40 伝説の騎士
ニコとベイブが王の眼前に放り出される少し前、テオは王宮の地下に向かう階段を降りていた。守るべき秘宝を、自分の目で確認するためだった。
ランタンを片手に、いくつかの隠し扉を抜けてゆく。そこは灯り一つない真の闇だった。小さなランタンの心許ない灯りを頼りに階段を下りてゆくと地下通路に出た。テオは迷路のように入り組んだその通路をどんどんと進んでゆく。
古い扉の前に出た。恐らくここだろうと、テオは目星を付け扉を押し開く。そしてパチンと指を鳴らした。すると、壁に備え付けられていた古いランタンに次々と灯りが点った。
光の列が通路の奥に向かって伸びていく。すると、壁一面に描かれたレリーフが浮かび上がった。インフィニードに伝えられる、神話がモチーフになっているようだ。
テオはそれを眺めながら、ゆっくりと進んでいく。
レリーフの下の壁のへこみに石のプレートがはまっている。
それは歴代の王の名前が刻まれたプレートだった。奥にいくほど古くなってゆく。一番手前のまだ新しいプレートには、黒竜王の名があった。
テオは現国王を避けて、先代の王から順に遡って名を読み上げていった。プレートを指でなぞってゆく。
「ヴァシリス・ファン・ヴァルデック。ゼノン……、イアソン……、ヤニス……、アンドレアス……」
指が手前に戻ってくる。
「……ディオニス」
テオは、ピシっとプレートを指で弾いた。
すると、いとも簡単に転がり落ち、彼の足元で二つに割れてしまった。
「げっ!!」
慌てて、拾い上げキョロキョロと辺りを見回す。もちろん誰も居ないのだが。むむむと眉間に皺をよせて、割れたプレートをはめ込もうとするが、ポロリと外れてしまう。
「……そ、粗悪品だっ! こんな簡単に剥がれるは、割れるは……。これは要するに、本人もろくなもんじゃないっていう暗示だな。……ははは」
自分の粗忽さを、思い切り棚にあげている。
「ま、いっか」
あっけなく諦めると割れたプレートを床に置き去りにして、しれっと何事もなかったかのように歩き出した。もしバレても、知らぬ存ぜぬで押し通す気のようだ。
王の名前やレリーフを眺めながら、テオは奥に進んでいった。
すると行き止まりの壁が見えてきた。その壁にもレリーフが刻まれていた。テオは、それをふうんと眺める。
馬に乗った戦士の姿だった。生き生きと躍動感あふれる美しいレリーフだ。勇ましく嘶きを上げる馬が、今にも動き出しそうだ。しかし馬上の戦士は、異形だった。それは、甲冑を身につけた不気味な骸骨の騎士だった。頭蓋骨は水晶で作られていて、ポッカリとあいた二つの穴には目玉の代わりにルビーが嵌めこまれている。
「この奥か……」
テオは膝をつき、骸骨の騎士のレリーフの壁と床の間を注意深く調べる。
幾つもの小さな古い護符が埃をかぶっていた。指先で触れると、ピシっと静電気のような光が弾けた。
「破られてはいない……」
ふうと、肩の力を抜いた。
「まずは一安心か。中を確認するまでもないな。余計な事はしないほうがいいだろう」
立ち上がりかけた時、ふと壁に刻まれた文字が目に入った。
テオの顔が険しくなる。
「マジかよ」
――狂戦士ディオニス。
「……同名とはね。なんの皮肉かな」
口の端で笑った。
この国に伝わる、この異形の戦士の伝説はテオも知っていた。
ただ、一般には単に髑髏の騎士と呼ばれていて、個人名など聞いたことはなかった。それが黒竜王と同名であるということに、テオはうそ寒いものを感じた。
「あんたの伝説に似た話が、少し前にあったぜ……」
テオの脳裏に、幼いころに聞いた騎士の伝説が蘇る。
******
千と数百年も昔、インフィニード王国が建国される前の話。
この地は、数人の大公が収める小国に分かれていた。小国間での小競り合いが、絶え間なく続く戦乱の時代だった。また妖魔、精霊の類が我が物顔ではびこり人に害を為す、苦難の多い時代でもあった。
現在のアソーギに相当する土地に、その頃一番強い勢力をもった公国があった。
ある時、この公国に人を喰う妖魔が現れた。女子供を中心に次々と食い殺されていく。国中を恐怖に陥れたその妖魔を倒すために、勇敢な剣士たちが討伐に立ち上がった。が、誰一人帰ってくる者はいなかった。
そして遂に、公国一の剣の使い手と呼ばれた男が名乗りを上げた。精霊の力を身につけた男だった。
彼は、後の時代に髑髏の騎士と呼ばれるようになる。そして、精霊を支配しその能力を自在に使った初めての人間でもあった。
彼は、妖魔の率いる軍勢と血塗られた激烈な戦いを繰り広げた。
残酷無比な戦いぶりだった。それ故に、狂戦士という異名を冠することになった。精霊の力を手に入れはしたものの、彼は魔力に翻弄され狂乱したのだった。近づく者は、敵味方の別なく死を与えられた。
それでも彼は激闘の末に見事、妖魔を討ち果たしたと言う。
息絶えた妖魔は、小さな玉に姿を変えた。
精霊の力で妖魔の邪気は浄化され、清浄な宝玉となって彼の手の中に残った。そして彼は代償として、血肉を失い骨となって永遠に生きるという妖魔が最期に放った呪いを背負うことになった。
その後大公は、絶大な魔力を持ち死ぬこともない髑髏となった狂戦士に、周辺の公国を攻める事を命じた。彼の力があれば全ての公国を統一し、強大な王国を作れると考えたのだ。
彼は命令に従い、容赦なく敵を殲滅し次々と近隣国を手中に収めていった。
大公は勝利に酔った。しかし、狂戦士の最後の一刀は彼の頭上に振り下ろされたのだった。
大公の死後、狂戦士は息子に宝玉を与え姿を消した。
権力者が二度と自分を戦いに利用できぬようにと、自ら墓所に入り深い眠りについたという。誰にも見つけられない秘められたる場所に、その墓はあると伝えられていた。
宝玉は新たな持ち主である剣士の息子を守護し、最初の予言を与えた。
すなわち、汝、王となってこの地を統一するならば、千余年の安堵が約束されるであろう、と。
こうして、狂戦士の息子が初代国王となってインフィニード王国が建国されたのだった。
******
テオはレリーフをじっと見つめていた。
「今も死ねずにどこかで眠っているのか? 狂戦士ディオニス」
呟きながら、黒竜王のクーデターを思い起こす。
奇しくも狂戦士と同じ名の王は、ドラゴンの力を使って敵を追った。そしてその大きすぎる力に翻弄され、狂戦士と同じように狂乱し、敵味方の区別なく焼き払い町を破壊した。
異界の魔力を手に入れるということは、人間にとってあまりにも過酷なことなのかもしれない。自在に操ることなど、夢のまた夢なのだろうか。
髑髏の騎士が受けた代償も大きい。黒竜王もまた――。
テオは、ふうと息を吐いた。レリーフをもう一度見つめる。
水晶の髑髏に、ランタンの炎が写り込んでいる。瞳のルビーが輝き、まるで燃えているようにも見えた。
インフィニード王国の祖といえる髑髏の騎士を模したレリーフ。この奥に、宝玉がある。インフィニードを守護し、未来を予言するという玉。代々の王が受け継いできた。
その宝玉を、レリーフの騎士は堅く守っているようだった。封印を破いて奪おうとする者があれば、彼が壁から躍り出て略奪者を切り裂くのではないか、そんな気にさせた。
テオは背を向けて、元来た方向へ足早に歩き出した。彼が進むと、通路を照らす両壁のランタンが次々に消えていった。闇に追われるようにテオは進んでいく。
その背後遠くで、徐々に闇に隠されてゆくレリーフの赤い瞳がキラリと光った。テオは振り返ることなく、立ち去った。




