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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
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26 筋書き

 リッケンは別室に移動し、ジノスと先行隊の編成そして城塞内外での戦闘を想定しての戦術について話をつめていた。基本は先ほどの会議でジノスが提案した案を取り入れ、リッケンが修正を加えるというものだった。

 一通り話しが済んだ所で副官が飲み物を運んできた。緊張がほぐれ一息着いた後、ジノスが言った。


「ところでリッケン閣下。気になることがあるのですが、お尋ねしてよろしいでしょうか?」


 リッケンが鷹揚にうなずくと、ジノスはニッと笑った。

 少々身を乗り出し気味にして上官に囁いた。


「シェーキーですよ。無礼極まりないあの男を、なぜお許しになっているのか……」


 リッケンの眉間のシワがぐぐぐっと深くなり、口もへの字に曲がった。

 ジノスはまた、くっくと笑った。


「でも、まあ解らなくはないのです。少し前に彼と話しましたが、アレで結構人を惹きつけるものがある。なんとかな子ほど可愛いとも言いますし」


 愉快げに一人で笑い続ける。図星ですねと言いたげだ。

 彼は退室後の成り行きを知らない。ただ、アインシルトとテオが特使隊を率いることになった、とだけ聞かされた。そして、やっぱりなと吹き出しそうになった。結局テオの我がままを聞き入れたのだ。

 アインシルトにしてもリッケンにしても、要するに親バカなのだとジノスは思っていた。弟子が可愛くて仕方がないのだと。


 リッケンはふんと鼻を鳴らす。懐から煙草を取り出し、火をつけた。


「お前の気になる事というのはそれだけか」

「いえ」


 リッケンが紫煙を吐き出すのを、ジノスは羨ましそうに見つめている。


「本題はユリウス・マイヤーの方です。彼は…………笑っていました」

「笑う?」

「閣下が作戦を白紙にすると言われ、シェーキーが血相変えて怒鳴り始めた時です。まあ、あの後何があったかは敢えてお聞きしませんが、ただならぬ雰囲気だったのは確かでしょう。なのに笑っていたんですよ。不思議ではないですか?」

「マイヤーが……」


 リッケンは先ほどの光景を思い出してみるが、ユリウスが笑っていたという記憶はない。いや、正確にはテオに気を取られ、彼には注意を向けていなかったのだ。どんな顔をしていたかなど、まるでわからない。


「ほんの一瞬、微かにですがね。毒蛇のように見えました。単にマイヤーは悪友の態度に、苦笑していただけということもあり得るでしょうが。……まあ、かく言う私も思わず笑ってしまったんですけどね。シェーキーという男があまりにも興味深く面白いので」

「……なぜお前はマイヤーを見ていたのだ」

「何か、引っかかるものがあったのです。実は先ほどの会議の途中から、全員が筋書き通りのセリフを言わされている、そんな気がして……気味が悪くなりました。計画の立案者は彼ですからね、それで観察していました。リッケン閣下は感じませんでしたか?」


 瞬きもせず、じっとリッケンの目を覗き込む。

 心の中を見透かそうとしているような気がして、リッケンは目を逸らした。自分が感じていた違和感を、彼も感じていたということに胸騒ぎがした。


「一つ一つはその人間がいかにも言いそうな発言でした。しかし、場にそぐわない感情先行の発言ばかり。あの冷静さの乏しい空気は異常だった。誰もが無意識のうちに、予め定められた結論にたどり着くようにセリフを与えられている、そう感じたんです。だから、途中からしゃべるのを止めました。それすら、筋書きのうちだったなら、私も術中にはまっていたと言えますが」


 ジノスは、自嘲気味に肩をすくめてみせた。

 予定された結論、筋書き通りのセリフ。二つのキーワードが、リッケンの中に重く沈むこむ。

 この計画は破棄し会議をさっさと解散させるべきだ、そう感じた。そして実行したはずなのに、思い通りにはいかなかった。何かが、自分の邪魔をしていたように感じられる。

 誰が何のために書いた筋書きなのか……。

 リッケンは、ぐっと両腕を組んで唸る。


「我々は操られていたというのか? まさか、アレが……」


 リッケンのアレという言葉が不気味に響く。


「アンゲロスが……」

「ええ、アンゲロスでしょうね」

「マイヤーが、アンゲロスの手に落ちたと?」

「そうは言いません。ただ、あの笑みが気になったので、閣下にはお伝えしておこうと思ったまでです。……一服よろしいですか?」


 ジノスはポケットから煙草を取り出す。

 上官がうなずくと、すぐに火をつけた。


「私は閣下の事は信頼申し上げておりますし、あの場にいた人間の中で一番信用できるお方だと思っています。閣下だけは、異常さに気づいておられましたから。そうでしょう? ……裏を返せば、他は皆怪しいと思っているのですよ」


 大きく息を吸い、ふううと満足気に煙を吐き出した。目を瞑り酩酊感を楽しんでいる。そしてゆっくりと目を開けると、また心の中を覗くようにリッケンを見つめた。

 この男の顔の方こそ、蛇のようではないかとリッケンは訝しむ。


「私は、軽々にお前を信用する訳にはいかん。アンゲロスはあらゆる術に長けていると言う。荒事だけではなく言葉巧みに人に擦り寄り懐柔する、人心を操る術にもな。……自分だけは違うと、思わせようとしているとも限らない」


 リッケンの穿うがつような視線を受けて、ジノスはハッハッと笑った。


「はい。どうぞ疑って下さい。そして例外を作ってはいけません。そうシェーキーもね……」


 灰皿に煙草をぐしゃぐしゃに押し付けた。







 テオは、自分の部屋に戻ってきた。

 イスに腰掛けようとして、テーブルの上の紙に気づいた。


――――


 官舎に用があったので、ここにも寄りましたがお留守でした。

 またの機会に会えるのを楽しみしています。

 そうそう、昨日飛行術を習いましたよ。

 これでもうテオさんに置いてけぼりなんて、食わされませんからね。


――――


 テオはふっと微笑んだ。久々の笑みだった。

 黒いローブを身につけるようになってしばらくが経つが、この場所はテオに取って居心地が悪く、他の魔法使いとも馴染むことはなかった。たえず一人で考えを巡らし、デュークを放ってベイブを探す、暗澹たる日々を送っていた。

 水をごくりと飲み干し窓を眺めた。なんだか牢獄の窓のようだなと、独り言ちる。


 ユリウスの計画が成功したとして、果たしてベイブも助けだすことができるだろうかと考える。

 彼女を救出することが、今の彼にとっては最優先事項である。しかしそれを口にすることは出来なかった。

 拐われたゴブリン一匹のために、国軍を動かせとは、いくらテオでも言えはしなかった。自分が動くしかない。だから、王宮に留まって防衛に努めろと言われても承服できるものではなかったのだ。


 それでも、先ほどは激高しすぎたと反省もする。予言の話はごく一部の人間しか知らない機密であった。シュミットに話してしまったことが、吉と出るか凶と出るか、まるでわからない。

 彼の王への忠誠が揺らいだとしたら、それは自分のせいだろう。

 ふうと、深い溜息をはく。

 その傍らに、ゆらゆらと白い煙が沸き起こり、デュークの姿が現れた。


「なぜ、戻ってきた」


 とがめる口調に、デュークが抗議する。


「何度も申し上げますがねえ……私は草の根かき分けて捜してるんです。ええ、そうりゃ血眼で一本一本かき分けてね。何度調べたことか!」

「百回調べてダメなら、千回捜せ!」


 テオは、歯をむき出して怒鳴る。


「お言葉ですがね、あなたが魔女に力を封じられている分だけ、私の能力も巻き添え喰ってるんです。ちょっとは責任感じたらどうですかね!」


 テオの人使いの荒さに、デュークもさすがに苛立っているようだった。

 珍しく喰ってかかる。


「そろそろ、手法を変えちゃぁどうなんですか? 馬鹿みたいに捜せ捜せ言ってないでね!」

「ああ! そうするさ。ちょうど、一つ計画が持ち上がったことだしな」


 椅子を蹴飛ばしベッドに腰掛けた。

 どんな計画だろうと構うものかと、やけっぱちになる。じっと待っているよりは数段いい。今度こそあの魔女共を屠ってやるのだ。そしてベイブを助け出す。

 テオはこぶしを握りしめた。


「さっきの話ですか……。あなたは気になりませんでしたか?」

「なにが?」

「ジノス・ファンデルという男ですよ。いやにユリウス・マイヤーをめ回していました。何か含むところがありそうですね。すっとぼけた顔で何を企んでいることやら」


 デュークはねっとりとした口調で言った。

 含むところがあるのは、この精霊の方のようだ。


「…………」

「マイヤーにしても、うさん臭いのは同じですがね。そうそうシュミットも気に入らない。真面目な忠臣ぶってても、本心はどうなんですかねえ。腹の底までは誰にも見えやしない。予言の話バラしちゃって、この先どう転がることやら…………実はですね、私、人間がだぁーい嫌いなんです。見ているだけで虫唾が走って、引き裂きたくなるんですよねぇ。……知ってましたかぁ?」


 いやらしく、きひひと笑う。


「それがどうした!」


 テオが怒鳴ると、デュークの形相が一変した。

 耳まで口が裂けたその顔は、悪鬼そのものだった。


「てめえの腹も引き裂いてやろうかって言ってんだよ!」


 テオに対しては、丁寧語を心がけていた彼が、口汚く激しく罵った。


「うじうじと女のケツ追いまわす、このクソムシが! 思い通りにイかねえからって、毎晩だらしなくシーツ濡らしやがって! いつまでも、一人でよがってんじゃねえ!」

「この野郎……」

「デカいの一発ぶち込んで、はらわたミンチにしてやろうか!」

「上等だ! やってみろ! クソッタレが!」


 テオは掴みかかっていった。

 デュークの襟首を掴んで、床に叩きつける。馬乗りになってその顔面を、何度も殴りつけた。脇腹にデュークの拳が突き刺さってくると、その腕を捻り上げガンと足で踏みつけた。反対側の膝に全体重を乗せて、みぞおちに落とす。


 ぐうと唸るデュークを、彼に優るとも劣らない悪鬼の形相で見下ろした。

 精霊の片腕が伸び上がってきた。爪を立てて、テオの顔をわし掴みにする。

 同時に、テオの指は精霊の首を締め上げていた。


「そう、その顔が見たかった。あなたは魔王でなければいけない」


 ヒヒヒとデュークが笑う。


「黙れ」


 更にグッと指に力がこもる。精霊の笑いが喉に詰まった。

 テオの口が声を発せずに動く。

 声なき呪文に襲われて、ビクリと精霊の体が震えた。体の中を焼けた火箸でかき回されるような痛みに襲われていた。ゾクゾクと冷たいものがデュークの背骨を駆け上り、その姿がゆらゆらと頼りなく揺らめき始めた。


 本気で、殺す気か。

 自分の指の間から見えるテオの目を、じっとにらみ返す。ズルリと爪が伸び、彼は主の皮膚を裂いた。赤い血が指をつたってくる。しかし支配される身としては、できる抵抗はここまでだ。


 手を離し、さあ、好きにやれとばかりに目を閉じた。

 すると、万力のように喉を締め付けていた力が消え、不意にデュークはいつもの手鏡の中にゆるゆると吸い込まれていった。


 精霊は完全に吸い込まれる直前に、いつまで経っても甘い男だと、嘲弄ちょうろうを残して消えた。







 リッケンは足早に王の執務室を目指していた。シュミットが承認を取り付ける前に、王と話がしたかった。

 内大臣は仕事が早い。交易特使の偽装派遣をぬかりなく手配することなど、お手のものだろう。計画書を作成して、さっさと王の下へ参じるのは解っていた。そのため、リッケンは急いでいたのだ。


 先ほどの会議は、何者かの意志が大きく関与している。誰の思惑かは言わずと知れていよう。

 ジノスと話した後、その考えはもう確実なものになっていた。

 予定された結論。それは何か。やはりテオの動向だろうか。彼に、猪突猛進させることが目的なのではないだろうか。

 リッケンは、あの場で情に負けた己の甘さを悔いた。

 と、前からそのシュミットがやってきた。


「ああリッケン閣下、ちょうど良い所に……。王の承認がおりました。即座に実行せよとのことです」


 カチャリと、眼鏡を持ち上げて内大臣が言った。

 リッケンは僅かに頬を引きつらせる。


「……了解しました」


 遅かったかと、内心(ほぞ)を噛んだ。

 今更王を口説けはしないだろう、そう思いつつも執務室へと向うリッケンだった。




 扉は開かれなかった。謁見すら叶わなかったのだ。

 塞がったか。リッケンは軽く天井を仰ぎ大息するが、作戦の決行は揺るがないのだと腹をくくった。


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