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雨降り


 ん、何か音が聞こえるな……。雨か。

 

 時計を見るともう八時前だ。起きよう。

 窓を開けて外を見るとザーっと絶え間ない勢いで雨が降っている。


 着替えを済ませ、リビングの方へ向かう。


「おはよー」


「おはよう」


 母さんとばあちゃんは居間でテレビを見ているようだ。


「雨だよ雨。昨日の予報では降る感じじゃなかったのにねえ」


 やっぱりそうか。これは午前中歩き回るのは大変だな。


「朝ごはんにするでしょ~」


「うん」


 母さんは朝食の準備に取り掛かる。

 代わりに俺がテレビを見ることにした。


 ちょうど天気予報をやっている。全国的には晴れで今日も暑くなるらしい。

 雨が降ってるのはここら辺の地域だけか。

 今日は最悪は、公民館にこもる形かなあ。できればどっか一箇所くらい行きたいところだったが。……そういや昨日の川の出来事、アレがが今日の雨と関係してるのかな。


 一度そう思うともうそれ以外ないんじゃないかって感じがしてきた。このまま雨が降り続けて……、川が氾濫……。

 でも昨日はヘビを助けたはずなのに……。


「どうした? 浮かない顔して」


 ばあちゃんが俺の動揺を察したのか声をかけてくる。


「いや……ばあちゃんさ、川に宿るヘビの神様の話って知ってる?」


 俺は昨日川で起きた出来事を説明した。

 ばあちゃんはそれを黙って聞いていた。


「……という訳でちーちゃんの投げた石でネコの気を引きヘビを助けたんだ」


「おまえ、それは……。まあ、その出来事とこの雨は関係ないだろうよ」


「そうかな……、そうだよね。俺たちは悪いことをしたわけじゃないし……」


 俺は自分に言い聞かせるように言葉を噛み締める。

 ばあちゃんは少し間をおいてから口を開いた。


「……そんなに心配なら、寺に行っておいで。ばあちゃんが連絡しといてやるから」


「……え?」


 寺って、うちと川のちょうど中間らへんにある、あの寺か。


「気にかかるってんなら何かしらの結論を出してくれるだろ、あの坊主なら」


 この街、特に年配の人たちの信頼が厚いあそこの住職の事だ。


「うん……そうだね、行ってみるよ」


 その後、俺は朝食をとったがいまいち味はわからなかった。


 食べ終わると宿題をやりながら時間を潰す。残り少しだった計算ドリルにカタをつけて、九時過ぎに家を出る。雨は起きた時と同じ勢いで降り続いている。傘を片手に足早に神社へ向かうことにした。


 今日は肌寒いな……昨日まではだいぶ暑かったが、この雨のせいか。

 でもそのおかげでいつもより早いペースで神社に到着した。階段を上がり、境内を抜けて神社を横目に藪へ入る。雨が降っていると、ここを通る時どうしても濡れてしまうが仕方ない。

 誰かいるかな……勢いで到着してしまったが、誰もいないこの場所で一人で待っているのは少し心細い気がしてきた。


 俺のその心配をよそに、現地にはもう人影があった。ちーちゃんに、ナオだ。

 このツーショットは少し珍しい。何かしら話をしているようだがどこか仰々しいな。

 でも二人の姿を見ると少し気持ちが落ち着いた。

 藪を抜けきると二人に声をかける。


「よう、早いな」


「あ、おはよう、ユウキくん」


「よう、ユウキ、昨日はお楽しみだったんだってね。聞き込み班で川に行っちゃうなんてなあ。僕も行きたかったよ~」


「あ、ああ。悪いな。最初は川は除外のつもりだったし、何もないと思ってたから」


「ん? その言い方だとまさかなんかあったのかい?」


 なんだ、ちーちゃんから聞いてたんじゃなかったのか。

 言葉に詰まったが意を決して説明しようとしたところで藪の方から音が聞こえてくる。トモヒロがやってきた。


「よー。結構集まってんなー」


「おう、トモヒロ、昨日の話を聞いてたところだよ。川でなんかあったのか?」


「あー? 別に何も……。ああ、ちーちゃんが神様を救ったんだぜ」


 ナオは何言ってんだあいつ、と言わんばかりの呆れ顔でトモヒロを指差してこっちを見てくる。

 俺は笑顔を作りながら肯定する。


「ああ、その通りだ。その件についてさ、ちょっと気になることがあるんだ」


 俺は、昨日の出来事を掻い摘んで伝え、さらにこの雨の関係性についての考察を述べた。そして寺に行ってみてはどうかと提案してみる。


「興味深い話だな。ちーちゃんにしか見えなかったのか。まあ、この雨の降りかたじゃあ……川は氾濫しないだろうけど、でも話を聞きにいくのはいいかもね」


「俺はどっちでもいいよ。リーダーに任せるぜー」


「私も、お寺に行くの賛成かな」


 賛同は得られたようだ。あとはエイコたちとノブたちだな。


「なあ、トモヒロ。今何時くらいだ」


「んー、九時半になるな」


「あ、そうそう。ノブなんだけど午後から参加するってさ。僕は連絡先を知らないけど、君らはわかるだろう。昼頃連絡待ってるって。ちなみに今日はチビ共は置いてくるってよ」


 ナオは思い出したように報告してきた。


「そうか、わかった。じゃあ、昼に俺から電話しておこう」


「頼んだぜ、リーダー」


「遅れてごめんよリーダー!」


 ナオが茶化してそう言い終わると同時にエイコが大声を出しながら小走りで寄ってきた。後ろにはタクヤもいるな。


「おめーら遅刻だぜ。まったくよー」


 トモヒロの小言を受け若干シュンとしているエイコをよそに、俺は話し始める。


「集まったな。じゃあ今日の作戦会議だ」


 エイコとタクヤに先ほどのやり取りを説明し、寺にいく件について意見を聞いてみる。


「なるほどね~。いいんじゃない? なんかそれっぽい話が聞けるかもね~」


 タクヤも同意のようだったので行き先は決定した。


「じゃあ出発だな」


 俺たちは藪を抜けて神社に戻り、境内を抜けて階段を降りる。

 降りきったところで気がついたが、雨が若干弱くなっているようだ。やっぱり取り越し苦労だったのかもな。

 俺は少し気持ちが楽になった気がした。


 寺までの道のりは、神社をでて右、公民館へ行くときに曲がった交差点を素通りし、次の十字路を右に曲がる。それから七分くらいだな。ここ。この交差点を左だ。そしたらまっすぐで到着だ。


 赤や黒、透明の傘が六つ、雨の路地を通過する。街はとても静かだ。雨のせいもあってだろうが、外を歩いている人は誰もいないみたい。まるで、今この街にいるのは俺らだけのような錯覚を覚える。


「ところでさ、その寺って子供がいきなり行っても取り合ってくれるのかな」


 ナオが疑問を投げかけてきた。


「ああ、うちのばーちゃんが連絡しておいてくれるって」


「へえ、ユウキんちのおばあさんは住職と知り合いなのか」


「まあ、知り合いではあるけど、ここの寺では結構住民と交友があるみたいだぞ」


「ふーん、まあそれなら門前払いを食らうこともなさそうだね」


 ナオは納得したようでそれ以降はみんな黙って歩いている。そして誰も口を聞く事なく寺まで到着した。


 門をくぐって敷地内に入る。社務所っていうんだっけ、それは神社だけだったかな? いいや、事務所的なところへ行ってみよう。


「おや、どうかされましたか?」


 坊さんが声をかけてきた。

 俺はばーちゃんから連絡が入っているはずと伝えると中へ通してくれた。


「やあ、君たちかい、相談事があるって子たちは」


 用意してもらった座布団に座って待っていると、奥に方より恰幅がよく柔らかな物腰の住職が現れた。


「おはようございます、実はご相談したいことがあります」


「はい、おはようございます。礼儀正しい子ですね」


 俺の全力の他所向き応対を受けて住職の態度も少し変わった。

 それから俺は昨日の川での出来事を説明した。誰も口を挟まず、住職も頷きながら聞いている。


 ヘビとネコを俺とちーちゃんが見た、と言ったところで一同が俺の方を見る。


「え? ……どうしたんだ?」


「あ、いや。お前も見えてたんだって思ってな」


 トモヒロの言葉に合点がいった。そういやあの時は見たってことは言ってなかったな。


 それから石を投げてネコを追い払ってヘビは逃げて行ったことを伝えた。


 住職はいつの間にか目をつぶって聞いていたようだが説明が終わり、少し考えるように間をおくと、その目をひらき笑いながら語りかけてきた。


「なるほど、怖い思いをしましたか? あなたたちが見たものはおそらく君たちが調べていたそれでしょう。しかしながらその話を聞くにヘビが怒っているってことはありませんね。ほら、その証拠の外をご覧なさい」


 住職に促されて外の方に目を向ける。

 あ、もう雨が上がりそうだ。


「そういうわけです。この雨はただの偶然。もしもそれが関わっていたとすればとっくに街は流されているでしょう。むしろそれを見ることができたあなたたちは運がいい」


 俺とちーちゃんは運が良かったのか。霊感とかそういうんじゃないんだな。確かに見たの初めてだし。


「念のためにこんなものも用意しましたが取り越し苦労でしたね」


 そういうと住職は小さな紙片をつまんで見せてきた。


「なんですか、それは」


 ナオが説明を求める。


「あなたたちの言うヘビ神様の怒りを鎮める道具みたいなものですね。まあ、昔から神の怒りを鎮めるために使用するもの……それの代わりです」


 でももう必要はないですね、と丸めて袖の中にしまった。


 何はともあれホッとした。

 ちーちゃんの方に目を向けるとまだ不安そうな顔をしていた。


「ちーちゃん、怖がらせてごめんな。でももう大丈夫だ」


「うん、そうだね……」


 ちーちゃんは外を見据えたまま答えた。


「しかし、一つ叱っておきましょう。石を投げてはいけません。人に当たったらどうなるかわかりますね」


 ごもっともです。俺ら一同ごめんなさいをした。


「さて、ところであなたたちはなにしに川に行ったんですか? あの辺りは公園などもなければこれといった遊戯施設もないですが」


 住職はさらに問い詰めるように聞いてくる。


「自由研究で調べに行ったんだよ」


 さてどう答えていいものかと迷い、周囲に沈黙で包まれる、と思いきやタクヤがあっさりとバラした。


「ほう、どんなことを調べているんですか」


 もうここまで来たら聞いてしまおう。


「この街にまつわる言い伝えを調べているんです」


「なるほど、それは面白い」


 意外と怒られなかった。これはいけるか……?


「川のヘビ、それから山のテングに沼のカッパ、廃神社の四つについて調べていました」


 住職は俺の言葉にピクリと反応をする。


「なるほど、興味深いですね。全部そうですが特に廃神社の存在なんてよく知ってましたね」


「廃神社はネットで情報を得ました」


「はあ、世の中変わりましたねえ……。それでこれから現地に行くつもりですか?」


「ええ、まあ」


「まあ、そこまで危険な場所でもないですし……ただ、沼は今日はやめといた方がいいでしょう」


 きたか! 寺の住職が止めるってことは何かあるに違いない。


「雨で増水していることでしょう。危険です」


 あ、そういうことか。


「山も勧めませんね。坂道ですし滑りやすい。遠いし暗くなると大変危ない」


「なら廃神社は?」


「あそこも本来は遊びに行くべき場所ではないんですけどね。まあ、そんなに危険なものはないと思いますが」


 何かあったらまたこの寺に来なさい、との事だ。あっさりと許可が出てしまった。逆に言えばなにもないってことなんだろうけど。


「廃神社は他三つと異なり、地名しか出てきませんでしたね。どれ、じゃあせっかくなので廃神社にまつわるお話でもしてあげましょう」


 やった、本日午前中の目的が果たせそうだ。みんなは座り直して住職の話に耳を傾ける。



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