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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
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23 予兆

「な? 奴じゃなかっただろう?」


 ジノス・ファンデルは、ぷはぁとタバコの煙を吐き出し、腹の突き出た警官に言った。

 ジノスは、今日も朝から警察署に詰めていた。どうにもここは居心地が悪い、なんで武官のオレがこんな所に出向させられるんだと、ブツブツと文句ばかり言っていた。


「だいたいだな、もしも奴が殺るなら、死体も証拠も残さず綺麗さっぱり消すだろうさ」

「やかましい! 違うということは、わしも解っていた! それでも職務は遂行せねばならんのだ!」


 警官のガナリ声のほうがよほどうるさく、響きわたっていた。

 一昨日に続き昨日も黒い獣が町で暴れた。目撃者も山ほどいる。実際、ジノスとこの警官も獣を見たのだ。


 リッケン上級大将らが彼らのパトロール隊を視察に来た時のことだ。目の前で、あっという間に多くの隊員が獣に引き裂かれたのだ。オーベルを殺害したのもそのバケモノだと判断するよりない。

 ケケケとジノスは笑う。


「なあ、知ってたか? 奴はアインシルト様の秘蔵っ子なんだぜ」


 むっと警官の眉間にシワがよった。


「……あのブロンズ通りの魔法使いが?」

「そうさ。既に家は引き払って、王宮付きになったらしいぜ。俺って意外と耳が早いんだ。知りたいことがあったら、遠慮せず何でも聞いてくれ」


 ジノスが意地の悪い笑みを浮かべると、警官の顔色が変わった。

 大魔法使いの弟子、しかも王宮付きになれる人物を殺人犯呼ばわりしてしまったことに愕然としている。

 しかも、目の前の新参者は知ってて黙っていたとは。メラメラとまた怒りが湧いてきた。


「こ、この事件を追うのは魔法使いの仕事なんだろう! だったら、さっさと働け!」

「はいはい」


 ジノスはぷかりと煙を吐き出し、立ち上がった。


「そうそう。あんた、気をつけなよ。奴と関わりをもった人間が襲われてるって噂だぜ。オーベルなんて、前日にちょっと揉めただけで殺られてるんだ、あんたも危ないかもなぁ」


 口角を吊り上げて、いやらしくヒッヒッヒと笑う。

 警官の頬が引きつった。


「そ、それを言うなら貴様の方こそ関わりが深いだろうが!」

「ん? 俺か?」


 きょとんと首をかしげた後、ジノスは声をあげて笑い出す。


「ああ、気をつけるさ」


 まるで自分が襲われるはずがないといった顔だった。

 不気味な余裕を含んだ笑みを浮かべるジノス。警官は汚いものでも見たように、眉間にシワを寄せて部屋を出て行った。


 それにしてもとジノスは思う。

 あのわがままな男が、大人しくアインシルトに従うとは……。


「自分のせいで他人が襲われる……よほど堪えたようだな」


 たばこをグリグリともみ消し、ニヤリと笑った。







 ブロンズ通りを離れて、一週間が経った。

 ニコはアインシルトの幻想の森で、魔法の修行を朝から夜まで熱心に続けていた。

 以前呪いの人形の件の時に会った小姓や、兄弟子らにも指導を受け、新たな呪文を覚え腕を磨く日々を送っている。


 アインシルトのもとでは、多種多様な魔法を知ることができた。毎日が新鮮で刺激的でもあった。もっと知りたい、もっと吸収したいという欲求が日を追って増してゆく。ここでの修行は全く苦痛ではなく、ニコに喜びを与えてくれた。

 師匠が変わるだけでこんなにも変わるのか思うほどに、ニコは自分でも魔法の技術を上げていると実感することができた。アインシルトに深く感謝していた。しかし、テオとこういった修行がしたかったという思いは消えない。

 師匠を変えることになる……。いつか、テオの言った通りになったことを少しさみしく思った。


 アインシルトから、テオが王宮付き魔法使いとして王宮に入ったと聞いたが、顔を合わせる機会はなかった。同じ王宮内にいるのにまるで接点がないのだ。

 ニコはほとんどを幻想の森で過ごしていいたし、テオは官舎に入っているという。

 テオはどうしているだろうか。ちゃんと食事を摂っているだろうか。眠れているだろうか。心配でたまらなかった。

 ベイブを見つけたという知らせもない。全てがもどかしく、今すぐここを飛び出してテオに会いに行きたい、ベイブを探しにゆきたい、そう思う。しかしテオに見つけられない以上、自分にできることは何もないのだ。自制するしかなかった。

 今は、己を磨くほかない。



「ニコ、お前すごいな。覚えも早しい、もう直に僕たちに追いつきそうだしな」


 夕食の時、兄弟子がニコニコと笑って言った。お世辞や皮肉ではなく、素直な賛辞だった。

 突然に仲間に加わったにも係わらず、ニコを快く迎え入れ、あれこれと世話を焼いてアドバイスもくれる。そんな彼らにニコも素直に感謝し、好意を寄せるようになっていた。


「そ、そうかなあ」


 ニコは少し、はにかんで言った。

 自分でもこの一週間でずいぶん変わったと感じてはいるが、まだまだ足りないとも思っていた。


 丁度スープを飲み終えたところで、アインシルトが戻ってきた。

 老師が弟子たちに付きっきりで指導することなど平素からなかったが、このところは特に忙しく朝から全く顔を見ない日が続いていた。

 それでも、必ず夜は弟子たちを食事を共にしていた。彼らの今日一日の成果を観察するのだ。


「アインシルト様、ニコは本当にすごいです。どうして今まで埋もれていたのか……」


 兄弟子は、師にも同じことを言った。

 アインシルトは、ふっと笑う。


「まったくじゃな。テオドールの奴め、何も教えとらんかったようじゃ。面倒くさがりもここまでくると、はた迷惑じゃ」

「はは……そうでもないです。教えてはくれるんです。ただ、テオさんの説明は分かりにくくて……」

「それじゃ、教えとらんのと同じじゃよ。お前に才能があると知りつつ、放っておるんじゃからのお」


 困ったもんだと、老師は苦笑する。

 確かにテオは、積極的に魔法を教え込もうとしたことは一度もなかった。でも、とニコは思う。テオの家に押しかけた当初、魔法は教えないと宣言されていたし、自分も教えてくれねだらなかったのだから、一概に彼だけを攻めるのは酷だと思うのだ。


「もったいないことじゃ」


 アインシルトはお茶をすすりながらつぶやいた。


「まあ、奴の気持ちもわからんではないがの」


 魔法をあまり教えようとしないテオの気持ち。ニコにも、解るような気がした。テオはいつか危険な仕事をすることを承知していて、その時自分を巻き込まないようにしていたのだと思うのだ。

 魔法の腕さえあれば、自分は絶対にテオについてゆくつもりだった。そうさせないために、わざと教えなかったのではないかと。


「お前の身を案じてのことじゃろう……。大切な家族じゃと思うておる」


 ニコの思いを見透かすようなアイシルトの言葉だった。見つめる顔はとても優しい。


「じゃが、このまま中途半端にしておくのも危険じゃと、ようやく腹をくくりおった。今後はお前の力も必要じゃし、大切じゃからこそな」


 大切な家族。

 その言葉に胸がグッと熱くなる。自分にとっても、テオは大切な存在だった。彼は師匠であり恩人であり憧れであり、時には友人でもあり、兄弟のようでもある。


 そして、もう一人の大切な家族。

 ニコにとっては親友、同志。テオにとっては、おそらく何物にも替えることのできない、ただ一人のかけがえのない存在。

 小さなゴブリンの少女の笑顔が思い浮かんで、胸がズキンと痛んだ。


「……ベイブもです。彼女が拐われて、気が違ったように取り乱していました。オルガさんやレオニードさんの時とは、まるで違ってたんです」


 すがるようにニコは老師に訴える。ベイブを助け出す為、テオに協力してもらいたいと思う。それをこの偉大なる王宮付き魔法使いに、願い出ても良いのだろうかとニコは迷っていた。

 アインシルトは穏やかに、ただうむうむとうなずいている。


「よほど好いたとみえるの。後が辛かろうなあ……」

「辛い? ベイブを助け出すことは無理だっていうんですか?」

「いや、そうではない。必ず救い出してやらんとなあ。……今のは気にせんでくれ」


 老師は微笑んだ。

 ニコは首をかしげた。でも老師にベイブを捜す気があることを知り、ホッとしてもいた。

 そして、しばし部屋は静まり、話題を変えようと兄弟子が口を開いた。


「町の様子はどうですか? あの獣はなりを潜めていると聞きましたが」

「ああ、あれからは姿を見せてはおらんが、いつ現れるとも限らん。警戒は続けておる」


 やはりかと思い、ニコは自分の手元に視線を落とした。きっと、ベイブを拐って満足しているからに違いない、そう思った。

 彼女はテオの左目を持っている。その彼女を押さえておけば、テオは魔女の支配から逃れることは出来ない。王を守る力をそぐことができる。

 多くの魔法使いの魔力も奪い、彼らは王を外堀を確実に埋めていっているのだ。







 ほんのりと輝く繭の中でベイブは眠り続けていた。

 その傍らに、金色の髪の少年がいた。繭を抱きしめるようにして、頬ずりをしている。


「あなたにかけられた呪い……解く方法を手に入れたよ。……このくらいのご褒美はもらわなくっちゃね」


 キャットは優しく繭を撫でる。

 何度も何度も、愛おしげに撫でていた。


「でも、ごめんね。今はまだダメなんだ。もう少し待っててね」


 青白い光が差し込む古い洋館。

 ガラスの外れた窓がいくつも並んでいる。その窓に鳥が飛んできた。

 普通の鳥ではなかった。女の顔をしたカラスほどの大きさの鳥。それが次々に窓に止まってゆく。隣の窓にも、そして部屋の反対側の窓にも。鳥の数はどんどんと増え、数十羽にもなった。

 彼らは、キャットたちを見下ろしていた。耳まで口の裂けた女の顔が、一斉に喋った。


「裏切るなよ」


 低い男の声だった。

 鳥達は光る目で、キャットを射るように見つめている。彼らは、監視人だった。


「わかってるよ。裏切れるはずないこと、知っているでしょう?」


 キャットはニッコリと微笑んで言った。従順で邪気の無い愛らしい笑みを見せる。

 この監視人たちの目を通して、その主が自分を見ていることを十分に了解しての笑みだった。相手が自分を全く信じていないことさえ承知の上だ。

 鳥達が、小さくチッチッと舌を打つ。


「あなたは次の手にうつればいい」


 魔女に劣らぬ天使の笑顔を披露して、キャットは繭を抱えて立ち上がった。


「安心して。この子は誰にも渡しはしないから」


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