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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
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24 作戦会議

「概要は今お話した通りです」


 ユリウス・マイヤーは話を終え、ふうと息を吐いた。

 目の前に居並ぶ者達の顔を順に見渡した。円卓に自分を含めて、六人の人間が座っている。


 左手に、魔法騎士団隊長ジノス・ファンデル大佐。

 続いて、近衛隊指揮官ムラト・リッケン上級大将。

 内大臣ミハエル・シュミット。

 王宮付き魔法使い筆頭アインシルト。

 そしてユリウスの右手に、新任の王宮付き魔法使いテオドール・シェーキー。彼は今まで着たことのなかった黒ローブに身を包み、腕を組んで座っていた。


 ユリウスは、彼らに自分が考案した作戦を説明し終えたことろだった。

 円卓が用意されたのは、上座を意識しなくて済むようとのアインシルトの配慮である。おかげでユリウスは幾らかは落ち着いて解説することができた。それでも、差し出た真似をしたかと緊張していたのだが。

 上手くプレゼンできたか判断しかねるが、概ね意図は伝わったことだろう。リッケン大将ら重鎮の意見を聞きたかった。


「これまでのところでご意見ご質問は……」

「おい! なんで、リッケン閣下がいるんだ!?」


 ユリウスの発言途中で、テオが質問と言うより喧嘩腰の文句を言った。

 この席についた時から機嫌が悪い。いや、王宮に入ってこのかた、機嫌が良かったことは一度もない。ずっとイラついてしかめっ面ばかりなのだ。

 テオの生意気な発言を聞いた途端に、リッケンの眉間に深いシワが刻まれる。


「……いけないか」

「あんたは怪我の療養しながら、ビオラの看病でもしてりゃいい」


 自制しようとしているリッケンに対して、遠慮なしにテオは毒づく。

 それに呆気にとられたのはジノスだった。


「……シェーキー。俺も質問なんだがな。なんでお前、我らが上級大将様にタメ口なんだ?」


 重臣が揃っている中で、誰よりも不遜な態度のテオ。

 しかも鼻白んでいるわりに、誰も止めようとはしない。無礼を働かれたリッケン本人ですら、歯噛みしながらも黙っている。全くもって不信なことだ。


「決まってるだろ。アインシルトは魔法の師匠だが、リッケン閣下は武芸の師匠だからだ」


 テオは当然だろうといった顔つきだ。

 師匠だからタメ口とは、一般常識では考えられないことを言う。

 ジノスは目をしばたく。


「……その論理、全く意味が解らん」


 ユリウスが咳払いをした。


「ファンデル大佐、コイツのことは放っておいてくれて良いです。いくら言っても態度を改めることの出来ない、常識のないバカと諦めて下さい」

「そうしよう」

「バカとはなんだ。とにかく、リッケン閣下はここまでだ。そうだろう」


 と、テオは全員を見回した。

 年長者達は、苦虫を噛み潰したような顔だ。仕方なく、アインシルトが口を開く。


「確かにリッケン殿は、まだ傷が癒えておられぬからな。実働部隊には加われぬが、作戦会議には必要不可欠なお方じゃ。テオドール、いくらお前と閣下の仲とはいえ、これ以上の無礼な物言いは止めよ」




 ユリウスは、自分の立てたある計画を発表していた。

 双子の魔法使い達を誘い出し、倒す為の作戦だ。これまでは後手に回っていたが、今度はこちらから仕掛けようというものだった。


 作戦の考え方は、至極単純なものだった。

 敵は、王の命と身体そして王宮に隠されている宝玉を狙っているとみられる。故に、身を潜めている彼らをおびき出すのに、その宝玉を囮に使うというものだ。

 こちらの思惑通り魔女たちを誘い出せるかどうかに、作戦の成否がかかっている。


 まず、海の向こうの国と交易を始める為の特使を派遣すると発表する。実際に以前から計画されていたことなので、少々前倒ししても不自然さはないだろう。

 その後、市中に宝玉が王宮から別の場所に移されるらしい、との噂をそれとなく流す。敵はこちらの行動に目を光らせているだろうから、この噂には必ず気づくはずだ。

 魔女たちを討伐する為に、伝説の髑髏の騎士復活の儀式を行うらしい、と人の口に乗せれば、彼らの興味を引くに違いない。彼らが宝玉を狙う理由も、それなのだから。


 そして、交易交渉の特使と称した一行に宝玉を運ばせる。もちろん宝玉は偽物で良い。特使と言いながらその実、密かに宝玉を運んでいると思わせればいいのだ。

 行く先は、インフィニードの南の辺際の町ナタだが、これは公表しない。極秘中の極秘だ。魔女たちに行く先を探らせるのだ。


 ナタには、昔この国が幾つかの公国に分かれていた頃の古い城塞が今も残っている。この城塞は、難攻不落の城と呼ばれていたらしい。深い堀が二重に城を囲い、容易に人を近づけることは無かった。髑髏の騎士の眠る場所を演じさせるにふさわしい城だ。


 そこに、宝玉の一行に先んじて、こっそりと別働隊を待機させておく。

 魔女たちは騎士復活の前に宝玉を奪おうと、必ず特使隊を追ってそこに現れるはずだ。そして城塞の別働隊が彼らを一気に倒す、それがユリウスの計画だった。


 ジノスは、さも面白そうにユリウスの話を聞いていた。つまらない出向先から呼び戻されたこともあり、愉快げだった。

 対照的に暗い顔をしているのは内大臣のシュミットだった。眼鏡をいじりながら陰気な声を発する。


「果たして、奴らが引っかかるでしょうか。偽物と見破られては意味がない」

「バレてもいいのです。いえ、バレてこその作戦ですから」


 ユリウスは眼鏡をカチャリと直し、大きくうなずいてみせた。

 同席者達も一斉に彼に注目した。

 テオはふんと鼻を鳴らす。


「もったいぶるな」

「宝玉は王宮の地下迷路の奥にあるからこそ、今まで守られてきました。アンゲリキが数年にわたり王妃に成りすましていたにもかかわらず、手出し出来なかったのがその証拠と言えます。ですから、簡単に動かす訳がない、罠だと、見破られることでしょう。しかしそれでいいのです。見破ったと思わせておけばいい。必ずヤツらは動きます」


 ユリウスは断言した。


「偽物と気付きながら、彼らが動くとはどういうことだ」


 シュミットが不快げに問いかける。

 テオがそれに答えた。頬を釣り上げて笑みの形を作る。


「宣戦布告と受け取るからさ。特にアンゲリキは負けず嫌いで直情的な女だからな。オレもそうだから、良くわかる」

「我々は道化を演じるのです。見え透いた罠しか張れない能なしと、油断を誘うように」


 ユリウスはテオの発言に苦笑を浮かべつつ、解説を続けた。


「髑髏の騎士の墓所は、何処にあるか誰にも分かりません。今回こちらが候補に選んだナタの城塞が、違うという確証もないのです。だからヤツらも、一行が何処へ向かおうとしているのか、必ず探るはずです。我々より、先に墓所を見つけ出したいと考えているでしょうから」


 ふむとシュミットがうなずき、ジノスは面白そうにテオをユリウスを見比べた。

 テオがユリウスの話を引き取って、先を続ける。


「芝居が必要なのは先行する別働隊の方だ。噂を流すもっと前に、発っておくべきだろう。先行隊の動き、存在は絶対に知られてはならない。それが肝心だろう」

「なるほど確かにその通り……」


 シュミットがつぶやく。


「しかし」


 と、話を継いだのはジノスだった。


「我々が誘い出そうとしていると気付くなら、そこに別働隊や罠が仕掛けられていることも推測されるかもしれない」

「全くだ。ユリウス、お前らしくもない穴のある作戦だな」


 テオの揶揄にユリウスの頬が引きつる。が、指摘の正しさを受け入れたのか、口をつぐみテオの発言の続きを待っていた。


「しかしな、これも気付かれたっていいんだ。あの城塞が、昔から騎士の墓所だと噂されているのは事実だからな。我々が向かうのを放ってはおかないさ。罠があろうが敵が潜んでいようが、確かめずにはいられない。だから動く。我々に必要なのは、奴らが警戒している事を想定して、さらに上をゆく罠と戦力というわけだ。それに案外、城塞はビンゴかもしれない。となると、別働隊には任務が追加されることになるな」

「城塞の調査か。するにこしたことはないか」


 ユリウスはつぶやく。絶対に可能性はないとはいえない。

 むむうとジノスは、あごひげを撫で考えこむ。

 城塞が、本当に墓所かもしれないというのか。魔女たちをおびき寄せるのに、そんな場所を使って大丈夫なのだろうか。

 とはいえ、見当違いな場所を目指せば魔女たちは動かないだろうし、これは大勝負だと言える。


「ついでに言うと、城塞のてっぺんにディオニスを素っ裸で立たせておけば、確実に奴らは来るさ。これ以上の餌はない」


 はっはと、テオは笑った。


「……………………」


 テオ以外の全員が固まった。耳を疑う発言に驚愕している。

 黒竜王を囮にするだと?

 シュミットの手からペンがこぼれ落ちて、カラカラを床を転がっていった。

 薄笑いをしていたジノスでさえ、ぽかんと開いた口が閉まらない。

 ユリウスの計画を即座に理解し注釈を入れるあたり、やはりただのバカではなかったと感心したばかりだったのに、何を言い出すのかと目を見張る。

 いや、ただのバカではないのは確かだ。大バカなのだ。大胆に常識を飛び越えてしまえるところは、いっそ清々しい。


「黙れ!」


 ユリウスは目を吊り上げて立ち上がり、思いきりテオの頭をガツンと殴った。

 すかさず、テオは彼の襟首を掴む。

 殴り返そうとする右腕を、アインシルトが押さえつけた。


「テオドール……お前というやつは」


 地を這うような声を絞りだした。完全に目が怒っている。

 テオはあきらめて、ユリウスを解放した。


「半分冗談のつもりだったんだがな」

「半分だけかよ……」


 呆れ返ったジノスがつぶやく。


「訂正。裸でなくていい」

「却下だ! ふざけるな!」


 バンと激しく机を叩いて、リッケン大将が否決した。






 リッケンの中にイラ立ちが募っていった。

 六人が部屋に揃い、ユリウスが語り始めた時にふと感じた違和感が、どんどんと膨らんできて、背がムズムズとするのだ。


 なんという、取り留めのない会議だ。好き勝手な発言のオンパレードではないか。まるで、思いつきのようなずさんな作戦。素人ばかりの作戦会議。

 自分であれば、絶対にあり得ないことだ。副官ともっと情報を集め作戦を綿密に練りあげてから、主だった部下と作戦会議に入り、そして王の承認を取り付けることだろう。

 ジノスやテオ、ユリウスの様な実働に使う人間を同席させたり、意見を求めたりはしない。彼らには最後に命令だけを下せばいいのだ。


 しかも武官ですらないユリウスに、作戦の立案を許したことがそもそも間違っている。魔法使いとしては一流であっても、戦闘の作戦立案については素人なのだ。

 しかし、敵もまた恐るべき力をもった魔法使いとなれば、アインシルト始め王宮付き魔法使いの力が絶対に必要なのだ。

 だからこそ容認したのだが、いきなりこの面子で会議を行うことになるとは、思いもしなかったことだった。黒竜王による人選であるらしいが、そうでなければこんな会議は開かせはしなかっただろう。


 テオの言うように、不安の多い作戦だとリッケンも感じている。その綻びを指摘して、作戦を全て破棄させようかとも思った。

 いや、やはりこのまま会議自体をさっさと解散させてしまおうか。

 そんなことを考えていると、テオが唇を尖らせてこちらをにらんできた。

 ふんぞり返って腕を組み、リッケンの心の中を見透かすような目をしていた。絶対にお前の言いなりにはならないぞ、とその目が言っているように思えた。

 リッケンは黙ってにらみ返す。


「いい考えだと思うぞ。閣下」

「だったら、お前が王のフリして立ってろ!」


 ジノスが言うと、テオはニヤリと笑う。


「オレはそれでもいいぜ」

「却下だと言っただろうが! ファンデルもちゃちゃを入れるな!」


 再びガンガンと机を殴りつけて、リッケンが怒鳴った。バリトンの迫力ある声だ。聞く者の腹にずっしりと響く。怒り心頭のリッケンは、真正面からテオを射抜くように見据えた。

 彼さえいなければ、とリッケンは思う。どんなに欠点の多い作戦でも、いかようにも修正してみせる自信はあったが、この会議上では邪魔者が多すぎる。テオ以外にもいる同席させるべきでなかった人物、ジノス、シュミットの手前、立案者の師匠の顔を立てることも必要だった。

 テオをキリキリとにらみつけながらも、もうしばらく辛抱せねばならんかと、大きく肩を落として息を吐き出した。

 すると、テオはぷいと横を向いて目を逸らしてつぶやいた。


「……力むと、傷が開くぞ」


 リッケンは苦々しく舌を打った。







 王宮の敷地内に、小さな官舎がある。

 そこは王宮付き魔法使い用の住まいで、現在住んでいるのはアインシルトの元弟子だった王宮付き魔法使い二名と、ユリウス、テオであった。


 ニコは、テオの部屋を訪ねていた。鍵が開いていたので中に入ってみたが、テオはいなかった。

 狭い部屋の中を見回す。ガランとした無味乾燥な部屋だった。備えつけの家具があるのみで、まるで生活感がない。

 ブロンズ通りの家では、テオが趣味で集めた奇妙な置物や派手なローブ、雑多なもので溢れかえっていたものだった。

 テーブルの上の水差しと飲みかけのグラスが、かろうじてここに人がいたという証を示していたが、ここでテオが暮らしているなんてまるで信じられなかった。

 ニコはこの官舎にいる魔法使いへ老師からの届け物をした後で、テオの部屋に寄ったのだ。

 久しぶりに会えるとウキウキとしていたのだが、テオの留守にひどく落胆した。


 アインシルトは会議があると言って出て行った。

 ふと、テオもそれに出席しているのかもしれないと思った。


「テオさん、忙しそうだな……。早く、ベイブを見つけられるといいんだけど」


 ニコは、つぶやいて部屋を後にした。


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