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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
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43 賭け

 アインシルトは冥府の王を凝視していた。いや、そのつもりは無く、目を逸らす事が出来ずにいるのだ。

 彼の視線の先では、散り散りに飛び去る飛竜たちを蠢く魔神の五指が追っている。そして、肘までだった腕がさらに伸び上がり、二の腕までが視認出来るようになっていたのだ。冥府の王がその体を全て地上に表してしまったら、一体どうなってしまうのか。


 アインシルトはぐっと顎を引き、両手で印を結んだ。

 意を決した。持てる力の限り、冥府の王を攻撃するのだ。

 しかし、ここから届くだろうか。王宮を守る結界から出ることは出来ない。出れば結界を解くことになってしまう。テオが書き換えた守護魔法のせいで、アインシルトはここを動けない。


 それに、結界の障壁を突き破るような魔法は使うわけにもいかいない。結界の壁を壊すこと無くそれを越えて、目指すポイントにのみ効力を発生させる。

 老魔法使いの喉がゴクリと鳴る。出来るのか……。かつて無い技量が要求される。一か八かの賭けでもあった。


 アインシルトは目を閉じて、静かにゆっくりと息を吐いた。

 ズズン……ズズン……と地響きが聞こえてくる。そしてドラゴンの雄叫び。

 アインシルトは印を結び直し、カッと目を開いた。


「重力崩壊……」


 ズガガガガ! ゴゴゴゥゥ!


 凄まじい突風が起こった。砂煙が地面にあいた大穴にむけて、ビュウビュウ勢い良く吸い込まれてゆく。


 巨大な腕が、ドガガンッと大きな音をたてて、地面に押し付けられた。とてつもない重力が、冥府の王を押しつぶそうとしているのだ。

 巨大な腕が締め上げられてゆく。周囲の地面が砕かれ、次々に腕にぶつかり張り付く。


 アインシルトの額に、ぶつぶつと汗がにじんでいた。自身の魔力の全てを注ぎ込んでいるのだ。

 そして冥府の王は、その体積を減じてきた。強大な重力に、巨大な体躯が押しつぶされようとしている。

 アインシルトの目が釣り上がる。


「ノヴァ!」


 白い爆発が起こった。

 その爆発は外へは向かわず、内へ内へと圧力高めてゆく。分子が破壊されるエネルギーは、更に内部へ引き込まれてゆき、圧縮される膨大な熱量が冥府の王に襲いかかっていた。



 巨大な重力に引き込まれぬように、高く舞い上がっていたドラゴンは驚嘆した。


〈なんとも凄まじい……。このような魔法、初めて見た〉


 ドラゴンは追撃を加えた。炎を吐き雷撃を突き刺す。

 閃光が全ての目撃者の瞳を射た。


  ううううおおおおおおおおおお!


 不気味な声が地響きを上げた。

 しかし、それは断末魔の叫びではなかった。なんと、ドラゴンの眼前をかすめて、火焔を引き裂き強大な死人の腕が伸び上がってきたのだ。


 冥府の王は、アインシルト渾身の魔法を破いてしまった。

 老魔法使いの喉が唸る。

 ゾクリと背筋を冷たいものが這い上がったが、震えを押し殺して邪神を睨みつけた。


 この様子を、ニコは息をするのも忘れて見ていた。

 そして、腰が砕けそうになるのを感じた。ヨロヨロと広間に後退り、体を震わせた。

 絶対に倒せるものではない。この邪神を鎮めることは誰にもできないのか。このまま、みんな地獄に連れ去れられしまうのか。先ほど、アンゲリキを連れ去ったあの炎の魔物を倒せば、邪神は地の底の国へと帰るのだろうか。

 ニコは歯を食いしばり、邪神の腕を見つめ続けた。



***



〈ドラゴンの王よ! あなたなら知っているのではないのか?〉


 ディオニスは心の中に呼びかけた。


〈冥府の王を倒す方法を!〉


 紫の霧が立ち込める空間に、実体のないディオニスがふわりと浮かんでいた。彼は自分の意識を保ったまま、ドラゴンの精神の中にいた。


 今ディオニスはドラゴンの体、能力を自由に使うことができる。しかしそれだけでは足りない。このままでは、冥府の王を倒すことは出来ない。アインシルトでさえ通用しなかったのだ。

 ドラゴンはあざ笑った。ディオニスにしか聞こえない内なる声だ。


〈低レベルな人間ごときに、何故、我ら高次元の霊的存在が倒されねばならない? 冥府の王は、我らの中でも最高レベルの中に含まれるのだぞ。このわしには及ばぬがな〉


 人智を超えた、圧倒的な力に押しつぶされそうになる。

 ディオニスの姿が、グラリと揺れる。重たい空気にくるまれているようだ。あっという間に飲み込まれ、自分の存在が消えてしまうのではないかと思った。意識を保っていられるのが不思議な程だった。

 しかし、負けるわけにはいかない。懸命に声を振り絞だす。


〈力を貸すといったのではないのか?〉

〈言った。六年前、契約を交わしたからな。だから、今回も一時的にお前に支配させ、自由に使わてやっているではないか。しかし戦い方まで指南するつもりはない。〉


 ギリリとディオニスは歯噛みする。


〈……では、もう一度契約を交わせば、教えてくれるのか?〉

〈はっはっは! 愚かな! お前との取引なぞ、わしには何のメリットにもならんことを忘れたのか? 永遠に近い命を持つわしにとって、高々数十年の寿命をもらった所で大した意味もない。それに一度、取引をしたお前に後どれだけの余命があるか、解って言っているのか? 下らん〉

〈あなたには下らないことでも、オレは諦めるわけにはいかない! どうすればいい!? 頼む、冥府の王を退ける方法を教えてくれ!〉


 ディオニスは必死の思いで叫んだ。

 臣下たちの前では決して見せることのない、心からの嘆願だった。


〈わしが、人間と契約をするのは何故だか解るか?〉

〈あなたにとっては、遊びのようなものだろう〉


 声に焦りがにじむ。

 しかし、ドラゴンは鷹揚だった。


〈その通りだ。簡単に死なないというのも退屈なものなのだ。この退屈は苦痛だ。死にたくなるほどにな。この世界に降りれば少しは退屈しのぎになる。だから、お前と契約してやった。わしを楽しませろ。もう一度契約を交わしたいのならば、あの時父親の血を流し多くの命を奪ったように、再びお前の大切な人間たちの血を浴びてわしに願ってみろ〉


 ディオニスは驚愕に息が止まる思いがした。

 幾人かの顔が、彼の脳裏をかすめる。その中には白い髭の老人も含まれていた。それを殺せと言うのか。


 このドラゴンは血を好む。人間に恐怖を与えることに、歓びを感じる。だからこそ、あの夜多くの血を流したディオニスとの契約に応じたのだ。

 しかし差し出したものは自分の寿命だった。生け贄ではない。驚きの後に、怒りと口惜しさがこみ上げてきた。


〈……ドラゴンの王よ。それが条件なのか?〉

〈わしが楽しめれば良いのだ。できるだろう? 一度やったことだ〉


 侮蔑を込めて、黒竜は笑う。

 ディオニスの拳が震えた。


〈お前は人間にしては中々面白い。わしの期待を裏切るな〉

〈……できない〉

〈ほお〉

〈いや、しない! 己の命以外のものを取引には使えない!〉

〈よいのか、そのようなことを言って〉


 ディオニスの逡巡しゅんじゅんは一瞬だった。


〈オレは今、あなたの中にいる。あなたの意識に取り込まれることなく! オレはドラゴンの王の一部であり、全部であり、また別個の存在としてここにいる。あなたの知っていることは、オレにも知ることができるはずだ! 勝手に調べさせてもらう!〉


 ドラゴンの怒りを買うことを承知で言い放った。

 恐怖を覚えたが、もうそれしか方法がないと思った。

 ドラゴンの笑い声が大音量で響き渡る。


〈はっはっはっは! 面白い、やってみろ! 言い忘れていたが、お前のその小賢しさをわしは気に入っている。実に面白い〉


 いかにも愉快そうに笑う。

 そして、その声は徐々に小さくなっていった。


〈もしも、言われるがままに生け贄を捧げると答えたならば、お前の精神を八つ裂きにして無に帰してやるつもりだった。言いなりになるようではつまらぬからな〉


 囁くような声が、彼の耳に語りかける。


〈お前は賭けに勝った。命拾いしたな、ディオニスよ……。面白いものを見せてくれ。冥府の王を支配してみせろ〉


 しんと静まり返った。

 ドラゴンは、自分の精神をディオニスが探ることを許したのだ。奇跡だ。誇り高い異界の王たるドラゴンが、人間を受け入れるとは。

 実体はないはずなのに、ディオニスはドッと体中の力が抜けるのを感じた。


 しかし安堵している余裕はない。勝手に調べると言ったものの、どうすればいいかのか見当もつかない。何を探せばいいのかも。

 と、顔を上げると、いつのまにやら白亜の宮殿が現れていた。


〈ここを探索せよ、ということなのだな〉


 この中のどこかに、冥府の王を倒す方法があるはずだ。

 そう判断したディオニスは、迷わず宮殿の中に入って行った。



***



 王宮の広間では、ベイブは黒竜王に癒やしの光を与え続けていた。

 チラリとニコを見やり、尋ねた。


「どうなってるの?」

「ドラゴンの動きがなんだが鈍くなったような気がする。黒竜王のコントロールが効かないんだろうか……」


 テラスから外の様子を懸命に見ていたニコが、青ざめた顔で振り返る。黒竜王のコントロールが効かないドラゴンでは、冥府の王を倒せないばかりか、国を滅ぼすころにもなりかねないだろう。不安は一層強くなってゆく。


  うおおお……ふうおおおおおお…………


 地底から湧く不気味な声が、空気を震わせている。ゾゾゾゾゾとまた、背筋を冷たいものが駆け上ってきた。目をつぶりたくなるのを堪えて、ニコは声のする大地を見下ろした。


 ガガガガガ!


 八方に地面が裂ける、その恐ろしい轟音が天空の城にまで届いてきた。

 無言で地上を見下ろすアインシルトの隣で、ニコの心臓が大きくドクンと悲鳴をあげた。

 冥府の王が、今まさにその本体を全て現そうとしていた。

 深く暗い大穴の奥に、黄色く光る双眸が見えたのだ。


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