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この夏出会った少年の不思議な冒険


 ――時間は電車の出発前まで遡る。


 電車に乗り込んだ少年は、入り口すぐの横座席の前に立つ。

 彼はリュックから、昨日寺でもらったお守りを取り出した。

 まじまじと眺めると、前の座席の裏にある荷物用のフックにかける。




 彼はリュックを置くと、隣に腰掛ける。

 そしてじっと待つ。


 電車のドアが閉まった。


 お守りが大きく揺れると、その動きが徐々に収まるに連れて電車は次第に加速して行く。

 電車が運行速度に達する頃には、駅のホームをとっくに過ぎ去っていた。


 電車が走り去った駅のホーム、そのベンチに座る一人の少年。


 彼は改札の外にいる子供達が立ち去るのをじっと待っている。

 子供達はこの後の行動を決めたようで、移動を始めた。




「……行ったか」


 少年は独り言を漏らした。


「ふう、全く。疲れた」


 少年の名は、なお。この夏出会った少年達との冒険を終え、別れを告げて帰って行く、フリをした。


「神社で遭遇しちゃったもんだから、とっさに利用してやろうと思ったけど、ここまで入れ込む事になるとは計算違いだったな」


 なおは、すぐ行動に移すのはまずいと判断し、今まで出来事を少し振り返る事にした。


 しかし、あのガキ共、耐性持ってる奴がいるとは驚いたな。

 他の連中は軽く魅了出来たが。


 ユウキ、あいつは結構手こずった。多分あれは、身内の加護が効いてんな。

 最初のうちは魅了どころか嫌悪感を抱いてたみたいだし。

 まあ、外堀固めて徐々に崩してって、多分仲間になんか言われて揺さぶられたんだろうな。

 山の基地が出来た時はだいぶ加護がほころんでいた。

 そこに直接触れて、それも結構長い時間全力で流し込んでようやくだった。


 でもあいつは……そういや結局名前聞かなかったな。

 まあいいや、ちーちゃん。あいつはガチだな、多分生まれ持ってのもんだろう。

 最後まで魅了が入らなかった。


 でも、結局はあいつのおかげで事が進んだわけだが。




 なおは腰をあげる。


「さて、そろそろいいだろ」


 そう呟くと、先ほど購入した160円の切符を破り捨てた。

 そして線路に降りると反対側、山に面している側のフェンスを乗り越える。

 山を見据えながら、なおはさらにポツリと呟いた。


「場所は感じ取れるからわかるけど、ここから登って道があるかだよな」


 草を分け入り少し山の傾斜部分を進むが、すぐに引き返す。


「やっぱ山道近くから行くか」


 そう言うと、ナオは山沿いを歩み始めた。


 


 なおは山道を目指しながら思考を巡らす。


 あいつらは川で見たって言ってたな。

 大方、眷属か、はたまた土地のモノとじゃれあってたところを邪魔されて、怒ったか興味を持ったんだろう。

 その後の様子を守る限りはおそらくちーちゃんに憑いてたんだろうな。終始落ち着きなかったし。


 ユウキのやつはその後見てないようだし選ばれなかったのか。


 なおは目の前の小さなドブ川を軽く飛び越える。

 その歩みは止まる事なく、逆にそれを拍子に軽く駆け出した。


 くっそ、興奮してきたな。


 ユウキのやつに聞いた後、もう一度神社を調べて奥まで行った時には何もなかった。

 社の中も暗くて見えなかったし。


 けどあいつらと行ったときには明らかに様子が違ったな。

 導かれたんだろう、ナミネコに。

 ちーちゃんが道を見つけてたようだし。


 しかし、その時に覗いた社が空っぽだったのには驚いた。


「おっと、ここら辺からなら登れそうだ」


 なおは再度、腰ほどの草を分け、山へと入り登り始める。




 ただ、その時からハッキリと感じ取れるようになったからな。

 本体はなくても、残り香程度には得るものはあったんだろう。

 ある程度力を取り戻したから、次はいよいよ本体ってとこか。


 そもそも神社からは、なんの目的で動かしたのか……っと。


「ちょっと深くなってきたな。やっぱ山道寄りに行くか」


 方向を水平に切り替え進み続ける。


 あの洞窟ではもうちーちゃんからは離れたんだろうな。奥の方から刺さるような気配を感じられた。あの時に体験したものに似た感覚を。


 俺がこの旅に出るきっかけとなった、あの一件の。


 ちーちゃんとは話をしたかった。多分開けられてるだろ、底知れぬ穴を。

 直接食らったとなると、俺とは比べもんにならないかもな。となると、まずちゃんと目覚めるのかだな。




 ようやく山道に出た。既に始めの分岐は越える位置まで来ているようだった。


「まずは中腹だな」


 そもそもナミネコとシンリブタはどちらの方が強いんだろうか。

 俺の解釈では波と心理だろ。物理と精神じゃ一概に比べらんないよな。

 俺はシンリブタの障りで魅了が使えるようになったわけだが、あいつはなんだ、波動とか使えんのか。

 ……めちゃくちゃ強そうじゃねえか。そんなん勝てるわけねえな。




 中腹に到着すると迷いなく道から逸れて林に飛び込んだ。


 まあ、俺もその力も取り込めれば話は違うだろうが、でも昨晩はもう寺の連中の手が入ってて近寄れなかったんだよな。

 あいつらは完全に理解しているとは思えないし、多分住職の野郎だな、あの狸親父め。


 でもまだ弱くも力を感じられる、って事は洞窟になんか残ってんだろ。

 それを取り込むことができれば、俺はさらなる高みに。そして、いつかジゲンザルも喰ってやる。

 おっと、着いた着いた。




 目の前には昨夜訪れた洞窟がその口を開けている。


 あれえ、板は完全に外しちまったのか。


 昨日まで厳重に――といっても端には穴が空いたが、それでも大人は到底入れるような隙はなく、しっかりと板が打ち付けられていた。

 けれど今は全面的に剥がされている。


 念の為、なおは中の様子を伺うが人の気配は無いと判断した。


 リュックからペンライトを取り出した。昨日ユウキの親に渡したものでなく、自分で使っていた機能性の良いものだ。

 胴体部をひねるとかなりの広範囲を照らせる光が迸る。

 それを片手に、左側の傾斜より洞窟へ進入した。


 中に入るとさらに手前へ傾斜している坂を下り、最下層へたどり着く。


 ペンライトの明かりを頼りに周囲を見回す。


 昨夜見た墓石のような無骨な岩は、一帯を埋め尽くすように配置されており、さらにその奥には石棺のようなものが安置されていた。


「あれか……」


 なおは一呼吸置き、覚悟を決めたように歩み始める。

 洞窟内は外の陽気とは対照的にかなり気温が低い。夏に外を出歩くような格好ではむしろ肌寒いはずであったが、なおの頬には一筋の汗が流れた。


 石棺の前にたどり着く。

 蓋は閉められておらず覗けば労なく中を確認できる。


「やっぱ空か……ん?」


 石棺の中に期待したものは入ってなかったが、一枚の紙切れを見つける。


 なおはそれに手を伸ばして触れた。


 ――瞬間、許容を遥かに超越する文字や造形が暴力的に頭に流れ込んでくる。

 意識を手放しそうになるが、それを強靭な精神力で必死に繋ぎ止める。


 一瞬の出来事であった。


 この感覚は二度目であったが、今回は気を失うことは回避できたようだ。


 流れ込んできたデータは情報を紡ぐ。

 とはいえ到底理解できるものはない。

 それでも感じ取れる事は、前回でぽっかりあけられた穴。

 そこにも収まりきらない質量を強引にねじ込まれさらに底が深まった感覚。


 これがナミネコ固有の影響なのか、単に二体目の影響なのかは判断できない。

 しかし確実に言える事は、力は強まった。混濁した意識の中それだけは感じれられる。


 なおは眩暈を堪え心を落ち着かせながら、授かった力を受容していく。


 どれくらい時間が経っただろうか。一瞬のようにも一日のようにも感じられる。

 しかしようやく意識が落ち着いてきた。どれ……。

 感覚が少し研ぎ澄まされた気がするな……。

 視野が広まったというか、視界が明るくなったというか。


 その感覚を確かめるように、周囲に気を巡らせて行くと、ある気配を察知した。


 ……誰か来るな。もうここで得るものはない。さっさと退散しよう。


 そう思い、この場を立ち去ろうとする。

 しかし、いつの間にやら手に掴んでいた先ほどの紙きれに気付き、これを持ち去るか置いていくか一瞬だけ躊躇した。


 出来れば持って行きたいが、おそらく連中もこれが目的だろう。

 下手に足がついても面倒と考え、置いていく選択をした。


 なおは石棺の中に紙切れを戻した。


 改めてこの場を離れようと意識を外に向けるが、ここで、なおは察する。今この場を離れるのは既に困難になっている事を。


「今出たら向こうの警戒網に引っかかるな。……ここでやり過ごすか」


 なおは一瞬の躊躇を後悔することもなく、考えを切り替える。

 その根底には底知れぬ自信があったからだろう。

 周囲に隠れられるところがないか見渡す。向こうの中腹には木箱やら土嚢やらがあり、さらには通過点なので意識が向かいにくいだろうが、今からそこへ向かうと最悪隠れる前に見つかるかもしれない。


 止むを得ず奥の墓石の影に身を隠した。


 すると間も無く、二人組の男が洞窟へ入ってくる。


「お手を煩わせてすみませんでした!」


「全く、あなたたちは指示されたこともまともにできないとは……。初めから私が指揮をとるべきでしたよ。全ては私のミスです」


 坊主と住職だ。やっぱりあいつらが持ち出したんだな。

 それにしても住職のやつ、私のミスですって……信用のかけらもないのかよ。って、やばいやばい、気配を消さないと。


 なおは思考を止め、自分の存在を消すよう努める。


 住職たち二人の間には沈黙が生じるが、目的を果たすべく石棺に近寄る。


「あ、ありました。これですね」


 坊主は石棺の中の紙切れに手を伸ばす。


「待ちなさい!」


 突然住職は声を荒げた。それに驚いた坊主はビクリと肩を震わせて動きを止める。

 一方でなおは予測をしていたので、多少は驚いたものの反応は表さない。


「それに触れてはいけません。まだ修行が足りないあなたが触れては影響が出ます」


「は、はい」


 坊主は慌てて手を引っ込めると、住職に位置を譲るように石棺から身を離した。

 住職は入れ替わるように石棺に近づき中に手を伸ばし、それを掴むと懐へしまう。


 その様子から、なおが体験した現象が起きたようには見て取れない。


「一体その札はなんなんですか?」


 坊主が住職に問いた。なおにとっても興味深い質問だった。


「あなたはまだ知る必要はありません」


 しかし、住職はぴしゃりと質問には答えない。


「では、あの運び出した像はなんだったんですか?」


 坊主は質問を変える。

 これは、なおの知るところであり興味は無い。

 どちらかといえば、先ほどの質問の答えがないことに落胆している。


「だから、あなたはまだ知る必要はありません」


「そうですか……。あっ、ならここは……」


 食い下がるなぁと、なおは心の中で苦笑いをしていた。

 完全に油断をして。


「だから! あなたには関係ないと言ってるでしょうが!」


 動機は些細な苛立ちが積もった結果の、一時間後には怒ったことさえ記憶に残らないであろう程の憤りに違いない。

 突然、住職は怒鳴る。

 その身から強力な、得体の知れない力をほとばしらせながら。


 坊主は一瞬でそれに屈服し、その場に崩れ落ちる。


 なおは反射的にその力に抵抗すべく、内なる力を外へ放出していた。


 今までやった事など無い。

 そして住職のそれには遥かに劣るものであったが、それでも多少は軽減することができたのであろう。

 身を護ることに成功した。


 しかし、住職は見逃さなかった。


「ん? これはこれは。ネズミが忍び込んでいたようですね」


 住職はその場から動かない。

 しかし、確実にこちらに向けて言葉をなげかけてきた。


「おかしいですね。あなたは既にこの地より町三つは離れていたはずですが」


 この時間ならそうだろうよ。

 しかし、なおは答えない。必死にこの場を打開する方法を考える。


「向こうに誰かいるんですか?」


 坊主が住職に問いかける。

 住職の意識がこちらに向いた拍子に、何かの呪縛から解かれたように体が自由になっていたようだ。

 そのまま坊主は、なおの方へ近づき始めた。


 次の瞬間、なおは全力で魅了を発揮した。

 それはユウキたちへ向けて使用していたものとは桁違いの威力となっていた。

 固有のものか、二体目だからかは相変わらず判断が付かないが、明らかにナミネコの影響である事をなおは理解していた。

 それと同時に、この力があれば状況を打開できる、その自信も生まれていた。


 そう、短命な自信が。


 なおの強力な魅了の力を受け、坊主は虜にされる。

 なおが命じれば、住職をも敵に回すであろうほどのレベルで。


 しかし、それは一瞬であった。


 それに上書くように住職が魅了を繰り出し、坊主は虜にされる。

 住職が命じれば、自ら命を絶つであろうほどのレベルで。


 その魅了の力はなおが居る位置まで及んでいるはずだが、なおには通用しなかった。


「その歳でそれほどの深淵を身に宿すとは、なかなか将来有望ですね」


 住職はこちらへ向かって言う。


「だが、今はその程度。私にとっては何の邪魔にもならなければ、足しにもならない。」


 なおは強大な力の差を見せつけられて打ち震える。


「とっとと帰りなさい。次にこの地へ来たら容赦しませんよ」


 ……取るに足らないから、見逃すと言うのか?


「次の時は、全力で食らわせます」


 そう言うと住職は目を瞑り、一呼吸置く。

 もっともその様子は、なおから確認する事はできない。


 そして……目を見開く。


『畏れの真髄を教授しましょう』


 住職からその言葉が発せられた瞬間、なおは意識を失い、住職に魅了されていた坊主は自我を喪失した。




 なおは目を覚ます。

 意識が覚醒するにつれて自分の状況を思い出してゆく。

 ここは例の洞窟、石棺が置いてあるフロアだ。


 体を起こして周囲を見回すが、住職の姿も坊主の姿もない。

 立ち上がると膝がわらってうまく歩けない。それでも体を引きずり石棺へ近づく。

 中を見るが完全に空になっていた。


 なおはそのまま洞窟の出口に向かう。


 やっとの思いで外に出るともう日が傾いていて、空が橙色になっていた。

 しばらく空を眺めていたなおは、ふと我に帰る。


 今回はかなり危険だった。

 相手の気まぐれで生かされたようなものだ。

 俺は自分よりも弱いものを相手にして強くなった気でいた。

 普通の人間は取るに足らない。自分は特別な存在だ。それは間違いない。

 だが、特別な存在の中では、俺はまだ、取るに足らない存在だったようだ。


 それに、住職は魅了を使っていた。遥か高みのレベルで。

 住職もシンリブタかそれに準ずるモノの影響を受けているのか。


 さらに、最後のアレだ。

 あいつが坊主を怒鳴った時に発せられた力を、何倍にも増幅させたような感じ。

 ……その時、俺が無意識のうちに放った力も遥かに薄いが似たものを感じる。 


 分からないことだらけだな。

 まずは理解するところから始めないと。


 そして次は負けない。無双の存在になってやる。

 なおはそう心に決めて歩み出す。


 次の目的地はもう決まってるんだ。


 新たな神格を求め、なおは旅立っていった。



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