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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
73/148

22 激高する会談

 大きな机を挟んで、二人の人間が座っていた。

 奥に黒竜王ディオニス、その向かいがミリアルドの王子フィリップだった。

 フィリップはあごの線が少し細いがかなりの美丈夫で、温室育ちで世間知らず、プライドが高く自信あふれる王子、そんな印象だった。


 ミリアルド王には二人の王子と三人の王女がいた。

 王は既に高齢であり、実際の政務を取り仕切っているのは皇太子だった。第二王子であるフィリップは皇太子の兄の片腕として働いていた。

 三人の王女のうち一番下の姫が、両国の懸案事項の一つであるヴァレリアであった。そのヴァレリア捜索の件も含め、インフィニードとの交渉にあたっているのがフィリップ王子なのだ。


 しかし王子が、黒竜王と対面するのはこれが初めてのことだった。

 目の前の黒い男の発する強烈な圧力に気圧される自分を、必死に奮い立たせようと背筋を伸ばし、真っ直ぐに王を見つめていた。

 会談の了承を受け、気合いも十分に王宮に参内したのだが、理由も聞かされず散々待たされた。肩透かしを食わされた不快感はまだ消えていない。負けてたまるかとの思いがあった。

 一方の黒竜王は、そんなフィリップの心情など察するに値しないとばかりに、ミリアルド王からの親書にざっと目を通し、粗略にもバサリと机に放った。


「いいだろう。ただし、一個小隊のみだ」


 王はギロリと、フィリップをにらむ。

 この部屋に登場した時から、彼の言動は荒々しくピリピリとした空気を放っていた。少し顔色も悪く、疲れているように見えた。

 フィリップも、アンゲロスという輩が不穏な動きをしていることは聞いていた。王の不機嫌はその為だということも分かる。だが、こちらもまた災いが起ころうとしているのだ。是が非でも聞いてもらわねばならない。

 ミリアルドは、その西側に接するフラクシオ王国からの侵攻に備え、援軍を切望していた。

 フラクシオは大国だ。彼らに一歩でも踏みいられれば、弱小国であるミリアルドはひとたまりも無いだろう。


「王よ! それでは何もしないのと同じではないか! 長らく友好を結んできた我が国を、お見捨てになる気か!」


 フィリップの声は悲痛だった。

 精鋭揃いの第一師団を援軍によこせなどと、無茶を言ったわけではない。

 それなのに、ほんの数名ばかりの一個小隊とはあまりの仕打ちだ。たったそれだけの兵力で何ができるというのか。インフィニードの兵がいくら優秀とはいえ、規模が小さすぎる。


「殿下も存外、頭の良い方では無いようだな」


 王は苛立たしげに辛辣な言葉を吐く。マスクの下の表情は読めないが、明らかに会談相手を見下している。

 フィリップの口角がぐぐっと下がり、眉が歪んだ。彼の背後にいた、二名の従者もハッと気色ばむ。

 顔色を変えたのは、何もミリアルド陣営だけではない。王の左手後方にアインシルトとリッケン、そして右手に内大臣シュミットと副大臣が控えているのだが、彼らも一様に目を剥いていた。

 アインシルトが、王へ忠言しようと口を開きかけた時、大声がそれを遮った。


「リッケン! 説明してやれ!」


 形よくがっしりした顎をしゃくって、王は命じる。

 リッケン上級大将は隣のアインシルトに目配せした後、一礼して進み出た。ミリアルドの三人の視線が集まると、フィリップに対しもう一度深々と頭を垂れる。


「お焦り下さいますな、殿下」


 リッケンは静かな声で、語りかける。その声に、いつもの腹に響くような重厚さはなかった。彼はケガを押してこの場に同席していたのだった。

 シュミットはそのことを王に告げようとしたが、リッケンが止めた。冥府の王の事件以来、黒竜王は町の再建や魔女たちの探索に没頭し、疲労が蓄積されている。今朝も倒れたばかりだ。自分のことで、更に艱苦かんくを与えたくはなかったのだ。


「我々の見たところ、フラクシオはまだ侵攻を決めたわけでないと思われます。挙兵を始めているとのことでしたが、アレはかの国も定期訓練でありましょう」

「いや、我々への挑発行為だ」

「しかしながら、まだ態度をはっきりとさせた訳ではありませぬ。そのような時に、我が国が貴国に兵を送ったとなれば、それこそフラクシオを挑発しかねません。逆に侵攻を促すことになりますでしょう。貴国が戦場にならぬようにとの、王のご配慮なのです」

「し、しかし、手遅れになりはすまいか」


 納得できかねると、フィリップは食い下がる。小国であるがゆえに、廷臣にまで軽くあしらわれているような気さえした。

 王はだんまりを決め込んで、腕組みをしている。とても、対等な話し合いをしようという態度ではなかった。

 しかし、この王に無礼な態度を改められよと言う勇気はなかった。王子は歯を食いしばり、唾を飲み込んだ。


「我々が派遣する小隊は、軍事行動はもちろん諜報活動に優れた者たちで組織いたします。フラクシオの動向を探るなり、ご自由にお使いください」


 しゃべるほどに、リッケンの顔色は悪くなっていった。立っているのが辛い。しかし、しっかりと背を伸ばし堂々たる態度を崩すことは無かった。


「侵攻が確実なものとなった時には、必ず友好国として共に戦うことをお約束致します」


 真摯にフィリップ王子を見つめた。


「……分かりました」


 不承不承に王子はつぶやく。

 リッケンは、アインシルトの隣に戻った。

 気遣わしげに老魔法使いが視線を送ってきたが、何事もないという顔でリッケンは姿勢を正す。


 つい数時間前、リッケンはあの黒い獣の襲撃を受けていた。

 ビオラと共にパトロール隊を視察している最中に、突然獣が頭上から飛びかかってきたのだ。ビオラは咄嗟に防御呪文を叫んだが、全く効果は無かった。魔力を失っているのだから当然だ。ひとたまりもなく彼女は倒れた。

 瞬時にリッケンは剣を抜いて獣に相対したが、素早く飛び跳ねる獣に一刀も浴びせることは出来なかった。それどころか太刀を跳ね飛ばされ、胸に傷を受けてしまったのだ。


 すぐさまパトロール隊が囲い込むと、獣は風のように跳び去っていった。

 このことは、豪剣の士として知らしめた彼の名に、大きなシミをつけることになった。しかし、それ以上に女性であるビオラに深手を負わせてしまったことが、剣士としての矜持を大きく傷をつけた。痛恨の極みだ。

 青ざめたビオラの顔を思い出し、リッケンは悔恨の念にこぶしを握った。



 一方、ミリアルドのフィリップも、テーブルの下できつく手を握りしめていた。信じていいのだろうかと。

 妹のヴァレリア王女の捜索にしても、当初は快く力を貸してくれたが、今は一方的に打ち切られている。捜索の見返りは、鉱山の発掘権利の譲渡だった。殆ど手付かずのその鉱山は全山鉄鋼石のようなもので、まさに宝の山なのだ。それを譲渡する。

 そこまでして協力を仰いだのだ。もちろん、対フラクシオの件も含んでのことではあったが。

 そして、王女が無事に保護された暁には、予てよりの約束通り黒竜王との婚礼を執り行い、両国の絆を深めるはずだったのだ。

 しかし、インフィニードを襲った未曾有の惨事と混乱の為に、王女が発見されないまま捜索は打ち切られた。

 この事は、王女の身を案じながらも致し方ないと、フィリップも納得している。だが、その後の王からの親書には驚かされた。とても承服できるものではなかった。


――――

 鉱山も王女も要らぬ。婚儀の件は、既にお断りしている。

 当方の難事が片付けば、王女は見つけ次第、貴国へお送りする。

 ごまを擦りたければ、フラクシオに嫁がせよ。

――――


 という、信じられない内容だった。

 婚約は何度も使者を遣わし協議を重ねた上に、幾重にも交わした約束だった。すでに断ったなどと言うが、そんな話は聞いていない。

 慌てて使者を送れば、インフィニードの重臣たちは婚約破棄などあり得ないと口をそろえる。王の意志と、廷臣達の考えが一致していないようだ。

 これではとても信用できない。

 派兵の件にしても、今は共に戦うなどと虫のよいことを言っているが、いざその時になれば、王の一存で一兵たりともよこさないのではないかと疑念を抱いた。


 フィリップは一文字に口を結び黒竜王を凝視する。

 このような不遜にして傲慢、不誠実な王に、妹を嫁がせてよいのだろうかと迷いが生じた。

 厳しい仮面の下には、更に恐ろしい顔が隠れているような気がする。巷には、二目と見られぬ醜い顔だという噂もある程だ。見えている口元から推測すればそれは単なる流言のようだが、容姿の美醜より王の内面の清濁の方がフィリップには大問題だった。

 妹をみすみす不幸になどしたくはない。父や兄の強い希望とはいえ、この結婚話は、むしろ破談になった方が良いように思えてきた。


「ご不満のようだな」


 王は地の底から湧いてくるような声で言った。

 ゾクリと、フィリップの背が震える。しかし、グッと腹に力を込め肝を据える。


「いえ。リッケン大将殿の仰るとおり、いたずらにフラクシオを刺激するものではないと得心とくしんいたしました。……ただ、婚儀の件につきましては、お話が二転三転いたしましたゆえ……」


 フィリップの言葉に、シュミット以下インフィニード側の重臣が青ざめる。

 婚儀の件については、先日も王の逆鱗に触れたばかりだった。この話は禁句なのだ。


 ドガン!!


 部屋中に耳をつんざくような大きな音が響き渡った。

 ビクリと、皆静まり返った。

 机の中央が盛り上がり、ヒビ割れができていた。花瓶が転がり水がポタポタと床に滴る。黒竜王が、下から机を思い切り蹴り上げたのだ。


「みな、勝手なことを言う……」


 王は腕組みををしたまま、ギリギリとフィリップをにらんでいる。

 そして、雷鳴のような怒声をあげた。


「見つけ出すと言えば、必ず見つける! 派兵すると言えば、必ず出す! 言葉通りだ、何の不足がある! 要らぬものは要らぬ! 私を餌がなければ動かない犬だとでも思っているのか! たわけが!」


 黒竜王の肩が大きく上下し、食いしばった歯の隙間からしゅうしゅうと呼気が溢れ出てくる。その憤怒の相に、ミリアルド側の三人のみならず、全員が凍りついた。

 空気が針のように肌を刺す。わずかな身動きすら許されないほどの緊張感が張り詰めていた。

 しかしフィリップの腹の中には、フツフツと怒りが沸き上がって来た。こぶしを握り締めると、グッとそれを堪えた。


「……陛下。お言葉が過ぎます。フィリップ殿下はそのようなおつもりではありませぬ」


 アインシルトが静かな声で諌める。


「では、どういうつもりか!」


 そう怒鳴る王に、フィリップは抑えきれず、ついにガンと椅子を倒して立ち上がった。

 小国といえども自分は王子だ。それに、両国は国力の差はあれど、同等の権利をもった友好国のはずなのだ。属国の如き扱いを受けるいわれはない。これ以上の侮辱に耐えるつもりは無かった。

 気がつくとフィリップは、自分でも驚くほどの大声で叫んでいた。


「王は、我が妹を犬の餌と思し召すか! なんと情けないことよ! 後悔なさいますな、ヴァレリアはただの美姫ではございませんからな。鉱山以上の国の宝の姫だ! 我々は両国の繁栄をただ願っておりましたのに!」


 思いもよらぬ大胆な言動だった。これに驚いたのは本人ばかりではなく、同席の面々も唾を飲んでいた。

 ただ、黒竜王だけは違っていた。憤怒の形相のまま、フィリップを真正面からにらみつけていた。


「はっ! 自国の利益の為ではないか。姑息にも妹を人質に差し出してな! お前が信じようが信じまいが、どうでもよい。言うべきことは全て言った! 国へ帰られよ!」

「帰りませぬ!」


 フィリップは負けじと、黒竜王をにらみ返す。膝が震えていたが、もう今さら後には引けない。自分にも意地がある。


「それ程に言われるなら、妹を探し出し返して頂きましょう。言ったからには実現させるという、王のお言葉信じますゆえ」

「……試すか。今、我が国が抱える憂いを解った上で言うか。なあ、殿下よ」

「無論……さあ、早う!」


 ドンとテーブルを殴りつけ、ぐいと半身を乗り出す。

 自分でも驚くほどの挑発的な態度だった。


「とことん、怒らせたいようだな」

「それは、あなたもでしょう」

「破談どころの騒ぎでなくなっても良いのか」


 シュミットとアインシルトが、にらみ合う二人に割って入る。

 引くに引けなくなって、決定的な一言を吐く前に止めなくてはと、必死の形相だった。


「陛下! どうか、どうかここはお納め下さい!」

「フィリップ殿下も、お気を鎮めてくだされ!」


 フィリップの従者達も、青ざめた顔で必死にとりなした。ここで、両国の仲を決裂させていいわけがない。

 騒然とする部屋の中に、またもガン! と大音量が響いた。

 黒竜王が再び机を蹴りあげたのだ。更にテーブルの中央が盛り上がり、倒れていた花瓶が転がり落ち甲高い音を立てて砕けた。

 一瞬で静まりかえり、一斉に全員の視線が集まる。


「いいだろう。ここで待っていろ。お前の妹を探しだして返してやる。その暁には即座に連れ帰ってもらおうか。そして、二度と私の前に顔をだすな!」







 フィリップ王子達ミリアルド勢が部屋を出た後も、黒竜王は座したままだった。腕を組み、口を一文字に結んでいる。憤怒の相は消えていた。しかし、緊張はやや解けはしたものの、重苦しい雰囲気はなくならなかった。


「……陛下、あちらでお休みになられては……」


 シュミットが王の体調を気遣って、遠慮がちに静かな声をかけた。

 王の顔色が悪いのは、怒りのせいだけではないと彼は思っていた。今朝、人形のように倒れ伏していた王の姿を思い起こすと、不安を感じずにはいられないのだ。

 しかし王は内大臣の言葉には答えず、丁度部屋を辞そうとしていた上級大将を呼び止めた。


「リッケン!」

「はい」

「血の匂いがする」


 そう言って突然立ち上がり、リッケンに近づいていった。

 彼が何も答えずにいると、王はその胸ぐらをぐいと掴んだ。そのまま彼を、片手で釣り上げる。自分よりも僅かに背が低いだけの男を、軽々とつま先立ちにさせてめつけていた。

 

「あの獣にやられたか。私に隠して、どうするつもりだった」

「……申し訳ございません」


 青白い顔でうつむくリッケンを、容赦なく突き飛ばした。


「すぐに治せ! でなければ殺してやる! シュミット、あの王子に別館を与えてやれ! 後は一切構うな!」


 ガンと床を鳴らして踵を返すと、王は振り向くこと無く退室した。

 シュミットは唾を飲み込んでうなずき、アインシルトは即座にリッケンを助け起こすべく駆け寄った。

 リッケンの傷は深い。獣から受けた傷は、どんな優れた魔法使いの治癒魔法も効かなかった。かろうじて出血を抑える程度で、魔法を使わない治療の場合とたいして差がなかった。

 リッケンは、痛みを懸命に堪えて老師に微笑みを見せる。


「やはり、気づかれていました」

「陛下の言うように、早う治さねばなりませんな」

「……はい」

「あれでも、あなたを心配なさっておられる」

「承知しております」


 二人は王が出て行った扉を見つめ、微かに苦笑した。

 早く治さなければ殺してやるなどと、激しくもあるが子どもじみた矛盾を言うものだと、リッケンは呆れつつも頬を緩ませた。王が真実、我が身を案じてくれていることを嬉しく思っていた。


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