1-6 提案
「襲撃って……?」
唐突すぎてわけがわからなかった。ケイトを霊能者だと思った住人たちがやったのだろうか。
神父は一呼吸おいたあと、再び話し始めた。
「誠に残念だが、君たちの家は全壊してしまったらしい。詳しい状況は分からないが、おそらくテロリストの仕業だ。最近のあの地域はおとなしかったのだが……。
幸い、周辺住民に被害はないようだ。だが、そうなると敵の狙いは君たちということになる」
「そんな……。俺たち、これからどうすれば――」
アテナの方を見やると、彼女の顔が青ざめていた。体が小さく震え、何もない床のただ一点を見つめている。
「お、おい、どうした? 大丈夫か?」
「えっ? ああ、うん。大丈夫……」
「そうは見えないぞ。家でも俺を狙う奴がどうとか言ってたし、本当は何か思い当たることが――」
「本当に大丈夫。うん……問題ない」
「そ、そうか? ならいいんだが……。それで、これからどうする?」
しばらく沈黙が続いた。帰る家がなくなっただけでなく、本当に何者かに狙われている可能性が出てきたのだ。解決策などすぐに見つかるはずもない。
そこに神父はある提案を持ち掛けてきた。
「少年、鑑定を受けたからには霊能学園に入学する意志はあるのだな?」
「ああ、いや、鑑定を受けに来たのは流れでというか、入学すると決めたわけでは……」
「学生寮がまだ空いている。そこを使うといい」
「えっ! いいんですか? 俺、学費も家賃も払えないんですけど」
今まで俺と話していた神父だったが、急にアテナの方へ向き変わった。
「おこがましい話ではありますが、宿を提供させていただく代わりにアテナ様のお力をお借りしたいのです。我々の頼みを聞いていただけないでしょうか」
「……言ってみて」
アテナは真剣な眼差しを神父に向けていた。それを聞いて神父は話を続けた。
「主とともにに霊能都市に移り住み、この都市を守っていただきたい」
ケイトは突然そのようなことを言われて反応に困った。
そんなケイトとは対照的に、アテナの表情は変わらず、ただ黙って話を聞いている。
「アテナ様は『聖都の守護女神』の異名を持つ女神。人民や都市を守ることに関しては強大な力をお持ちでしょう。
周囲の町では、ここ数年でテロリストの襲撃や反霊能主義者の暴動が急激に増加しております。
この都市は、霊能都市治安維持部隊という霊能者の精鋭で構成された特殊部隊を備えておりますゆえ、他のどこよりも安全です。協力していただけるのであれば、あなたの主の無事は保証いたします」
「……そう。大したものね。せっかくだけど、遠慮しとくわ」
少し間をおいてから、アテナは冷静にそう答えた。
「『聖都の守護女神』なんてのはずいぶん懐かしい響きね。私もすっかり忘れてたわ。
でもそう呼ばれていたのは昔の話。今の私は神河ケイトの守護霊アテナ。顔も名前も知らない人たちも、住んでもいない都も守る義理はないし、自分の主は自分で守る。それが守護霊たる私の存在理由だからね。
話が済んだなら長居するつもりはないわ。行こう、ケイト」
アテナは踵を返し、出口に向かってそそくさと歩き出した。神父の提案は気に入らなかったらしい。
俺は神父の提案を丁重に断ると、急いでアテナを追いかけた。
行こうとはいってもどこへ行こうというのか……。
「失礼を承知で申し上げますが――」
神父は後ろ姿のアテナに突然話しかけ始めた。アテナは神父に背を向けたまま立ち止まった。
「あなた一人では、主を守れないでしょう?」
「……何が言いたい」
振り返り、神父を睨みつけるアテナの言葉には怒りがこもっていた。
ケイトは先ほどから交わされるこの二人の会話に全く理解が追いついていない。そんなケイトにはお構いなしに話は続いた。
「ひと月前の事件のことです。あなたは巻き込まれた主を救えなかった。それ以前の災厄からは、主だけはなんとか逃がすことができたようですが、あの時だけは――」
その刹那、アテナは十メートルは離れていたはずの神父の目の前まで移動し、その首元に槍を突き立てていた。
瞬きをする暇もない一瞬の出来事。
ケイトの家で一度だけ見せたあの美しい槍が、今にも神父の喉に食らいつこうとしている。
「それ以上私を愚弄するでない。聖職者といえど容赦はせんぞ」
「あなたに私は殺せない」
緊迫した空気の中、神父とアテナの睨みあいが続いた。アテナの放つ凄まじい殺気にも関わらず、神父は顔色一つ変える様子もない。
先に沈黙を破ったのは神父の方だった。
「あなたもわかっているでしょう。もはやあなた一人の力ではどうすることもできないことに。そしてあのような悲劇をもう繰り返したくない、主を失いたくないと思っているでしょう。
私はあなたのお手伝いをしたいと申し上げているのです。決してあなたと敵対したいわけではありません。ここはどうか、我々に協力していただけませんか」
「……わかった。あとのことは主に任せる」
持っていた槍は無数の光の粒子となり弾けて消えた。
アテナは再び出口に向かって歩き出し、扉をすり抜けて部屋から出て行ってしまった。
任せる、と言われてもどうすればいいのか……。
ケイトは改めて神父と向き合った。
「君の守護霊に失礼な真似をしたことを詫びよう」
「いえ、そんな。こちらこそせっかくいいお話をいただいたのに断ろうとするなんて」
「それで、主である君の意見はどうなんだ、少年?」
「……テロや暴動が頻発してるって話は本当ですか」
「本当だ」
「1か月前の、俺が巻き込まれた事件もそれですか」
「おそらくは」
「そう……ですか」
知らない間に、自身が巻き込まれた事件と同様のことが何度も起きている。
アテナの力で、それを抑えることができるというのか。
それで、自分のような目に遭う人を減らすことができるというのか。
「わかりました。あなた方に協力します」
「おお! わかってくれるか。有難い。では早速だがーー」
「ただしッ!」
ケイトは神父の言葉を遮った。神父は難しい顔を見せたが、話を聞く気はあるようだ。
「アテナはあまり気乗りしない様子でした。彼女は俺の守護霊です。俺を守るのが彼女の役目です。したくもないことを無理にさせたくはありません。そこで俺からも一つ条件を出させてもらいます」
「言ってみたまえ」
「霊能都市治安維持部隊、でしたっけ? それに、俺が入ります」
神父は驚いた様子だったが、話を続けるよう促した。
「アテナの代わりに俺がこの都市を守ります。俺が都市を守り、アテナが俺を守る。こういう形なら、彼女も納得してくれるでしょう。あなた方の要求も満たしているはずです」
めちゃくちゃな提案なのはわかっている。
でも、たかが自分の住む場所を提供してもらうためだけにアテナを利用するわけにはいかない。
生まれてからずっとそばにいてくれた彼女を
どんなときも守ってくれていた彼女を
俺のために涙まで流してくれた彼女を
利用するなんて、できない。
「ふむ……いいだろう」
ダメ元で出した条件だったが、神父は承諾してくれたようだ。
「君の主張ももっともだ。私の意とは異なるが、協力してもらえるのなら感謝する」
「いえ、こちらこそ」
「礼といってはなんだが、君の持つその力について私の見解を述べよう。参考にしてくれたまえ」
あの鑑定の間にそこまで分かったのか。あくまで仮説なのだろうが、自分の頭ではどれだけ考えてもわからないことだろうし、聞かせてもらえるというのは有り難い。
「おそらく君は、触れた霊体を実体化させることができるのだろう。
先ほどアテナ様がそう長く実体を保てなかったのは触れていた時間の問題か、あるいは君の力の制御の問題か、といったところか。
前者なら長く触れていれば長く実体を保てるということになる。だがもし後者なら、君の鍛錬次第では、守護霊を自由に実体化できるようになるだろう。そうなれば――」
神父の目つきが急に変わった。
「この霊能都市に、革命が起こるかもしれん――」