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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
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38 敗因と帰ってきた少年

 傷ついた兵士たちが次々と城塞に運び込まれていった。

 内部は野戦病院さながらの様相だった。ベッドが足りず床に寝かされている者もいる。

 用意していた救命セットはすぐに底をつき、衛生兵は急いで町に調達に行いった。そのついでに数人の町医者と看護師を強引に連れてきたのだった。

 最初は渋っていた彼らも、城塞内の惨状を見るとキリリと表情を変え、怪我人の間を飛び回る事になった。

 そして、片隅には死者が並べられ、手向けの花が添えられていた。


 重傷者と一部の兵たちを看護に残して、今回の作戦参加者たちはアソーギに急ぎ戻ることになった。王宮の異変にも対応しなければならない。彼らは一様に黙りこくって帰途に着いたのだった。

 城塞の窓から、ジノスがその一行を眺めていた。覇気の無い重苦しい行列は、葬送の列のようだった。


「ったく、散々だったな。俺は最初から上手くいく気がしてなかったんだ」


 ぷかりと煙草の煙を吐き出す。まるで人事のような話しぶりだ。


「お前はどうなんだ」


 隣に立っているテオをちらりと見やる。

 彼の腕と胸には包帯が巻かれていた。治癒魔法を受けたが効き目は弱く、時折胸を抑える仕草をしている。羽織ったシャツの上からでも、包帯に滲んだ赤いシミがうっすら透けて見えていた。

 窓枠にもたれかかって、テオも帰還する一行を眺めていた。酷く疲れているらしく、時折ぐらりと身体が揺れる。

 ジノスはそんな彼に同情する様子は全く無く、プカプカと煙草を吸っている。


「かなり乗り気だったようだが、望むような結果は得られなかったな。想定外の事が多すぎた、なーんて言い訳は通用しないだろうぜ?」

「ああ、分かっている」


 テオはずっと外を眺め続けていた。

 走り去る馬達があげる砂埃が、どんどんと小さくなってゆく。宝玉を奪われた今となっては、王宮に急いで帰還したことろでどうにもならないのにと、暗澹あんたんたる思いで見つめていた。

 テオは、先ほどジノスから一つの疑念を聞かされた。会議の折に、彼が感じたという違和感のことだ。何者かが書いた筋書き通りに、踊らされた感があるというのだ。


「負けは認めるさ」


 激情は去り、今は静かにジノスの言葉に耳を傾けていた。テオは魔女を倒せなかったこと、宝玉を奪われたことに焦りや屈辱を感じたが、反面満足もしていた。

 左目を奪い返し支配を解くことが出来たし、なによりベイブを救い出すことができた。キャットもといニキータも取り戻した。

 しかし、ジノスに対してこの心中を明かすつもりはない。言うべきでもない。代わりに質問を返した。


「何故、失敗すると思った?」


 ジノスは、この問いに呆れたように答える。


「はあ? 逆になんで成功すると思ったんだ。お前はただ闇雲に戦いを望んでいただけだろう? あれでは勝つ気があったとは思えん」

「……チャンスだと思った」


 デュークの言葉を思い出す。

 はめられたのだ。

 魔女たちは最初から、王の命や身体ではなく宝玉を狙っていたのだ。それに気づけなかった。

 そしてこの城塞もただの城塞で、騎士の眠る墓所は他にあると判断された。全くの負け戦だった。

 たたみ掛けるようにジノスが言う。


「チャンスを作ったのは向こうだったようだな。リッケン閣下の仰る通り、アインシルト様は王宮を出るべきではなかった。老師もそうと解っていて出たのは、お前の言い分を受け入れてのことなのだろう? ……この負け戦の責任は、一体誰にあると思う」

「…………」


 何も言い返せない。だが、怒りは無かった。

 言いたい事があるならを続けろという風に、テオはジノスを見つめた。


「総指揮のリッケン閣下か、立案者にして王宮守護役のマイヤーか、囮役のアインシルト様か、老師を作戦に推したシュミット内大臣か、はたまたワガママを通した魔法使いか……」


 ジノスはプッと笑った。


「これでは、俺だけは悪くない、と言っているみたいだな」


 ハッハッハと笑い声を上げるが、その目は笑ってはいない。テオの心の中をのぞきこむように、じっとりと見つめて口だけの笑顔を作っていた。

 落ち着いて聞いていたテオだったが、この笑みと目つきだけは不快だった。汚いものを見てしまったというように、頬を歪めた。

 にらみ返すテオに臆せずに、ジノスは続ける。


「思うにあの円卓に六人が座った段階で、勝負は決していたのさ。俺はそう考えている。会議を裏で主導した者がいる。それがアンゲロスだ」


 もみ消した煙草を、ジノスは窓から放り投げた。彼は言いたいことは全部言ったようで、満足気だった。

 テオは軽く溜息をつき、また窓の外に視線を写した。

 葬列の第二弾が出発を開始していた。飛竜に乗った騎士団達もそれに混じっている。


「さて俺も戻るとするか……なあ、誰だと思う? アンゲロスにくみしているのは……」


 ふっと意地悪く笑みを浮かべ、彼は部屋を出て行った。







 テオは隣の部屋のドアを開けた。足音を立てないようそっと中に入ってゆく。

 部屋には二つのベッドが置かれ、それぞれにベイブとニキータが眠っていた。二人は静かな寝息をたてていた。

 ニキータは黒猫の姿からまた少年に戻っている。やつれた頬に、青ざめた唇。体中に巻かれた白い包帯が痛々しかった。アインシルトがその傍らに座り、癒しの魔法を彼に送っていた。


「少し落ち着いておる」


 老師は少年を見つめたまま、小さな声でつぶやいた。

 テオはベイブと少年を交互に見つめ、それからアインシルトの隣に立った。傷ついた少年の髪をそっと指で撫でる。


 すると、少年がうっすらと目をあけた。

 彼は自分を見下ろしている青年の顔をぼうっと不思議そうに見つめ、しばらくしてから事の次第を思い出したようだった。

 瞳に生気が戻ってきた。つい先刻までの、狂ったような悪鬼の相は消えていた。


「……もう、見つけたんでしょう?」

「ああ」


 見つけたとは、ベイブのことだろう。

 重症を負い身動きならず気を失っていた彼は、すぐ隣に彼女が眠っていることにも気付いていないようだ。


「呪いは、解いた……の?」


 天井を見上げ、ポツリポツリとつぶやく。


「まだだ」

「…………ふーん」

「それより、お前……」


 少年はギッとテオをにらんだ。


「今は僕のことより彼女のことの方が大事なんだ。呪いを解いてあげなくちゃ……。どうして僕には解けなかったんだろうなあ。ちゃんと名前を呼んでキスしたのに。それで解けるはずなんだろう? 違うの?」


 疑わしげに問いかける。

 少年は、アンゲロスが嘘を教えた可能性もあるが、別の理由で解けなかったのではないかとも思っている。

 テオならば、もう何か掴んでいるような気がしていた。そして少年の予測通り、テオは落ち着いた声で解説を始めた。


「違わないさ……愛に飢えたあの魔女らしい呪いだ。真実の愛の口づけを受けなければ、一生元には戻れない。愛し愛される者との口づけ……醜いゴブリンに変えれば、絶対に愛されるはずはないと考えたんだろう。愛しあわせてなるものかと、おぞましい呪いをかけた」

「……ああ、そういうことか。じゃあ、いくら呪いを解く方法を手に入れても、僕じゃダメだったってわけか……。絶対に、あんたより先に呪いを解いてやろうと思ってたのに。彼女と知り合ったのは、僕の方が先なんだよ」


 ちっと舌打ちして、目をつむった。

 相思相愛のキスでなければ呪いは解けない。それをよりによってテオに知らされたことが、悔しくてたまらないのだ。

 自分はずっと彼女の側にいたが、黒猫の姿だった。いくら思いを寄せようとも、彼女が自分に恋するはずもないことは分かりきったことだった。

 そして側に居たからこそ、彼女が誰を恋しく思っているかも分かっていた。だから悔しくて堪らなかった。


 少年は初めからベイブの本当の姿と名前を知っていた。そして、共に呪いをかけられて黒猫へと姿を変えられていたのだ。それでも彼女を慕い守ろうとしていた。魔女との因縁に板挟みになっても、彼女を守りたいという思いは本物だった。


「それは悪いことしたな。知らなかったよ」


 テオは少し困ったような笑顔で答える。


「ずっと、ベイブを守ろうとしてたんだな」

「…………名前、自分で探しなよ」


 ふんと膨れて、横を向いた。

 テオはもう一度目を細めて微笑する。よもや彼のふくれっ面が見られる日が来ようとは思いもしなかった。少年の恋心は傷つけてしまったが、愛らしい彼の姿が再び見れたことがとても嬉しかった。


「もう、分かっている」

「やっぱりね……ああ、悔しいな」


 大きく溜息をつき、テオを振り返った。じっと瞳を見つめる。


「ねえ、ずっと聞きたかったんだ。あの時、本当は僕を――――殺したかった?」


 まるで、不意をついたその言葉。

 ドクリと大きくテオの心臓が脈うった。少年の言うあの日の光景が、明滅する閃光のように頭の中に映し出される。



 薄暗い部屋の中で、少年が隠れていたついたてを引きずり倒した。恐怖に震え、叫び声をあげる魔女の下僕を切り倒した。そして、少年に向かって大剣を振り上げる。

 少年がじっと大きな目を見開いて、自分を見ている。

 母親似の美しい少年。

 あどけない顔。いたいけな瞳。

 表情を失くし、呆然としながらも自らの死の運命を悟っている少年。


 殺せるはずがない。

 剣を捨て、彼を連れて走った――――。



「いいや……護りたかった。みんな護りたくて…………護れなかった」

「僕は生きている」


 テオは少年の傍らにひざまずき、その手を握った。安堵感が、顔に浮かんでいる。


「生きていてくれてよかった。……ゆっくり休むといい」


 少しばかりの後ろめたさと、再会出来た喜びとが入り混じった笑顔だった。

 少年の名は、アリウス・ニキータ・ファン・ヴァルデック。

 先王の第二王子であり、先の皇太子であった人物。すなわち、黒竜王の異母弟なのである。


 ニキータは、王妃に成り代わったアンゲリキに魅入られ、彼女を本当の母と思って育ってきた。当時の彼はまだ幼く、別人が母に成りすましていることに気付けなかったことは致し方ないことだったろう。

 しかしいくら魔女を追い払っても、魔女の手に落ちた彼が王国に留まれば、獅子身中の虫を飼う事になっていしまう。故に死すべきと判断された。

 だがあの乱の夜、テオは彼に一度は剣を向けながらも、独断で王宮から連れ出して国外へと逃がしたのだった。

 それは極秘の行動だった。その後、彼は死んだものとされていたのだ。


 テオは、彼が今までどうやって生き延びてきたのかと思いを馳せる。

 そしてベイブとはいつどこで知り合ったのか、それは彼が怪我を癒してからゆっくり聞くことにしようと思うのだった。


「よろしゅうございました」


 静かに二人の会話を聞いていたアインシルトが破顔していた。


「一緒に王宮へ戻りましょうぞ。ニキータ様。何も心配なさることはない。このじじにお任せなされ」


 ニキータは今でも魔女の支配から解かれてはいない。王国にとって危険な存在である。それでも王の弟を魔女に奪われる訳にはいかない、そうアインシルトは思っていた。

 まして乱の後、黒竜王が彼の件で酷く苦悩していた事をアインシルトは知っている。万難排して彼を守らねばなるまい、と強く心に誓っていた。


 くるくると巻いた金色の髪を優しく撫でる。ニキータは微笑み、また目をつむった。

 テオが立ち上がると、老魔法使いは少年に拘束の呪文をかけた。魔女に操られないようにするためだった。

 今は落ち着いているが、いつまた獣に変じるとも限らないのだ。柔らかな光を発する、球体の中にニキータは体を丸めて吸い込まれていった。


「さあテオドール、そのゴブリンも連れて、王宮へもどろう」

「……先に行ってくれ。彼女と二人で話がしたい。少しだけだ」

「傷がまだ癒えておらん。早く戻るのじゃぞ」

「ああ」


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