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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第二部 謀略の獣 真実の名前
52/148

1 夢と現の狭間1

 ああぁ、暑い。

 暑い、暑い、暑い、息が苦しい。

 夏だから暑いのは当たり前? でも暑すぎる。

 ここは南国? 灼熱地獄?


 ベイブは、ブハーっと大きく息を吐いて勢い良く起き上がった。

 暑さに苛立って、毛布をばさりと蹴りあげた。体がじっとりと汗ばんでいたが、すうっと心地良い空気に触れると、ホッと息をついた。


 と、倒れた家具や、散らばった食器類が目に入った。


 ああ、と思い出す。地震でめちゃめちゃになったのだった。

 昨日は散々な一日だったのだ。魔女渾身の魔法が発動したのだ。

 大地は揺れ、地の底から冥府の王という魔神が顔を覗かせた。炎の魔物とも遭遇してしまった。王宮では黒竜王とも対面したし、テオと二度と会えなくなるのではと心配もした。

 もう一度大きく息を吐き出す。恐ろしかった。でも、今はもう違う。また頑張れる、そう思った。


 ふと視線と落とすと、思いもよらず間近にテオの寝顔があった。

 ドクンと一つ、心臓が大きく鳴った。

 ベイブ側の右脇を大きく開き、彼女を包み込むように手が回されていた。指先が足に軽く触れていた。ずっと腕枕をしていたようだ。


 途端にベイブの頬が赤く染まる。

 彼と寄り添って寝ていたなんて。昨夜はテオに癒しの光を与え、彼が眠ってしまった後は毛布から逃げ出したはずだったのに。

 ベイブは恥ずかしさになおも真っ赤になってゆく。


「あ、赤ん坊じゃ、ないんだからね」


 ぷいとそっぽを向いて、少し口を尖らせた。

 それにしても、さっきは暑かった。二人分の体温にしても暑すぎるような気がした。ふと、自分の足に当たっている彼の手の熱さに気づき、その顔を振り返った。


 赤くなっている。息も荒い。

 彼の額にそっと手をあてると、ドキリとするほど熱かった。テオは発熱していた。しかも高熱だ。


「やだ……どうしたのよ、テオ」


 彼は答えなかった。

 小さくうなるような声をあげて、身をよじっただけだった。

 オドオドと何度も小さく呼びかけるが、彼の目は開かなかった。


「……ベイブ? どうしたの」


 ニコが声をかけてきた。

 今起きたばかりのようだ。眠そうに目をこすっている。


「テオが……ひどい熱なの」

「本当だ……」


 ニコはすぐに側によってくると、同じように額に触れ、驚いて手を引っ込めた。尋常な熱さではなかった。


 こんなになるまで疲れていたのなら、ちゃんとベッドを用意してあげればよかったとニコは後悔した。

 そして、どうしたものかと考えた。薬はどこにあるだろう。ベイブに治せるだろうか。水は使えるだろうか。ただの風邪だろうか。それとも、悪い病気なのだろうか。魔力を使い果たしたことと、関係があるのだろうか。

 いろんなことが、頭の中に駆けめぐった。

 意識の確認をするために、ニコはテオの肩をトントンと軽く叩いた。


「テオさん……。テオさん、大丈夫ですか?」


 何度目かのニコの呼びかけに、少ししてテオがうっすらと眼を開けた。

 充血した眼がうるんでいる。


「……ああ」


 弱々しく、口を開いた。

 首を起こしかけたが、ベイブがそっと押しとどめるとすぐに力が抜けてしまった。起き上がることもできないようだ。


「寝てていいのよ、テオ」


 その声が聞こえているのかいないのか、彼はぼんやりと天井を見つめていた。

 ニコが目配せすると、ベイブはうなずいた。その手のひらから温かな光が発せられ、テオに注がれてゆく。


「ベッドを整えてきます。僕が運びますから、無理せずに横になってて下さいね」


 そう言って立ち上がろうとするニコの腕をテオが掴んだ。

 それは怖くなるほど、か弱い力だった。爪の先まで熱い。ニコはぞっとして動けなくなった。思った以上に彼の状態は悪い。

 テオが掠れた声を発した。


「良かった……。生きてたんだな、ニキータ」


 ニコを見つめている。しかし、熱で朦朧としているためか、視線が合わない。


「え?」

「もう、会えないと思ってた……」


 ニコとベイブは目を見合わせた。

 テオは、ニコを誰かと間違えているようだ。再び目をつむった彼は、力なく腕を離した。ずるずると落ちていく手が、ニコの手の甲に重なる。


「元気でいたか……?」


 ニコの鼓動が早くなる。

 熱に浮かされテオは混乱している。

 内心の動揺を隠しながら、ニコは話を合わせた。


「ええ、元気です。あなたのおかげです」

「……オレを許してくれるのか?」


 つらそうに眉を寄せる彼に、ニコは一層優しく答える。


「最初から怒ってなんていませんから」


 テオは微かに微笑んだ。

 そして、また寝息を立て始めた。



 ニコは自分のベッドにテオを横たえ、毛布をかけた。

 ベイブは冷たいお絞りを額と両脇にはさみ、少しでも熱を下げようとしていた。

 彼女の手のひらからは、桜色の光がテオに降り注いでいる。


「疲れていたのね。……昨日、あんなに癒やしの光をあげたのに、こんなになるなんて」

「うん……。なんで気づかなかったんだろう。早く、元気になってくれるといいんだけど」


 二人はベッド脇に座り、深い溜息をついた。

 ニコは、先ほどテオに掴まれた腕をさすった。

 あれは何だったのだろう。痛々しくて見ていられなかった。


「ニキータって誰だろうね。僕と間違えたみたいだけど」

「その人のこと、とても心配していたみたいだった……。きっと、テオの大切な人なのよ」


 ベイブの声が切なげだった。

 ニコは王宮で彼女を思い出す。テオを返してと叫んでいた。彼女はテオの事が好きなのだと、恋愛事に疎い自分でも解った。テオは気づいているのだろうか。

 彼の心の内は、ニコにはまるで見えなかった。熱に浮かされて口走る名も、初めて聞いたものだ。自分は彼の事を何も知らないのだと、改めて思い知らされた。



***



 起きなければ、そう思うのに体が言うことをきかない。

 力が入らない。そもそも、体はどこにある?

 ふわふわとして頼りない。泥の中に沈み込んでいくようだ。いや、空に浮かんでいるのだ。


 ここはどこだったか、自分は何をしようとしていたのか、考えようとする端から、別のイメージが次々に湧いてくる。そして交じり合い、千々に乱れ、消えていった。

 さっき、誰かと話したような気がする。あれは誰だったか。

 なんとか考えようとするが、すぐに何を考えたかったのかさえ解らなくなる。思考は細切れになり、混沌の中に撒き散らされていった。


 チカチカと光が明滅する。渦巻く。揺れる。闇が迫る。沈み込んでゆく。

 ゆっくりと、深く深く沈んでゆく――――。



『ねえーママー、どうしたの? 起きてよお。ママ、あそぼうよー。ねえパパ、ママ起きないよ?』


 ああ、そうだった。

 オレは母が死んだことが、全く理解できなかったんだ。

 何度も呼びかけて、母を起こそうとしていたっけ。


 皆が母の周りに花をいっぱいに敷き詰めてた。

 誰かが、オレにも花を持たせて同じようにするように言った。

 真っ白な服を着て、花に埋もれて横たわる母は、とても美しかった。


『ママ、キレイだね。花嫁さんみたいだよ。パパ、僕大人になったらママと結婚してもいい?』


 無邪気に笑うオレの頭を、父は無言でくしゃくしゃとなで回した。

 周りからすすり泣く声が聞こえてきて、オレは急に怖くなったっけ……。


 それから、あれはいくつの時だろう。

 父に手を引かれて、森の中の見知らぬ家に連れて行かれた。


『パパ、ここどこ?』


 父は答えなかった。

 オレは不安でたまらなかった。


『ねえ、早く帰ろうよぉ。僕お腹すいたよぉ』


 白ひげの老人がにっこりと笑っていた。


『テオドールや。美味しいクッキーを用意しておいたぞ。一緒に食べるかの?』

『うん!』


 気が付くと父の姿は無かった。

 これがアインシルトとの出会いだったな。


『パパ~! パパ~! 僕帰る。お家に帰る!』

『心配せんでもいい。必ず迎えに来てくださるからの。お前がここでしっかり勉強して、立派な魔法使いなるまでの辛抱じゃ。お前なら国一番の魔法使いにだってなれるぞ』


 父に会いたいという一念だった。アイツの言葉を真に受け、必死に魔法の習得に励んだんだ。本気で国一番を目指したんだ。

 魔法の勉強も嫌いじゃ無かった。褒められれば嬉しかったし、上達も早かった。何より父の喜ぶ顔が見たかった。自分の頑張りを見て、認めて貰いたかった。

 ずっと、父の迎えを今か今かと待ちわびていたんだ。


 しかし、それきり父は一度もオレの前に現れることは無かった。

 彼が迎えにくることも、会いにくることも決して無いということに、気づいたのは九つの時だった。

 自分は捨てられたのだと、この時ようやく悟った。

 そのころにはもう、彼の顔はほとんど忘れていた。


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