーーイッ」クソ。空振りか。


 なんか審判すげぇ気合入っててムカつく。俺なんか嫌われることしたかな?

 それとも、興奮させるほどの豪快な空振りだったのか?

 いや、集中。いつものように、集中する時の仕草をして、無心。


 狙うはストレート。よし来い。次は打つ。


 野上のモーションに合わせて足を少し挙げた。

 そしてタイミングを同調させ、バットを当てにいく。

 しまった。手元で曲がりやがった。


 俺の打った打球がライト手前にホテッと落ちて転がる。俺は一塁へ。

 一塁に居た奥間さんは二塁へ。そして航也はホームインした。


 これでワンアウト、一、二塁。二得点。


 バッターは惣汰。

 バッターボックスに入った惣汰が、ライト頭上を指し予告ホームラン宣言する。

 ん? なんで惣汰左バッターボックス入ってるんだ?

 げっ、まさかアイツ。馬鹿やめろ、このチームでそれやっても……無理。

 ダメだ、よく考えろ馬鹿。二塁は奥間さんだぞ。


 俺はピッチャーが投げると同時に走り出した。

 そして二塁に居る奥間さんに、走ってと指示を出す。走る耳元に小さな音でキンという音が届いた。やっぱりだ。バントしやがった。


 このチームで送りバントとかないから。足遅いし。

 ヘタすりゃトリプル喰らうわ!


 サード前に転がったボールを野上が処理し、サードをアウトにした。

 サードを守る朝丘がファーストに剛速球を投げるが、惣汰の足が勝りセーフ。

 これでツゥーアウト、一、二塁。

 バッターは邦茂おじちゃんだ。ここは大人しく待つしかない。


「お~い、章和~」

 惣汰がダブルスチールの合図を出す。アホか? 走っても意味ないジャンか。

 バッターが邦茂おじちゃんじゃ、三塁に行っても三振するかも知れないし。

 俺が断る合図を送るが惣汰は引かない。ヤバイ。来る。惣汰は走る。


 仕方なく少し大きなリードを取る。しかし、野上も新藤も差ほど気にしていないようだ。どうせ走らないと思ってるのと、ここは落ち着いておじちゃんを仕留めるのが安全策と選ぶはずだ。当然と言えばそうだ。

 だが、惣汰のセオリーは違う。アイツは走る。


 野上が素早く構え、すぐモーションに入る。それと同時に全力で走りだした。

 無心に三塁へ向かい、思いっきりスライディングすると、タイミングよく朝丘にタッチされた。俺は三塁の審判を見る。沈黙する。


「セーフ」

 あぁあぁ、危ない。

 二塁を見ると惣汰が笑っている。そう言えば前にもこんなことがあった。

 あの時は……、え? あの時って――、ま、まさか、嘘だろ?


 俺は惣汰に(あご)で合図を出す。バッターを見ろと。

 これでどうやってホームスチールするんだと。これじゃただ怪我するだけだと。しかし惣汰は笑っている。

 クソ、超怖ぇ。新藤に突っ込むのか……。怪我したくないな。


 カウントはワンボール。

 俺は必要以上にリードを取る。牽制されたらアウトになるかも知れない領域だ。ドキドキしながら、牽制せずに投げろと祈る。そして――。

 野上がモーションに入ると同時に俺はバックホームへ向かい走る。見てる観客の悲鳴や騒ぎ声が響く。それに反応したのか、野上の体勢が崩れたように感じた。

 はっきりと見えている訳じゃないがそんな気配がする。


 俺は回り込むこともせず最短距離で頭からバックホームへ突っ込んだ。

 新藤にタッチされている。タイミングは新藤の勝ちだ。上手過ぎる。


 それより何より、邦茂おじちゃんが俺の上に座っている。重い。


「セーフ!」

 俺はびっくりして、審判と新藤を交互に見るが、グローブの中にボールはなく、地面に転がっていた。

 後で、撮影してる記録映像で確認しないと、何がどうなったかは分からないが、とにかく良かった。


 ユニホームに付いた土を叩きながら悔しそうにしている新藤。野上もマウンドに(かかと)で穴を開けている。二人とも相当イラついて見える。

 思い返すと、子供の頃、ウチと戦うチームの親が帰りに怒鳴ってきたことが多々あったが、それは惣汰の変化球や、航也の予告ホームランだけではなく、こういうのも原因だったかも知れない。


 帰りの自転車で、モンスターペアレントだぜアレ、なんて言っていたが実は本当にウチの野球に問題があった気がしてきた。

 ヤジなどはしないが、相手を小馬鹿にしてたし。


 野上が惣汰を警戒する。たぶん惣汰もやるだろうと読んでいる。

 しかし惣汰はしない。昔からそうだ。これで怪我してピッチャー交代になることが何より嫌なのだ。

 やきもちやきというかなんというか、自分のポジションを他の誰かがやるのも、俺が誰かとバッテリーを組むのも嫌がる。

 それが分かっているから、中二の時、惣汰の転校と同時に俺も野球を辞めた。

 ……そこは俺も、同じ気持ちだったから。



 邦茂おじちゃんが三振しチェンジになった。

 三回表、バッター大友智伸。確かすごく足が速いって言っていたな。まあ、惣汰の球が打てたらの話だけど、まず打てないな。

 試合が始まるまでは、高校球児という肩書に、本気でヤバイかもと思ったけど、いざ球を受けてみて、このキレキレの変化球を初見で捉えれると思えない。


 俺は外角ギリギリの指示を出す。しかし惣汰が首を振る。

 逆に惣汰がキャップを使ってサインを出す。何? 一球目外すの? なんで?

「ボール」


 それじゃ、下から抉るようなアッパーいってみよか。

 しかし惣汰はまたも外すを指示。

 俺がダメだと強く言うと、分かったよと頷いた。だが――。

「ボ、ボーク」

 何してんだ惣汰。


 ランナーがいなかったからいいようなものの、急にどうした?

 が、その後も連続でボールを外し、フォアボールを出す。


 俺はタイムをかけてマウンドへと駆け寄った。セカンドを守る航也も笑顔で走り寄ってきた。

「なに。どうしたの? 指でも怪我したの?」ちょっと心配して尋ねた。

「いや、今のバッターさ、三振取るより盗塁さして章和に殺して貰おうと思って。ほら章和はスナイパーだろ。」

「確かに章和は超強肩だもんな。そっか、そうゆうことか。大友と章和のどっちが凄いかはっきりさせる訳か」


 やれやれ、惣汰の悪い癖だ。


 良く考えればこの癖のせいで俺は殺し屋って呼ばれて。でも惣汰が三振取れば、はなっから盗塁もなにもないじゃんまったく。


 渋々俺は戻ろうとした。けど、もう一度マウンドに行き、一言つぶやいた。

「遅い球投げて盗塁成功されたら、伊部ちゃんの前でみっともないぜ」と。

 俺が戻ろうと背を向けると、焦ったように声を掛けてきた。

「やべぇ、頼む章和。絶対、絶対アウトにしてくれ。じゃないと俺、カッコ悪い」

「大丈夫。任しとけ。その代り全力で来いよ」


 定位置に着きバッターを見る。外国の人だ。二メートルはゆうにある。

 帽子を取り審判と俺にお辞儀する。どこの国の人かは分からないがただもんじゃない気がする。


 俺は外に外すべきか内側にねじ込むか迷う。正直、こういう選手が外角に外れたボールを特大ホームランにするシーンを見たことがある。

 更に内角の高めを思いっきり引っ張ってこれまたホームランとか……。


 ヤバイイメージが過る。ここは安全策で内角低めを這う球で。


 俺がサインを出すと惣汰が首を振る。そして一塁を顎で指す。

 クッ~ソ~。そうか、盗塁されちまう。それならどうする?

 すると惣汰が真ん中のドストライクを指示してきた。

 滅多に投げないストレート。


 賭けるか。でもホームランとか打たれたらヤダな。

 いや、惣汰の本気のストレートが簡単に打たれるわけないか。

 でもな……、打てなくもないな~。


 惣汰が頷く。何度かランナーを気にして牽制の素振りをする。その都度ランナーはファーストへと戻る。

 一部の者達も、ランナーが走るであろうことは分かる。


 間違いなく、来るぞ。


 惣汰が対盗塁用に編み出した、短縮モーションでボールを投げてきた。

 俺もバッターを無視し、腰を起こして膝を浮かせる。

 そして、目の前を何かが空振り、ミットに感触が伝うと同時にステップを踏み、セカンドにぶん投げた。


「アウト!」


 フタを開ければ、余裕のアウトだった。

 惣汰の投球といい、航也のセカンドさばきといい、懐かしさと嬉しさで、ホッとしている。昔、何度も練習した。ダブルプレーよりも盗塁をさす練習をした。


 どんなに足を使うチームが来ても、俺と惣汰と航也で仕留めた。

 おかげで俺は、強肩だのスナイパーだのランナー殺しだのと……あれ?

 なんか最近そんなことどこかで言われたような? どこだったかな?

 お爺ちゃんにかな? ま、いっか。



「ワンナウト~」俺は気合いを入れた後、ポジションに着いた。


 惣汰の変化球を大振りする大男。当たれば月まで飛びそうなスイングだ。

 惣汰がアンダースローじゃなかったら、きっとこの試合は負けていただろう。

 しかし、もう負けないと分かる。球がどんどんキレを増していく。


 惣汰は四回くらいにはと言っていたが、投げる度にヤバくなる。

 アニメの嘘くさい曲がりより曲がる。


「ストライクバッターアウト」

 次が九番、野上大輔。これでぐるりと一周したわけだ。

 ピッチャー対決。惣汰がいつも勝手にこだわって投げる。別に特別敵視することはないのに、なぜかピッシャーに対しては因縁があるようだ。


 野球の常識ではない球ばかりを投げる。ドライブのかかった球が空中でクイッと落ちる。握りや空気抵抗ではなく。高回転する球が揺れながら回り変化する。

 回転して安定するはずの球が揺れる。つまり不安定になるのではなく、きっちりと狙った所へ、行くべきルートを通り寸分の狂いなく曲がる。


 卓球の球やフリスビーの曲がりと同じだ。


「ストライクバッターアウト。チェンジ」

 このままこうして遊んでいたい。でも少しずつ試合は終わりへと近づいていく。


 懐かしい音がする。バタバタという足音やバットの転がる音、グローブの匂い、土の匂い、ユニホームの匂い。スポーツドリンクのうるおい。

 もうすぐ試合が終わってしまう。惣汰が三振を取る度、悲しさが蘇る。



 俺は中学二年生なのに、惣汰の転校に泣いた。

 もちろん、誰にも涙は見せなかったし、同級生には知られていないはず。

 こっそりと部屋で泣いた。嫌だと駄々をこねて、寂しいよと泣いた。それでも、惣汰は転校した。


 この試合もあと少しで終わってしまう。嫌だと駄々をこねても。


 俺達はいつまでも子供じゃ居られないから。


「ストライクバッターアウト。ゲームセット!」

 終わってしまった。ホームベースに並び、お互いお辞儀をする。

 そして握手を交わす。

 お爺ちゃんと相手の池波という人が、来月から宜しくお願いしますと、さっそく仕事の話をする。


 審判が、六対零で相楽アーマーズの勝利と軍配を挙げた。

 喜ぶお爺ちゃんの会社社員。敵チームは途中から諦めているようにも見えた。

 たぶんモチベーションが持たなかったのだろう。絶対勝てると踏んできたのに、盛り上がっていたのに、いざ、戦ったら……番狂わせ。


 これでは話が違うとなるのも頷ける。



「相楽君。おめでとう。カッコ良かったよ」

 佐伯に褒めて貰えるなんて信じられない。学校じゃカリスマ女子なのに、こんな俺にはもったいないお言葉だ。

 他の男子に恨まれてしまう。佐伯を好き女子にもかな。


「ありがとう。ごめんね、約束変更させちゃって」

 謝ると、平気と笑顔で笑ってくれた。と、そこに航也が来た。

「章和、彼女なら紹介してよ。えっ、本当に違うの? そっか、お似合いなのに。それよりさ、これも何かの縁だしアドレス交換しようぜ。練習、練習で遊ぶ暇ないけど、メールくらいならいつでも出来るからさ。たまにはなにか話そうぜ」

 俺は航也の言葉に頷き、赤外線でアドレスを交換した。


「それじゃ俺、いくよ。なんか先輩達が、学校戻って練習するって燃えてっから、俺も一緒にだってさ。それじゃまたいつか! 惣汰と章和が裏切ってチーム辞めたこと恨んでたけど、今日で水に流すよ。それじゃ~」

 なんかまた、悲しくなってきた。


 いつも、耳には入っていた。……惣汰と俺が抜けたチームが、どんどん負けて、弱くなって、一回戦勝つのがやっとだったって。

 それだって航也がキャプテンで踏ん張ったからだ。


 常に優勝してたのに、二回戦で敗退した時どんな気持ちだっただろう。

 惣汰や俺が抜けてどんな気持ちだっただろう。

 きっと、他にも辞めたヤツが出たに違いない。


 学校も違う寄せ集めのメンバーだったし、それでも辞めずに続けた航也。

 そして今、高校野球で甲子園を目指している。

 きっと航也は輝くだろうな。


 俺は、成長した航也が素振りしていた、先ほどの背中を思い出した。



「あれ? 航也は? 先に帰ったの? そっか。章和は航也とメアド交換した? 俺も頼まれてさ渋々。章和とメアド交換したかって聞かれたから、転校した時からずっとメールのやり取りはしてたって教えたら、なら俺もだろってさ。あいつ全然変わってなかったな。でも偶然ってあんだな。まさかまたここで試合するとはね」

 惣汰も懐かしそうにしている。横にはちょこんと彼女の伊部もいる。


 とりあえず着替えようぜと駐車場へ向かう。すると誰かが話しかけてきた。


「あの、ちょっといいかな。俺、新藤って言うんだけど。一応さっきキャッチャーしていた者なんだけどさ。君達って、どこの高校の野球部?」

「俺も章和もどこの野球部でもないよ。あっ、そうだ。こっちも、どうしても聞きたいことあってさ。おたくのチームに居た助っ人外人って、どういう方」

「あ~あの人。どこかの大学に通ってるキューバからの留学生で、池波さんのとこで預かって面倒みてるンだって。名前はホセ、……ゴンザレスだったかな?」

 大学四年生だったらしい。でも、年齢は二十三歳だとか。


 宇都宮の井端とも軽く話した。船橋の朝丘とも、春日部の大友とも。

 大友はあそこまで完全に盗塁を防がれたのは久しぶりだという。少しおごっていたけど、気を引き締めて走りを磨くとのことだ。


 本当は試合後に、野上と朝丘の勝負をする予定だったらしいが、全てがシラケてお流れになったようだ。試合をするまでは相当盛り上がっていたらしい。

 けど、惣汰のピンポンカーブやアッパーボールを目の当たりにして、うかれ気分が砕け散ったよう。



 着替えを済ませ惣汰と話していると、お爺ちゃんが封筒を手渡してきた。

「今日は本当に助かったよ。なんか向こうは相当凄い選手を用意してたらしいぞ。全然気づかなかったけど。章和と惣汰君は知ってたのかな?」

 俺も惣汰も知らなかったととぼけた。


「これ、惣汰君に。約束の報酬」

 アザースと返事し、早速中身を見る。

 中には二万円と商品券十万円が入っていた。


「あ、章和のおじいちゃん? これ入り過ぎてるんですけど?」

 お爺ちゃんが『おまけ』だよと笑う。

「それじゃ、今日はありがとうな」お爺ちゃんはそう言って戻っていく。

 どうやら相手と親睦を深める為にお酒を飲みに行くようだ。

 俺は念の為、飲酒運転はダメだよと忠告し、運転代行をと釘も刺した。


 ニタニタと笑う惣汰に、どうしたのと伊部が聞く。惣汰が照れながらいう。

「ほら、お前アシスト自転車欲しいって言ってただろ? アレ、プレゼントしようと思ってさ。そんで勝ったら商品券ってお願いしてたの。勝っちゃった」

 うそ~と喜ぶ彼女と、ホント~と照れる彼氏、仲良くじゃれる二人。

 見ているこっちが恥ずかしい。


 しばらくその光景を、ぼけ~っと口を開けて見ていた。


 佐伯とお弁当を食べる約束があるからもう立ち去ってもいいのだが、なぜか名残惜しい。祭りの後のような寂しさ。

 惣汰が転校した後、俺はよくベランダに出て星を見ていた。惣汰と遊びたくて、会いたくて。

 ……あれから約三年、ようやく会えた。

 けど、また会えなくなるのかも知れない……。


「章和。腹減ったしそろそろ行くわ。そんでさ、ま、あとでさ、メールするけど、お互いバイク持ってるんだし、たまには遊ぼうぜ。暇な時でいいからさ」

 惣汰がにっこりと笑う。

 俺もにっこりと笑い『そうだね』と答えた。





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