13 取り調べ
「まあ、俺としては犯人は別にいると思っているわけだが、組合魔法使いの証言もあるし、一応お前の話も聞いておかなきゃならんわけよ」
ジノスは耳をほじりながら、面倒くさそうに言った。
つい先ほど、警官がブロンズ通りにやってきて、テオに殺人事件の重要参考人として任意同行を求めてきたのだった。オーベルが何者かに殺害されたのだという。
テオは驚きに顔をしかめた。そして小さな声で、もう謝りに行けねぇじゃねーかと、つぶやいた。殺人容疑をかけられることより、オーベルをコケにしたままだったことが、テオの胸を悪くしている。なんとも後味が悪い。
テオは素直に彼らに従い、警察署へと向かった。そして、取調室で彼を待っていたのがジノスだったのだ。
アンゲリキとの空中戦の折に、役立たず呼ばわりで飛竜から突き落とされたことを、もやもやと思い出す。まさかこんなところで、この男にまた会うとは思いもしなかった。
ジノスは地道な捜査や緻密な取り調べには向かない男だ、とテオは思う。疑わしきは叩き切る、といった無頼派だろう。何故、ここにいるのか。
そのジノスが昨夜の事件のあらましを語ると、先程の投げやりなセリフを言ったわけだった。
テオは差向いに座った彼に、うさん臭そうに言う。
「あんたは、魔法騎士団の人間だったと思うが、いつから警察の真似事をするようになったんだ?」
ジノスはふんぞり返って椅子に座り、ダルそうな態度だった。
無味乾燥な取調室の個性のない机の上に、どっこらしょと片足を乗せる。
「今日からさ。聞いているだろう? 魔法使いが無力化されてるって話は。うちの連中も殆どやられた。魔法の使えない魔法使いなんて、シャレにもならん。暇してたら、こっちにまわされた。魔法がらみの事件だからってことでな。ちなみに、俺の魔力は無傷だ」
ブチブチとやる気無さげにぼやくジノスに、同室していた警官が苛ついて口をはさんできた。
「今はオーベル殺害の件についての取り調べだ。真面目にやってくれ!」
腹の突き出た警官がドンと机を叩いた。苦々しい顔でジノスを凝視している。テオがここに来る前に、どうやら一悶着あったようだ。怒鳴りちらしたいのを必死で我慢している様子だ。
ジノスは、肩をすくめてテオに耳打ちした。
「……ヤツはここの責任者だ。俺が出張ってきたのが気に入らないんだ」
「そりゃそうだろう」
「でも、俺だって好き好んで来たわけじゃないんだぜ。命令だから仕方ないだろう。親の仇みたいに扱わなくていいと思わないか」
「んなもん、オレの知った事か」
はあ、とテオは横を向く。
なぜジノスの愚痴を聞かされなきゃならないのか。だいたい馴れ馴れしすぎる。危うく墜落死させそうになった相手が目の前にいるのに、まるっきり忘れている様子なのが更に鼻につく。
自分は一体、何の為に来たんだっけと思わず首をひねった。
「飲み屋での一件について聞きたい事がある! 何をもめていたんだ!」
警官が真っ赤な顔で怒鳴った。あっけなく我慢の緒はキレたようだ。
おお、その件だった、とテオはポンと手を打つ。
「大した事じゃないさ」
「大したもくそもあるか! その揉め事からオーベルに恨みをもって殺したんじゃないのか!」
口から唾を飛ばしてまくし立てる。明らかに、ジノスへの怒りの代替行為、八つ当たりだ。
「いや、恨むような事じゃない、というかオレの方が恨まれる立場だし」
真面目に答えるつもりだったが、すっかり面倒くさくなってしまった。テオは頬杖をついて、げんなりとペンダントをもて遊び始める。
「被害者の連れは、お前がオーベルを殺すくらい簡単だと脅していたのを聞いている! 夕べはどこにいた?」
「家で寝てたさ」
「それを証明できる者は?」
「そうだな、目が印象的な可愛い子ちゃんと一緒に寝たけど、彼女の証言じゃだめかい?」
「では、あとでその女にも聞かせてもらおう」
ジノスはへへえと笑う。
こんな尋問は時間の無駄だと思っていた。むしろテオに協力を求めた方がよほどマシだと考えている。
オーベルは獣に噛み殺されていた。
冥府の王召喚の儀式の犠牲になった者達と、同じ死に方だったのだ。魔女たちの仕業と考えるのが自然だ。警官もそうと解っていて、意地になっている。
いきなりやってきた魔法使いの武官への対抗意識と、融通の聞かない性格のせいだろう。
「まあ、それはあんた方に任せるとして……。俺が知りたいのは、アンゲリキたちが次に何を企てるのか、だ。お前の考えを聞きたい」
ジノスは警官を制して、自分の本来の目的へと話題を移した。
テオはぱっとペンダントを離し、ニヤッと笑った。その話題ならば、もう少し時間を割いてやっていいだろうと。
「魔女は力を弱めている。弟の方は、肉体を失ったままだ。復讐しようにも、分が悪い。となれば、アンゲロスはまず体を手にいれようとするだろう」
「黒竜王を狙っているらしいな」
ジノスはふむふむとうなずく。
「しかし、王宮に入り込むには、アインシルト様を倒さない限り無理だろう」
「いや、アインシルトを倒すことは考えてないだろうさ。至難の業だしな」
「それなら、どうやって王に近づく。オーベルのようなセコい魔法使いを襲ったところで、近づけはしまい」
「策があるんだろうさ」
「どんな?」
「知らねーよ」
「お前が、殺ったんだろうが!」と警官。
「…………」
「…………」
テオとジノスは、シラケた顔で彼を見上げた。
「あのさ、もう、それはいいから」
ジノスはシッシと手を振った。
すると警官の足が勝手に動き出し、回れ右をしてドアの方に向かった。
「おい! やめろ! 卑怯だぞ!」
「はいはい。何とでも」
警官は怒鳴ったが無駄だった。ジノスがパチンと指をはじくと、部屋のドアがひとりでに開き、警官は追い出されてしまった。
「後でゴキゲンとっとかないとな」
ジノスは、肩をすくめて口をへの字に歪める。そして話を続けた。
「で、俺は思うんだがな。ただ王の体を乗っ取ろうとしているだけだとしたら、あまりに回りくどい。別の目論見があるように思うんだ」
「別の目論見か」
テオは腕を組んで、天井を見上げてつぶやく。
「魔力を奪ってゆく手法も気になるな。魔法使いの力を削いで、何をしようとしているのか……」
魔力を失ってひどく落ち込み、頼りなさげな表情を浮かべていたビオラを思い出す。魔法騎士団も、大半の人間がその調子なのだろう。町の復旧はまだ途上であるのに、早くもアンゲロスが動き出したことは、非常にまずい事態であった。
また、後手に回るのかとテオは思う。
「ジノス、お前があいつらの立場なら魔力を奪った後に、どう動く?」
「敵の戦力をそいだ後、更に強大な武力でもって確実に叩き潰す。基本だろう」
ジノスの目が真剣なものに変わっている。
彼は魔女と渡り合い、冥府の王にも果敢に挑んだ。彼らの恐ろしさを充分に承知している。これから起ころうとしていることを、敏感に察知できる数少ない人間の一人だろう。
テオは、満足気に笑みを浮かべた。
「その通りだな。問題はその大きな力が何か、だ。なんだと思う」
「召喚魔法への警戒は必要だろう。冥府の王を呼び出したくらいだからな。密かに軍団を組織している、というのも頭においておくべきか? フラクシオ王国を利用するとか……」
「戦争を仕掛けてくると? ……無いとは言い切れないか」
「しかし、今のままでは漠然としすぎている。お前こそ、心当たりはないのか?」
「さあな、考えておく」
ふうと大きく息を吐き、ジノスは胸ポケットから煙草を取り出した。
一本咥えると、テオにも薦めた。
「オーベルの話に戻るがな」
ジノスはうっとりと紫煙を吐いて、話し続ける。
「王に近づくためかどうかはともかく、冥府の王に捧げた生け贄のように、ただ数を稼いで殺したのではない、そう感じるんだ」
「誰を殺すか選んでいる。そして、もっと犠牲者がでると?」
「ああ。おそらくな」
ジノスが吐き出した煙が、ゆらゆらと天井に向かって昇っていきながら消えてゆく。
それをぼんやり見つめながら、テオも咥えた煙草に火をつけた。
「アインシルトは何て言ってる?」
「とにかく王宮の守りと、お前さんを呼び寄せる。それだけさ」
「あのじじい、そればっかりだな」
スーッと大きく吸い込んだ途端、テオはゲホゲホと激しくむせた。
えづきながら、恨みがましい目つきで灰皿に煙草を押し付けた。
「こ、こんなの吸って何が楽しい?!」
「……お前なあ、吸えねーなら受け取るなよ」
「うるせー。売られたケンカは買う。差し出されたものは受け取る。そういう主義だ」
「……どんだけ、負けず嫌いなんだ」