1-4 召集、再び
「ね、ねえ? どうしても行くの?」
研究所に向かうため家を出ると、彼女はケイトの周りをうろうろしながらついてきた。
「当たり前だろ、召集なんだから。他にやることもないし」
「で、でもね? 別に行かなくてもいいんじゃない? まだ退院したばっかりなんだし、ちゃんと家で休まなきゃダメだと思うなあ……?」
「あのなあ……。なんでそんなに行ってほしくないんだ? 例の事件のことなら気にしなくていいって言ってるのに」
「い、いやあ……。そういうことじゃなくてね、その……」
「ん? なんだよ? 研究所で鑑定受けて、守護霊が何者なのかはっきりさせるのが目的だろ。あ、そういえば、まだ名前聞いてなかったな」
「えっ!?」
「いや、お前の名前だよ。なんていうんだ?」
「あのぉ…… できればお答えしたくないといいますか何といいますか……」
もじもじし始める彼女。なるほどそれで研究所に行ってほしくないということか。
なぜ自分の正体を隠そうとするのだろう。さほど大した偉人ではないのだろうか。
たとえそうだとしても、ケイトには幻滅したり、逆に有名人だからといって喜んだりするつもりは毛頭ないのだが。
「ふーん。まあいいか。鑑定を受ければ全部わかることだし」
「んもう! やっぱりやめよう……よ……?」
彼女の言葉から急に力がなくなった。
「ん? どうした?」
「今、掴めなかった……。ケイトの腕。さっきは触れてたのに……?」
どうやらケイトを止めるために腕を掴もうとしてすり抜けたらしい。彼女の表情からして嘘ではなさそうだ。
本来、守護霊と主は触れられないのが自然なことではあるのだが、ケイトと彼女は例外だ。
家では彼女の……いや、彼女に触れることができていたし、彼女もまた、ケイトを突き倒して踏みつけ、さらには口を塞ぐことまでできていた。それが今になって触れられなくなったというのだろうか。
「本当か? ちょっと試してみよう」
俺が手を差し出した瞬間、彼女は自分の胸を抱きかかえ、一歩退いた。完全に警戒されている。
「……いやいや、変なとこ触ったりしないから。大丈夫だよ」
「頼むよ?」
睨みつけられながらもケイトは右手を伸ばし彼女の左肩に置いてみた。
……家にいた時と何も変わらない。
普通の人と同様、彼女にも触れることができた。
「なんだ、触れるじゃねえか。きっと俺の手を掴み損ねてたんだよ。それにしても霊に触れるなんて普通じゃないよな。これがお前の霊能力? ってやつなのか――」
「うわああ! れ、霊能者だああ!!」
通りすがりの人がケイトたちを見て大声をあげた。よく見ると、周囲の人たちが二人に注目し、驚いたり怯えたりしている。
いつしか数メートルほど距離を置いて囲い込むように人だかりができ、この町を襲いに来たのか、とにかく警察に通報しなくてはという声が聞こえる。一体どうなっているのだ。
「まずい! 走れ、ケイト!」
「えっ!?」
彼女は、今度は確実にケイトの手を取って走り出した。
野次馬は二人に道を空けるように避けたため、難なく逃げ出すことができた。
その後は大通りを横切り、人目につかない路地に入っては抜け、入っては抜けを繰り返し、かなりの遠回りをして町の駅に着いた。
それでも彼女の疾走は止まらず、切符も買わないまま勢いで改札をくぐり、出発寸前の電車に駆け込んだ。
「ふう。ここまで来れば問題ないだろう。体は大丈夫か?」
「げほっげほっ! いや、今にも倒れそうだ……。はあ、めまいが、する……」
「すまないな、そんな体なのにあちこち引っ張りまわしてしまって。あの町の人たちは我々にとっては少々やっかいでな」
「はあ、はあ……そう、なのか……。ふう……。息もだいぶ落ち着いてきた……。つか、また言葉遣いが、おかしく、なってんぞ……」
「…………こほん。えーっと、あの町の人たちは、ちょっとやっかいでね?」
「お前、動揺してるとき、わかりやすいな……」
「うう、うるさい! 黙って話を聞きなさいよ!」
彼女は電車の中でもお構いなしに大声を上げ、頬を赤らめた。まるで不意に地元の方言が出て恥ずかしがっているかのようだ。
やはりからかうと面白いかもしれない。
電車に揺られながら、彼女からあの町についての話を聞いた。
ケイトが暮らし始めて少し経ったころに、霊能者による襲撃に遭ったらしい。
幸いケイトはその場にはいなかったようだが、それ以来住人たちは霊能者を毛嫌いし、何もしていなくても霊能者というだけで警察が動くようになった。
とのことだ。
霊能者が本気を出せば普通の人間の警察などでは手に負えないはずなのだが、霊能者が非霊能者に手をあげることは重罪であるため、おとなしく御用になる人もいるのだという。
近所の人たちに霊能者だと思われた。あの家にはもう帰れないかもしれない。
そんな話をしているうちに、二人は目的の駅に着いた。