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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
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14 悪趣味な男

 テオが戻ってくると、待ち構えていたようにニコが声をかけた。


「どうでした? 疑いは晴れましたか?!」


 ニコは、テオが容疑者扱いされたことに衝撃を覚え、憤っていた。彼が人殺しなどするはずもない、と。

 だいたいオーベルって誰なのか。ニコには聞き覚えの無い名前だった。あの警官たちは何を勘違いしているのだ、人を見る目がない愚かすぎると、テオの留守中ずっとベイブを相手に力説していた。


 ベイブはと言えば、テオが文句の一つも言わずに、神妙な顔で同行を了解した事が驚きだった。殺害を認めてのことではなく、事件に興味があってのことではあろうが。


「ああ、まあ取り調べって言っても形式的なものさ。それにしても、面白い体験をさせてもらったよ」


 おどけて肩をすくませる。

 ベイブの隣に腰掛けて、大きく伸びをした。


「オーベルって人が殺されたというのは、どういうことなんでしょう」

「また始まったのさ。ヤツらが動き出した」


 彼の短い返事にニコはうなずき、ドラゴンの鱗を握りしめた。

 譲り受けて以降、キーホルダーのようにしていつも腰にぶら下げているのだ。


「僕に何かできることはありますか?」

「ない。今のお前にできることは何もない」


 きっぱりと言う。こうも断言されると、ぐうの音も出ない。

 ニコは恥ずかしさに目をふせた。


「そうだな。アインシルトか、せめてクレイブにでも魔法を習ってからじゃないとな。組合代表殿はいけ好かないが、指導者としてはオレより遥かに上だ。行ってみるか?」

「テオさんが教えてくれればいいじゃないですか」

「オレは向いてないんだよ。解ってるだろう?」


 確かに、テオは教師向きではない。ニコはムウっと唸った。テオの説明はいつも大雑把というか曖昧で、良くわからないのだ。


 呪文とは、ただ唱えればいいわけではない。魔法を発動させるためのコツというものがあるのだ。呪文の言葉は覚えられても、そのコツの説明は、何度聞いてもわからない。腹にぐっと気合入れて、バッと勢いで唱えろと言われても首をかしげるほかなかろう。

 ニコの魔法は、何度も試行錯誤を重ねた、我流なのだ。

 ベイブも呆れている。


「もっと、人にわかる説明をしようって気はないの」

「ない。オレは十分伝えているんだ、それ以上を要求されても無理だ」


 またもきっぱりと言う。彼の辞書に、努力という言葉はないようだ。無駄な議論を続けることにも興味がない。だからこういう時は、さっさと話題を変えてしまう。


「それよりベイブ、ここに立ってみて」


 ニコニコと手招きしている。

 しょうがないわねと、彼女はテオのそばに立つ。


「なんなの」

「うん。また背が伸びてる。顔つきも変わってきたしね」


 そう言って、人差し指でベイブの頬をツンツンとつついた。

 彼女はもうっと唇を尖らせる。

 ニコもベイブを覗きこんだ。言われてみれば、頬がふっくらしているような気がするし、確かに背も伸びている。この前、背くらべした食器棚の引き出しの上の部分に届きそうだ。


「テオさんの観察眼は鋭いですね」


 ニコは感心したが、その鋭さをなんとか魔法の指導に活かせてもらえないものかと、ため息が出る。

 ニコの心の声など聞こえないテオは、じっとベイブを観察し続けていた。が、何故かだんだんと目が虚ろになってきた。

 ベイブは小首をかしげる。また、魂が抜けだしてしまうのだろうかと思った。

 テオはベイブの前でしゃがんで、彼女の両肩に手を置いた。その手がゆっくりと彼女の肩から指先まで撫で下ろしてゆく。


 ゾクリと震えた。

 テオに触れられて、心臓が飛び跳ね始めた。全身がむず痒くて仕方がない。とても目を合わせていられなかった。

 しかし、テオはぼんやりと彼女を見つめ続けている。そして、少し掠れた声をだした。


「痩せぎすのゴブリンが、少しふっくらして人間っぽくなってきた。卵からでてきたころは、枯れ枝みたいな手足だったけど、ほら肉付きがよくなって……」


 また腕を撫でる。

 スキンシップが過剰な気がする、でも自分が意識し過ぎなのかもしれないと、ベイブは振り払うことためらって身を固くしていた。


「そういえば……そうね」


 ドギマギしながらベイブは答えた。

 少しづつ呪いが解けてきているのは確かなようだ。前にテオの言った通りだ。嬉しさに、自然と笑みが溢れる。人間に戻れる日が待ち遠しい。だが、今胸がドキドキと高鳴っているのは、目の前のテオの態度のせいだ。

 彼はじっと見つめ続けている。どう考えても様子がおかしい。そんなに見つめられては、ますます顔が赤くなってしまうではないか。


「テ、テオ?」

「……目の輝きも増している」


 真面目くさった顔でつぶやいていた。

 ベイブのあごを摘んで持ち上げ、もう片方の手を彼女の背に回した。


「唇もふっくらして、つややかで……」


 怖いくらいにを見つめている。

 しかし、自分ではなく何か別のものを見ているようにベイブには思えた。熱っぽい目で、何かを一心に見ている。

 絶対に、ヘンだ。

 ベイブの視線は、助けを求めようとニコの姿を探していた。が、目配せする前に、頭をがっちりと大きな両手で包まれてしまった。


 ニコはいえば、パチパチと目を瞬いているだけだった。何をしてるんだろうと、抜作よろしく首をかしげての棒立ちだ。

 ベイブはもうりんごのように赤くなるばかりだった。

 ゆらりとテオの顔が近づいてくる。近づきすぎて、焦点が合わずぼやけて見えるほどに迫ってくる。そして、彼女の唇にテオが触れそうになった。

 ぐいと、ついに耐え切れなくなったベイブが、力任せに彼の顔を押しのけた。


「バカ! な、なにしてるの、よ……?」

「……はへ?」


 頬をギュウギュウと押されて、テオは間抜けな声を上げた。

 急に我に返り、パッと彼女から手を離す。ゴクリと喉がなった。


「何だったかな?」


 逃げるようにベイブが後ずさる。


「なんの、つもりよ」

「……あ、いや……キス……かな?」


 口走ってから、しまったと目を吊り上げた。

 バッと立ち上がり、部屋の奥までドスドス歩いて行くと、ニコの部屋のドアを開けてすぐまたダンと閉めた。そして台所に飛び込こんだかと思うと、即戻ってきて部屋をキョロキョロと見回し、挙動不審に歩き回る。


「い、いや、なんだ。今日は、あー、何するんだっけな?」


 しどろもどろというのは、こういうことを言うのだろう。


「テオ……さん?」


 ニコは呆気に取られている。

 開いた口が塞がらない。


「おお! そうだニコ! 買い出しに行こう! さあ行こう! 今すぐ行こう!」


 言うや否や、テオは脱兎のごとく玄関の外に飛び出した。

 真っ赤な頬を両手で包んだベイブも、二階に駆け上がっていった。







 ほんの十数メートル歩いて、いきなりテオはしゃがみ込んだ。頭を抱え込んでいる。


「どうしたんですか?」


 ニコは尋ねる。

 今、しゃがみこんだこともだが、ベイブへの振る舞いも含めての質問だった。さっきのあれは、何だったのだ? キスかなと言った、テオの声が頭の中に残っている。ドキドキと心臓が鳴り続ける。


「…………あ、頭が痛い」


 はあぁぁと、テオは思い切りため息をついた。


「頭?」

「オレは自分が悪趣味だってことは、これでもよーく自覚してんだよ。でもな、でもだ。女の趣味まで悪いとは…………あんまりだ」


 ますます、頭を抱え込む。


「は??」


 ニコは耳を疑った。もしも聞き間違いでないなら、今ものすごい告白を聞いてしまったような気がする。


「ぶはははは!」


 突然、テオの腰の辺りから笑い声がおこった。

 デュークの声だった。さも愉快げにゲラゲラと笑っている。


「さすがは悪趣味の権化! あなたの趣味嗜好は常人の理解を超えています。麗しのウンディーネは断っておきながら、よりによってゴブ……」


 テオがバシンと腰を叩くと、精霊の声は途切れた。


「え?」


 ニコは返す言葉が見つからない。


「……なあ、ニコ。さっきのは生理的欲求が暴走した、ということにしておいてくれないか」

「はい?」

「だから! ただ単にスケベ心が止まらなかっただけってことで。他に他意は全くなかったと……でないと、まともに顔も見れなくなりそうだ……」


 テオは膝をついて座り込み、両手を地面につけて、まるで誰かに土下座しているみたいだった。うなだれて、表情は全く見えない。が、首の後が心なしか赤くなっている。


 マジですか。それは、ベイブを好きだって言ってるんですか?

 ニコは、顔が火照ってくるのを感じた。心臓が口から出てきそうだ。なんて不器用な言い回し。こっちが恥ずかしくなってくる。それに、こんなにも心情を吐露する彼は見たことがない。


「がははは!」


 またも笑い声が響く。


「欲求不満のせいにするんですか! なんて姑息な! 確かにこのところご無沙汰で溜まっ……」


 テオは再びバシバシとポケットを叩く。

 デュークがいちいち、ちゃちゃを入れてくる。


「えっと、なんというか……」


 ニコは動揺していた。

 テオの精霊は、明らかに主人の恋心を指摘して嘲笑っている。自分は勘違いをしているのではない、そう確信すると、どうすればいいのかますますわからなくなって困惑するばかりだった。


「頼む、ニコ。オレは見境なく手を出すただのドスケベだから、さっきのことは意味は無い、深く考えるなって言っておいてくれよ。ついでに、近づかない方がいいぞってな」


 なんで! と心の中で叫ぶ。

 どういうごまかし方なんだか。気持ちに気づかれるよりは、ドスケベと思われる方がマシというわけか。そんな言い訳しても、もう遅いと思うのだが。


「ありえないだろ。あんなゲテモノに」


 テオは吐き捨てるように言う。

 ニコはポリポリと頭を掻いた。


「……あ、あの、今はゴブリンだけど、本当は人間だし、元に戻りつつあるんだし、ゲテモノとまで言わなくても」


 好きなのか、嫌なのか、どっちなんだ。理解に苦しむ。

 テオはやけっぱちにつぶやく。


「……違う。人間なのは分かってるが、ゴブリンのままでもいいとか、目がいっぱいあって可愛いとか思ってる自分が怖い……」


 ひーっ! とニコは両手で耳を塞いだ。聞いてはいけないことを、聞いてしまった。そして案の定、精霊が大笑いする。


「まさに変態! しかも真性!」


 ゴッ! 土下座するテオのおでこが地面に激突した。精霊の一言で、撃沈されたらしい。

 ふるふる震える手で鏡を取り出すと、入念に封印の魔法をかけた。


「で、出てくるんじゃねえ。ゲス野郎」


 地を這うような陰気な声だった。

 これで、当分デュークの姿は見れなくなることだろう。


「情けなくて、泣けてきた……」


 脱力しきったテオは、もう地面に突っ伏して立ち上がれない。

 通りすがりの子供が変なのーと指差し、母親が慌てて止め足早に去っていく。いくら人通りの少ない通りでも、さすがに注目を集めてしまっていた。


「テ、テオさん。とりあえず立って下さいよ」


 脇の下に腕を突っ込んで、無理やり体を起こさせる。

 やっとテオの顔が見えた。

 もっと苦々しい表情をしているかと思ったのに、意外にも晴れやかな顔だった。


「しょうがないな。悪趣味な変態なんだから。……でも、ベイブには言うなよ」


 最後はぎろりと凄まれて、ニコは無言でうなずいた。


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