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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
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37 アンゲロス

 ニコはユリウスを捜していた。

 フィリップ王子に詰め寄られ、困り果てたシュミットに彼を連れてくるように命じられたのだ。しかし、ホールで別れてからユリウスの姿を見かけていない。連れて来いと言われても、何処にいるのかさっぱり分らなかった。

 他の王宮付き魔法使いたちも、みな対応に追われて居所が定かでなく尋ねようもなかった。とにかく心当たりのある場所を、捜しまわるしかない。

 散々王宮内を歩きまわったニコは、がっくりと肩を落とし本殿の正面玄関から大庭園へと出た。そして、外周をぐるりと歩いてゆく。


「ユリウスさーん」


 困ったなあと、内心焦りが募ってゆく。

 ユリウスからは、魔女たちの痕跡がないかもう一度調べるように指示されていた。アインシルトの弟子達や他の魔法使いも一緒に、王宮の敷地内をくまなく調べまわった。

 しかし、ユリウスが何も見つけられなかったのだ。自分たちの捜索で何か発見できるとは思えなかった。そして結果は予想通りだった。

 先ほどシュミット大臣にはその旨を伝えたが、ユリウスにも報告しなければならない。


 宝玉を盗まれ髑髏の騎士が唸り声を上げるという異常事態を前に、自分にできるのはせいぜいこのような使い走りかと、情けなく思う。

 庭園の小道を曲がると、北の尖塔が見えた。頂上の小部屋の窓に人影が見える。それは黒いローブの背の高い人物だった。

 あっと小さく声を上げ、ニコは走りだした。走りながら目を凝らす。人影はやはりユリウスだった。


「ユリウスさーん、シュミット大臣がお呼びです」


 大声で呼んだが上空までは届かないのか、彼は遠くに目をやったままでニコに気づく気配はなかった。

 尖塔の下までたどりつき彼を見上げる。弾んだ息を整えもう一度呼びかけたが、やはり反応はない。


 仕方なくニコは塔を登り始めた。長い階段をずんずんと登ってゆく。散々走り回った足にこの急勾配はきつかった。

 汗を流しながらようやく塔のてっぺんの小部屋に到着した時には、再び息が上がって声も出ない程だった。

 コツコツとドアをノックしたが返答はない。再度、強めにノックする。


「……?」


 ニコはそっとドアを開けた。

 部屋の中には誰もいなかった。そこは狭い部屋で隠れるような場所もない。

 ニコは首を捻り、窓に近寄っていった。下をのぞいてみる。自分が走ったきた小道が見えた。先ほどユリウスは確かにここに立っていたはずだ。それなのに彼の姿は無かった。

 この尖塔は三階部分で奥殿とつながっていて、四階から上が独立して立っている。すれ違ったかと、ニコはため息をついた。





 シュミットの執務室に戻る途中で、ニコは公認魔法使い組合代表クレイブに出くわした。この異常事態の収拾の為に彼も呼び出されたのだろう。真剣な顔で何か考え事をしながら足早に歩いていた。

 二人は廊下の曲がり角で出会い頭にぶつかりそうになり、双方ほぼ同時に眉をしかめそして笑みを浮かべた。久しぶりの対面だった。


「ブロンズ通りの魔法使いに続いて、お前も王宮入りか」

「僕はアインシルト様に師事することになっただけです。王宮付きはテオさんだけですよ」

「当然だ、ひよっこが王宮付きになれるものか」


 クレイブの居丈高な物言いに、ニコは肩をすくめた。とは言え、共にアンゲロスと戦った事をきっかけに、今では彼に対して尊敬の念を抱くようになっていた。


「それにしても、アイツを見限ったことは正解だ。アインシルト様のところでみっちり鍛えなおしてもらうといい」

「はい。猛勉強中です」


 素直な返事をすると、クレイブは満足そうにうなずいた。だが、急に真顔になる。

 ニコを見て、彼は先日テオに手紙を届けた際の事を思い出していた。




 愛想よく手紙を受け取りさっさと立ち去ろうとするテオに、クレイブは質問をぶつけた。あの女は誰だと。

 彼は笑って知り合いに頼み事をしただけさと答えた。女の素性をあかさないところが実にうさん臭い。


 彼女が顔を隠していたこと名乗らなかったこと、そしてミリアルド風のドレスを着ていたことを告げ、テオの顔をじっと観察した。

 最後に、行方不明のミリアルド人の女性がいるがお前は居場所を知っているのではないのか、ともう一度質問した。


 返事は爆笑だった。「ない、それは絶対ない!」とハデに大笑いをして肩をバシバシと叩いてきた。

 いちいち神経を逆なでする男だ。クレイブは手紙なぞ届けずに破り捨ててやればよかったと、頬を引きつらせたのだった。




 ニコにテオの顔を重ねて、むうと口をへの字に歪める。


「……いつまでもシェーキーなんぞに関わっていたら、お前の品性にも悪影響がでるだろうからな」

「また、テオさんと何かあったんですね……」


 余計な事を口走ると、クレイブは怖い顔でにらんできた。


「す、すみません。えっと、僕はこれで」


 慌ててニコは頭を下げ、その場を後にした。長居すればするほど、墓穴を掘りそうだ。

 クレイブは、憤懣ふんまんやるかたないといった顔で少年を見送った。 

 テオの笑い声と台詞を思い出すと、とんでもなく不愉快な気分になる。



「盛大な勘違いをしているようだが、あの娘はユリアっていうんだ。ミリアルドであることを探ってもらっただけださ。あんたさ、責任問題になるんじゃないかってビビってたんだろ? 王女に会っていながら見失ったと思ってさ!」



 要するにあの女はテオが放った間者だったということらしい。なんとも胸糞悪いオチだ。しかもテオに心中を言い当てられたとこが悔しくて堪らなかった。

 そして、もう女の正体が何者であるかなぞどうでも良くなった途端に、テオはペラペラと話しだす。これがなお腹立たしい。


 彼女が金貸しのシラーの娘ユリアで、テオに頼んで男と駆け落ちしたことや、父親から隠してやった代償に今回の仕事をさせた事なんぞ、クレイブにはどうでもいい話だった。

 テオの長話の中途で回れ右をして、その場を後にしたのだった。

 思い悩んだ時間を返してもらいたい。いやもう、今となっては、即刻記憶から消してしまいたいことだった。







「テオ……あれは」


 ベイブは口に手を当てて青ざめる。デュークの豹変ぶりは直視するのが恐ろしくなるほどだった。

 いつもは貴族然として取り澄ました態度であったのに、歪みきった欲望のまま陰惨な暴虐行為を耽る姿は悪逆無道という他なかった。


「……デュークは、一体どうしてしまったの?」

「アレが本性なのさ。ダークサイドのヤツだって言ったろ? 要するに悪魔なんだ」


 テオは震える彼女を抱き上げて立ち上がる。


「大丈夫。君や仲間たちには指一本触れさせやしないから」


 デュークはなおも魔女をなぶっていた。一撃で殺せるのに、それをしない。

 苦悶し絶叫を上げる姿を見たいが為に、死なないように注意を払い、苦痛を長引かせているのだ。


 ゴキリッボキリッと嫌な音が響いた。アンゲリキはもう声も出せずにいる。

 デュークがイヒヒと笑って、つかんでいた魔女の腕をボトリと落とす。腕はあらぬ方向にねじれ、もう片側の腕よりも長くなっていた。関節が外れ壊されているのだ。

 喜悦に涎さえ流して、デュークは腹に大穴を開けた彼女を見下ろしている。


 と、その時ゴゴゴウッと疾風が吹いた。


 そして二人の間に、巨大な火柱が天を焼く程に立ち上り、デュークを跳ね飛ばした。

 

「うお!?」


 アンゲリキは炎に包まれ守護を受けていたが、デュークは獄炎の猛攻を受けることになった。

 炎に飲み込まれ、ブスブスと嫌な匂いを上げて燃えはじめる。だが、黒い翼がバサリとはためくと、その身体が空中高くに舞い上がった。


「来ましたね。弟くんのご登場ですよ!」


 余裕しゃくしゃくで、ニヤリと笑ってテオを見下ろしていた。

 火柱とテオが遠く向かいあった。炎の中に、美しい顔が浮かび上がる。アンゲロスは姉を炎の身の内に抱き守っている。


「今日のところはここまでにしてもらおうか。貴様の命を取り損なったのは口惜しいがな。……宝玉は我が戴いた。近いうちに決着は着けさせてもらう」


 炎の中でゆらりと魔女が立ち上がる。前かがみになり両腕をだらりと下げると、ボタボタと血がこぼれ落ちた。

 まるで死体が動き出したような姿で、眼だけをギラギラと光らせている。何事かつぶやいて、ふらふらとアインシルトに向かって足を進めた。


「一気にかたを付けようじゃないか。その女はまだやる気のようだぜ」


 テオはベイブをアインシルトの方に押しやり、火柱に近づいていった。上空のデュークは、テオを援護するように翼を大きくはためかせ、強風を送って炎をちぎり飛ばした。

 ずんずんと進んでゆくテオの前に、アインシルトが行くなと立ちふさがった。

 刹那にらみ合い、テオは師を押しのける。


「どけよ」

「いかん。アンゲロスの力が前よりも増しているのが分からんのか!」

「それがどうした!」


 テオが叫ぶと、アンゲリキが走りだした。ゴフリと大量の血を吐いたが、彼女が止まることは無かった。その視線は一心にアインシルトの抱えるキューブに注がれている。

 テオはドンと老師とベイブを後方に突き飛ばして、走り出た。だが、敵と激突することはなかった。魔女はすぐに炎に絡め取られ、引戻されてしまったのだ。


「愚かな! いつまであのガキに執着するつもりだ! 死にたいか!」


 アンゲロスが怒声を上げる。そして姉を包み込んだまま、炎はグルグルと回転しながら急上昇を始めた。

 アンゲリキは抵抗していたが、少しするとぐったりと動かなくなった。それでも、朦朧とし濁った目でアインシルトを見ていた。


「逃げるな! デューク、やれ!」


 テオの命令に精霊は即座に反応し弾丸のように飛び出したが、炎の数メートル手前で急停止することになった。アンゲロスの炎が巨大な人型に変化したのだ。

 その燃え上がる指先に小さな丸いものを持っていた。


「宝玉……!」


 アインシルトが、なお飛び出そうとしているテオの腕をつかんで諫める。


「テオドール! ここで血を流せば、宝玉が汚れてしまうぞ」

「なるほど、なるほど。宝玉を人質に取られてしまったわけですね。……それにしても、いいことを聞きました。我が愛しの魔女殿は、黒猫君に惚れておいでですか? 嫉妬しちゃいますよ? こんなことしたら、どうします?」


 イヤらしくデュークが笑う。

 眉をしかめたテオが声を上げるよりも先に、デュークの雷撃が黒猫が収められたキューブに向かって放たれてた。

 誰よりも先にアンゲリキが悲鳴を上げる。炎の中で彼女は身悶え、そして意識を手放し崩れ伏した。


「クソがぁ! 余計なことするんじゃねえ! お前はあいつらを殺せばいいんだ!」


 稲妻が直撃する寸前で、テオがそれを止めていた。腕が黒く焦げ、煙を上げている。

 怒鳴る彼をデュークは鼻で笑って腕を組み、更に上昇してゆく炎を見上げ魔女を興味深げに見つめていた。

 上空から、アンゲロスの声が降ってきた。


「我らを殺す? ハッハッハッハッ! やってみろ。できるものならな。いくらお前が左目を取り戻そうとも、宝玉は我の手にある。髑髏の騎士を復活させるのは我だ。楽しみにまっていろ。みんな殺してやる! 焼きつくし、破壊してやる! この国だけではない、世界を滅ぼしてやる!」


 人型の炎は呪詛をまき散らしながら、天の高みへ登ってゆく。


「なぜ追わないんだ! 行け、デューク!」

「ヤですよ」

「なんだと、クソッタレ!」


 やがて炎は点のように小さくなり消えていった。

 デュークは傲然と笑う。


「だって、髑髏の騎士とやらが復活するんでしょう? 見てみたいじゃぁありませんか」


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