やること
「ただいま~」
「おかえりー」
俺たちはあの後すぐに帰宅した。
なんだか今日はひどく疲れたな。でも、心配事も消えたので清々しい気分だった。
ばあちゃんと顔を合わせた途端、汚いから風呂入れと言われたので夕食の前に済ますことにした。
湯船につかりながら振り返る。ナオはあの後こんなことを言っていた。
~~~~
「いやね、実は自由研究のテーマを探しててさ。さっき図書館行っていろいろ本や新聞を眺めてたんだけど、どうもこの街でむかし神隠しがあったみたいなんだ。他にもこの街には色々と歴史があるだろう。そういうのを調べてみたらどうかなってね」
「なるほどなー! いやー、もう自由研究とかどうしようかと思ってたんだよなー。自由ってのな、そういうのが一番困るんだよ」
毎年聞くトモヒロの常套句だ。異論はない。何より俺も自由研究は持て余していた。ナオの提案は意外といいかもしれないぞ。自由研究としてもしっかりしてそうなネタだし、何より調べるのも面白そうだ。うまく結果を出せれば他の連中に差をつけられそうだな。
「いいな。俺は賛成する」
「俺も」
「わたしも」
みんなナオの意見に賛同した。
「みんな、ありがとう」
「でも、具体的には何をどうするんだ?」
「うん、まずは、この街に伝わる話とかがあるか調べよう。神隠しもそのうちの一つだ。他には調べる時間がなかったけどきっと何かあるだろう。何かを祀った神社とか、逆に祟られた何かとか」
「え~……なんかこわそう……」
それを聞いてエイコはビビっているようだ。俺は別に怖くなんかないし! おもしろそうじゃねーか!
「まあ、一例だよ。もっと郷土っぽいことでもいいよ。むかしの豪族の土地とか、栄えた場所とか」
おお~、それはつまらなそうだ。俺は前者を強く推すな。
「まずはそういった事を、どんな言い伝えがあるかを図書館で調べよう。後は口伝だな。街の人に聞いていくのがいいだろう。自由研究的にもな」
すごいな。地域の人も巻き込むことで、俺たちのがんばり具合をアピールできるってわけか。あの子達なんか頑張ってたわよって具合に。
「集まった情報から、掘り下げて調べることを三つくらいに絞ろう。それ以上は時間的にもきついだろう」
「三つかー、まあそんなもんか。俺は十個でも百個でもいいけどなー」
「うん、無理に決まってるだろ。そしたら三つについてはさらに聴き込むか、場所にまつわるものなら出向いてもいいだろう。フィールドワークってやつだね」
お、ナオのやつ、今少しキレたんじゃないか? まあ、トモヒロの扱いはスルーが正解だ。後で教えておいてやろう。
それにしてもやばいな、俺もなんだかワクワクしてきた。
「まあ、そんな感じだ」
「わかった。みんなもその様子じゃ異論はないだろう。明日はまず、午前中に集合して、図書館と新ベースに分かれよう。図書館に人数多すぎても効率はそこまで上がらないだろうしな。集合場所はここでいいだろう。時間はそうだな、九時半でいいか?」
「オッケー」
「あ、わたしは明日も午前中はちょっと……」
ちーちゃんは午前中はどうやら無理のようだな。
「わかった。じゃあタクヤ、明日もよろしくな」
「まったく、毎度毎度しょ~がね~な」
~~~~
……という感じで、明日は調べ物だ。
それにしても本当にラッキーだったな。七月中にやることを決める予定だったけれど、それどころか早々に片までつきそうだ。……他の宿題もそろそろ本腰を入れないとな。
「ユウー! いつまで入ってるのー! もうお父さん帰ってきたよー!」
おっと、考え事をしてたらそんなに時間が経っていたか。俺は慌てて風呂から出る。大分のぼせてしまった。
着替えてうちわであおぎながら居間へと向かう。
「おかえり」
「おう、ただいま」
もうみんな座っていた。
「いただきまーす」
今日は焼き魚かぁ。がっつり肉が食いたいところだったが、それでも腹は減っているから仕方ない。ホッケなんか、こんなもん食ってなにが面白いんだか。ごはんのおかずになりやしない。もっとこう、ハンバーグとか生姜焼きとかそういったものの方がごはんが進むに決まってるだろう。仕方ない、ふりかけを出そう。
そんな俺の思いとは裏腹に、大人たちはホッケうまいホッケうまいと箸でつついている。
「ところであんたたち、今日ゴミを運んでたって商店街で聞いたわよ。神社の掃除でもしてたのかって」
さすが世間は狭い。もう伝わるとは。だから見られたくないんだよなあ。しかしまあ、
「ゴミじゃないんだけどなぁ……まあいいように勘違いしてくれたこと」
「じゃあ何してたんだ?」
「第二拠点を作ってたんだよ。あの山にね」
「ほう、懐かしいなあ。俺らも作ったもんだよ、なあ」
父さんは母さんの方を見る。
あれ、母さんはここの生まれじゃないよな。
「そうねえ。あの場所はまだあるのかしらね」
母さんは口から気になる言葉が溢れる。
「あの場所って?」
「うん、登山道を少し離れたところに開けた場所があるの。そこが父さんたちの遊び場だったのよね」
「ああ、秘密基地なんか作ってな。中学高校に進んでもたまに行ってたなあ。自分たちだけの場所ってのはいいもんだったな」
父さんは遠い目をしている。母さんもだ。
それにしてもその場所ってやっぱり……。
「やっぱりあんたらは親子だねぇ。まあ、あたしもそれに括られちまうんだけどね」
ばあちゃんもか。
でもおかしいな。あの場所には何もなかった。父さんが言う秘密基地は別のところなのか。そう聞いてみると、
「うん、高校を卒業する前にな、集まれる奴だけ集まって取り壊したんだよ。もう俺たちは大人になる。隠れ家に頼らず生きて行こうとな。仲間ともこんな場所がなくても絆は消えないってな。そしてその場所は、まだ隠れ家を必要としている後輩たちに空けるんだ」
ふーん、なんだろう、なんか……そういうのっていいな。俺たちも高校を卒業する前に同じようなことができたらいいな。いや、そうしよう。
俺はこの時、はるか先の目標を掲げた。
夕食を終える。
父さんと母さんは昔話に花を咲かせているようだったが、そこまで興味は惹かれなかったので俺は自分の部屋に行くことにした。立ち上がり歩き出そうとしたところでばあちゃんに呼び止められる。
「あんた、すっきりしたような顔してるけどなんかあったのかい?」
「うん、第二拠点も出来たし、仲間との結束も強まった、と思う。今もいい話を聞けたし。んでもって明日からは自由研究をみんなと進めるんだ」
「充実してるようで何よりだ。疲れも溜まってるだろ。早めに休みな」
「ああ、そうするよ」
言われるとなんだかどっと疲れが出てきた。いろいろあったからな。宿題は、明日にしよう。ばあちゃんにも言われたことだし。俺はもう今日は寝ることにした。
翌朝、目がさめると時計を目で追う。七時。
ふわー、起きるか。昨日はぐっすりだった。やっぱ疲れてたんだな。変わって今日はすっきりだ。朝食まで宿題をするか。
俺は着替えて机に向かう。計算ドリルだ。パラパラと二ページ分こなしたところで母さんがきた。
「あら、もう起きてたの? 朝ごはんにする?」
「おはよう。そうする。今日も九時半集合だから」
「はいはい、元気だこと」
朝食の納豆ご飯を俺はおかわりまでして平らげた。
朝食後も部屋に戻り宿題の続きをこなす。ドリルが半分終わる頃、時計は八時半を指していた。
そういや今日は図書館で調べ物だからペンやノートが必要なのか。
手提げ袋に新しいノートといつも使ってるペンケースを入れて準備を整える。
今日は山集合だからな、もう出た方が良さそうだ。
俺は部屋を出ると居間に顔を出してす。どうせ聞かれるだろうと思い、ばあちゃんに山へ行ってくるとあらかじめ告げて家を出た。
今日も例に違わず暑い。暑い暑い。
できるだけ日陰の部分を歩くことにする。まだ日は高くないから塀の下にわずかに影ができる。よし、日向の場所を歩いたら負けだ。
いつしか自分ルールを作りながら山へ向かった。
「おう、ユウキじゃないか。おはよう」
日向を飛び越えたところで不意に声をかけられた。俺は驚いて日向に足を踏み出してしまう。
「あ……」
「ん? どうした?」
「あ、いや。なんでもないよ。おはよう、ナオ。今から向かうのか」
「そりゃな。遅れたらリーダーにどやされるからね」
ナオはおどけて言う。
「いい心がけだ。じゃあ一緒に行こうか。ナオ隊員」
ナオはイエッサーとか言いながら敬礼する。
それから俺らは他愛もない話をしながら山へ向かった。
昨日まではあんなに警戒していたが、話してみると普通のやつだった。いや、むしろ話も面白いし、なんだろうな、レベルが合う。
ちなみにナオは昨日の晩御飯はとんかつだったらしい。羨ましい限りだ。俺も今度作ってもらわねば。俺は焼き魚でがっかりだったと言うと、大人になったら魚の味が理解できるんじゃないか、と言っていた。どうだかな。
あ、あとふりかけは邪道だそうだ。意見が分かれたな……。
しばらくしてあの山へ到着した。
二人とも時計を持っていなかったが、途中の公園でみたところだと九時十五分だった。そこから計算してもいい時間だろう。そのまま第二拠点まで向かい、山道の途中で前を歩くノブ兄妹に追いつき合流して現地に到着する。
既にエイコとタクヤも来ていた。挨拶を交わしていると新ベースからトモヒロも出てくる。どうやら俺らが最後だったらしい。
よし、予定通りに全員が揃ったところで、班分けをしよう。