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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
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終章

 木々は倒れ、家は傾き崩れ、通りは瓦礫であふれている。

 警察、消防、軍と、様々な制服をきた男たちが、怪我人を運び出し瓦礫を撤去し避難誘導をしている。


 住民達も力を合わせ、隣人を救出し食物を分けあい、無事を喜びあっていた。

 テオはうつ向いて、足を引きずるようにその横を通りすぎていった。彼らに目を向ける余裕はないようだ。


 体の傷は幾分癒やされたが、蓄積した疲労は消えてはいない。尋常でないだるさと体の重さを感じながら、のろのろとブロンズ通りに向かって歩いていく。

 すると、足元ばかり見て歩いていたテオの前に、黒いローブが揺れた。


「手伝っていかないのか?」


 クレイブだった。手伝うとは、もちろん救助救護活動のことだろう。

 げえっとテオの顔が嫌悪にゆがむ。不快な声を聞いていしまった。ため息をついて、じろりと睨みつけた。

 クレイブも睨み返す。


「お前のところの小僧っ子が、私に説教しおった。魔法使いならその力を人の為に使えとな。……参ったものだ」

「……へ?」


 非常事態に何もせずにいるとは非常識だとか、困っている住人を無視してゆくとは外道の所業だとか、誹謗中傷を吐かれると身構えていたテオは、拍子抜けしてポリポリと頭を掻いた。


「へえ、あんたに向かってよく言えたもんだな。まあ、オレと違ってあいつは真っ当な人間だからな。……今は魔法を使えるような状態にないんでね、非人情なオレとしてはこのまま行かせてもらおうか。代わりにオレの分も働いといてくれよ」


 クレイブのローブは、ドロで汚れ裾は破れていた。その顔も、汗と埃で汚れている。被災者の救出に力を貸していたのはすぐに見て取れた。

 彼はそれを意に介している様子は無く、話題を変えた。


「王宮で何をしていた? 結界にお前を使うという話を聞いたが」

「ああ、アインシルトにこき使われてたんだよ」


 片眉を釣り上げてテオは笑ってみせる。存外、話しやすい相手かもしれないと思ったが、全てを説明してやる義理はない。

 クレイブもさして望んでいるわけでは無いようだ。そんなことよりも、王宮という言葉から沸き起こった感慨にふけりながら、つぶやくように言った。


「……ドラゴンを見たか。凄まじい光景だった。結界に包まれた王宮を、あんな空高く持ち上げるとは」

「そりゃあ、壮観だったろうなあ」

「王がドラゴンを操っておられたのだろう? 誠に素晴らしいお方だ」

「……おかげでオレは力を使い果たしちまったよ。ああ、精も根も尽き果てた」


 わざとらしく、首をポキポキ鳴らす。


「お前の魔力も提供していたと?」

「まあな、いろいろとな」


 テオは横をすり抜けてい行く。

 見送るクレイブに、背をむけたままで手を振った。





 ニコとベイブはブロンズ通りに戻ってきた。

 もう日は半分地に隠れている。

 町は薄暗かったが、救助隊の活動はまだ続いていたし、家を失った人たちの為の炊き出しも始まっていた。

 彼らは決して暗く沈み込んではいなかった。下町人情が発揮されているのか、一致団結して苦境を乗り越えようとする気概が人々の顔に現れていた。


 二人は王宮内を、テオを探して歩きまわったが、見つけることは出来なかった。勝手に色々と探りまわるものだから、ついにアインシルトに見咎められて、このブロンズ通りに戻されしまったのだ。

 テオなら、もうブロンズ通りに帰っているはずだと彼は言った。


「テオドールをよろしくの。あやつは、不用意で自信過剰で融通がきかんからのお。誰かが側にいてやらんと、どうにもなんらんのじゃ。頼んだぞ」


 テオの事が心配でならない、そんな顔だった。

 ニコはもちろんですと頷いて、彼と別れた。


「本当にテオは帰ってきているかしら……」


 ポソリとベイブがつぶやいた。

 見慣れたはずの通りが、無残な姿に変わっていた。それを切なく思いながら、二人は住み慣れた家へとゆっくりと歩いてゆく。

 崩れた民家の周りに、近隣の住民が集まっていた。

 ベイブとニコは顔を見合わせ、さっと駆け寄っていく。


「おい! 誰か毛布もってこい!」


 男が叫んだ。誰か、家の下敷きになっているようだ。

 青年が、年かさの女を梁の下から引っ張り出し、腕に抱えたところだった。わっと歓声が起きる。

 青年が汚れた顔をあげた。


 テオだ。

 住人たちが取り囲む。彼女に毛布をかけ、あっという間に運んでいってしまった。住人の一団が去ってゆくと、彼は満足気に微笑んだ。

 そして、ふと前方の人影に気づき目を瞬いた。不思議そうにニコ達を見つめる。


――ニコの隣に立っている女性は誰だったか。長くつややかな黒い髪、グレーの瞳、生意気そうにツンと尖った唇は桜色で……。


 目をこすると幻は消え、小さなゴブリンの少女がそこにいた。


「テオ!」


 駆け寄ってくる。眩しいほどの笑顔で駆け寄ってくる。

 テオは白い歯をこぼし、膝をついて彼女を迎えた。泥だらけになった腕の中に、彼女は構わず飛び込んでくる。


「良かった……。もしあなたが戻ってこなかったら、もう一度王宮に行って黒竜王を締め上げてやるつもりだったわ。テオの自由を奪わないでって」


 強気の言葉とは裏腹に、彼女の体は震えていた。


「勇ましいね。鼻っ柱が強くて、すごくイイ」


 よしよしとベイブの頭を撫でた。

 彼女はいつもいい匂いがする。テオは心地よさげに、その香りを楽しんだ。そして、ニコを見上げた。


「さっきクレイブに言われた。魔法使いなら人助けに力を使えってな。もとはお前が言った言葉なんだって?」


 ニコは照れ笑いを浮かべる。

 テオを見送ったのは今朝のことだというのに、何年も会えずやっと再会出来たような錯覚を覚えた。色々な事が起こり過ぎたせいだろう。無性に懐かしいという思いが湧いてきた。

 泥だらけになった彼の顔を見ていると、ニコの目がじんわりと熱くなってきた。


「家に戻るか。ま、足の踏み場も無いだろうけど、屋根があるだけマシだろう」


 テオはベイブを肩に担ぎあげて、ニコの頭をくしゃくしゃとなでた。

 ニコは目をこすりながら、悔しげに笑った。


「……子供じゃないです」

「あたしだって、自分で歩けるわよ」

「いいんだ。オレがこうしたいんだから」


 ニコの肩に腕をまわして、テオは歩き出した。

 ベイブはテオの首に抱きついて、髪に顔を埋めた。


「ニコ、約束通りだな」


 たった一言。

 ニコにはそれで充分だった。テオはちゃんと知っているのだ。自分がベイブを守り切ったことを。

 認めてくれた。そう思うニコの胸が、熱いものでいっぱいになる。聞きたいこと、話したいこともたくさんあるのに何も喋れない。何一つ、言葉がでなかった。

 無言のまま歩いてゆく。こんな時は何も喋らない方が、思いが多く伝わる気がした。





 我が家へと戻ってきた。

 三人が家の中に入ると、哀れなほど身を小さく丸めたキャットが、サッと顔を上げた。いつの間にか家に戻っていたようだ。

 ニャ! と、喜び勇んでかけてくると、テオに飛びつきそのままよじ登ってくる。


「痛て! 爪をかけるな!」


 テオのことなどお構いなしで、キャットはベイブの匂いを犬のようにクンクン嗅いだ。にゃ~うにゃ~うと鳴きたて、嬉しくてたまらないといった様子だ。


「みんな無事で良かったな」


 テオは、ベイブとキャットを床に下ろした。

 軽く指をパチンと弾く。が、何も起こらない。


「ふん、やっぱりダメか。魔力が残ってない。回復するまで時間がかかりそうだ。人力で片付けるしかないな」

「ぼくがやります! テオさん、休んでて下さい。疲れてるんでしょう?」


 ニコは張り切って言った。

 元気そうに振る舞ってはいるが、テオの顔色はすぐれないし頬も少しこけていた。


「いいのか? そんなこと言ったら、オレは本当に何にもしないぞ」

「いいわよ。あたしとニコで片付けるわ。掃除が得意なのは知ってるでしょう?」

「まったくだ」


 床にそのまま、どかりと座った。


「掃除の名人が二人もいてくれて、涙がでるほど嬉しいよ。でも、その前にニコに頼みたいことがあるんだ」

「なんですか?」

「ほら、見えるか? キャットの肩口に糸みたいのがゆらゆらしている。アンゲリキの魔力が弱まっているんだ。呪いが解けかかっている」

「え!? キャットにも呪いがかかってたんですか?」


 目を凝らすと確かに半透明な毛糸のようなものが、何本かフワフワと揺れている。


「ニコ、その糸を全部ほどいちまえ」

「ど、どうやって?」

「キャットの毛皮を全部引っぺがせばいいんだよ。セーターを脱がしてやるみたいなもんだ」


 解るような解らないような説明に眉をしかめながら、ニコは恐る恐るキャット毛皮を掴んだ。

 キャットは大人しく、ニコを見つめる。

 深呼吸を一つして、ニコは目をつぶると一気に毛皮を引っ張った。


 大して力を込めたわけでもないのに、いとも簡単に毛皮はズルリと剥けた。しかし、体から皮が引き剥がされるイヤな感触に、ニコの顔はひきつった。

 目を開けると、そこに四つん這いになった裸の少年がいた。

 驚いたように、目をぱちくりとさせている。金髪の巻き毛で、一見少女のようにも見える可愛らしい少年だった。ニコよりも少し年下のようだ。


「キャットも人間だったんだ! 猫に変えられていたんですね!」

「キャット! あああ! キャットが……!」


 ベイブは、口に手を当てて驚嘆の声を上げる。

 ニコはまじまじと、少年を見つめた。

 テオも身を乗り出して、じっと少年の顔を見つめている。


「これは……」


 自分で呪いを解けと言っておいて、この展開に驚いているようだった。

 キャットが少年になるとは思っていなかったのだろうか。何か言いたげに口を開いたが、結局無言でTシャツを脱ぐと少年に放ってやった。

 ベイブはあわあわと、意味のない声をあげて、少年を凝視している。


「ベイブ、この子は知り合い?」


 テオの問に答えようとするも、声も出せず身振りもできない。

 その様子を見て、テオは肯いた。


「知り合いだな。答えられないとこをみると。……君の呪いはまだ解けそうにないようだ」


 少年はぼうっと夢でもみているように、テオとニコ、そしてベイブを眺めた。

 ニコは少年にテオのTシャツを着せてやった。ブカブカでまるでワンピースのようだ。


 それにしても、この少年どこかで見たことがあるような、とニコは思った。ベイブの知り合いのようだが、自分には金髪の知人なんてビオラしかいないし、どこで見たのか全く思い出せない。それよりも、ベイブとキャットの関係の方が気になった。

 テオがキャットに問いかけた。


「名前は?」

「……………………」


 キャットはぼんやりとテオの顔を見つめるだけだった。


「長いこと猫をやってたから、まだ人間の思考に戻れないか。まあ直に戻るさ」


 テオはポンと膝を叩いて立ち上がった。

 この件は、これで終了ということのようだ。


「さあ、散らかった家具を隅によせて、今日はここでみんなで寝よう。面倒なことは全部、明日からだ。オレはこれ以上何もやらないし、何も考えないぞ。全ては明日になってからだ」


 そう言って、テーブルを隅に押してゆく。

 ニコもすぐに手伝った。


「ここで雑魚寝?」


 ベイブが、不満気に言う。


「床が嫌なら、オレをベッドにしてもいいけど?」

「イヤよ! できるわけ無いじゃない。あんた裸なのよ。お忘れのようだけど、あたしは女の子なんだから!」

「…………あのなあ。ビオラみたいなグラマラス美女ならともかく、ゴブリンなんかに誰が手ぇだすもんか」


 割れた食器などを雑に払いよけ、壁に持たれて床に座った。

 ベイブのつま先から、頭の先までジロジロめまして、ニタニタと笑う。


「ドスケベ!」

「何もしないって言ってんのに、なんでドスケベなんだよ!」

「あーもう、くだらない喧嘩はやめてください。キャットが驚いてますよ」


 二人に注意するニコは嬉しそうだった。そして、自分の部屋から持ってきた毛布をテオに差し出した。


「使えそうなの二枚しかないから、仲良く使って下さいよ」

「お前は?」

「僕はいいです。寒くなったら上着重ねますから」


 もう一枚をキャットの肩にかけてやり、ニコも腰を下ろした。

 キャットはさっと毛布をかぶって、猫のように丸まった。

 ベイブはその毛布の中にそっと潜り込もうとしたが、テオに足を掴まれてしまった。

 ニコは、ふふっと笑った。


「ひどい一日でしたね。夜明けの地震から始まって、魔女の大蛇に炎の魔物、ドラゴンだの冥府の王だの化け物三昧なんだから。町中、無茶苦茶になっちゃって……。でも不思議だな、なんでか絶望的な気分にはならないんだ。ヘンな言い方だけど、明日からがんばろうって希望が持てるんだ……。本当に不思議だ」

「そうだな。全部、明日からまた始めればいいさ」


 テオはベイブをキャットの毛布から引きずり出して、自分の膝の上にストンと乗せた。


「今日で全てが終わるかもしれなかった。明日が来るんだから、それでいい。充分だ」


 背を丸めて毛布をかぶった。

 ニコは微笑んで頷いた。

 すっかり日が沈み、明かりのない部屋の中では、お互いの顔がぼんやりとしか見えなくなった。

 テオは紫水晶のイヤリングを外すと、ベイブの耳に付けてやった。


「このイヤリング、返すよ。君のだ」

「……ありがとう。じゃ、これも」


 ベイブはポケットからテオのペンダントを取り出し、その首にかけた。

 ニッコリと微笑み合う。


「僕も返さなきゃ」


 ニコが言うと、テオは軽く首を横にふった。


「それはお前にやるよ」

「でも、これ大切なものなんでしょう?」

「お前なら構わない。やるよ」


 驚き、照れるニコに白い歯を見せる。

 そしてベイブを胸に引き寄せると、頭から毛布をかぶりピタリと閉じて二人の姿を隠した。


「ねえ、ベイブ」


 甘ったるい声で囁く。


「あの気持ちいい光を分けてくれよ。疲れてるんだ……」

「……仕方ないわね。そのかわり、ちゃんと話してよ。何があったのか」

「明日な」

「うん、明日」


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