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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
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39 結界の要

 謁見の間に青い光球が出現し、その中からデュークとアインシルトが現れた。

 精霊は、細い腕で軽々と老魔法使いを小脇に抱えていた。アインシルトは肩から血を流し荒い息を吐いていた。デュークが腕を離すと、がっくりと膝をついた。


「ご老人に、あまり無理をさせる訳にはいきませんからね。さてさて……もう一つ、気を利かせてやりましょうか……」


 デュークはあごに指を当ててふむふむと考える素振りをし、ニヤリと笑うと煙のように消えてしまった。

 アインシルトはその場に倒れこんだ。年老いてゆくとはこういうことかと、自嘲するうちに意識が遠のいていった。


 ややあって、広間の扉が開いた。軍服を来た男がゆっくりと入ってきた。

 それはテオだった。普段のだらしないシャツ姿の時と違い、髪をきちんと整えキリッと口を結んでいる。見違えるほど凛々しく、男っぷりが数段上がって見えた。


 倒れた老魔法使いの側で片膝をつくと、その上体を抱え上げた。そして額に軽く触れた。

 アインシルトがうっすらと目を開けた。自分を抱き起こしている人物に気づくと、微笑んだ。


「……結界が、完成しておる……」

「無茶をする老人だ」

「……」


 アインシルトは微笑みを浮かべたまま、満足気に何度も頷く。


「これでいい。あとは魔女さえ追い払えば……」

「違うぞ。今度こそ倒すんだ」


 テオはアインシルトの言葉を訂正する。


「そのために来た。結界は完成させた。これで王宮に隠された秘宝とやらも守られるわけだ。文句はないだろう? でもあんたはここから出られないから、そのつもりで」


 怪訝な顔をするアインシルトに、ニタリといつもの意地の悪い笑顔で答える。


「ちょちょっとね、守護魔法を書き換えた。勝手にオレを結界を張る道具にしてくれたお礼だよ。今度はあんたが結界の中心に縛られるんだ。鎮座してれば王宮は守られるんだから楽だろう? オレは勝手にやらせてもらうぜ」


 ひひひと笑う。

 アインシルトの目が釣り上がる。先程までの満足感や安堵感が、ガラガラと崩れていくのを感じた。


「何じゃと! なんの為にお前を結界の要にしたと思ってる?! わしの苦労をムダにしおって!」

「知るかぁ! オレが強制されて、じっと大人しくしているとでも思ったか!」


 ふんぞり返って威張っている。

 国中の魔法使いの頂点に立つ偉大な魔法使いであるにもかかわらず、この奔放な魔法使いだけは、いつまでたっても言うことを聞かせられない。


 強い魔力を持つ者を要に据えることで、王宮を守護する結界は完璧なものとして完成する。アインシルトは、その要をテオとした。それを彼が書き換え、自分が要となってしまったらしい。要が王宮の外に出れば、守護魔法が崩れてしまう。テオが飛び出して行ったなら、追いかけることもできない。


 思い切り大きな溜息をついた。

 彼が魔女に対して強い復讐心をもっていることをアインシルトは承知している。それ故に無謀な戦いを挑むことを危惧して、王を守るためにも彼を結界内に留めようとしていたのだ。


 もう、いくら諌めようとも聞くものではないだろう。親の心子知らずとはこのことだなと、アインシルトは恨めしく思った。


「まあ、ここでゆっくりしてろよ」


 テオは師匠の物思いなど気に留める気配もなく、悠然と立ち上がり部屋を出ていった。






 漆黒の甲冑に身を包んだ黒竜王が、テラスに現れた。


 静まり返る城の高みから、周囲の様子を伺っている。ぐるりと見渡し、王宮前の広場に視線を止めた。魔女が舞い降りてきたのだ。ジノス達騎士団も続いて、広場に降り立った。

 そして地面が引き裂かれ、亀裂の底から恐ろしい死人のうめきが湧き上がったのだった。


 王に続いてテラスに出たアインシルトが、おおと低くうめく。

 凶々しい何かが召喚されようとしている。一連の事件はこのためであったかと、背筋を震わせた。


「御身大切に……」


 老師の切なる願いに、王は無言のままだった。深く裂けた地の底をギッと睨み続けている。

 その背後に再び、青い光球が現れた。


「これにて、退散」


 姿なきデュークの声が聞こえた。

 そして、光の中からニコとベイブが転がりでる。二人はわけが解らず、周りをキョロキョロと見回している。

 アインシルトが驚きの声を上げた。


「お前たち、なぜ!」


 黒竜王ディオニスがマントを翻して振り返る。

 見上げるような長身、ドラゴンを模したマスクごしでも解る鋭い眼光、威風堂々としたその姿にニコは圧倒された。そしてあたふたと声をあげる。


「……え、え? ア、アインシルト様? ……ここは?」

「王宮じゃ。この方は、ディオニス国王陛下である」


 ニコとベイブがギクリと固まった。

 突然王宮に放り込まれ、しかも王の目の前に転がり出てしまったのだ。うわさ通りにいかめしい姿の黒竜王に睨みつけられ、二人はすっかり萎縮してしまっている。


「何があったのか、話してくれんかの?」


 アインシルトは優しく問いただした。

 しかしその背後で、ディオニスは口を一文字に結びじっと二人を見下ろしていた。気楽に話せるような状況ではない。ニコは大きく深呼吸した。


「……あの、デュークが、……えっと、テオさんの使役する精霊が、いきなり現れて……。テオさんが王宮の結界になるために、拘束されてひどい目にあってるって言って……、ふたりとも担ぎあげられたと思ったら、ここに……」


 うつむいて、しどろもどろだった。

 それからハッと顔を上げ、付け足した。


「あの、それから大変なことが……アンゲロスという魔法使いに遭いました」

「なに!?」


 アインシルトは息を飲み、さっとディオニスを振り返った。王は黙って腕を組み、ニコを見つめている。これが事実なら事態は更に深刻だ。老魔法使いの眉間に深いシワが寄る。


 ニコは平伏して、恐る恐る話を続けた。

 その服の裾を掴み、隠れるように小さくなっているベイブの顔は、ひどく青白く痛々しかった。しかしその視線は力強く、王の胸の一点を見つめていた。

 彼はテオのペンダントをつけていたのだ。鱗のような形をした二つのペンダントトップがキラリと光る。

 王は、彼のペンダントを奪ったのだろうか。ベイブはそれをじっと、睨むように見ていた。


「えっと、……火の玉のような姿をしていて、魔力の強い器を狙っていると言ってました」


 ニコは、掻い摘んでことの顛末てんまつを話した。

 アインシルトが低くつぶやく。


「魔力の強い器か」

「アインシルト様か、国王陛下のことではないかと……」

「うむ。それにしても、アレが生きておったとはのお」


 白い髭を何度も撫で付けながら、考え込んだ。

 全ては、アンゲロスの失った体を手に入れるために、双子の魔法使いたちが企てたことだったのか。狙っているのは、老いた自分ではなく若いディオニスの方だろう。王の体を手に入れ、王宮の秘宝も手にする。それが目的か。

 それにしてもと思う。慎重な声でアインシルトが尋ねる。


「なぜ、そのゴブリンを襲ったのだと思う?」

「……わかりません。ベイブには呪いがかかっていて、自分のことを説明することが出来ないんです。アンゲロスは取り憑くためというよりは……殺そうとしていたようです」


 ニコは、ベイブを気遣うようにその背に手を回した。


「でも、傷ひとつ付けさせませんでした」


 そして傷だらけの顔は、彼女を守りぬいた矜持きょうじに輝いている。

 すると、黒竜王の唇が僅かに緩んだ。アインシルトも好まし気に微笑んだ。


「アヤツを相手にして、たいしたものじゃの」

「アインシルト様、僕一人の力じゃないんです、テオさんのおかげなんです。預かったペンダントが力をくれたんです。それに、アイツが何かが来ると言って急に去ってくれたので……。あのぉ、今テオさんはどこにいるんですか?」


 テオのことが心配だった。

 あの炎の魔物と対峙したことで、彼らの恐ろしさがひしひしと身に染みる。テオは無事なのだろうか。結界の要になるとどういうことなのだろうか。

 アインシルトは、ふむと頷きながら、また白く長い髭を撫でている。

 窓の外を、大きな稲妻が走った。

 ベイブは声を振り絞った。


「テオはどこ……」


 アインシルト、次にディオニスとゆっくりと視線を滑らせる。


「デュークが言ってたわ。テオは王を守る結界の要だって。魔力を提供させられているって。もしかしたら、もうブロンズ通りに戻ってこないかもしれないって言うのよ! どういうことなの? テオはどこ。彼に何をさせているの?」


 ディオニスがベイブに歩み寄る。

 途端に、ベイブの体が硬直する。


「結界は完成した。ここにいれば安全だ」


 それまで、一言も発しなかったディオニスがようやく口を開いた。低く、喉の奥で喋っているような、くぐもった声だった。

 その鷹揚で落ちつきはらった態度に、ベイブは怒りが込みあげてきた。


「……そうね。あなたはこれで安全でしょうよ!! でも、町はどうなったと思う? めちゃくちゃよ! 沢山の人が今も助けを求めているわ。それでも、あなたは自分さえ安全ならそれでいいのね! なんて身勝手なの!」


 ニコは必死でベイブを止めようとするが、彼女はなおも叫んだ。

 アインシルトは神妙な顔で目をつぶった。


「国王失格よ! いいえ、人間失格だわ! あなたテオに何したのよ。なんでテオのペンダントをつけてるの!? なんでテオを結界の為の道具にするの!? あの人は、町を守りたいって言ったわ。みんなを守りたいって! あなたと大違いよ!」


 ディオニスはじっと身じろぎもせずに、ベイブを見つめている。

 小さなゴブリンは泣き叫んでいた。


「自分の身を守るためにあの人を犠牲にするなら、絶対許さない! あたしはあなたを許さない! テオはどこ!?」

「そう、心配するでない。テオドールはわしの愛弟子じゃぞ。わしが、あれをひどい目に合わせると思うのかの?」


 アインシルトは、よしよしとベイブの頭を撫でた。

 やさしく問いかけると、ベイブはふるふると首を横に振った。


「それにの、アヤツはわしの思惑通りになるような素直さなんぞ、持ちあわせておらんのじゃ。今も好き勝手にやっておるわ」


 老魔法使いが軽口をいうので、ベイブも口の端を上げた。それが本当なら、彼はきっとブロンズ通りに帰ってくるはずだ。老師を信じなければ、と思うものの不安は消えなかった。

 と、ベイブの眼前が陰った。顔をあげると、王が片膝をついて彼女を見ていた。視線の高さを合わせたのだ。ドキリと、ベイブは体を反らせる。


「……直に部隊が到着し救助にあたるだろう。王宮にいた兵は全て救助部隊として……」


 ハッとディオニスは立ち上がった。自分の言葉がまるで言い訳じみていると気づき、口をつぐんだ。

 その視線の先には、自分を睨みながらポロリと涙をこぼすベイブがいる。


「何をしているの……。テオはどこなのよ」

「落ち着いて。ベイブ」


 ニコが優しく彼女の背をさすった。心配な気持ちは彼も同じだ。アインシルトはテオに会わせてやるとは、言ってくれなかったのだから。

 ディオニスは一歩二歩とテラスへと歩を進め、はすに彼らに視線を送る。


「なぜそんなに、あの愚かな魔法使いを気にかける」


 ベイブは耳を疑い、直後に頭に血が上った。


「愚かですって! テオは嘘つきで気分屋で、センスの悪いずれたヤツだけど、愚か者ではないわ! 勇気があって強くて優しくて、この町を大切に思っている!」


 ベイブに向き直った黒竜王を睨みつけて、彼女は噛み付くように叫ぶ。


「魔女と戦う気なのよ! 自分の為だなんて言ったけど、違うわ。みんなの為なのよ! 彼は私達にとって大事な人なの。かけがえのない人なの! 彼を連れて行かないで! テオを返して! あたしのテオを返してよおーー!」


 ベイブのしゃくりあげる声が部屋に響いた。

 ディオニスの喉がゴクリと鳴った。


「……このゴブリンは、まるで人間に恋でもしているようだな」


 呟く王の声はわずかに震えている。

 アインシルトがおもむろに立ち上がった。


「さあ、もう話は終わった……。下がっていてくれんかの。陛下もまたは、戦おうとなされているのだから。わかってくれるじゃろう?」


 優しい声だった。

 ニコはこくりと頷き、泣きじゃくるベイブを抱き上げた。


「……陛下、僕からも一言だけ言わせて下さい」


 臆することなく真正面から、ディオニスを見つめた。


「必ず倒して下さい」

「そのつもりだ」


 二人はじっとにらみ合った。

 ニコの腹に黒竜王の低い声が響いた。


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