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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
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36 白蛇

 雲の中から大蛇が現れた。

 ビオラとテオの乗る白い飛竜に跳びかかり、ぐるりと巻き付いた。ヌメヌメとした蛇の体が何重にも絡む。そしてギリギリと締め上げた。


「忘れはしない、あの屈辱! ああ、あの時、左目だけでなく命を取っておけばよかったものを。己が甘さが口惜しいわ」


 飛竜の骨の軋む音が聞こえたかと思うと、その姿がかき消えた。

 そして獲物を取り逃がした蛇の背後に、寸分たがわぬ四頭の飛竜が現れていた。


 分身だった。

 四頭の飛竜の上に四人のビオラとテオ。同時に全てのテオがにっと笑って、飛竜は散開する。

 蛇は唸りをあげ、四頭をまとめて飲みこもうと大口をあけて彼らを追った。


「トルネード!」


 テオが叫ぶ。

 竜巻が沸き起こり大蛇を巻き上げようとするも、蛇の口がゴウゴウと飲みこんでいった。

 その時、大蛇の鼻先を白光が横切った。白ふくろうに変化したアインシルトだった。


「こっちじゃ! 蛇女め!」


 光の矢を次々と放ち、魔女の注意を引きつけようとしていた。

 蛇がふくろうを追う。


「なんて、威勢のいい老人なんだ」


 テオが薄く笑った。


 飛竜に乗った、魔法使いの一団も姿を現した。手綱をつけた赤い小型の飛竜の背に、朱色の胸甲を身につけた男たちが立っている。

 ジノス率いる魔法騎士団だ。

 円形の布陣が、大蛇とテオたちを取り囲んだ。攻撃のタイミングを見計らっているようだ。


 テオは右手を差し出す。


「フレア!」


 四人のテオが一斉に火球を放ち、四つの火玉が魔女を囲んで爆発した。

 蛇の体が燃え上がる。肉の焼ける匂いがひろがる。


「ぎゃあああー!!」


 テオの魔法がようやく魔女を捕らえた。ギラリと魔法使いの目が輝く。三つの分身が本体に集合した。

 テオは、必ず勝機はあると確信する。


「デューク! 出番だぞ!」

「やーっとお楽しみタイムですねぇ」


 叫ぶと、するすると精霊がポケットから滑りだしてきた。

 デュークは嬉しそうに、邪悪な笑みを浮かべる。


「テオドール! ビオラと王宮へ行け!」


 アインシルトは叫ぶと、蛇の目に鉤爪を食い込ませた。蛇の体に電流が走る。硬直し震え、そして大きな口に牙を光らせてふくろうをふるい払おうと頭を振りまくった。

 白い飛竜は大きく旋回し蛇の尾に回りこみ、宙返りをした。テオが振り落とされそうになる。


「何のつもりだ! ビオラ! 突っ込め!」


 ビオラは返事をしない。

 テオはビオラには指示に従う気がないことを感じ取った。

 そして彼女が携えていた剣を抜き取り、もう片方の手で傍らに浮かんでいたデュークの襟首を掴んだ。


「あ、ちょっとこれは酷いんじゃないですかね」


 紫の瞳の精霊が文句を言う。テオは飛竜代わりに、痩身の彼の背に飛び乗った。

 デュークは身長こそ高いが、体重はテオのほうがずっと重い。一見すると、貧弱な優男にしか見えない彼に飛び乗るのは無茶なように思える。しかし、別世界の住人の体は頑丈なようで、一向に平気な様子だった。


「テオ! ダメよ!」


 ビオラはテオに腕を伸ばしたが、届かなかった。デュークはさっと身を翻して、上空に舞い上がっていく。

 白ふくろうのアインシルトが、大蛇から離れた瞬間ジノスの号令がかかった。飛竜の魔法使いたちが一斉に光の矢を放ち、すぐさま散開する。大蛇は炎に包まれ、のたうち落下していく。


「まったく過重労働ですよ、これは」

「無駄口たたくな」


 デュークは一直線に、蛇めがけ降下する。


「魔女に貴方の魔法はほとんど効かないのにねぇ」

「うるせー!」


 テオは剣を構える。無謀は承知の上だった。

 アインシルトを追い払い、体勢を持ち直した蛇が目前に迫る。その腹に剣を突き刺そうとした時、大蛇はうねり反転してテオに牙を剥いた。


「可愛いわ。その必死な足掻き方!」


 巨大な牙が迫る。

 その鼻先を、テオの剣が切り裂いた。紫の目の精霊は即座に旋回し、大蛇から距離をとる。

 ジノスらの一団が、再度光の矢を放った。


「小うるさいハエどもめ!」


 アンゲリキの注意がそれた瞬間、再度デュークとテオが疾風の如く襲いかかった。剣が蛇の腹に突き刺さる。


「言え! オレの左目はどこだ!」

「ぎゃあああ!」


 激しくのたうつ大蛇に、デュークは鋭い爪をたててしがみついた。いやらしく笑う精霊の口は、耳まで裂けているように見えた。

 その肩にまたがって、テオが腕を伸ばす。


「その腹に飲み込んだんだろう!?」


 剣を引き抜いた傷口に、容赦なくずぶりと肘まで手を突っ込む。なんとも残忍で強引な行動である。

 その顔はいつものニヤけた顔とは全く別のものだった。


「うぎゃあああ!!」


 ますます、蛇は暴れ狂う。

 その頭めがけて、飛竜に乗った魔法使いたちの攻撃がなおも続く。

 必死にテオは腹を探っていた。


「くそ! 無いか」

「そりゃあ、無いでしょう」


 デュークは振り落とされないように、暴れる大蛇に片手と両足でつかまり、もう片方の手でテオの体を支えている。恐るべき怪力だ。無茶な体勢でありながら、余裕でテオをからかっている。


 その時、目を焼かれた蛇が落下し始めた。

 デュークは、ぱっと蛇の体から身を離す。その瞬間、蛇は急転回してテオに牙を剥いた。


「お前に私は倒せない!」

「うわあああああ!」


 鋭い牙がテオの腕をかすめ、血が吹き出した。バランスを崩したテオが、地上めがけて落下していく。

 続けて大蛇は、舌打ちするデュークに襲いかかった。主を救わんと伸ばしかけた手を戻し、上昇してそれをかわす。

 すぐ近くで、これを目撃したジノスが咄嗟に飛竜を急降下させた。テオの救出に向かったのだ。


「テオドール!」


 アインシルトが叫ぶ。

 しかし、ジノスが追いつくであろうことを確認すると、魔女をじろりとにらみ下ろし毅然と攻撃を加えた。

 何枚ものふくろうの羽根が鋭い槍に変化して、蛇に向かって飛んだ。

 デュークもまた攻撃を開始していた。蛇の鼻面をグイグイと両手で押さえ込んだ。


「ダメですよぉ。私のご主人さまを傷つけちゃぁ」


 デュークの爪がズルリと三十センチ程伸び、鋭利な刃物となって蛇の顔面を縦横に切り裂いた。愉悦の笑みを浮べている。

 テオの復讐というよりは、己の楽しみのために攻撃しているという様相だ。


 その頃ジノスは飛竜を操り、見事テオを受け止めていた。

 彼の腕をつかみ、怒鳴った。


「てめえは引っ込んでろ! この無鉄砲の役立たずめ!」


 騎士団隊長のジノスにとって、テオは単なる青二才だ。戦闘の邪魔をされて頭にきている。


「なんだと! こらあ」


 テオは怒鳴り返すも、苦痛で顔がゆがむ。出血が激しい。

 ビオラの白い飛竜が近づいてきた。必死に手を差し出す。


「テオ! こっちに来て! あなたは王宮へ行くの!」

「黙れ! 目の前にアイツがいるんだ! 逃げられるか!」

「逃げるんじゃないわ!」


 ビオラは叫んだ。


「左目のこと知ってるのよ。あなたは勝てないわ! 今は引いて! あなたには別の仕事があるでしょう!?」


 テオは返事をしない。

 キリキリとビオラを睨むだけだった。


「なんだ、本物の役立たずかよ。邪魔だ! さっさと行け!」


 ジノスのイライラは頂点に達していた。

 テオの背をどんと押して、飛竜から突き落とした。


「おわ!」


 ビオラがテオの腕を掴み、白い飛竜の翼がテオを受け止めた。ガクンと、飛竜が大きくかしぐ。テオを引き上げようとするビオラの腕がブルブルと震えていた。

 ジノスはもう高く舞い上がり、大蛇に向かっていた。

 テオはなんとか飛竜の背にまたがった。荒い息をを吐きながら上空を見上げた。


「あの野郎……。アンゲリキに寄せろ! アインシルトが死んでもいいのか!」

「まだそんなこと言うの!」


 ビオラは振り向きざまに、テオの頬を引っ叩いた。

 美しい顔を怒りで真っ赤に染めている。


「我がままな子供のおもりは、もうゴメンだわ! あなたは王宮へ行くの! 逃げるためじゃなく、戦うためよ!」


 強い意志を込めてテオを見据えた。


 ビオラは師から、テオを王宮へ連れて行くように厳命されていた。王を守護する結界の完成の為に、彼が絶対に必要なのだという。

 なぜテオは、師であるアインシルトにこんなにも逆らうのかビオラには理解できない。彼女にとって師は崇拝すべき対象であるのに。


 しかもそのアインシルトが、テオだけを特別に扱っているように思えて嫉妬すらしていた。こんな事件さえなければ、このわがままで身勝手な男と関わりになることも無かったのにと、恨みがましく思った。


「これ以上、勝手なことはしないでちょうだい! 人にはそれぞれ役割があるの。それが不本意なことであっても、果たさなきゃならないのよ」

「……分かっているさ」


 ムッとして黙りこむ。

 テオはローブの裾を引き裂き、腕に巻いて血止めをした。決着は必ず自分でつける、そう自分に言い聞かせながら。


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