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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
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26 呪いの人形2

 馬は取り憑かれたように疾駆しっくする。

 騎乗の人間たちを、風の速さで運んだ。


「行けー! もっと早く!」


 馬は彼らの願いを叶えるべく、ひたすらに駆けた。



『〇』


「疾走れ! 疾走れ! 疾走れーーーーーー!!!」


 牧草の中で人形がチカリと光った。


 ドンッ!!!


 半球の光が現れ、たちまち拡大し辺りに広がっていく。

 光は恐るべき猛スピードで、テオたちを追ってくる。

 馬の速度より何倍も早い。

 この光に触れてはいけない。

 消滅してしまう。

 光が迫る。

 あと数メートル。


「行けーーー!!!!」


 風が吹き荒れる。

 馬は神速で駆ける。

 翔ぶが如く駆ける。

 それは、その生涯で最速の走りだっただろう。

 一瞬、ツバサを得たかのようにふわりと飛び上がった。

 テオはすぐ背後に、光を感じた。

 鋭利な魔女の爪を首筋に感じる。

 全身の毛穴がブルブルと立ちあがった。


 ヒヒヒヒーン!


 馬がいなないた。

 そして、体が浮き上がった。

 空中に放り出され、逆さになる。

 咄嗟に少年の頭を抱えた。

 ついで地面に強く叩きつけられる。


 ダダン!


 テオはぐるぐると回転する。

 馬から投げ出されたニコも、地面を転がっていた。

 十数メートル転がってようやく停止した。


 振り返ると、半球の光が膨張した時と同じ速度で急激に収縮していた。

 見る見るうちに後退してゆく。

 そして、舞い上がった砂埃が落ち着くよりも先に、消えてしまった。





 風はやみ、静寂に包まれた。三つの激しい呼吸音だけが耳に届く。

 テオは眠ったままの少年に怪我が無いことを確かめると、地面に横たえ立ち上がった。

 泥だらけになったニコが肩で息をしながら、呆然と座りこんでいる。ベイブをその腕に守っていた。


「……助かった……?」


 テオを見上げた。


「ああ、コイツ以外はな……」


 テオは倒れている馬に近づいていった。

 ベイブは馬の姿に気づき、思わず口に手を当てうめいた。ニコも、うっと顔をしかめた。

 馬は腰から後ろが消失していた。泡を吹き痙攣している。もう虫の息だった。

 すんでのところだったのだ。あとほんの少しでも遅かったら、みんな消えていたことだろう。


「オレのせいだな。すまない……ありがとうな」


 テオは馬の目をそっと閉じてやった。馬は大きくブルルと息を吐くと、そのまま動かなくなった。

 ベイブはよろよろと歩いてくると、そのたてがみを優しくなでてやった。まだ温かな首を抱きしめ、幾度も撫で続けた。





 少年は、母親の腕の中で眼を覚ました。愛らしい笑顔を浮かべると、母親の首に抱きついた。両親は眼をうるませて頭を下げた。


「ありがとうございました」

「いや、防くことができなくて、返って申し訳ない」


 テオも深々と頭を下げる。


 全員の無事を確認したあと、テオは人形の呪いの事をかいつまんで、ベルマンに話した。謎の消失事件がすでに二件起きていて、その現場で同じ人形が見つかっていたことを。


 前日のゴーガシャーでの事件は大ニュースとして新聞に書きたてられていた。当然、夫妻も事件は知っていた。しかし、人形のことは報じられていなかったし、まさか自分たちにもその災厄がふりかかってこようとは、思いもしないことだったのだ。夫婦は恐ろしさに震えた。


 農場を見て回ると、ベルマンの家畜は半数近くが消えてしまっていた。あの光に飲み込まれた生き物は、全て消えてしまったのだ。大損害を被った。しかし、家族の命には代えられない。

 少年もいつもの明るい笑顔を取り戻していた。


 ベルマンは心からの感謝を伝えたが、テオはかぶりを振るばかりだった。

 彼が差し出す報酬も、ガンとして受け取らなかった。せめて食事でもして休んでいって欲しいと言われても、丁重に断りテオは早々に辞することにした。


「直に、王宮付き魔法使い達が調査にやってきて、慌ただしくなるでしょうから、私たちはこれで失礼します」


 門まで見送りに出てくれた一家に礼をする。そしてローブの中からぱっとテディベアを取り出すと、少年に渡した。

 少年が嬉しそうに、テオを見上げる。


「ありがとう。おじちゃん!」


 少年の無邪気な言葉に頬が引きつった。


「へ? あ、あはは……どういたしまして。じゃあ、失礼」


 ぎこちなく笑いながら歩き出す。四つの子どもからすれば、確かに父のような年ではあるかもしれない。だが、まだ二十代だぞと、心の中でうなっていた。

 肩を震わせてニコとベイブが続いた。必死で笑いを噛み殺している。


「お前ら、覚えとけよ……」


 ドスの聞いた声で安っぽいセリフを吐いた。

 仏頂面でさっさと、街道へ続く小道を歩いて行く。


「アソーギまで、どうやって帰るんですか?」

「勝手についてきたんだから、お前らは歩いて帰れ!」

「ああ、なんて大人げないおじちゃんかしら! 早くあのドア使いなさいよ。大体さっきだってなんで使わなかったのよ」


 くるりと振り返ると、ベイブをつまみ上げた。


「キーキーうるさいぞ、ゴブリン。使えないって言っただろう」


 人形の呪いから逃れるには、人形から一定の距離を保つことが絶対条件だった。


 あの移動の魔法は、空間をねじ曲げて遠く離れたAとBという場所を重ね合わせて繋いでいる。魔術的にはAとBとの間の実際の距離が無効となるのだ。すると呪いの光も追いかけてくることになる。逃げられないばかりか、A地点の呪いを遠く離れたB地点にまで運んでしまうことにさえなってしまうのだ。


「とにかく、走って逃げるしかなかったと言う事だ」


 ベイブをニコに放り投げ、どうだわかったかと偉そうにふんぞり返る。

 何を威張っているのかと、負けじとベイブも言い返した。


「アインシルト様みたいにふくろうに変身するか、デュークみたいに飛べばいいじゃない」

「飛べるくらいなら、最初からやってる」

「この魔法使い、全く使えないわね……。人形の呪いのこと、いつから知ってたのよ!」


 挑発するベイブを、ふふんとテオは鼻で笑った。やたらに胸を反らせて、更に勝ち誇るように笑う。


「昨夜、ビオラちゃんに教えてもらった。アソーギの現場にも、あの人形があったそうだ。なかなかいい子だ。オレにだけ特別って言って、色々教えてくれたよ。そういや、そろそろ来るんじゃないか?」


 テオが言い終わらないうちに、街道のはるか遠方に馬に乗った一団が駆けてくるのが見えた。

 地元の警察と、アインシルトたちだろう。

 テオは、人形の呪いが消滅したあとすぐに連絡を入れていた。一応、解決したから、後始末よろしくと。


「さて、アインシルトの顔を見ないうちに、さっさと帰るか……」

「もう遅いわ!」


 背後からアインシルトの声が響き、その杖がテオの頭に落ちてきた。


「っで!」

「首を突っ込むなと言うとるのが、解からんか。この愚か者め! 大惨事になるところじゃったではないか!」


 怒鳴る師匠の後ろで、二人の少年が無表情にテオを見ている。

 アインシルトの住居である幻想の森の入り口で、番をしていた二人の小姓だった。ニコよりも少し年上の少年たちは、師に付き従って静かに事の成り行きを見守っている。


「やかましいわ! 今回の件は、オレのところに直に依頼が来たんだ。犠牲者も出なかったし、アンタにくどくど言われる筋合いは、ない!」

「何を言う! ケガ人が出とるではないか! 未熟者め」


 ニコとベイブは、首をかしげた。

 確かにみんな擦り傷だらけになったが、たいした怪我ではなかった。それにもうベイブが治してくれていた。もちろん、ベルマン夫妻と少年にも怪我はなかった。


「その悪趣味なローブを脱がんか!」

「…………」


 杖でグリグリと肩を突かれて、渋々テオはローブを脱いだ。

 ニコはその後姿に息を飲んだ。

 ジーパンのベルト部分から、足の付根辺りまでが、どす黒く変色していた。グシュリと重く濡れている。血だ。


「尻の皮一枚、持ってかれたようじゃの」

「ちょっと! テオ! なんで言わないのよ。バカ!」


 悲鳴のような声を上げて、ベイブが駆け寄った。

 あの時、テオは光に接触していたのだ。

 腰から下が消失してしまった馬の姿がまざまざとよみがえり、ニコは青ざめた。あと数センチ遅れていたら、良くて半身不随だ。命を落としていても、不思議ではなかったのだ。そう思うと背筋が震えた。


「その程度なら小姓ペイジでも治せるが、さて、どうしたものかの?」


 師の発言を受け、少年達が一歩前に出る。

 テオはちっと舌打ちをする。

 アインシルトは、彼が治癒の魔法を使えないのを承知の上でからかっているのだ。


「余計なお世話だ」


 テオは、目で引っ込めと小姓らに命じた。

 ベイブがピョコンピョコンとテオのお尻に向かってジャンプしている。傷を治そうとしているのだ。

 テオはうざったそうに、くるりと向きを変えてしまう。


「しゃがんで!」

「いいって、痛くないから。そんなに人の尻を追いかけ回すなよ。やらしいなあ」

「ダメ!」


 痛くないはずがない。

 それに、道理でベルマン宅でイスにも座ろうとせずにさっさと帰ろうとしていたわけだと、ニコは呆れた。テオの腕を強く掴み、ギンとにらむ。


「テオさん! やせ我慢したってかっこ良くないです! ちゃんと治してもらって下さい」

「……わかったよ。あとでな」


 断固とした口調に、テオはため息をついた。そしてドアを呼び出す。

 ニコ、ベイブを押しこみ、続いて自分も中に入っていった。


「アンタは入れてやらない」


 アインシルトに向かってイーッと歯をむいてから、バタンとドアを閉めた。しかし、すぐまた顔をのぞかせた。


「五芒星だ。あと二箇所ある。始末しとけよ」


 乱暴にドアが閉まり、同時に消えた。


「……言われんでも分かっとるわい。師匠はわしじゃぞ」


 フンとアインシルトが鼻を鳴らすと、丁度警官と魔法使いの一団が到着した。

 先頭を走っていた黒いローブの魔法使いが、さっと馬を降りてアインシルトに駆け寄った。


「今のは?」

「わしの悩みの種じゃよ」

「ああ、彼がブロンズ通りの魔法使いですか。魔法は鮮やかだが、噂通り扱いにくそうな男ですね」


 男は短いあごひげをなでながら、クスリと笑った。

 魔法使いのみで組織された騎士団をまとめる、ジノス・ファンデルという男だった。

 魔法騎士団は近頃新設されたばかりの部隊で、まだこれといった武功もなく、ジノスは名ばかりの大佐であった。故に活躍の場を求めている。魔女アンゲリキの絡む事件であれば、必ず名をあげるチャンスが来るはずと、アインシルトについてきたのだ。まだ三十代前半の、上昇志向のつよい血気盛んな男だった。


「五芒星の魔法陣ですか」

「これまでの三つの人形の位置から察するに、恐らくあと二つ、星形の頂点に当たる場所に、人形が配置されておるのじゃろう」

「とてつもなく巨大な魔法陣だ。一体何を仕掛けてくるつもりなのやら。人形の呪いを防げば、その魔法陣の完成を阻止できるのですね?」


 あごをつまんで、ふむふむとジノスはうなずく。


「それが魔法陣の呪いの発動条件ならばな」

「残りのうち一つは私が破壊しておきましょう。私も自分で見てみたいのでね。さて、まずは第三の現場にいきましょうか」

「頼んだぞ」


 一団はベルマンの家に向かって歩き出した。

 アインシルトは深い溜息をついた。彼が森に調査に行かせた魔法使いの一人が、今朝死体で見つかった。恐らくテオが話した黒い獣の仕業なのだろうと、歯噛みする。犠牲者の数は日に日に増加している。アンゲリキは何をしようとしているのだろう。

 アインシルトは、体の中におりのように不安が溜まっていくのを感じた。


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