1-2 泣き虫な守護霊
彼女がひとしきり泣いて落ち着いた後、いろんな話を聞くことができた。
ーー彼女は神河ケイトの守護霊であること。
ーー神河ケイトが生まれた時からずっとそばにいたこと。
ーーどんなに声をかけても振り向いてもらえなかったこと。
ーーそうして一度の会話もないまま、十八年間をともに過ごしてきたこと……
十八年間も寂しい思いをさせ続けていたのかと考えると、胸が苦しくなる。
「ああ、でも気にしないで。私はあなたの守護霊なんだから、本来話なんてできないのが当たり前なの。あなたは何も悪くないわ」
彼女がケイトの守護霊。誰にでも必ず憑いている、生涯のパートナー。
「……ん? ちょっと待ってください。それじゃあ、あなたはなぜ僕から離れようとするんです? 守護霊なのに、離れなければならない理由があるのですか?」
「……」
彼女は俯いて黙り込んでしまった。これは禁句だったのだろうか。ケイトは質問をしたことを少し後悔した。
「わかりました。無理に聞き出すつもりはありません。いろいろ教えてくれてありがとうございました。
そうだ、今後のことですが、俺の守護霊なら、ここにいてもらっても大丈夫ですからーー」
「私のせいなの」
彼女はケイトの言葉を遮った。
「1か月前の、あなたが死にかけたあの事件。あれは……私のせいなの。私があなたを……あの現場に引き合わせてしまったの……」
「それはどういう……?」
「ごめんなさい……私があなたの守護霊だったばっかりに、あんなことになってしまって……ごめんなさい……ごめんなさ――」
「あなたのせいじゃないですよ」
今度はケイトが彼女の言葉を遮った。
彼女は目に涙を溜めたまま、驚いた顔でこちらを見た。ケイト自身も突然そんな言葉が出たことに驚いたが、構わず話を続けた。
「なんとなく、そんな気がするんです。あなたみたいな、人のことを思って涙を流せるような優しい人が、あんな事件を起こすわけないじゃないですか。あれは俺の運が悪かっただけですよ」
慰めようと思ったわけではない。心の底からそう思った。そして気がついたら言葉にしていた。
ケイトには彼女の言葉がどういう意味なのかは分からない。だがあの事件に巻き込まれた責任を彼女が負うのは間違っている気がした。
また涙が彼女の頬を伝った。
「もう、泣き虫さんだなあ。ほらほら、せっかく泣き止んだのにまた濡れちゃいますよ」
「……そうね。ありがとう」
彼女は涙の流れた跡を軽く拭い、目を真っ赤に腫らしたまま笑顔を見せた。
彼女はこの1か月間、ずっと思い詰めていたのだ。
主を危険な目に遭わせたのは自分だと。
自分は一緒にいるべきではなかったと。
ケイトの言葉でどれくらい彼女が救われたかはわからないが、ケイトには、彼女の気持ちが少し晴れたように思えた。
ふと時計を見ると、夜中の3時になろうとしていた。まだまだ体は本調子ではないし、もう休んだ方がよい。
とはいえ、1か月間放置され埃を被ったベッドで寝る気にはなれなかった。シーツと毛布を交換しようと立ち上がったが、どこに片づけてあるのかがわからない。
記憶がないというのは本当に不便だ。
そう思った矢先に彼女がある方向を指さした。
「あそこ。押し入れの中に毛布があるわ。シーツはすでに敷いてあるのとベランダに干してあるのの2枚だけ。1か月のうちに雨風にさらされてるから、あっちは諦めた方がいいわね」
「……あ、ありがとう、ございます……?」
「一応あなたの生活をずっと見てきたのよ。どこに何があるかくらい分かるわ。あと、私の布団は結構よ」
「……了解、しました」
今まで半信半疑だったが、ケイトの生活を見ていなければここまで知っているはずはない。彼女はケイトの守護霊であることは間違いないようだ。
ケイトは言われた通り押し入れから毛布を引っ張り出した。
ソファでもあればと思ったが、神河ケイトは、どうやら絨毯に座るタイプの人間だったらしい。仕方なくリビングの絨毯の上に横になって毛布をかぶった。
「それから、私に敬語を使う必要はないわ。私はあなたの守護霊で、あなたは私の主なんだから」
「そうですか、わかりまし……わ、わかった」
一瞬むっとした表情を向けられて言い直した。
別に従えるつもりはないが、確かにいつまでも気を遣うのは変かもしれない。
「じゃあ、その……お、おやすみ」
「ええ、おやすみ」
そう言って彼女は優しい笑顔を見せた。
その後も彼女は横になるケイトの隣で正座をし、ずっとケイトの顔を見つめていた。
そんなに見られると寝つけない、と思っていたが、久々に外を歩いて疲れていたからだろう、ケイトすぐに眠りについた。