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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
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5 テオからの手紙

「もう二週間よ! 一体テオは何してるのかしらね! お客さんも放ったらかして!」


 ベイブはイライラと、部屋の中を行ったり来たりしている。時折、ガンと足を踏み鳴らす。彼女の苛立ちは相当なものだった。


「全部、ニコにませっきりじゃない! 自分の魔法店なんだから、責任持ちなさいってのよ!」


 用があると言って出ていたっきり、テオはブロンズ通りに全く帰ってきていないのだ。

 その間、ニコが彼に代わって客の対応をしていた。町が壊されてしまったせいなのだろう、普段では考えられない程の依頼が殺到していた。


 簡単なまじないならニコとベイブでなんとかなる。だが、依頼の多くは彼らの手に余るものばかりだった。

 家族や貴重品の捜索や、失った家財の復元、真贋定かでない魔法アイテムを買い取って欲しいといったものから、呪詛に人生相談、果ては死人を生き返らせてくれ、などと無理難題を言う者もいたのだ。


 その中には、金貸しのシラーもいた。


「一体、ここの魔法使いは何をしているんだ!」


 怒鳴り散らす声に張りがない。以前よりも痩せたようだ。

 娘の所在を捜してくれとの彼の依頼を、テオはもう長いこと放ったらかしにしている。なかなか見つからないのだと苦しい言い訳を続けていたが、この大災害の後ともなると、待たされ続けている依頼人の苛立ちは激しく、ニコに喰ってかかる始末だった。


「金なら前金で払ったはずだ! 倍額じゃ、まだ足りんというわけか! ごうつく張りめ! ええ!? いくらならいい? 金で方がつくんなら、いくらでも払ってやる! それともなにか、金貸しなんぞの娘は捜す気にならんというわけか! ああそうさ、わしは町の奴らがいうように、情け知らずでガメつい金貸しだ! だがな、娘を思う気持ちは奴らと何ら変わらん! 娘のためなら、何でもするぞ!」


 両手を振り回してがなりたてているうちに、シラーはふらふらとよろめいた。

 慌ててニコが支えると、歯を剥いて振り払う。


「わ、わしがどれだけ心配しているか、あの男にはちっとも分かっちゃいなんだ。人でなしめー!」


 頭に血が上りすぎて、シラーはついにバタリと倒れた。付き添っていた使用人が急いで担ぎ上げ、そそくさと去ってゆく。

 ニコは唖然と見送った。心から気の毒に思う。彼は心底、娘を心配しているのだ。


 だから、ニコは一度は捜索を試みたことがある。これも人助けだと、妙な理由をつけるテオの替わりに、自分がやるしかないと思った。しかし、探索魔法はまだ使えない。地道に足で情報を集めたが、それだけでは彼女を見つけることは出来なかったのだ。

 心苦しい思いで、そっとドアを閉めた。


 その後も続々と訪れる客に、ニコたちは魔法使いの不在を説明し頭を下げた。中には、シラーのように怒鳴り散らして帰っていく客もいる。皆、疲れと不安から鬱憤がたまっているのだろう。

 急ピッチで復旧作業は進められてる。しかし、以前の生活に戻れるのは、まだまだ先の話なのだ。


 ニコ自身も疲れが溜まっているし、客に詫てばかりの毎日に辟易していた。だが、テオがいない以上仕方がないと諦めていた。早く帰ってきてもらいたいが、行く先も解らず連絡のしようがない。

 そんなテオに、ベイブの方が先に怒って文句をいうので、ニコは内心同意しながらもつい肩をもってしまう。


「まあまあ、手紙はくれたし、直に帰ってくるっていうんだし」

「ああ、あのムカつく手紙ね!」


 二日前、ようやくテオから連絡があったのだ。

 しかしその手紙が、ベイブのイライラにますます火をつけることになっている。

 彼女はテーブルにひょいと飛び乗ると、一枚の紙をバンバンと叩いた。


――――


親愛なるニコ、そして愛しのゴブリンへ


 オレは元気だ、何も問題はない。

 少々、家を開けたからといって心配されるようなガキでもないので、詮索は無用だ。とはいえ、一応簡単に居所を言うと、オルガという女性の家で世話になっている。

 彼女の手料理はとても美味い。

 ベイブ、君は料理をしたことがないようだから、ぜひオルガに教わるといい。そのうち紹介するよ。

 ニコ、お前のことは何も心配していない。むしろ安心して留守を任せられる。もうすぐ帰るから、それまでよろしく頼むよ。

 アソーギの復旧は進んでいる。

 ミリアルドに派遣されていた魔法使いたちも戻ってきたし、双子の天使も今は鳴りを潜めているようだ。一先ずは安心していいだろう。

 唯一、キャットのことは気がかりだ。オレも探索してみたが見つからない。もしヤツがそこに戻ってきたら、オレが帰るまで絶対に家から出すなよ。


海辺のオルガ宅にて

テオドール・シェーキーより


――――


 罪のないニコをギッとにらみつけて、ベイブはきく。


「オルガって誰?」

「さあ……」


 ニコは、恋人かなと言おうとしてやめた。

 ベイブはむっと膨れている。妬いているのがありありとわかる。思ってもいない事を言って、刺激するのはやめておこう。テオが自分の恋人を、こんな形で紹介することはないだろうし。

 それにしても、詮索無用といいながら自分からバラす時点で、何か別の意図を感じる。


 そう、ベイブをからかっているのだ。

 恐らく彼女の自分への気持ちに勘づいているのだ。あえて知人・友人と言わずに名前と性別と明記したに違いない。しかも、料理ができないことをネタにコケにして、その後ニコを持ち上げる。

 なんて意地が悪いんだ。ベイブが不機嫌になるのも仕方がない。


「料理上手な美人の家に二週間も転がり込んで、いいご身分よね!」


 まだ、ニコをにらんでいる。


「ぼ、僕じゃないだろ? そんな怖い顔しないでくれる? ……美人だなんて書いてあったっけ」

「美人に決まってるわ。でなきゃ、こんなに長いこと居着くはずないじゃない。ドスケベなんだから」


 ベイブはぷいっと横を向いた。

 食器棚のガラス戸に映る自分が目に入る。バンダナをした小さなゴブリンがそこにいる。もう一対の目を隠さなくても、充分気味が悪いと自分でも思った。

 ブルブルと頭を振った。そして二階へと駆け上がってゆく。

 その様子を見送ったニコは、溜息をついた。


「早く、人間に戻りたいんだろうな……」


 なんだが切ないような気持ちになってくる。

 テオは、本気で彼女の呪いを解く気があるんだろうか。シラーの娘同様に、放ったらかしにしているような気がする。だとしたら、ベイブはずっとゴブリンのままだ。それでは、あんまりにも可愛そうだと思う。


 人間に戻ることができたら、彼女はきっとここを出て行くだろう。ずっと彼女を待っている家族がいるはずなのだから。さみしくも思うが、これは喜ばしいことではないか。


 もしかしてテオも、彼女に去って欲しくないと思っているのかと、ニコは考える。それで、呪いを解く努力をやめてしまったのだとしたら……、それは思いやりに欠けるし考えが浅はかすぎるだろう。

 彼女に居て欲しいなら、人間に戻した後で、一言これからも店を手伝って欲しいと言えばいいのだ。もっとも、彼女がどう返事をするかまでは解らないが。


「子供っぽいとこあるからなあ……」


 困ったなあと、ふっと笑みを浮かべた。



******



 真っ暗な部屋の中に、小さなロウソクの火が灯った。一つ、二つ、三つ。燭台に挿された三本のロウソクが、朱色に輝いた。ぼんやりとあたりが照らされ、灯りが移動してきた。

 窓がひとつもない部屋だった。その中央におかれた寝台に、少女が横たわっていた。


 瞳を閉じた真っ白な顔はアンティークドールのようで、生気がなかった。一糸まとわぬその体には、無残な傷がパックリと口を開けている。首から肩そして胸にかけて、大きく切り裂かれていた。傷口は、ざくろの実のように肉がはじけ、ジクジクと血が滲んでいる。全身に無数の爪あともあった。


 瀕死の魔女、アンゲリキだった。

 燭台が、コトリとサイドテーブルに置かれた。ベッドに人影が映る。

 アンゲリキの顔の半分が影になる。影の主は、彼女を見下ろしていた。


「姉上……、まだ死ぬには早過ぎる。目を覚ませ。そして我を見よ」


 男の声が語りかける。


「いい器を手に入れた」


 ピクリともしなかった、アンゲリキのまつげがふるふると震え始めた。

 男は膝をベッドにかけ、彼女を覗き込む。

 魔女の目が微かに開いた。


「姉上」


 アンゲリキは、目の前の男をぼんやりと見つめた。

 フードを被った真っ黒なローブ姿の男がいる。真上から自分を見下ろしている。

 自分が気を失っている間に、アンゲロスはようやく体を得る事ができたのだと、魔女は安堵した。


 薄暗い部屋の中では、その顔はよく見えなかった。狙っていた獲物の顔のようにも見えるし、違うようにも見える。目を凝らそうとすると、いよいよ影が濃くなり判別が難しくなった。

 まあ、いい。彼が、体を持たぬ不安定さから免れることが出来たのは、上々だ。


「アンゲロス……」


 少女は天使の微笑を浮かべた。

 アンゲロスは、不意に覆い被さるように彼女にのしかかっていった。

 小さな体を両手で抱え込み、唇を強く吸った。


「……おまえの獣を借りるぞ」


 少女の首の裂けた肉にも、舌を這わせた。

 チロリチロリと丹念に舐めあげ、ささやき続ける。


「この償いは必ずさせてやる。楽しみにまっていろ」


 アンゲリキはもう一度微笑み、目を閉じた。

 新しい体を得た炎の魔物は、ローブを翻すと足早に部屋を出て行った。


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