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ホワイトデーから始めよう

作者: 山野つき

「ねえ柚希(ゆずき)、もう帰る?」


 教科書を鞄に仕舞いながら、何気なく親友の三好柚希(みよしゆずき)に声を掛ける。いつもならすぐに返ってくる返事が、今日に限ってない。どうしたのかと思って斜め後ろの席に目を向けると、柚希は赤い顔をしながら挙動不審になっていた。


 何! どうした! と一瞬思ったものの、すぐにああと気が付く。


「そっか、そっか。今日はホワイトデーだから彼とホワイトデーデートか!」

「や、いやぁ、デートっていうか、翔太(しょうた)君が今日は一緒に帰ろうって誘ってくれて」

 照れて笑う柚希に、私もにやにやとからかうような笑みを浮かべる。


「じゃあ、早く校門に行かないと! きっと片岡さん、もう待ってるよ」

「うん、さっき校門に着いたって連絡来てた」

「じゃあ早く行ってあげなきゃ! 他の生徒が怯えるよ!」

「そ、そうだった! じゃあもう行くね。彩音(あやね)また明日」

「うん、デート楽しんで来てね!」


 えへへと緩い笑いをしながら、柚希は教室を飛び出していった。もう、幸せそうな顔しちゃって。



 バレンタインから数日たったあの日、私たちの通う高遠(たかとお)高校は騒然となった。

 なんと校門の前に高遠東(たかとおひがし)工業という、この辺りで最も評判の悪い男子校の制服を身に着けた男子が立っていたからだ。

 しかも、そこにいるのが、その東工業の中でも最も要注意人物と言われる片岡翔太(かたおかしょうた)らしいということで、学校の中では誰かが狙われているんじゃないかと大騒ぎになった。

 校門前に居座る彼に高遠高校の生徒が怖がって帰ろうとしないので、いよいよ先生が警察に通報をと言い出した時、突然柚希がとことこと、その危険人物に駆け寄って行った。


 あの時は心臓が止まりそうなぐらい驚いた。


 さらにあろうことか、柚希と片岡翔太は校門の前で少し話して、そのまま一緒に帰ってしまった。

 私は驚いてすぐに柚希に連絡を取ったけど、柚希は迎えに来ただけだから大丈夫と言い、片岡翔太との関係にはなぜか言葉を濁した。

 だから私は、何か弱みを握られて脅されたりしているんじゃないかと随分心配していたんだけど、やっと二週間ぐらい前に恥ずかしそうに『実はお付き合いしています』と教えてくれた。

 それなら早く教えなさいよ! こっちがどれだけ心配したと! と思ったけど、まぁ、なんか幸せそうだから良かったね、今度紹介しなさいよと笑った。

 それからは数日置きに片岡さんが校門まで迎えに来るので、だいぶうちの学校の生徒も慣れてきた……と思う。ま、まぁ、最初のような騒ぎは起きなくなったからいいんじゃないかな?



 鞄を肩に掛けて私も教室を出る。柚希に言ったように今日はホワイトデーだ。

 周囲はバレンタインほど浮かれていないけど、ちょこちょこ友達同士でお菓子を渡している様子は見られる。帰り際に見かけるカップルは、柚希達みたいにデートかもしれないね。

 実際のところ、バレンタインデーに告白されて、ひと月も返事を先延ばしにする男の子ってどれぐらいいるんだろう? 何かすぐ返事しちゃいそうじゃない? 私だったら遅くても三日で返事しちゃうな。ひと月ってちょっと長すぎる。まあ、私にはあんまり関係ないけどね。


 とはいえ、私も先月のバレンタインにはみんなにチョコを渡した。その中に少しだけ気合の入った物を一つ用意して。

 それは一番の仲良しの柚希にも内緒にした。

 だから、バレンタインの日は用事があるからと言って柚希に先に帰ってもらった。

 わざわざ時間を調整して、目当ての彼の部活が終わる時間に偶然を装って、そのちょっとだけ特別なチョコを渡した。

……告白はしなかった。


 きっと彼はそれが特別なチョコなんて気が付かなかったと思う。いつも通りに「お、サンキュー」って笑ってたしね。

 相手に伝えるつもりはないけど、それは私なりのけじめだった。自分の気持ちにそこでケリをつけるための。


 だってこの数か月、彼のことをずっと見ていたから気が付いてしまったのだ。彼の視線が誰に向かっているか。彼が優しい眼差しを向けるのが誰か。

 だから、私は自分の気持ちを整理するための私の中だけの告白をした。うじうじ悩むのは性に合わないし、嫉妬とかそういう気持ちを持つ自分を想像するのも嫌だった。


 なので、まあ、私にホワイトデーはあんまり関係ない。私の中の色々なことはひと月前に終わっているんだ。

……うん、ケリをつける意味はあったのかと思わせる予想外のことも色々あったけどね。



 昇降口から外に出ると、校門のところで先に帰ったはずの柚希と片岡さんが見えた。

 二人で赤い顔して何やってるんだか。見ているこっちが恥ずかしくなるよ。それに相変わらずうちの生徒が片岡さんに怯えて、恐る恐る二人の横を通り抜けている。ちょっと声を掛けて早く移動しなさいって言ってあげよう。


「あれ? 上田?」


 おっと、このタイミングで会うとは。


「福本、今帰り? 今日は早いね!」

 なるべく校門の方に意識が向かないように、体の位置を微妙にズラしながら返事をする。


「何かテンション高いな? 今日は部活休みだったからな」

「へー珍しいね。まぁ、もう三年の先輩は卒業だもんね。春休みも近いし」

「俺たち一、二年はそんなの関係なく春休みも部活あるけどな。今日はたまたま」

「そうなんだ。じゃあ今日は貴重な休みだね!」

「そそ」


 私の方に向いていた福本の視線が、話の切れ目に合わせて自然と校門の方に流れる。

「あ、三好今日はお迎えなんだな」

 あちゃー、意味なかったか、福本が柚希達に気が付いてしまった。そりゃそうだよね。いつも見つけるの早いもん。

 私は苦笑いを浮かべながら福本の横に並んだ。

「そう、ホワイトデーのデートなんだって」

「ああ、なるほど」


 二人でそのまま話しながら、校門の柚希達のところまで歩いていった。


「柚希!」

 柚希と片岡さんが同時にこちらに振り向いた。柚希が少し驚いたように目を開く。

「あれ彩音? さっき別れたばっかりなのに」

「いやいや、結構時間経ったからね。なんで柚希はまだ校門にいるのよ。とっくにどこかに移動してると思ってたのに」

「え? そんなに時間経ってた?」

「もう十分は経ってるよ。……あれ? かわいい髪飾り。そんなの着けてたっけ?」

 柚希の肩より少し長い真っすぐな黒髪に、さっきまではなかった白い小花のついた可愛らしい髪飾りが着いていた。

 普段から見た目はお嬢様な柚希だけど、その髪飾りで清楚さが増したような気がする。私は癖のあるこげ茶の髪と、どちらかというと濃い系の顔をしていて、どうも派手な印象を与えてしまうようなので、柚希の清楚さは正直うらやましいな。

「あ、これさっき翔太君にもらったんだ。お返しとかいいって言ったのに……」

 口ではそう言いながら、柚希は頬を少し赤くしながら嬉しそうに髪飾りにそっと触れる。それを横から見ていたのだろう片岡さんが、照れたのか顔を下に向ける。

 いや、下向いててもニマニマしてるの見えてるから! それ全然隠せてないからね! 


 誰だよ! この人のこと東工業で一番の危険人物って言ってた奴!! この人毎回、ふわっふわした甘い空気出しまくってるからね! もう二人で綿菓子作っとけよって感じだからね!?


 脳内でドン引きしていると、福本がすっと片岡さんの方に動いた。

「片岡さん」

 福本の呼びかけに片岡さんが顔を上げる。え、福本あんた何するつもり!? ちょっと、と慌てて福本の服の裾を掴んで止めようと手を伸ばす。

「お! (たもつ)じゃん。なんだよ、翔太でいいってー」

 親し気に答えた片岡さんに面食らって、伸ばしかけた手が下りる。何? 何で? この二人知り合いだったの?

「いや、さすがに呼び捨ては無理です。東工業の他の人たち怖いんで」

 福本が苦笑いしながら答える。下の名前で呼んじゃうぐらい仲良しってどうなってるの?

「そんなの何か言ってくる奴いるかぁ? まあうるさい奴いたら俺、シめるよ?」

 さっきまでの甘い空気が霧散して、笑顔なのに片岡さんの周りがぴりっとした空気に変わる。

「……翔太君」

「あ!? や、柚希ちゃん! そうじゃなくて! お話ししてね、ちゃんと平和的にやるから! あれ? 違うからね!」

 柚希に睨まれた途端に一瞬で片岡さんは怖い気配を消し去り、あわあわと慌てて言い訳をしだした。きっと噂で聞く『東工業の片岡』がさっきの怖い片岡さんなんだろう。でも柚希と一緒にいる片岡さんは、どちらかというと大型犬だ。めちゃくちゃ柚希に懐いてる大型犬。しっぽぶんぶん。


「ところで片岡さん、もしかして今日はこの前言ってたケーキ屋に行くんですか?」

「お? そうそう、保お勧めの店に行ってみようかと」

「それなら、早めに行った方がいいですよ。あそこ、このぐらいの時間だと、学校帰りの女の子達で結構混むみたいだから」

「そうなんだ? じゃあ柚希ちゃん、少し急いで行こう」

 二人の話を聞いていた柚希の表情がぱぁっと明るくなり、目をきらきらさせる。

「ケーキ屋さんて、駅の向こう側に最近できたあの可愛いお店だよね? わー! 私あそこのケーキ食べてみたかったんだよね! 翔太君早く行こう! じゃあまた明日ね、彩音、福本君!」

「ゆ、柚希ちゃん? あんまり坂道で走ると危ないって! 保、彩音ちゃんまたな~」


 柚希に引っ張られるようにして、二人は勢いよく学校前の坂道を下って行く。それを私と福本は、なんとも言えない呆れたような気持ちで見送った。


「三好って、相変わらず甘いものに弱いな」

「うん、柚希は多分甘いもので釣り上げられそうだよね」


 何となく成り行きで、そのまま福本と駅までの道を一緒に歩いている。


 福本と柚希は中学から一緒だったので、高校からの私より二人の方が付き合いが長い。私と柚希が仲良くなった流れで、福本とも良く話しをするようになった。三人で話していることはよくあるけど、福本と二人きりになることは珍しい。ましてや、福本は普段部活で帰り時間が違うし、こんな風に二人きりで帰るなんて初めてのこと。自然と話題の中心はさっきの柚希達の話になる。


「それにしても、思った以上にあの二人仲いいな」

 福本の言葉に確かにと思う。それと同時にふと疑問も浮かぶ。

「ほんとにね。でも一体いつ知り合ったんだろうね?」

「上田も知らないの?」

 意外そうな顔で福本がこちらを見た。


「柚希に聞いても、言葉を濁して詳しく教えてくれないんだよね」

「へー意外。女子ってそういうの教えそうって思ってた」

「うーん、どうなんだろう? なんか恥ずかしがってる感じ」

「そうなんだ」


「言いたがらないのって何だろう? 何かすごいドラマみたいな出会いがあったとか? すごい劇的な告白されたとか?」

「いや、それはない。三好が告白したらしい」

「え!? そうなの? 何で福本が知ってるの?」

「片岡さんに聞いた」

「え……」


 私は言葉が続かなかった。柚希から告白したという話にも、福本が片岡さんに聞いたということにも驚いてしまって。


 でも、そうか、とも思う。バレンタインから数日経ったあの日。

 私と同じように驚いていた福本。彼がずっと誰を見ていたのか私は知っている。その視線が誰の姿を追いかけて、誰を見て優しく微笑むのか。その彼が心配しないはずが無いよね。でも、まさか直接片岡さんと話していたとは思わなかった。


 前を向いたまま福本は独り言のように話し出した。

「……俺、中学の時から三好のことが好きだったんだ」

「……」


 そんなの、知ってたよ。福本が柚希をずっと見ていたように、私も福本をずっと見ていたんだから。


「どこかで安心してたんだろうな。中学から一緒で、男の中では俺が一番三好と親しいって。だから、告白しようとか考えてなかった。なんか、今の関係がずっと続けばいいなって思ってて……いや、違うな」

「え?」


 福本は少し俯いて唇を噛み締めてから、呟くような声で言う。

「多分……もし、振られて今の関係が壊れるぐらいなら……ってそう思って言えなかったんだと思う」


 その言葉は私の胸に刺さった。それはそのまま私のことだ。


 私は福本や柚希との今の関係が壊れるのが嫌で、あのバレンタインの日に自分の中でケリをつけたんだ。

 だって、あの時はきっとそのうち福本と柚希は付き合うだろうと思っていた。まさか柚希に他に好きな人がいるなんて、全然気が付かなかったから。自分が二人の障害になりたくないと思って、いっぱい考えて出した私なりの結論だった。


「情けないよな」

 顔を上げた福本が、こちらを見て苦笑いをした。


 運動部の為、いつも短髪にしている福本は、そんな顔をしてもどこか爽やかだ。あの日自分の中で終わった恋だと思っても胸が切なくなる。結局私は柚希のことが好きな福本も好きだったんだと思う。


「そんなことないよ。私も同じようなことあったし」


 私がなんてことないようにそう言うと、福本が意外そうに片方の眉を上げた。


「へぇ? 上田が? なんか意外だな。好きになったら速攻告白しそうなのに」

「ちょっと!? 私のことどういう風に思ってるのよ!」

 福本はごめんごめんと笑うけど、非常に心外だ。こっちはどれだけ君のことで心悩まされたと思ってるの! ……まぁ、言わないんだけどね。


 ひとしきり笑った後、福本はまた前を向いて「それでまぁ」と話を続ける。


「最初に片岡さんが、校門まで三好に会いに来たことあっただろ?あの後三好に聞いても、別に大丈夫だからとしか言わないし、どうにも心配になって……俺、片岡さん会いに東工業まで行ったんだ」

 どこで知り合ったんだろうとは思ってたけど、それはちょっと予想外だった。心配してるのは知ってたけど、まさか直接訪ねるとは。

 あの東工業に単身乗り込むなんて、想像するだけで恐ろしい。私にはちょっと真似できそうにないわ。


「それは……勇気あるね」

「めちゃくちゃ怖かった」

 福本は真顔で即答してきた。相当怖かったんだろうな。


「三好に告白されたんだって言ってた。めちゃくちゃ可愛かったって散々のろけられた」

 福本が苦笑いする。でもちょっと待って。あの片岡さん、そんな簡単に初対面の男にぺらぺら喋る人だろうか?

 そう思って詳しく聞いてみると、最初は、何こいつ? みたいな感じで凄く怪しまれたんだって。でも柚希を心配して来たことを説明すると、柚希に本当に福本と知り合いか確認の連絡を入れて、それを聞いた柚希が慌ててその場に来るという事態になったらしい。それだけ聞くとちょっとした修羅場っぽい。


「三好と中学からの友達だってのは納得してくれたけど、めちゃくちゃ牽制されて『俺の彼女だから』って強調された」

「あ、あ~それはそうなるよね。他の男子と親しいとか気になるだろうしねー」

 思わずその時の情景を想像して苦笑いしてしまう。心配してわざわざ行動したのに、福本の空回り感がなんとも気の毒だ。


「だけど、『俺の彼女』って言われるたびに、なぜか三好が動揺してて面白かった。あんな顔赤くしてあわあわしてるあいつ、初めて見たわ」

 福本はその様子を思い出したのか、ちょっと噴き出すように話す。そう言われると柚希は内心慌てていても、あまり表に出さないから私もそんな様子は見たことないかも。


「それから色々雑談してたら、片岡さんて巷で有名ですよね、みたいな話になったんだけど、その理由が……」

「え? 何? めっちゃ気になるんだけど」

 片岡さんが、言われているような悪い人だとは思わないけど、私の大切な友人を預けるのに、なぜ危険人物と言われるようになったのかは、ぜひ知っておきたい。


「高校入るまで背が低かったんだって」

「え! そうなの? 今は結構高いよね?」

「らしい。で、顔も男にしてはかわいい系だから、からかわれることが多かったらしくて。それに対抗するため全方向に尖ってたら、なぜか怖がられるようになってたんだって。なんか、微妙に本人自覚ないっぽいな。男子校なんてみんなこんなもんだろとか言っててさ」

「そうなんだ。なんか……思ったより普通にいい人だよね」

「そうなんだよな」


 福本がいたずらっぽい顔をしながらこちらを見た。

「俺も背が低いだろ?」

「う、うん? そうかな?」


 確かに福本の背は百六十センチの私より少し高い程度。こうして横に並んでいるとそんなに目線は変わらないから、男子にしては低い方だろう。でも私はあまり気にならないな。むしろ、この横を見たときに丁度目が合う感じがいいと思う。


「片岡さんにめちゃくちゃ励まされた。高校生でもまだまだ伸びるから諦めるなって。色々秘訣? みたいなの教えてくれたりして。背の話した後から、凄い親切になった」

「ちょっ……」

「なんであんなに俺にフレンドリーなのかって思ったろ?」

「うん……身長かぁ」

「身長だよ。俺はそこまで気にしてないけど、後少しぐらい欲しいからアドバイスが有難いです」


 最後の部分をやけにきりっとした顔で言うものだから、つい噴き出してしまう。

 しばらく二人で笑っていると、福本が何かを切り替えるように、息を深く吸って吐いた。


「俺さ……」

「……ん?」


 右を見ると、前を向いてどこか遠くを見るように目を細めた福本の顔があった。

 じっとその横顔を見つめる。


「最初は、なんで俺、さっさと告白しなかったんだって後悔したんだけど……」

「……ん」

「それもなんか違うなって。三好は俺の前ではあんな表情見せなかったから、やっぱりあの人じゃなきゃダメだったんだろうなって思ってさ」

「……うん」


「自分で納得したら、二人を応援しようって思えるようになった。……まぁ、そんなすぐに気持ち切り替えられるわけじゃないけど、こう……何ていうのかな。俺自身少し視野を広げていこうかと思ってさ」

「……視野を広げて?」

「ほら、まだ高校一年だし。これからもっともっと楽しいこといっぱいあるぞー! とか、いろんな人と出会っていくぞー! とかさ」


 福本がこちらへ顔を向け片方の口の端を上げて、にっと笑った。だから私も同じように片方の口の端を上げ、にっと笑って親指をぐっと上に向けて福本の方に突き出してやった。

 きっと私の方が悪い顔をしているだろう。福本も同じように親指を突き出してくる。まるで悪だくみでもしているみたいだけど、違う。


 これは私たちの決意表明だ。

 それぞれに、一つの思いに区切りをつけた私たちのこれからへの。


「なんか、聞いてもらってすっきりした」

「なら良かった」


 さっぱりした顔で笑う福本の恋心が、この先どうなっていくのかは誰にも分らない。


「そうだ、聞いてもらったお礼ってわけじゃないけど、これバレンタインデーのお返し」

「え? ありがとう……」


 手の上にポイっとのせられた、透明の袋に青いリボンで可愛くラッピングされたクッキーを目をぱちぱちさせて見る。

 いつの間にか着いていた駅の改札を通りながら、福本が笑顔で振り返る。


「こちらこそありがとう! 上田また明日!」

「うん、また明日ね!」


 そう言って手を振って、そのまま階段を上って行く福本に右手で手を振り返す私。左手にはお返しのクッキー。


 自分勝手に区切りをつけた私たちの恋心が、この先どうなっていくのかは誰にも分からない。

 でも、だから。だからこそ、ここからまた始めよう。


 このホワイトデーから。


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― 新着の感想 ―
[一言] おお、気になっていた後日談が親友目線から……! そうかでろでろあまあまで大型犬みたいなのか(*´艸`*) 彼女の友女達まで名前呼びとは意外と女慣れしているのかとびっくりです。
[一言]  好きであればあるほど、告白をためらってしまうのかもしれません。
2017/03/16 21:37 退会済み
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