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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
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7 ギブ・アンド・テイク

 翌日ベイブが目覚めた時には、もうテオは部屋にいなかった。

 クーファンに子供用の小さなワンピースが引っ掛けてある。テオが用意してくれたのだろうか、ショッキングピンクとグリーンの横縞だった。

 ぐぐっと眉間にシワを寄せて、四つの目をパチパチと瞬いた。こんなものを着ろというのか。だが、すぐにあきらめてベイブは袖を通した。


 ふと鏡が目に入った。

 ひっと小さく悲鳴を上げて、自分の顔を思わず手で覆い隠す。恐る恐る、指の隙間から鏡の中の自分を見つめた。


「……なんでこんなことに。酷すぎるわ」


 ポロリと涙がこぼれ、彼女はその場にしゃがみこんだ。

 必死に声を殺してしゃくり上げた。屈辱、憤り、後悔、やるせなさ、そして恐ろしいほどの不安。

 自分の身に起こったことが信じられない。この先どうなってしまうのだろう。心の底から絶望感がこみ上げてくる。なぜ、こんな四つ目に……。


 それでも長い時間をかけて体の震えをしずめると、唇をしっかりと結んで立ち上がった。

 魔法使いに拾われたことは、ひとつの希望かもしれない。きっと元に戻れるはずだ。あの男を信じてみよう。弱音は吐かない。私は負けない。ベイブは大きく深呼吸をした。


 そして、散らかった部屋の中をキョロキョロ物色して回った。

 開けっ放しなっていたチェストの引き出しから、なるべくキレイなハンカチを二枚見つけると、一枚はエプロンのように腰に巻いてけばけばしい横縞を隠した。

 もう一枚は額に太く巻き、上の一対の目を隠す。これで、普通のゴブリンに見えるだろう。


 ふと人の気配を感じてベイブが振り返った。テオがドアにもたれて立っていた。


「やあベイブ、おはよう。と言っても、もうお昼なんだけどね。バンダナはいいアイデアだ。似合ってる。さあ、降りておいで、昨日から何も食べてないんだから」


 テーブルの上にはベーコンとマッシュポテト、オレンジジュースと野菜たっぷりのサラダが並べてあった。部屋はまだ昨日の暴風の傷跡は残っていたが、かなり頑張って片付けたようだ。

 ニコはベイブに気づくと、どうぞと椅子を引いて微笑みかけた。


「ちょっと待っててね。もうすぐトーストができるから。えっと何か台になるものないかなあ」


 ニコがきょろきょろとしていると、テオが何冊か本を椅子の上に置いてやった。

 これで、ベイブの身長にあうだろう。


「ありがとう。二人とも優しいのね。いつもそうなの? それとも今日だけかしら」


 ベイブはちょこんと腰掛けた。

 テオは、向かいの席に座って食事を勧める。


「早速だけど君の今後について、話し合いたいことがあるんだ。いいかな?」


 ベイブはベーコンをほうばりながら、ウンウンと応える。


「君にはいくつかの魔法が複雑にからみ合ってかけられている。簡単には解けそうにないんだ。ま、死の呪いだけは解いたけど」


 死の呪いだと? 思わずベイブはベーコンを喉に詰まらせた。


「気付くのがもう少し遅れていたら、今頃君は天国に召されていただろう。大丈夫? せっかく呪いを解いたんだから、こんなところで窒息死なんてしないでくれよ。それにしても、まあ良かった良かった」


 ジュースを差し出し、気楽な調子でヘラヘラと話す。


「……いつ解いたの?」

「もちろん夕べさ。嫌な匂いがするから、もしやと思ってね。ひどい呪いさ、周りの人間も全て巻き添えにするところだった。君に呪いをかけたヤツは相当質が悪い。……だがなあ、後はさっぱり解けないんだ。その目、何で四つに増やしたのか、何の意味があるのか、何故卵に閉じ込めたのか、皆目見当もつかない有様だ。面倒な予感はするけどね。……ようするにお手あげなんだ」


 テオのふざけたホールドアップに、ベイブはイラついてきた。

 ほんの少しでも期待した自分がバカだった。


「で、面倒だから、あたしに出て行けっていうの? 昨日は、元に戻してやるとか言っといて」

「それは誤解だ!」


 テオは大げさに肩をすくめる。


「魔法が解けるまで、ここで気長に待って欲しいって言ってるんだ。君がそのままの姿でゴブリンの国に帰りたければ止めはしないけど」


 コーヒーをすすりながら、余裕の態度で言う。ベイブが出て行くはずがないと言わんばかりだ。ベイブはムスっと答えた。


「……なら、なるべく早く解いてちょうだい」

「よし! そこで本題だ。よく聞いてくれよ」


 テオはニッと笑って、身を乗り出す。


「取引をしよう。オレは呪いを解く努力をする。その間、君はニコの手伝いをするんだ。料理はできる? 掃除は? 洗濯は? まあ、ニコと相談して分担してくれればいい。そして一番重要なのは、これだ」


 ピラピラと何枚もの淡黄色の短冊用紙を振りながら、ウインクをしてみせる。


「癒しの呪文をこれに書いて欲しいんだ。大丈夫、やり方は教えるから。最近、売上が落ちて困ってたんだ。収入アップに貢献してくれないかな」

「……あんたの話し合いたいことっていうのは、それのこと?」

「もちろん!」


 両手を広げて、とろけるような笑顔で言う。


「書いてくれるだろう? オレたち三人の生活がかかってるんだ」


 ベイブは体の力がどっとぬけ落ちる気がした。

 この男、絶対どっかズレてる。アテにすると痛い目に会うに違いない、そう思うベイブだった。


 ニコはクスクスと笑っている。

 呪いを解くかわりに御札を書いてくれなんて、気の毒なゴブリンをここに置くための単なる口実だ。

 売上が落ちているのは事実だが、それはテオがタダ同然で御札を渡してしまうからだし、新しい御札だってきっと簡単にばらまいてしまうだろう。テオは金のことなど全く頓着とんちゃくしていないのだから。


 それでも彼はギブアンドテイク、取引のつもりなのだ。堂々とここに居ていいと、言っているのだ。これが彼なりの気遣いだと、ニコは知っていた。


「あと、もう一つ。一人で出歩かないで欲しいんだ。理由はわかるね。目立つのは利口なやり方じゃない」

「わかってるわ。捕まって売られたりしたくないもの」


 ベイブが了解すると、テオは満足そうにうなずいた。

 そして、緑と紫のダイヤ型が組み合わさったローブに腕を通す。用事があるとだけ言うと、派手なローブをひるがえしてさっさと出かけて行ってしまった。


 ベイブは呆気にとられていた。

 苦笑しながら事の次第を見守っていたニコは、ベイブの隣に腰掛けると一緒に食事をとった。


「さっきの話だけど、癒しの呪文を御札にしてくれるだけでいいよ。家事は僕がするから。今まで一人でやってたんだしね」


 親しげに笑いかける。もうすっかり彼女への嫌悪感は消えていた。彼女の周りには、穏やかな空気が漂っている。決して邪悪な存在ではないのだ。

 あのテオと勝ち気な会話をする様子も好ましく感じるし、いい友だちになれそうな気がしていた。


 ベイブは部屋をくるりと見回していった。


「じゃあ、料理はお任せしようかしら。得意じゃないの。でも掃除はする。こんな汚い部屋、我慢できないわ」

「やっぱりまだダメかな。一生懸命片付けたんだけど」


 ニコは照れ臭そうに笑った。


「今さらだけど僕はニコ、よろしく。君は、本当は何て名前なの? テオさんが言うには、自分に関することは一切しゃべれない呪いがかけられてるって」

「そうみたい」

「魔法が使えるから、きっとゴブリンの国ではちょっとした有名人なんじゃないかなって言ってたよ」

「ええ、そうね。あたしは……」


 ベイブはコホッコホッと咳込んだ。


「はあぁ……だめ言えない。喉がつかえて苦しいわ。名前さえ言えないなんて」

「そっかあ。でも大丈夫、きっと何とかしてくれるよ」


 がっくりするベイブを励ますように、ニコは力強く言った。


「やるって言ったことは、必ずやってくれる人だから」

「ありがとう。……あいつに、やあベイブゥなんて呼ばれると寒気がしちゃうけど、仕方ないからあなたもベイブって呼んでいいわ。よろしくね」


 ベイブは手を差し出した。二人は握手をして笑いあった。

 にゃーうと、キャットが足元で鳴いた。仲間に入れて欲しそうだ。


「そうだ、キャットとはどういう関係なの?」

「え? ここの飼い猫じゃないの?」

「違うよ。昨日、君が卵から出てくる少し前に出会ったんだ。君を守ろうとしてたから、知ってるのかと思ったんだけど」

「……そうなの? 猫ちゃん、あたしのこと知ってるの?」


 キャットの目をじっと見つめた。そして、首をひねる。

 ニャーウニャーウと、キャットは椅子に伸び上がって鳴いた。


「猫に知りあいなんていないけど……。あんたと話せたらいいのにね」


 ベイブは、その喉を優しくかいてやった。


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