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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
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27 動き出したシナリオ

 一週間後、ジノス率いる魔法騎士団と近衛隊との混成部隊が、アソーギの町を出立した。彼らは行商人に扮し、二グループに別れて密かに南を目指している。インフィニードの南の辺際、ナタという田舎町だ。


「なあ、ダイン。これ、成功すると思うかぁ?」


 咥えタバコでだるそうにつぶやくジノスは、冴えないシャツとくたびれたズボンを履いて無精髭を生やしていた。目の下の隈は化粧である。忙しいばかりで売上の芳しくない行商人という設定での変装だった。普段の少し気取った佇まいは鳴りを潜めていた。


 ガタガタと揺れる幌のついた荷馬車の御者台に彼は座っている。ダインと呼ばれた男は、その隣で手綱を引いていた。


「ええ? 隊長、そんなこと言っていいんですか」

「隊長言うな」

「あ、すみません」

「まあ、やれって言われりゃ何でもするけどな。今回のだけはなあ……」


 はあ、とやる気なさげに足を組み替えた。

 いつでも命令されれば粛々と従うし最善を尽くすが、だからと言ってその命令が本当に正しい選択のもとに下されたと思ったことは一度もない。上層部の思惑を勘ぐるのが常だった。

 しかも今回はあの酷い会議に出席したのだ。舞台裏を見てしまったというヤツだ。面白い見物だったが、この作戦行動に対してはテンションを下げる効果しかなかった。全く成功する気がしないのだ。


「士気の下がること言わないでくださいよぉ。隊長」

「だから、隊長って言うな」


 ダインも、はぁとため息をついて肩をすくめた。やる気のない上官を見るにつけ、大丈夫なのかと不安になるようだ。

 ジノスが目を輝かせたのは、変装する行商人の設定を考案した時だけだったのだ。無駄に凝った設定を作り上げて、一人越に入っていたものだ。

 ダインは記憶の角に追いやっていた、そのどうでもいい設定を思い出そうと天を仰ぐ。


「あー、えーっと社長でしたっけ?」

「違う。ゴールド商会、南部担当の中間管理職、営業課長キルシュ三十二歳、妻に逃げられた二人の子持ちだ」

「……そうでした」


 五台の幌馬車が彼らに続き、その後続に木箱を山積みした荷馬車二台、合計八台の馬車が砂利道を進んでいる。よくある商品の配送風景だ。しかし木箱の中には武器が隠され、幌の中には兵士達が息を潜めているのだった。

 もうひとつの隊も同じような編成で、別のルートを使ってナタへと向かっている。途中二つの町に立ち寄り、商いを装って物資を調達し、二日かけてゆっくりと目的地へ向かう予定だった。







 ブロンズ通りの魔法使いの家の前に、一人の少女が口を尖らせて立っていた。

 何度ノックしても返事がない。それは今日だけではなくもう半月以上、彼女は魔法使い達に会えずにいたのだ。

 いつも母親の為に薬草を買いに来るジルは、不満気にドアの前を行ったり来たりしていた。


「一体、どうしたんだろう。テオさんにニコさん何処に行っちゃったのかしら」


 ジルはぶつぶつと小石を蹴り上げる。

 薬草なら他の魔法使いの店でも買えるのだが、突然姿を消した彼らのことが気になって、ちょくちょく様子を見に来るのだった。


 獣が町の人を襲った時に妙な噂が流れた。ブロンズ通りの魔法使いに関わると、ひどい目に合う、獣に殺される、と。ジルはそんな馬鹿な話あるわけ無いじゃないと、大人たちに向かって叫んだが相手にされなかった。

 そして彼らが姿を消したのとほぼ同時に獣も姿を現さなくなった為、それみたことかとますますテオ達が諸悪の根源のように言われたのだった。

 ジルにはそれが気に入らなかった。だから父親に、もうブロンズ通りに行くなと言われても、反抗するようにこうやって何度もやってきているのだ。もしかしたら帰っているのではないかと、僅かばかりの期待を抱いて。

 しかし、今日もやはり誰もいなかった。


 エイっと、思い切り蹴りあげた小石が、大きく跳ねてコロコロと転がる。そして、男の足にコツンと当たった。

 思わずジルは口に手を当て後ずさる。


「ご、ごめんなさい」

「いいよ」


 赤毛の男は微笑んだ。傷も癒えようやく一人で外を歩けるようになったレオニードだった。

 ジルは穏やな顔を見せる彼に安堵したようで、笑みを返した。

 レオニードは小窓から中を覗いた。薄暗い部屋の中に人の気配は無い。


「出て行ったままか……」

「いつになったら帰って来るんだろう。ねえ、お兄さんもテオさん達のこと心配?」


 ジルはすっかり警戒心を解いて、レオニードを見上げて尋ねた。


「ああ、友達なんだ」


 彼が答えると、ジルは嬉しそうに顔をほころばせる。

 彼らのことを悪し様に言う者が多い中で、自分と同じように思っている人物がいることが嬉しいらしい。


「あんな変な噂、気にしなくていいのに! ねえ、お兄さんもそう思わない? 獣は魔女の仕業よ。テオさんには関係ないわ。そうでしょう。ああ、早く帰ってきて欲しいなあ。ニコさんにも会いたいのに」


 ジルは祈るように、手を組んで話続ける。


「大人はみんな分からず屋の恩知らずよ! いっぱい世話になったくせに、酷いこと言って追い出すなんて! ブロンズ通りの魔法使いは、他のどの魔法使いよりも優しいわ。ニコさんだってすごく親切なのよ。いつも笑顔で私の話を聞いてくれたわ。二人とも、とってもステキな魔法使いなのよ! それを悪魔みたいに言うなんて!」


 彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 レオニードは目を細めて、彼女の頭に手を置いた。


「君はいい子だね。二人が聞いたらきっと喜ぶよ」


 ジルは顔を赤らめた。


「いい子じゃないわ……。パパの言いつけ破ってここに来ているし、夜の酒場で噂話こっそり聞いているし……」

「酒場の噂話?」


 レオニードは顔をしかめる。

 ジルは夜毎、酒場で大人たちが話す様々な噂をかき集め、昼は井戸端会議に花を咲かせる女達のそばで耳をそばだてていた。

 彼女はテヘッと笑って舌を出す。


「もしかしたら、二人の情報が手に入るんじゃないかって思って。今のところ収穫ゼロだけど。でも、家を抜け出すのって結構スリルで、癖になっちゃいそう」

「それは、小さな女の子のすることじゃないなあ」

「うん……わかってるけど……」


 ジルは足でのの字を書きながら、レオニードをちら見する。


「ねえ、お兄さんこんな噂知ってる? 来週、交易の特使がおみやげ持って行くって話だけど、本当は海なんか越えないで、こっそり宝玉を髑髏の騎士のお墓に移すんだそうよ」


 とっておきの情報を特別に教えてあげるのだと、得意げな顔だった。

 噂話を仕入れて人に話すのが楽しくてたまらないらしく、無邪気に笑顔を見せていた。


「……それ、酒場で聞いたの?」

「うん。昨日よ。で、コウエキのトクシって何かしら? 髑髏の騎士ってお兄さんは知ってる?」


 レオニードは、苦笑して頭を掻いた。いくら情報を仕入れても、理解出来なければ意味が無い。行動力はあっても、知識は足りない無鉄砲な少女に、レオニードは優しく家に帰るように言った。もちろん、夜、家を抜け出したりしないように注意することも忘れなかった。



 ジルが帰ってゆくのを見送り、レオニードがふとテオの家を振り返ると、フードを目深にかぶった女が小窓から中を覗きこんでいた。人気が無いことを確認すると、がっかりしたように溜息をつく。

 彼女もテオ達の帰りを待ちわびている一人なのだろうか。わりと人気者じゃないかと、口の端に笑みを乗せた。

 女はレオニードの視線に気づくと、怯えたようにさっと顔を伏せて足早に去っていった。

 レオニードはまた頭を掻いた。そんなにジロジロ見たつもりは無かったのだが、どうも不快に思われたらしい。それにしても、短いマントの下の服は異国風のドレスで、レオニードには見慣れないものだった。


「遠くからわざわざ訪ねて来たのか。うん、やっぱ人気者だったんだな」


 ふふんと笑うとフードの女とは反対方向へと歩き出した。







 冷たく青白い光が幾筋も差し込んでいる。

 古い洋館の窓は、ガラスが外れ木枠しか残っていない。その窓からまっすぐに光が差し込み、整然と光の帯が床に並んでいた。

 静かだった。先ほどまで鳥の断末魔の叫びがそこかしこから上がっていたが、屋敷は今静寂に包まれていた。


 女の顔をしたカラスのような鳥達の死骸が、部屋の中に散乱していた。首をもがれ、羽をむしられ、八つ裂きにされて死んでいた。

 その中央にキャットが立っている。薄く笑って満足気だった。全身に返り血を浴びてはいたが、息も髪の一筋も乱れてはいない。左腕に抱いた繭の中には、目を閉じたベイブが丸まっている。

 キャットが右腕を大きく振ると、鳥の死骸が青い炎をあげて燃え上がった。温度のない冷たい炎が、鳥を砂に変えていった。


「やっと静かになった……。ホント、邪魔しないで欲しいよな」


 キャットはつぶやく。

 そして繭を床に置き、自分もその前に座った。


「出してあげるよ……」


 人差し指で繭をなぞると、オレンジ色の線が走り切れ込みが入った。

 そっと繭を左右に押し広げ、眠っているベイブと抱き起こした。


「元に戻してあげる。ママは怒るだろうけど、もう我慢できないよ」


 少年に抱かれたベイブは、ぐったりとしたまま身じろぎ一つしない。まるで小さな人形のようだったが、微かに胸が上下し呼吸していることは解った。

 キャットは愛おしげにベイブの頬を撫でた。少し冷たいその頬を、可哀想にと両手で包み込んやる。彼女の為にできることは、何だってしてあげたかった。


「あなたの名前……僕は知っている」


 ベイブの耳元でキャットは小さな声で何事かを呟いた。


「…………」


 そしてそっと、唇を重ねた。

 数秒後、少年は目を潤ませて顔を上げ期待に胸を躍らせる。

 彼は待っていた。彼女をゴブリンに変えた呪いが解けるのを、待っていた。

 これで彼女は元の姿を取り戻すはずなのだ。キャットは心のなかで幾十と数を数え、今か今かと焦れつつも辛抱強く待ち続けた。


 だが、ゴブリンはゴブリンのままだった。

 青白い光の筋は時間をかけてゆっくりと移動してゆき、彼の顔に暗い影を作り出した。

 ベイブは目覚めず、何も変化は起きなかったのだ。ついにキャットは怒りに震える声を絞り出す。


「どうして……! 彼女の名を呼んで口づけをする。それで呪いは解けると言ったくせに!」


 キャットは唇を噛みしめる。

 アンゲロスが確かにそう言ったのだ。キスもただのキスではなく、真実の愛のキスでなければダメだとも言った。それなら、自分は彼女を愛している。条件は満たしているはずなのに。


「騙したのか……この僕を」







 公認魔法使い組合代表を務めるクレイブの屋敷の前に、一人の女が立っていた。短いマントを羽織りフードを目深にかぶっている。

 彼女はクレイブを訪ねてやってきたのだが、使用人から留守を告げられた。中で待つように勧められたが断り、こうやって通りに立ってクレイブの帰りを待っていたのだ。


 小一時間程経った頃、一台の馬車が屋敷の前に止まった。黒ローブ姿のクレイブが降りてきた。

 女はハッと彼を見つめ、おずおずと一歩足を踏み出した。クレイブは女をチラリと見、訝しんだが素通りして屋敷に入ろうとした。


「失礼いたします。クレイブ様ですね」


 女が呼び止めた。少し声が震えている。彼女はスカートを摘んで優雅にお辞儀をした。

 きちんと躾の行き届いた娘であるらしいとクレイブは判断し、彼女に答える事にした。


「そうだが」

「突然で誠に申し訳ありません。……ブロンズ通りの魔法使いをご存知でしょうか」

「知っているが、奴がどうした」

「彼は今どこにいるのでしょう」

「……王宮だろう。奴は王宮付き魔法使いになった聞いた」

「王宮……ですか」


 女は驚き、困ったように呟いた。


「奴に何か用があるのか?」

「はい、彼に頼まれていたものを持って来たのですが……あの、貴方様から渡して頂くということは可能でしょうか……申し訳ありません、私では王宮には入れないでしょうから」

「……できぬことはないが……」


 クレイブはそう言ったが、内心テオに関わるのはゴメンだなと思っていた。しかし、心底困った様子の女に、できる事をできぬとは言いづらかった。


「では! これを! できれば早急に渡して欲しいのです」


 女はさっと鞄から一通の手紙を差し出した。

 クレイブの胸に押し付けるようにして、頭を深々と下げた。女の強引さに押されて、つい受け取ってしまっていた。


「……解った。で、お前の名前は……」

「ありがとうございます! クレイブ様」


 そう言うなり、彼の質問には答えず女はさっと通りを駆け出した。

 クレイブは呆気に取られた。人にものを頼んでおいて無礼な女だと思ったが、さほど怒りが湧かないのは彼女の物腰が柔らかだったせいかもしれない。

 それにしてもあの女、マントの下のあの服はミリアルド風のものだった。わざわざ隣国から、あのクソ魔法使いを訪ねてくるとはご苦労なことだと、鼻を鳴らした。


 目深に被ったフードで顔はよく見えなかったが、形の良い唇に美しい曲線を描く顎、そして僅かに見えた鼻は品よく整っていた。恐らくかなりの美人なのだろう。フードの脇からこぼれた流れるような黒髪も印象的だった。

 クレイブは彼女をどこかで見たような気がしてきた。と言っても、ミリアルドの美女に知り合いなどいないのだが。はてと首をかしげ――――あっとクレイブは声を上げた。


「まさか!」


 クレイブは女を追って走りだした。随分と先に行ってしまった女が丁度、角を曲がるところだった。必死に後を追う。しかしクレイブが角を曲がった時には、もう女の姿は無かった。


「……まさかな……ミリアルドの王女がこんな所にいるはずがない」


 そうつぶやきつつも、彼女が顔を隠していた事や名乗らなかったことが、彼の疑念を消してはくれなかった。今の女は誰だったのだろうか。

 クレイブの眉間に深い皺が刻まれた。


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