帰宅して
「ただいま~」
「おかえりー」
なんだかすごい疲れたな。
今日はいろんなことがあった。いつもの夏休みとは一味違うな。多少怖い思いもしたけど、刺激に満ち溢れている。やはりこれはナオの影響だろうか。
今まで普通に過ごしてきて、見どころなんて何もないつまらない街だと思っていたけど、意外な側面というか別の表情を垣間見た感じだ。
他の連中はこんな街の一面を知ることもなく過ごすんだろうなぁ。
そう思うと優越感に浸れる。
でも知ってしまったが為に、神社から足が遠のくかも知れない。先にあの山にベースを設けておいてよかったかな。
そうだな、神社のことを覚えているうちに少しでも書き留めておくか。
そう考え俺は部屋に向かった。机に向かい、午後のことを思い起こしながら時系列に書き連ねていく。
ちょうど奥の神社に足を踏み入れたところで母さんに呼ばれた。
いいところだったけど仕方ない。
食卓に向かうといつも通り父さんとばあちゃんが席についている。
おかえり父さん、おうただいま、と簡単に会話を交わしつつ俺も着席する。
そして母さんも席について夕食だ。
「今日は久しぶりに涼しかったなあ」
「この子がヘビを怒らせたからねえ」
父さんの他愛ない話にばあちゃんが冗談まじりで返す。
今なら笑い話で済まされるけど、午前中は本当にやばいと思ったんだよ……。
「なんだ、ヘビって」
「大したことじゃないよ。それに関係なかったんだ」
この説明もすでに四回目になるので俺は上手く要点をまとめて話せるようになった。
「ふーん。それは興味深い体験だな。それに住職のところまで行ったのか」
父さんは、あの人あんま得意じゃないんだ、と付け加えた。理由を聞いてみると、
「昔は俺もヤンチャしてたからな」
なるほど、絞られた経験があるのかな。
見た目は温和そうだったけど、結構ずけずけ言うタイプかも知れないな、あれは。
ことはついでだったので午後の神社での話も軽く教えてあげる事にした。
「父さんたちも行ったなあ、神社の奥。でも俺たちの時はほんと、なーんにもなかったぞ。神社だって寂れてたし。感動も恐怖すらもなかったな。廃墟だよ、廃墟。完全にな」
なー、母さん、ええ、そうね、と思い出話が始まった。
不思議なもんだ。まあ、きっとその時とは今回とは色々と条件が違ったんだろうな。雨上がりだったり曇りの隙間の晴れ間だったり。たぶんその影響は大きいんじゃないか。
「面白そうな事してるが危ないことはするなよ。明日もどっか行くのか?」
父さんが唐突に尋ねてきた。
「明日は午前中に沼に、午後は山で散策するつもりだよ」
「沼と山かあ。どっちもあんまり安全とは言えねえなあ。……沼に行く時の約束事は知ってるか?」
「一人にならない事ってやつ?」
「よく知ってたな……。どこで調べたんだかな。まあいい、もしもだ。万が一仲間が沼に落ちたらとにかく騒げ。助けを呼ぶんだ。あそこはなんだかんだ言っても人が結構いるからな、沼の外周がランニングコースにもなってるから待ってりゃすぐに人が来る。自分の力を過信するなよ。助けに行っても上手くいかないと思え」
頭ごなしに否定された感じで面白くはないが、普段からあまり口うるさいことを言わない父さんが、珍しく忠告するくらいだ。
何かあるのかもな。
図書館の司書さんも似たようなこと言ってたし、ただ事ではないのかもしれない。覚えておくか。
それから山の方も、山道から大きく外れるなと忠告された。
そっちについては守るという約束はできそうにないな。防空壕とやらがどこにあるのかわからないし。
何度も登ってるのに見てないってことは山道近くに無いことは確定だな。
食事を終えて、風呂に入る前にテレビを見ていた。明日の天気予報を確認するのが目的だ。時計を見れば六時五十分くらい。もう少しで始まるだろう。
ぼーっと画面を眺めていると、電話が鳴った。
なんだ、こんな時間に珍しいな。もしかしたら、誰かが予定できて明日は来れないとかの連絡かな。
内容を把握しようと耳をそばだてていたが、テレビの方でも天気予報がそろそろ始まりそうなので意識を戻した。
どうやら明日はいい天気だそうだ。と言っても、今日だって天気予報ではよかったんだよな。あてにならん。
目的は果たしたので母さんの方に再度意識を向ける。
母さんは少し会話を交わしてると思うと、こっちへ歩いてくる気配を感じた。
「ちょっと、ユウキ」
やっぱ俺か。なんだろう。
「ちーちゃんがまだ家に帰ってないって言うんだけどなんか知らない?」
「え?」
は? ちーちゃんが? え、だってもう二時間以上も前に解散したのに。それも公民館で。
それを伝えると母さんは一言「そう……」とつぶやき電話の元へ戻っていった。
意味がわからない。なんでだ? どこに行ったんだ? なんで帰ってないんだ?
俺は胸騒ぎを感じると同時に、上級生としての、そしてリーダーとしての責任を自分に問う。
俺に落ち度はあったか……、俺は悪くない……いや、それどころじゃない! どこへ行ったか。心当たりは……結構あるな……。
その時、先に風呂に入っていた父さんが陽気に上がってきた。そこに母さんんも戻ってくる。父さんはパンツ一丁で機嫌よく部屋に入ってきたが、俺と母さんの異様な雰囲気を感じたのか。おそるおそる聞いてきた。
「……おい。どうした? なんかあったのか? ……野球始まった?」
最後は余計だ。母さんがさっきの電話の内容を説明した。
「なんだって、大変じゃないか。おい、ユウキ! お前今日一緒だったんだろ? なんか心当たりはないのか? 別れ際様子が変だったりとか」
別れ際か、そういえば確かに少しうわのそらだったかな……。俺の話も聞いてるんだか、心ここに在らずって感じだったかも。
その通り伝える。
「いつからだ? 別れる間際か」
ええっと……。間際? 明日の予定を確認してた時? 神社を出る前? わからない……。俺は一体何を見ていたんだ。一緒にいたのにそんな事も覚えていないのか。
俺が葛藤していると、父さんはハッとしたような顔をし語りかけてくる。
「ユウキ、落ち着け。自分を責めるなよ。人間誰だって完璧じゃないんだ。人は忘れる生き物だってな。覚えていて当たり前じゃない。思い出せたら運がいい」
そう慰めてくるが、俺の精神状態はそれほど変わらない。思い出せ! 予定を確認してた時は……既に話を半分くらいしか聞いてなかったんじゃないかな。
「明日の予定を確認してる時はぼーっとしてた」
「明日の予定か……」
父さんは続ける。
「沼……マズイな……」
え、沼? なんで沼なんだ。確かに少なくとも神社はなさそうだと思う。あんな思いをしたし、ちーちゃんも怯えていた。ああそうだ、その時は怯えて周囲を見回していたんだ。
でも山もあるのに沼。何かあるのか、沼には。
「ちょっと電話してくる」
父さんはそういうと居間を出て行った。入れ違いに、自室に戻っていたばあちゃんがやってきた。
「どうした、騒がしいね。なんかあったのかい」
母さんが状況を説明する。
「なるほど……大変なことになったね」
そして父さんが戻ってきた。
「人を集めて沼を探しに行ってくる。なあに、大丈夫だ、お前たちは待ってなさい」
いつの間にか服を着ていてそう言い残すと家を飛び出していった。
「あ、まちな!」
ばあちゃんが制止したが、届かなかったようだ。
「どうしたの、ばあちゃん」
「いや、山の方も引っかかってな。そっちにも人をさけ、と言おうとしたんだが」
「……なら、俺が。いや、俺たちが山の方を探しに行くよ!」
「何言ってんの! こんな暗い中危ないでしょ!」
母さんが声を荒げる。
「俺たちのチームなんだ! 俺がリーダーなんだ……! 俺が行かなくてどうするんだよ! 俺にも責任の一端はあるんだ。俺がちーちゃんの事をちゃんと気にかけてなかったから。様子がおかしいことに気付いて、家まで送り届けてたらこんなことには……。探しに行かないと俺は……俺は……」
俺は苦悶する。
わかっている。きっかけは俺にもあったかもしれないけど、俺一人で責任を抱える問題じゃない。けれどじっとなんかしていられないんだ。
母さんは俺の顔をまっすぐ見据えると、ため息を一つついた。
「……わかった。そこまで言うなら行きましょう。母さんも行く」
「えっ!?」
なんで母さんが、これは俺たちの問題だ。俺たちだけでやる。……そう言いたかった。
けれどもそんな事を言えた立場じゃない事も重々承知している。
母さんの気持ちもわかるつもりだが、自分たちの弱さ、未熟さを恨んだ。
しかし、納得いかない部分もあるけれど、これは千載一遇のチャンスだ。選り好みしている場合じゃない。ちーちゃんを見つけるのが何よりも先決だ。くだらないプライドは捨てる。仲間の安否がかかってるんだ。
「わかった。じゃあトモヒロとノブに電話してみる」
俺は急いで二人に電話をかけた。
二人とも状況は把握してたみたいだった。けれど子供の出る幕ではない、と同じような口論になったらしい。
そこで母さんが二人の親に話をつけてくれた。うちの子たちなら必ず探し出せるので、心配なら一緒に来てください! との言葉が決め手になった。
トモヒロのお父さんが同行、ノブんちは両親はまだ帰っておらず、じいちゃんばあちゃんだけだったので母さんが責任を持って送り届けることで許可を得られた。
エイコの家にも一応連絡はした。しかし招集はしなかった。俺はエイコに危険な目にあって欲しくない。 最初は渋っていたエイコもその一言で理解を示してくれたようだ。
これで全員に連絡がついた。




